221日目 発展魔法材料学:テスト返却
221日目
ハンカチがビクビク脈打っている。怖いからトイレに流しておいた。
ギルを起こして食堂へ。なんか今日はそういう日なのか、昨日に比べてずいぶんと肌寒い。おかげで女子たちはみんなが暖を取ろうと固まって抱き合っていたし、うちのちゃっぴぃも『きゅーっ!』って俺のローブに潜り込んできた。もうそんな時期かと思った瞬間だ。
……なんか微妙に潜り込まれてきたときのローブのフィット感と言うか、余裕が去年よりも全然なかった気がする。間違いなく、ちゃっぴぃがデカくなったせいだろう。このペースだとあと数年もすればローブにもぐりこむなんてことは物理的にできなくなるはずだ。今のうちに存分にやらせて飽きさせるほかない。
ちなみに、そんなちゃっぴぃは今日も俺のお膝の上でふんぞりかえってミルクティーをガブガブ飲んでいた。コーヒーとかオトナの飲み物は飲めないあいつでも、甘いアレなら普通に飲める……と言うか好んで飲んでいる。香りを楽しむクーラスのハーブティーなんかは飲めなくはないけど、あえて選択するほどでもないって感じっぽい。
ギルは今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。気を利かせてコショウを振ってやったところ、『さすが親友、わかってるぜ!』って背中をバンバン叩かれて死にそうになった。朝からあんな重篤なダメージを受ける羽目になるとは……。
今日の授業はシキラ先生の発展魔法材料学。『とりあえずカチコミおつかれ!』ってシキラ先生は楽しそう。『予想とかなり展開は違ったが……まぁ、アレはアレで悪くなかったな!』とのこと。あの人の中ではどんな絵図が描かれていたのか、聞くのが怖いところだ。
内容は普通にテスト返却。何人かの人は『脳筋鍛えて出直せよ』って言われてた。さらにヤバい人は『これ、解答用紙じゃなくて再履行きのチケットだぜ?』って言われてた。再履な上でヤバかったひとは『お前再履チケット屋さんにでもなるの?』って煽られていた。
ちなみに現在再履チケット屋さんはシキラ先生一人しかいないため、『業務がツラくてマジヤバい。アシスタントが欲しいところだ』とのこと。チケット発行の意味合いがだいぶ違うと思うけど、そこのところはどうなんだろうか。
なお、俺は『マジな話、お前ほど怖いもの知らずで面白い奴初めてだよ』って解答用紙を返却された。解答欄の【教えて☆女神先生】のところに「スタイルよし」、「ボディラインよし」、「胸はもっと盛った方が好みだがこれはこれでよし」、「ところでこの人何の先生?」、「連絡先よろしく」……などなど、細かくコメントが。
一番最後には、【次は銀髪でスレンダーなクール系だけどふとした表紙に母性が垣間見えるビューティなおねえさんの先生でシクヨロ】ってコメントされていた。残念ながら、俺には【教えて☆女神先生】以外の先生を描く趣味はない。
とりあえず九割は取れていた。魔硬のところで微妙に解釈ミスというか、使い分けの定義のところでひっかかっちゃっていた。まぁこれくらいはお茶目と言うことで見逃してもらいたい。
盛り上がったのは例のカチコミの結果を予想するサービス問題。『意外と試合数を外している奴が多かったな』とのこと。連日開催の五日と隔日開催の三日が多く、今回のように中だけ休みの四日は全体の三割くらいしかいなかったんだって。
『あと、最後が組長バトルってのはみんな当てていたんだが……決まり手が【ルマルマの相打ち】、【ルマルマのズボン下ろし】、【ルマルマのモロ出し】ばかりだったのはなぜなんだぜ?』ってシキラ先生はニヤニヤ。『俺も気を付けておかないとな!』ってわざとらしく自分のズボンのベルトを一段きつく締めたりも。
もしかして俺、みんなからパンモロ大好きな変態だと思われてるの? 甚だ遺憾なんだけれども。
そうそう、せっかくなのでカチコミのそもそもの発端と言うか、リバルトとシキラ先生の関係についても聞いてみた。大方の予想通り、今回の件は刺激を求めたシキラ先生の方から持ち掛けられたものらしく、『なんだかんだで話が出たのは去年の春休みのころだぞ』とのこと。それから水面下でいろいろあって、夏休みのころには公表できるレベルで事が動いていたそうな。
ただ、一応は建前通り、俺たちやティアトの成長を促す意図もあったらしい。『そもそも、俺は最初はお前らを売るつもりだったんだ』ってシキラ先生は衝撃発言。『成長ってのは逆境の中でこそ加速する。俺たちの時代に比べて、お前たちにはどうもその辺が足りてない気がするんだよな』とのこと。
アンブレスワームだのクソ鬼畜課題や実験なんかをやらせておいて、まだなお逆境が足りないとあの人は言うのか。先生たちの時代がそれほど暗黒だったのか、それとも単純にシキラ先生の頭のネジがどうにかなっているのか……判断に迷うのが怖いところだ。
『だけど、リバルトの方が俺の申し出を断ったんだよな。照れてるのか、一切話しかけてくるなって……それはもう不愛想なもんよ』ってシキラ先生はグチグチ。シキラ先生の理想としては、対策をばっちり整えたティアトに成す術もない俺たちが、いったいどうやってそれを打開するのかを見たかったらしい。
ちなみに、【逆境が人の成長を加速させる】という考え自体はリバルトも賛同しているとのこと。だからこそ、あいつはシキラ先生の誘いに乗り、ヤバい奴の巣窟(俺とロザリィちゃんとステラ先生を除く)と認識しているウィルアロンティカにカチコミを行うという選択を取ったのだろう。
態のいい化け物扱いされているような気がしなくもない……というか、まさにヤバいやつの見本にされたのだろう。
なお、リバルトとシキラ先生の関係については、『同じ学校の組長同士だったんだよ』とのこと。クラスが違うから授業なんかは別々だったものの、ウィルアロンティカでの生活のように、飯や風呂、その他イベントなんかでちょくちょく絡んでいたらしい。
『仲が良かったんですか?』ってアルテアちゃんが質問。『俺はそのつもりなんだが、あいつはいつも照れ隠しで「反吐が出る」とか言うんだよな!』ってシキラ先生はにっこにこ。なんとなく、二人の関係が分かった気がした。
『ちなみに言っておくけど、あいつ俺のことを悪魔みたいにボロクソに言ってたけど、あいつのほうがかなりエグいことやってたからな? 自分で言うのもなんだけど、そういう奴でもなければこの俺とン十年も親友でいられるわけねーだろ?』ってシキラ先生は真顔。今更だけど、シキラ先生とタメってことはあいつ結構な若作りじゃね?
『そうだなァ……あいつのエピソードで印象深いのは……やっぱアレかな、クーデターのやつだろ』ってシキラ先生は話し出す。確か以前、どこかで学生時代のシキラ先生が、課題の量にブチ切れてクーデターを起こした……なんて話を聞いたと思ったら、『それ、俺がやったってことになってるけど、実際は俺じゃなくてあいつなんだよね』との衝撃の事実が。マジかよ。
『課題の量にあいつの心身はすっかりすり減った。普通ならここでぽっきり挫けるか、あるいは自棄になったりするもんだが……あいつは変にまじめで、そして最高のイカれ野郎だ。未提出にするのも逃げ出すのも無理だからってんで、課題そのものをなかったことにしちまえばいいって考えたんだよ』……ってシキラ先生は語りだす。
『計画を立案したのも、周りをそそのかしたのもみんなあいつだ。必要なものを揃えたのもあいつで、気づけばもう、みんながクーデターに参加する流れになっていた。そしていつの間にか俺がシンボルとして祭り上げられていて、俺が首謀者と言うことになっていた』
『当日のことは今でも覚えている。あいつは決して表には出て来ず、要所要所のサポートだけに徹していた。落としちゃ拙いものを徹底的に固め、そしてひたすら俺の活躍を目立たせた』
『俺は単純に日頃の鬱憤を晴らしているだけで、クーデターの目的なんか知ったこっちゃなかった。祭りに乗じて気に食わねえものをぶっ壊したり暴れていただけなのに……事が終わった後、目をつけられたのは俺だけだ』
『ひどくねえ? 俺なんていわば下請け作業員みたいなもんだぜ? なのに、それから卒業するまでずっと……いいや、卒業してからも先公どもに要注意人物として扱われ続けているんだ。なのに、本当の真の首謀者であるあの野郎は、すまし顔でメリットだけを享受している。「自分は巻き込まれて仕方なく……」みたいな顔してな。たぶん、あの先公どもあいつが首謀者だって今も知らねえんじゃねえの?』
『な? わかったろ? あいつに比べれば俺なんてまだまだだよ。俺なんかよりもあいつの方がよっぽど恐ろしいね!』
シキラ先生はそんな風に如何にリバルトがヤバい奴だったのかを語ってくれたけれども、ただ好き勝手動いていること自体が首謀者に祭り上げられるレベルの行動であるシキラ先生だって十分にヤバいし、リバルトの工作があったにしても【こいつならクーデターをやりかねない】と納得されてしまうそれ自体がそもそも問題なのではなかろうか。
もっと言えば、これ自体がシキラ先生のウソであり、俺たちへの【試し】である可能性がゼロではない。シキラ先生なら……シキラ先生だからこそ、【親友】をそういう風に嘯き、何かの機会に俺たちとリバルトが関わった時の反応を楽しむだろう。己が楽しむためなら、シキラ先生はなんだってする人なのだから。
ともあれそんな感じで授業は終了。一応テストの解説もやったけど、基本は教科書やノートに書いてあることばかりだから、みんなが間違ったところや間違いやすいところのワンポイント解説、知識を深めるためのちょっとしたこぼれ話なんかがメイン。返却&解説よりも、カチコミ関連の話の方がよっぽど多かったと言えよう。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、『でもなんだかんだで……卒業してもああいう風に友達でいられるの、なんかいいよな』ってアルテアちゃんがぽつりとつぶやいていた。『なんだぁ、寂しんぼモードかぁ?』ってロザリィちゃんが抱きしめに入り、『遠回しに照れくさいこと言ったのかしら?』ってその他ルマルマ女子もアルテアちゃんを抱きしめに。
『ちくしょう』、『ずるい』ってジオルドとクーラスが似たようなことをつぶやくも、女子は誰も見向きもせず(正確には二人の表情をこっそり見て息を荒げていた)。しょうがないので『卒業してもずっと友達だし、月一で俺とロザリィちゃんとステラ先生の宿でルマルマ飲み会を開いてやるよ』って二人の肩をポンポンしておく。
『……なんか、ありがとな』、『やっぱ卒業した後なんてまだわかんねえよな』って二人に疲れた表情で笑いかけられた。ナイーブな気分にでもなっていたのだろうか?
ギルは今日も腹をモロ出ししてスヤスヤと大きなイビキをかいている。今ふと思ったけど、卒業したらこいつの鼻にものを詰める人がいなくなってしまう。今のうちに何かしらの対策を考えておかねば。
ギルの鼻には……丸い三角でも詰めておこう。おやすみなさい。