234日目 魔法流学:ヲヰルァの方程式について
234日目
バターがすごく筋肉的。詰めたの四角い欠片だったはずなんだけどな。
ギルを起こして食堂へ。今日も元気に朝からミートパイを食していたところ、ポポルが拗ねているのを発見。昨日作ったお菓子類、自分たちで食べられないことが酷く不本意らしい。『所詮世の中カネってか? カネがあればなんだってやるのか?』って言われたんだけど、俺はいったいどう反応すればよかったのだろうか?
俺がそんな風に詰られている間もギルはじゃがいも。『うめえうめえ!』ってジャガイモ。値千金の笑顔とはまさにあの事を言うのだろう。いや、あの笑顔はどんなに金貨を積んでも得られるものじゃない。それがジャガイモなら一個でいくらでも得られるんだけどね。
さて、今日の授業はミラジフの魔法流学。ミラジフのしかめっ面は相変わらずで、逆にそれ以外の表情を見たことが無い。ここはいっちょ俺が小粋なジョークでも言って場を和ませようとするも、口を開きかけた瞬間にギロリと睨まれた。
『そんなに熱烈な視線を向けられると、さすがの僕でも照れますね?』ってエレガントに返したら、『これだから最近のガキは……ッ!』って舌打ちをされた。人の気遣いをこうも無駄にしてくれるとか、これだからミラジフはミラジフなのだ。
クソどうでもいいことは置いておくとして、今回はヲヰルァの方程式について学んだ。前回までに、層流や乱流、その他流体的に扱う魔力の基本的な魔法則上の特徴を学んだわけだけれども、このヲヰルァの方程式はその集大成的なやつ。
その正体はそのものずばり、魔法の流れそのものを記述する式だったりする。つまりコイツを立式することさえできれば、魔法の流れに関する問題は全部解決したも同然。往々にして、問題と言うのは式を解くほうでなく、式を立式することができない……ってところにあるのだから。
『諸君もいい加減気づいているだろうが、式さえ立てられれば大抵の問題は解決する。その式が解けないのは解く者の能力が足りないからであり、解いた結果を活かせないのもまた然り。重要なのは純然たる魔法現象を魔法則とし、感覚ではなく知覚として机上に落とし込むことそのものである』……だなんてミラジフは難しいことを言ってたけど、要はきちんと計算できる形にしろってだけである。
ともあれ、ヲヰルァの方程式について以下に記す。正直よくわかんなかったところの方が多いけど気にしない。
・ヲヰルァの方程式
魔法の流れの軌跡である流跡線と、実際の流れそのものである流線をモデル化し、流線上のある一点について魔法の釣り合いの式(連続の式、魔法保存則など)を構築する。単位時間が経過後の変位点についても同様に式を構築すれば、その差を取ることで単位時間経過における流線の変化の式を構築することができる。一般に、流線とは曲線の接線方向とその点の速度の方向が一致する曲線であり、定常流れ(層流)の場合は流跡線と流線は一致する。
このとき、魔浸圧力や魔法流体における粘性などを関連する諸法則に則り色々諸々頑張ってクソ面倒くさい計算を施すことで、完全魔法流体(粘性が無くちょう滑らかに流れる魔法流体)について表現したヲヰルァの方程式を導くことができる。ヲヰルァの方程式は封縮性魔法流体に対しても成立し得るが、先述した通りあくまで完全魔法流体についての式であるため、粘性のある魔法流体や乱流である場合、魔法流体側面側に働く別方向成分の魔法圧があるため、厳密には成立しない。
よくわからんけど、なんかすごい方程式だってことだけ理解できればいいだろう。どこまでも言っても方程式は方程式で、つまるところ釣り合いだ。それが流体になって面倒な要素が絡みだしてきたってくらいで、特別警戒するほどでもない。
面倒なのは微解や積構が絡んできているところ。方程式にこれが絡んでくると途端に計算が面倒になるから困る。一年生の時に習ったときは覚えたはいいけど現実として全然使う機会がない……なんて思っていたけれども、最近になってガチ計算で頻出するようになってだいぶヤバい。
ちなみにこのヲヰルァの方程式、説明にも書いた通りあくまで層流、完全魔法流体っていうリアルじゃまずありえない前提のもとに成り立っている式なんだけど、『よほどイカれた条件でもない限り、十二分にこの式は効力を発揮する。もし発揮しないのであれば、それは諸君らの考えそのものが間違っていると断言する』ってミラジフは言っていた。
『もしも諸君らが間違っておらず、式の方に欠陥があると考えるのなら、気づいた瞬間に魔法学会に駆け込むべきだろうな』って流れるように嫌味も。あいつホントぶれねーな。
授業についてはこんなもん。アルテアちゃんの眉間の皺は相変わらずだし、ポポルもミーシャちゃんもパレッタちゃんも顔が死んでいたけれども、一方でギルは『こいつは効くぜェ……ッ!』って授業中もすんげえにこにこ。かつてない程に脳筋を鍛える喜びにハマっているらしい。
『ずるいぜ……! 親友はずっと前からこの楽しさを独り占めしてたなんてよぉ……!』って脇を小突かれて死にそうになった。あと俺別に独り占めしてたわけじゃなくない? 俺ずっと前からちゃんと勉強しろって言ってたよね?
夕飯食って風呂入った後の雑談タイム中にクッキーを焼きまくる。宿屋の息子のプライド的に考えて、クッキーバリエーションは最低でも三種は用意したいところ。昨日の段階でプレーンとジャムクッキーは作ったので、ラムレーズンとチョコチップの制作に取り掛かる。
何とも嬉しいことに、『ここに可愛い助手がいるんですけど?』ってエプロン姿ロザリィちゃんが手伝ってくれた。『平日なのにお料理デートしてるみたいでいいよね!』って蕩けるような笑顔。イチャイチャしながらクッキーを焼くことのなんと楽しいことか。
内緒でこっそり『あーん♪』させあったときなんてもう、天にも昇る気持ち。『……いけないんだぁ♪』ってロザリィちゃんは俺のおでこをつんつんしてくるし、『私? 私は──くんのために、共犯者になってあげたんだよ?』ってにこって笑ってくれるし……、もう、あの楽しい瞬間をどう表現すればいいのか、俺にはさっぱりわからない。
断言しよう。過去も現在も未来においても、どんなに偉い魔法学者であっても、あの幸せだけはどう頑張っても方程式なんかで表すことはできない。もし表せるのだとしたら、それはおそらく……愛の方程式となるだろう……なんてな!
残念なことが一つ。ロザリィちゃんとイチャイチャしながらクッキーを焼きまくり、内緒でつまみ食いしていたところまでは良かったんだけど、それをちゃっぴぃに見られてしまった。あの野郎、『きゅー……』ってすんげえジト目でこっち見てきて、「えっこの人たち人に散々言っておいて自分たちはそのザマなの?」みたいな表情してたんだよね。
『み……みんなには、内緒だよ? きょ、今日だけの特別なんだからねっ!』ってロザリィちゃんがたじたじになりながらちゃっぴぃにチョコチップクッキーを『あーん♪』していたのを覚えている。すぐに『きゅーっ♪』ってご機嫌になってくれて助かった。子供は扱いが楽でいい。
ギルは今日も腹筋をモロ出ししてぐっすりと寝こけている。なんだかんだでだいぶ夜更かししてしまった……けれども、クッキーについては無事に仕上げることができた。これなら特に問題なく納品できるだろう。あともう一日だけ頑張らなければ。
ギルの鼻には夢魔のクリームでも詰めておく。試作品として作ってみたんだけど失敗しちゃった奴ね。温度か魔度か、その辺の管理が結構シビアっぽい。おやすみなさい。