228日目 発展魔法材料学:魔法疲労破壊について
228日目
ギルから焼きたてパンのかほりが。……まさかあれ、石じゃなくてガチガチにカビたパンだったのか?
ギルを起こして食堂へ。今日は割と冷え込んでいたからか、あったかスープのところの列がヤバかった。みんな考えることは同じなのだろう。『女子はスカートな分ぽんぽん冷やしやすいんですけど?』、『生足とかタイツとかこっそり見てるの知ってるんだから』って女子たちが男子の順番をもぎ取っていたっけ。
そんな中、俺はあえてのビシソワーズをチョイス。時代の流れに逆らっちゃう俺ってばマジカッコいい。悠然と『ビシソワーズをお願いします』っておばちゃんに伝えた時の周りの目、称賛と尊敬に溢れまくっていたよね。
が、残念ながらちゃっぴぃにはこの反逆の男の魂は理解できなかったらしい。せっかく俺がビシソワーズを『あーん♪』してやっても『きゅ!』ってそっぽを向き、そのままロザリィちゃんのお膝に移る始末。で、ロザリィちゃんが飲んでいたあったかコーンポタージュを『あーん♪』してもらって、『きゅーっ♪』ってにこにこ笑っていた。
『ちゃっぴぃも女の子だし、体冷やしちゃダメだからねー?』ってロザリィちゃんはふうふうしてちゃっぴぃにコーンポタージュを与えまくる。『男の子も体を冷やすのは良くないと思うんだけど……』って言ってみれば、ロザリィちゃんってば何を思ったかそのまま俺にキス。
『……ドキドキして、すごく暑くならない?』って上目づかいで微笑まれたとき、マジに体中が熱くて溶けるかと思ったよね。こんなにも画期的で斬新な愛のあふれる方法を知っているだなんて、ロザリィちゃんはいったい何者なんだろうか?
一応書いておく。ギルは今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。ミーシャちゃんが飲み切れなかったコーンポタージュも平らげていたし、美味しいけど冷たくてあまり食の進まなかった俺のビシソワーズも『うめえうめえ!』って何のためらいもなく飲んでいた。好き嫌いしないのは良いことだと思う。
今日の授業はシキラ先生の発展魔法材料学。なぜか時間になっても先生がやってこない。これはもう休講ではないか……とワクワクしていたところで『残念だったなァ!』ってシキラ先生が颯爽と登場。『あれぇ? 期待しちゃったぁ? 俺なんか授業するのが楽しみで楽しみでしょうがないってのに、お前らは違うだなんて……先生としてすっごく悲しいぜ!』ってわざとらしい茶番も。
なお、遅れたのは割とガチな理由らしい。『いやよぉ……なんか、今更になってティアトからクレームが来て、学生部から呼び出し喰らってよぉ……。帰りの馬車で未確認の謎の魔物に襲われたらしいんだが、それが俺の差し金だってリバルトが言って聞かないんだよ』ってシキラ先生は首をかしげていた。
なんでもその魔物、突如として馬車の中に出現したらしい。土塊か植物の類のゴーレムに近い魔法生物で、異常な生命力と再生性、そして分裂能力があったのだとか。大きさ的にはゴブリン程度だったけど、個体数もゴブリン並みになってしまったゆえに、駆逐するのが非常に大変だったとか。
『きっちり滅するのに天候が変わるほどの強大な魔法を使う羽目になった、絶対お前の仕業だろ……ってリバルトが文句言ってきたんだけど、マジで心当たりがないんだよな……。あいつ、昔っから何でもかんでも俺のせいにしやがって……そんな未知の魔物を創れるなら調教して採点係にしてるっての……』ってシキラ先生はグチグチ。
何でもかんでも俺のせいっていってたけど、実際リバルトが巻き込まれたトラブルの九割以上はシキラ先生が原因であるのは間違いないだろう。トラブルメーカーって自覚がまるでないから困るよね。
なお、その魔物自体はきっちり倒したんだけど、馬車の状態が酷くなったために帰りは酔う奴が続出して大変なことになったとか。普通の馬車だったらそのまま外に顔を出して……ってできるけど、空の上だとどうなるんだろ? 一度その光景を見てみた……くないや。
さて、肝心の授業内容だけれども、今日は魔法疲労破壊について学んだ。『ようやくここまで来れたぜぇ……!』ってシキラ先生が妙に嬉しそう。前々からちょこちょこ出ていたけれども、自身の専門分野だから気合が入っているのだろう。
まず最初に、破壊ってのは【物がぶっ壊れること】であるわけだけれども、その形態はいくつかの種類に分類される。いわゆる普通の(?)状態での破壊である静的破壊や、この前の魔法衝撃試験なんかで評価されるような衝撃破壊が代表される動的破壊など。基本的に俺たちが物事を考える時……魔法材料学に関わらず、それが静的か動的かで大きく場合分けすることが多い。
ただし、この大きな場合分けって言っても、大抵のケースでは【動的の方が限界がヤバいね】って感じで収まる。静的だったら耐えられた負荷なのに、動的だったら耐えられない……っていうパターンね。
まぁ、これについては大方イメージ通りの現象だろう。ゆっくりやるよりも勢いづけてやる方が耐久性的な意味では弱くなるわけだし。
ここで重要なのは、(このケースにおいて)静的か動的かで異なるのはあくまで耐久限界の値のみであるというところ。つまるところ評価方法が変わっただけで、耐久限界は計算で求められる……すなわち、それそのものは魔法則と言う絶対の真理の元にあるわけだ。
ところがどっこい、この計算された耐久限界の範囲内の負荷なのにぶっ壊れるという事態が割と普通に起きている。どう計算してもこんな小さな負荷では壊れるはずがなく、材料に試験を行って負荷限界を測定し直しても、実際の対象に掛かった負荷を直接かけても問題ないことがわかっているのに、現実としてぶっ壊れたという事実のみが突き付けられるという意味不明なことが起きているってわけだ。
このわけわかんない破壊って言うのが、今回のテーマである魔法疲労破壊ね。
『前なんかのガチな空気の時に言ったと思うけど、破壊に関する評価や研究って言うのは未だに発展途上で完璧とは言えないんだ。魔法疲労破壊はその最たる例で、今でこそこいつを考慮した設計が行われているが、昔はそうじゃなかったために、こいつに起因する事故が……それも結構大規模なものがちょくちょく起きていたんだよ』ってシキラ先生は言っていた。
とりあえず、魔法疲労破壊の概要について下記に記す。
・魔法疲労破壊
魔法疲労とは、破壊魔力以下の魔力を一定保持、または繰り返し負荷した際にある程度の時間をおいてから生じる破壊を示す。特に魔法材料学の分野では、一度負荷しただけでは破壊が生じないはずの小さな魔力を規則正しく、あるいは不規則に繰り返し作用させたときに生じる破壊を魔法疲労破壊と呼ぶ。
我々魔法使いが魔法の設計をする際はその魔法材料の強度限を基準にするため、理論上は破壊は生じ得ないが、事実として破壊を原因とする魔法事故は今日においてなお発生している。この破壊要因の大半は魔法疲労だと言われており、これを撲滅することが魔法使いとしての急務と言えるが、未だに明確で一意的な評価手法は確立されておらず、ある種の経験則に基づいた評価手法が検討、運用されるのみとなっている。
つまるところ、いつぞやシキラ先生が言ってた話と同じ。 本来壊れるはずのない小さな魔力でも、繰り返し何度も負荷させることで材料が「疲れ」、結果として壊れやすくなるっていうやつ。そりゃあ評価段階じゃわかるはずがないわな。
『こいつの何がヤバいって、ヤバい状態であることが見た目じゃ全然わかんないんだよ。普通の静的破壊だったら、メキメキってなったりミシミシしたりして……ま、よほどのアホじゃない限り一目でヤバいってわかるだろ? 動的破壊なら、そもそもそんなの見る暇もないわけだが……こいつの場合、最初は普通に問題なく使えるんだ。でも、ある日突然、今までと何も変わらず使っていたはずなのにいきなりぶっ壊れるんだよ』ってシキラ先生が宣う。
繰り返しでちょっとくどいけど、昨日まで問題なく閾値以下で安全だと言われていたのに、魔法疲労破壊ではそれがある日突然ぶっ壊れる。過負荷がかけられたわけでも、測定がミスっていたわけでもない。ましてや設計計算を間違えたわけでもないのに。そりゃ怖いわ。
普通の魔法材料の静的破壊なら見た目である程度その進行が追えるけど、魔法疲労の場合はそれができない。だから、ヤバい状態なのか、今どれくらいヤバいのか……それを知ることができないからメンテナンスもできない。『極めて危険で、だからこそこうして授業でお前たちにも教えることになっている』ってシキラ先生は言っていた。
なんとも驚くべきことに、この問題が浮き彫りになってからまだ百年も経っていないらしい。魔法疲労と思われる問題自体はさらに前から報告されていて、最近になってようやく、この謎の破壊事故の要因(メカニズム)が魔法疲労破壊だと判明したそうな。
『破壊評価の業界はまだまだ発展途上だからな。これからまた新しい問題が出てくるかもしれないし、今ここにいる誰かが画期的な方法を考案して歴史に名を遺すことになるかもしれない。重要な問題ではあるが、その分やりがいみたいなもんはあるんじゃねえの?』ってシキラ先生はそう言って授業を締めくくる。今日はあくまでさわりのみで、詳細についてはそれぞれごとに次回以降の授業で触れていくらしい。
……そんな結構アツい分野を自身の専門としているシキラ先生って、思った以上にすごい人なのかもしれない。あの人の破壊魔法、単純な破壊魔法要素だけでなく魔法疲労破壊も使っているって言ってたし……こいつはマジにここが最先端の可能性もあるのではなかろうか。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、ロザリィちゃんが『授業で疲れちゃったんですけど……?』って俺の横にちょこんと座って甘えてきた。『このままじゃ大変危険な状態なので、早急に何とかする必要があります』っておめめをぱちぱち。思わずぎゅって抱きしめちゃったよね。
ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。あいつ、『繰り返し負荷の疲労による破壊か……昔の偉い人が筋トレをしていれば、そんなのすぐにわかりそうなことだったのにな……』って寝る前に沈痛な面持ちをしていたっけ。
『めちゃくちゃ重い石を一回持ち上げるのと、そこそこの重さの石を何度も持ち上げるの……どっちが筋肉に効くかなんて、そんなの確かめるまでもない。重要なのは単純な限界ではなく、どれくらい影響を与えるかっていう事実そのものだろう? こんなの、筋トレしてるやつならみんな知ってるぞ』って語ってくれたんだけど、案外マジにその通りだから困る。俺だって、マデラさんに一回力仕事を頼まれるよりも、ババアロリとアバズレに何回も小分けにこき使われる方が何倍も堪えるって経験で知っているし。
やはり、魔系はもっと筋トレしたほうが良いのかもしれない。いや、魔系と言うよりかは魔系じゃない学者肌の魔法使いか。机上の理論よりも実践、そして知見を広げるための様々な経験って言うのはやっぱり大事だ。思わぬものが意外なところで活躍したりするしね。案外、ギルみたいなやつが偉大な発見をしたりして歴史に名を遺す……かも?
魔法界の問題を筋肉の光で照らしつつあるギルの鼻には、期待を込めて干し肉の欠片でも入れておこう。これまたなぜか俺のローブのフードに入っていた奴ね。みすやお。