224日目 悪性魔法生物学:天人馬の生態について(ポスターセッション)
224日目
部屋がエビ臭い。ちくしょう。
ギルを起こして食堂へ。なんか今日は曇っていて妙に薄暗い。なんとなく遠くの方からはゴロゴロさまの雄たけびも。『これぜってぇ大雨振るやつだし』ってなぜかポポルが自慢げにみんなに話しまくっていたのを覚えている。
一方でロザリィちゃんはちゃっぴぃに腹巻(?)的なのを着けてあげていた。『急に雨とか降ると寒くなるし、おなか冷やしちゃうからねー?』とのこと。ちゃっぴぃは常に全裸だからそんな心配もないだろう……と思ったけど、そういう油断が良くないのだろう。
……たぶんだけど、あの腹巻的な奴はミーシャちゃんのだと思う。主にサイズ的に。ロザリィちゃんはいっつもひざ掛けで対応しているしね。
朝食は無難にコンソメスープをチョイス。普通に美味しかったけどそれだけ。特にこれと言ってコメントは思いつかず。ちゃっぴぃが俺のお膝の上で『きゅーっ♪』って美味そうに飲んでいたくらい。
ギルはもちろんジャガイモ。『うめえうめえ!』って今日も元気いっぱいに平らげていた。みんながギルみたいな味覚の持ち主だったら食費が浮いてハッピーになれるのになあ。
さて、今日の授業は俺たちの兄貴グレイベル先生と俺たちの天使ピアナ先生による悪性魔法生物学。天気が崩れそうとはいえ、まだ実害が無い以上外でやる……のはいいんだけど、いつものところに行ってみれば、そこには大きなパネル(?)が鎮座していた。ご丁寧にも布が掛けられて、中身は見るまでのお楽しみな感じ。
もちろん、その傍らには二人の姿も。なんか微妙にお疲れの様子。『…先週の疲れがなかなか取れなくてな』、『うー……学生の頃は、こんなことなかったのにぃ……!』とのこと。やっぱり俺たちの知らないところで、二人とも裏方としていろいろ動いていたのだろう。お疲れ様です。
ともあれ、さっそく今日の授業。魔法生物学は中間テストをしていないから、このパネルが怪しいと踏んでみる。
『生きてる絵とか、そういうホラー系なの?』ってミーシャちゃん。『意外と普通に呪われた絵かも!』って嬉しそうなパレッタちゃん。
『絵そのものが怪物ってパターンだったり?』って杖を構えるフィルラド。『絵の世界に引きずり込んでくる悪魔の類って線もあるんじゃ?』って罠魔法で周りをガチガチに固めるクーラス。『それよりこれ高く売れるんじゃね!?』って目をキラキラさせるポポル。今日も平和だ。
ピアナ先生がその様子を見て疲れたように笑う。『じゃあ、見てみよっか』ってその布を一気に取り払った。
中から出てきたのは──なんか、難しいことがいっぱい書かれたパネルだった。
一番上のところに、【天人馬の生態と彼らが用いる特殊な魔法陣の基礎的特性およびその応用方法】ってタイトルが。その脇にはThyeatLoliecheの名とエムブレムが刻まれていて、リバルトほか数人の名前もある。
そこから下はよくわからん魔法陣だの魔法式が書き連ねてあるのと、天人馬の挿絵が点描で描かれていた。全体的に七つくらいのブロックに項目が分かれていて、その中でも図や絵をふんだんに使いつつみっちり細かい文字でいろんなことが書かれていたのを覚えている。
『なんすかコレ』って誰かが呟く。『…学術発表用資料だな』ってグレイベル先生。マジかよって思ったよね。
『…大変ありがたいことに、ティアトが大変貴重な天人馬についての記録をこうして纏めて贈ってくださった。めったに見られない非常にレアなものだから、ぜひとも学生たちにも共有してほしい……とな』ってグレイベル先生は無表情。『ついでに、今のうちからちゃんとした学術資料にも慣れておいた方がいい……みたいなことも言ってたねえ……』ってピアナ先生も苦笑。
『ま、そんなわけで今日の授業はプチポスターセッション的な感じで……』ってピアナ先生の言葉を聞いた時、怒りでブチ切れそうになったよね。
つまり、アレか? あいつらはこの期に及んでなお俺たちの憩いの授業の邪魔をするってか? 先生たちの管轄を侵害し、そのメンツを潰して顔に泥を塗るってか? 余計なお世話も甚だしいって言う。
しかも肝心のその資料、小難しいことばかり書いてあって可読性が酷く悪い。内容的には貴重で新たな発見や知見に溢れるものなのだろうけれども、それ自体がわかりづらいし何より興味を持つことができない。他人のクソつまんない自慢を延々と聞かされているような気分。
『結局何が言いたいかさっぱりわかんねえ』、『天人馬の魔法陣に二重螺旋構造があったって……それの何がすごいの? ハート形とかの方がすごくない?』ってみんなブツブツ。せめて実物があればまだ面白かったのに、肝心のそれも無い。つまらない教科書をみんなでぎゅうぎゅうになりながら読んでいるに過ぎない。授業の意義が行方不明。
『…俺も上には逆らえなくてな?』ってグレイベル先生も投げやりモード。俺たちの兄貴にしては妙に子供っぽいというか、らしくないな……と思っていたら、『ティアトに送付するための感想文も書かせられたうえ、逆にこっちが相手に送るためのポスターも作ってたんだよね』ってピアナ先生が教えてくれた。
もちろん、それなりにやり直しを喰らったらしく、『…そもそもいきなり二日後に提出しろとか無理だろ……』ってグレイベル先生はマジで死んだ顔。当然イレギュラーな仕事を振られてもいつもの定常業務は無くならない……というか、すでにカチコミの裏方と言うイレギュラーの最たるものを抱えていていっぱいいっぱい。
つまるところ、ティアトの自己満足に巻き込まれて余計な仕事がめっちゃ増えたってことなんだろう。ついでに、本来この授業でやる予定だった……あるいは、どこか別の回でやる予定だった一回分の授業の準備が無駄になっている。そりゃ先生もグレるわな。
『雷さまも近いみたいだし、今日は早めに終わっちゃおっか!』ってピアナ先生が早めに切り上げてくれなければ、俺たちみんなグレていたかもしれない。まぁ、その分先生たちとクラスルームでおしゃべりしたりダラダラできたからよかったんだけどね。
ちなみに、ウィルアロンティカからは夢魔の魅惑種についてのポスターを送ったらしい。内容としては、『…一般的なもの、主人に対してのもの、発情期のもの……これらにおける行動や反応の特徴や違いをまとめた、夢魔の行動心理に関するものだな』とのこと。人々を誑かす、すなわち本来の気性を滅多に見せない夢魔の貴重な行動記録らしい。ウチの子がいつのまにか貴重な学術記録にされていてマジビビった。
夕方ごろにとうとう土砂降りが。ゴロゴロ様もマジヤバい。なんかひっきりなしに雷が落ちているし、風も強くて雨が壁をブチ破ってきそうなレベル。全体的に騒々しく、使い魔らはみんな不安げにしていたし、女子も何人かは雷の音でびくっ! ってなっていた。
夕飯食って風呂入った後も雨風雷の勢いは落ちず。どことなくおどろおどろしい感じがして、雑談もあまり盛り上がらず。週末なのにみんなそうそうに自室にひっこんでいったっけ。
ギルは今日も雷鳴に負けないほど大きなイビキをかいている。なんとなく不安になったのか、ちゃっぴぃが俺のベッドに潜り込んでもぞもぞ動いている。今夜は荒れそうだし、しょうがないのでぎゅってして寝てやるか。
いいか、俺が寂しいんじゃなくて、ちゃっぴぃが怖がるだろうからぎゅってしてやるんだ。そこを勘違いしないようにな。
ああ、寝る前にロザリィちゃんにキスしておけばよかった。ロザリィちゃんもこんな嵐の夜は不安だろうに。俺が女の子なら、今すぐロザリィちゃんの部屋に行って一緒のベッドで寝たのになあ。
ギルの鼻には一条のヒカリを詰めておく。おやすみなさい。