231日目 悪性魔法生物学:動く死体の生態について
231日目
お部屋が薔薇のいいかほり。そして天井に無数の目。とりあえず一個つぶしたら良い匂いが強くなった。
お部屋に薔薇の匂いを充満させようとするも、三つほど目玉を潰したところで他のがビビって消えてしまったため、それは敵わず。残念に思いつつギルを起こして食堂にいったら、『なーんか良い匂いがするねえ?』ってお鼻をすんすんさせたロザリィちゃんが抱き着いてくれてちょう幸せ。
どうやら、俺からかなり強めの薔薇の匂いがしていたらしい。フィルラドやジオルドも『悔しいけど大人のおねーさんとすれ違ったときの匂いがする』、『昔優しくしてくれた、でも隣の村に嫁いでいった憧れのおねーさんと同じ匂いがしてちくしょう』ってコメントしていたのを覚えている。
他の男子もおおむねそんな感じで、逆に女子は『高級な香水みたい』、『男にそれで負けたくなかった……!』って感心したり悔しがったりって感じ。みんな香水に憧れはあるけれど、学校だと使う機会が無いし、そもそも物自体がかなりお高めだから、いつまでも「憧れ」のままだとかなんだとか。
一応書いておく。アエルノのロベリアちゃんが『言っておくけどねッ! アレと私に何のかかわりも接点も無いからねッ! 間違っても悍ましい妄想や冗談じゃないことを考えないでよねッ!』って必死にロザリィちゃんに何かを訴えていた。そりゃもうラフォイドルが一周回ってロベリアちゃんを心配するレベル。
ロザリィちゃん、『大丈夫、わかってるって!』ってにこやかにロベリアちゃんと話していたけれど……あれ、結局何だったんだろう?
ギルは今日もやっぱりジャガイモ。『うめえうめえ!』って元気にジャガイモ。あいつ自身もバラの香りをまき散らしていたし、何ならジャガイモを食べるたびにその匂いも強くなっていたけれど、ギルの胸板を背もたれにしていたミーシャちゃんは『なんだかすっごくフクザツな気分なの……ッ!』って悩ましい顔をしていたっけ。
さて、今日の授業はエンジェルキュートな俺たちの天使ピアナ先生とワイルドナイスガイな俺たちの兄貴グレイベル先生による悪性魔法生物学。なんだかんだでカチコミ関係でしばらくまともに授業をやっていなかったから、今日は久しぶりにガチ授業できるな、やっぱりヤバい生物なのだろうか……ってワクワクしながらいつもの場所に赴いてみれば。
いつも通りにたたずむグレイベル先生。今日も相変わらず見た目はおっかなく、目が死んでいる。
そして、その足元に人間の死体があった。マジかよ。
いや、見た目的にやってもおかしくない感じではあると常々思ってはいた。グレイベル先生なら黙って一睨みするだけで並みのチンピラならチビって逃げ出すだろうし、マデラさん案件のヤクザに混じっていても何ら違和感はない。実際、俺も先生のことを何も知らなければ、その道の人だと思っていたことだろう。
でも、まさかホントにやっちまうとは。
とりあえず、『……処理はこっちでやりますか? まだ時間は経ってないですよね? 湖でも山でも、どっちでも行けます。豚の餌やゴブリンの巣穴の方が、痕跡自体は残りにくいですが』って声をかける。とりあえずギルには大きめのズタ袋を用意するように告げ、クラスメイトには『お前らは何も見なかった。いいな?』って言い聞かせる。
『できれば簡単な経緯とお人形の素性を。あとマデラさんのところへ行って、業者の紹介を受けてください。マデラさんのところまでは、僕が口利きしますから』って軽く一筆認めたのを先生のポケットにねじ込んでおく。
ここまでやって、どれ、運びやすいようにまずは少しバラすか……と思った次の瞬間。
『…いろいろ、間違っていると思うぞ』ってグレイベル先生の声が。がしっと足首を何かに掴まれた。とりあえずノールックでそれを蹴飛ばしてみれば、吹っ飛んでいくのはどこか見覚えのある片腕。
『ひっ……!?』って誰かの悲鳴。『お前、後ろ!』って誰かが叫ぶ。
グレイベル先生の足元に横たわっていたその死体が、起き上がっていた。わーぉ。
最初は何かの魔物の擬態とか幻覚を疑う。が、俺に触れてきたそれには確かに実体があったし、そして特有の腐臭もしっかりする。ついでに首をへし折っても普通に動いていた。この段階で普通の生き物でないことは確定的に明らか。
ちょっとびっくりだったのはここから。
アンデッドの類だろうってことで浄化を試みたのに、光魔法の破邪も聖水も一切効かない。普通のアンデッドだったら悶え苦しむような浄化の中でもそいつは普通にぴんぴんしている。どういうことなの。
首を折っても殺せない。浄化を試みても浄化できない。それじゃあこのアンデッドはいったいどうやれば滅することができるのかって問題が出てくる。
で、とにかく足を斬っちまえば無力化はできるだろう──と行動を試みたところで、『…その辺にしてくれ』ってグレイベル先生からストップが。『い、いきなり的確過ぎる対処だね……!?』ってピアナ先生が目を白黒しながら死体を(魔法で?)止めている。
どうやらこの死体、今日の授業内容の魔法生物だったらしい。その名もそのまま【動く死体】。見た目通り、アンデッドとしての動く死体よろしく人間の遺骸にしか見えず、一般的に想像されるような亡者の行動そっくりの行動をとるけれども、実はアンデッドではないらしい。
それどころか、『…こう見えて、普通に生きているぞ』、『まぁ、人間でもなければ動物でもないんだけどね?』って補足説明が。マジかよ。
『手がもげて首が折れてて体が腐ってるのに生きてるとかあるんですか?』ってクーラスが質問。他の人間は死体にビビって腰を抜かしていた故、肝の据わったクーラスくらいしか話をまともに聞けてなかったんだよね。
なんとも驚くべきことに、この動く死体……植物の一種であるらしい。『…知っているかはわからんが、腐臭を放つ……すなわち、死肉に擬態することで虫を呼び寄せ、栄養にしたり種を運んでもらう植物は珍しくない』、『同じように、魔物でも動物でも植物でも……何らかの意図をもって特有の形に擬態するっていうのもよくあるよね!』って先生たち。
そりゃあ、植物だってんなら首を折ろうが腕(?)がもげようが死ぬはずがない。見た目が死体っぽいだけでただの生き物なわけだし、破邪や聖水といった浄化が通じるはずもない。そもそも邪悪な存在じゃないわけだし。こいつぁ一本取られたと言わざるを得ない。
とりあえず、この……動く死体の生態について、下記に記す。死体なのに生態、そして固有名が【動く死体】なのがすごく違和感あるんだけど、もうちょっとなんとかならないのだろうか。
・動く死体はその名の通り、少し腐りかけた人の死体のような見た目をしている。また、アンデッドとしての動く死体のように、ある程度能動的に行動することができる。
・一般的なアンデッドのそれと同じように、全体として体はそこまで頑丈ではなく、炎に弱い。また、手や首が取れたくらいでは動きは止まらず、物理的損壊に対して非常に鈍感である。
・アンデッドとしてのそれとの大きな違いは、聖水やその他聖なる行為による浄化の一切が効かないことである。
・こちらの動く死体の正体は特殊な生態をもつ魔法植物である。アンデッドに対する対抗策が効かないのは、そもそもこいつはアンデッドのような不浄で邪悪な存在ではなく、見た目が恐ろしいだけの魔法植物だからである。
・動く死体は群体を成す、どちらかと言えばキノコの類に近い性質を持っている。総じて暗くてジメジメしたところを好む傾向があり、逆に日の当たる場所ではあまり見かけない。
・動く死体は特有の腐臭を放つ。
・動く死体の動く仕組みとしては食虫植物、食獣植物のそれと同じだが、植物であるためかそこまで素早い動きはできず、あくまで外的刺激からの反射として動くという面が強い。
・上記の性質より、動く死体はアンデッドとしての動く死体と外面、行動形態の両面で非常によく似ているため、しばしばアンデッドと間違われることがある。
・動く死体は成長具合により死体としての見た目が変わっていく。環境や条件にもよるが、比較的新鮮な死体や腐敗が進みほとんど面影の残らない死体、あるいは大人の死体や子供の死体など、そのバリエーションは多岐にわたる。
・動く死体は死体に擬態することで腐肉を漁りに来た魔物や同じく遺骸に群がる魔蟲などをおびき寄せ、襲い掛かる。基本的に死体の部分は本体ではないため、攻撃されてもダメージは受けず、相手が疲弊しきったところを仕留めにかかる。
・また、仮に力及ばず食われてしまったとしても、自身の胞子(種子)は獲物の体内で生き続ける。その状態で獲物の移動および排泄が行われることで、動く死体は生息域を広げていく。
・最近になって、動く死体が自らを墓地に【弔ってもらう】ことで生息域を増やす例が多く報告されている。今でこそ動く死体は人間の死体に擬態したものしか見つかっていないが、上記性質より、以前は通常の生物(例えばウサギやシカ、あるいはゴブリンなど)の死体にしか擬態しておらず、何らかの理由により人間の死体への擬態を学習した個体が爆発的に広まったのだと考えられている。
・動く死体の死体部分はあくまで獲物の誘引や捕食、胞子の被捕食のための部位であり、それ自体はいくら傷ついても動く死体本体にダメージはない。
・動く死体の本体は土の中に潜んだ太い根っこのようなものである。これは動く死体の死体部分における主に足と蔦のような(菌糸のような)もので繋がっており、これを絶つことで死体部分の動きを完全に止めることができる。
・魔物は敵。慈悲はない。
『…擬態をする植物は珍しくない。腐臭を出すのもまた然り。暗くてジメジメしたところが主な生息場所なのも、全くもって珍しいことではない』、『だけど、そのすべてが噛み合いすぎたせいで、なんかすっごくアンデッドそっくりになっちゃった魔法植物なんだよね……』って先生たちは言っていた。
確かに言われてみれば、【匂いで獲物をおびき寄せる】、【食ってもらい、遠い場所で排泄してもらうことで生息域を増やす】、【自分では動かず、相手からの刺激で動く】、【暗くてジメジメしたところを好む】……ってのは全部植物としての特徴だ。でもって見方を変えればアンデッドの特徴に合致しなくもない。
生きてる環境が似ているから似たような特徴を持つことになったのか、似たような特徴があるから生きる環境も似ているのか。そこらへんはよくわからんけど、植物として人間の死体に化けるってのはなかなか考えたなって思った次第。獲物を返り討ちにできればそれでよし、できなくても食ってもらって生息域を広げる……って、どう転んでも美味しいってずるくない?
ちなみにこんな性質を持つものだから、『並みの浄化が効かない超強力なアンデッドが出現したぞ!』……なーんて速報が入った場合、だいたいが【実は植物の方の動く死体でした】ってオチだったりするらしい。
また、アンデッドバスター……つまり、邪悪払いの専門家は逆に専門に特化しすぎて他がおろそかになっていることが多いため、不浄なるものだと思い込んで意気揚々とやってきたそいつらを見事に返り討ちにし、栄養にしてしまうケースもけっこうあったりするのだとか。『…物にもよるが、アンデッドと遜色ないくらいに物理的に強い奴もいる』ってグレイベル先生は言っていた。
ほかにも動く死体に関するエピソードは意外と多いようで、『徳の高い僧侶が、旅の途中で道端で朽ちている遺体を見つけてね……。このまま朽ち果てさせるのはあまりにも忍びないからって、わざわざ回収して墓地に弔ったんだけど……それが実は動く死体で、墓地で大繁殖しちゃって。邪気も無いのにアンデッドが大量に出現したって、大騒ぎになったことがあったんだよね』ってピアナ先生が語ってくれた。
今でこそ植物の方の動く死体が原因だってわかるんだけど、昔の記録を見ると『実はこれガチのアンデッドじゃなくて植物の動く死体の仕業じゃね?』ってなるような記録がいっぱいあるんだって。『なんだかんだで、いつごろから動く死体が人間の死体に擬態するのようになったのかはよくわかんないんだよね』ってピアナ先生は言っていた。
あえて書くまでもないだろうけど、この動く死体、魔法的な利用価値はほぼないらしい。しいて言うなら悪趣味なジョークに使えないこともない……かも? ってくらい。とても植物とは思えないくらいに人間にそっくりな見た目だから、死体偽装だとかそういう悪い意味での利用方法なら挙げられないことも無いのかもしれない。
なんだかんだで授業としてはこんなもん。最適化の結果たまたまアンデッドそっくりになっちゃった魔法植物……という、実に興味深い生物ではあったけれど、逆に言うとそれ以外はあんまり面白みはない感じ。タネさえ割れれば普通の魔物とさして変わらない。
授業後、グレイベル先生が『…他のクラスのやつらにも、俺が殺したって思われたんだよな』って死んだ瞳で呟いていた。『…授業準備をしているときも、シキラ先生に「証拠隠滅なら任せてくださいよ!」って煽られた』とも言っていた。やっぱりみんな、思うことは同じらしい。
『そりゃそうでしょうよ。気にするくらいならその強面……は直せないにしても、愛想笑いの一つくらいできるようにしたらどうです?』ってピアナ先生までケラケラ笑いながらグレイベル先生を煽る。『学生時代からずっとそうじゃないですか! 普段からそう思われるような態度しているのがいけないんですよ!』ってさらなる追撃も。
『…自然、かつ的確に死体の始末を進めようとしていた奴が、ここにいるんだが?』ってグレイベル先生に肩を組まれた。『…俺を煽るってことは、こいつを煽ることにもつながるぞ?』ってまさかの巻き込み。
『僕のは冗談だったんですけど……』って言ったんだけど、誰にも信じてもらえなかった。『パパならやりかねないし、むしろ冗談であれだけのリアル感を出せるほうが怖い』ってパレッタちゃんにコメントされたのが未だに解せぬ。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。今日の授業はあんまり危なくなかったから、男子は体力が余っている感じ。ボードゲームやカードゲームも結構盛り上がっていたと思う。一方で女子は『本物じゃないとはいえ、リアル死体は……』、『……初めて、見ちゃった』ってちょっと気分が優れなさそうなのがチラホラ。
『鳥とか家畜シメるのと変わんなくね?』ってフィルラドがコメント。『デリカシーってもんを考えろ』ってアルテアちゃんがケツビンタ。人の死体への反応で、なんとなく育ちがわかるような気がしなくも無いのが面白いかも?
ちなみにロザリィちゃんは『うぇぇ……!』って半べそかきながら俺に抱き着いてきた。『怖かったの?』って聞いてみれば、『お鼻が死ぬかと思った……!』って俺の胸に顔をうずめてすーはーすーはーくんかくんか。お鼻の敏感なロザリィちゃんからしてみれば、奴の腐臭が酷すぎて見た目とか気にしている余裕はなかったらしい。まぁ、死体慣れなんてする必要が無ければしなくていいことだしね。
一応書いておく。俺ってば組長の鑑だから女子の安眠のためにホットミルク(甘め)を提供したんだけど、なぜかちゃっぴぃまでもが『きゅーっ!』ってガブガブ飲みまくっていたので、寝る前にしっかり歯を磨き、トイレに行かせておいた。これでおねしょはしない……と信じるほかない。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。結局あの動く死体はギルの鉄拳でミンチにされていたけれども、ギルは『あっ! 全然人を殴った感覚じゃねえや!』って嬉しそうだった。俺なんかよりもギルの方がよっぽど怖いと思うんだけど、ぜひともみんなの意見を聞いてみたいところだ。
ギルの鼻には動く死体の指でも詰めておく……血管だと思ったそれ、よくよく見たら葉脈じゃね? やっぱうまいことできてんな。おやすみ。