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233日目 緊急の案件

233日目


 ギルの腹から薪割りの音がする。なんで?


 ギルを起こして食堂へ。休み故に今日も食堂は人が少ない。元気なのは朝から追いかけっこしているグッドビールとライラちゃんところのメリィちゃんくらい。どうやら互いに犬(?)同士気が合うらしく、尾っぽをブンブン振り回しながら走っていたっけ。


 そんな光景を見ながらポテトサラダを食す。おばちゃん手作りの特製の一品。なんか隠し味を入れているらしく、一般的なそれに比べて味の深みというか……ともかく、俺が「おっ?」って思うくらいに美味い。


 普段は全然野菜を食べてくれないちゃっぴぃも、『きゅーっ♪』って美味そうに食っていた。よくわからんけどパレッタちゃんもけっこうガッツリ食っていた。ギルの肩車に座ったミーシャちゃんも『これなら普通に食べられるの』って食っていた。やっぱりただのふかし芋は好みではないらしい。


 ギルはもちろんいつものジャガイモ。『うめえうめえ!』って全力。グッドビールに誘われたのか、メリィちゃんもギルの皿に頭を突っ込んで食っていたっけ。ライラちゃん、それを見て『筋肉質になっちゃったらどうしよう……!?』ってオロオロしていたよ。


 さて、今日もぼちぼちゆっくりして過ごそうかな……って思っていたところで、『あのぉ……』って声が。こんな休みの日の朝からクラスルームに客が来るなんて珍しいと思ったら、なんか普通にノエルノ先輩がいる。


 『去年みたいな、お菓子パーティの発注をしたいんだけど……』って言われたとき、マジかよって思ったよね。


 元々あのお菓子パーティは、色々あってハゲプリンの味を覚えてしまったキイラム先輩経由で魔材研の人がその存在を知り、せっかくだしハゲプリン以外も発注して大々的にやろうぜ……みたいなノリで開催されたものだったはず。で、それに属性処理研が乗っかったっていう経緯だったはずだ。


 別に定例イベントでも何でもないんだけど、『なんか今年もやりたいって話が合ったのと……ウチの研究室に入れば、限定のお菓子が食べられる──って思ってる人たちが少なからずいて……』とのこと。


 恐ろしいことに、研究室仮配属前の研究室紹介にて、あのお菓子パーティのことを紹介していたらしい。それで学部生を釣った経緯があるだけに、はぐらかすのも憚られ、罪悪感を覚えてしまったノエルノ先輩がこうして打診しに来たっぽい。ノエルノ先輩自身も、『どうしても、あの味が忘れられなくて……!』って食べたそうにしていたっけ。


 『いーじゃん、やろうぜ!』ってポポルは乗り気。『最近お祭り騒ぎが多くて最高なの!』ってミーシャちゃんも乗り気。『去年とは違うってことを、見せつけてくれると俺は信じてるぞ』ってジオルドもにっこにこ。『なぁ、それってジャガイモもある!?』ってギルも食いついてきた。まぁいつも通りである。


 が、肝心の時間が無い。金も手間暇もかかるのに、そう簡単に頷くわけにもいかない。『去年だって発注前に軽く口頭レベルのやりとりして、正式手配がかかって実際に開催されるまでも結構かかったと思うんですが……』ってやんわりと告げてみれば、『だよねえ……』ってノエルノ先輩も苦笑い。


 絶望の追加情報として、『出来れば三日後くらいにやりたいんだよね』って言葉も追加された。ちょうどその日が変則的な進捗報告会の日で、それの打ち上げと言う形で開催したかったとのこと。普通に無理である。


 が、もちろん、ここでは完全に断るというのもすごい宿屋の沽券にかかわる。お客様から求められている以上、たとえどんな手を使ってでもそれを叶えるというのが宿屋の使命。物理的に達成できないのだとしたら、せめて少しでも要望を叶えるようにしなくっちゃあならない。そうしないとマデラさんの地獄の百連ケツビンタが飛んでくる。アレは怖い。


 そんなわけで、『去年ほどの規模は無理ですが、ハゲプリンと煉獄ケーキならなんとか用立てて見せましょう。それさえあれば最低限の体裁は保てるし、見た目も華やかですよ』と折衷案を出す。


 『無茶だというのはわかっているけど、さらに品目を増やすとしたら……どう?』ってノエルノ先輩。『クッキー、ゼリー……作り立てでなくても美味しく、作り置きができるものでぱっと思いつくのはこれくらいですが、あくまで他を度外視した可否だけの話ですよ』って返す俺。


 『例えば前日の夜に無理をしてもらうことができたとしたら、スコーンとかカップケーキとかくらいは行ける?』ってノエルノ先輩。『出来る出来ないかで言えば出来ます。ですが……ねえ?』ってカッコよく返す俺。


 なんで学校でこんな発注の交渉をしているのか。しかもまだこれで見積もり段階だっていうから怖い。相手がノエルノ先輩なだけに、手荒な真似はできないし。


 最終的に、ハゲプリンと煉獄ケーキ、そしてクッキーを通常納品とし、今回だけの特別対応と言うことでカップケーキの納品を了承する。見積額にはその分を反映させていただいた。『……去年より割高な気がするんだけど、それはやっぱり?』って若干涙目なノエルノ先輩に問われたので、『先輩価格として、クッキーは通常料金としておまけしてますよ』って微笑んでおく。


 まぁぶっちゃけ、見積もりなんて形式的なもので、ノエルノ先輩としては発注以外に選択肢はなかったのだ。急な案件に対応しているのだから、これくらいは許されるべき……というか、これでさえ結構な譲歩かつあまあま対応だろう。俺も随分丸くなったものである。


 ともあれ、契約のサインを交わした後はさっそく作業。まずはちゃっぴぃの乳搾り。急ぎの案件だということをあいつも本能で理解したのか、『きゅ!』って素直に俺のお膝にイン。最近やってなかったからか結構な量の夢魔の乳を搾乳することができた。


 で、その間にノエルノ先輩にはその他材料を用意してもらう。依頼するつもりだけあって、すぐさまそれなりの材料がルマルマに届けられた。『去年ほどの質は無いけど、量だけはしっかり用意したつもりだよ。余ったならそのまま使っちゃっていいから』とはノエルノ先輩の談。


 ……たぶんだけど、ノエルノ先輩もマジに引くに引けなかったんだろう。気づいた時にはもうみんなが材料を集めていて、とっくに俺との交渉を済ませているものだと思われていたに違いない。そうでもなければ、あのノエルノ先輩がこんなギリギリに無茶なオーダーなんてするはずがない。


 材料が揃ったところでひたすら調理作業に入る。ハゲプリン、ハゲプリン、合間で煉獄ケーキの下ごしらえ、その隙を縫ってクッキー……と、マジに忙しかった。量が量だし、おこちゃまはつまみ食いしようとするし、かと思えばジオルドが『そっか……今回は、俺は食えないのか……』ってなんかこっちの胸が苦しくなるくらいに悲しそうにしょんぼりするしさあ。あんなの見せられたら、作ってやらないわけにはいかないじゃん?


 なんだかんだで、結構遅くまで作業していたと思う。おやつの時間頃、ステラ先生が『くっきーの匂いがするぅ……!』って目をきらっきらさせてクラスルームにやってきたため、作業を一時中断しちゃったんだよね。


 ステラ先生、俺が全力でお菓子を作っているのを見てぱあっと笑顔になって、でもそのあとアルテアちゃんに経緯を聞いてすごくしゅんとしちゃって……でも、我慢しなきゃダメ、これはしょうがないことなんだ……って自分で自分に言い聞かせようとして、頑張って笑顔を作ろうとしているのにおめめはどうしても悲しそうなままで……あの時俺たちが抱いた感情に、何て名前を付ければいいのか。


 そんな顔をされたら、全力でジャムクッキー振舞いたくなっちゃうじゃん? 『えっ……いいの……!?』ってステラ先生がびっくりして、『わぁい!』って嬉しそうに笑ってくれるだけで俺は幸せだ。あの笑顔に元気を貰えたからこそ、効率もあがり、こうして夜まで続けるだけの気力もできたのだ。


 夕飯食っておかし作って風呂入っておかし作って雑談せずにおかし作って今に至る。今日はずっとお菓子を作っていたため、あまり休んだという気がしないけれど……なんとかノエルノ先輩のオーダーには応えられそう。明日クッキーのバリエーションを増やして、明後日にカップケーキを焼きつつ煉獄ケーキの最終仕上げをして、翌日の朝に納品すればおしまい。


 なんだかんだで俺もお菓子作りの手際……というより、単純な作業能率が去年よりもよくなっているらしい。まぁ、飲み会の準備をあれだけやっていれば、成長しないほうがおかしいか。


 ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。さすがにちょっと疲れたので、俺もさっさと寝よう。今日はシンプルに、バターでも詰めておこうか。一応書いておくけれど、床に落としちゃった奴ね。グッナイ。



※燃えるゴミ。魔法廃棄物も。

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― 新着の感想 ―
[一言] 報告会の後に打ち上げしたいのは分かる 問題は……報告会終わるのがかなり遅いことかな(電車通い) 本命:ギルがテカテカ 対抗:大きなバター 大穴:溶けたバターの球体
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