218日目 他校交流降神魔法大会:閉会式
218日目
頭がクソ痛い。クソが。
ギルを起こして食堂へ。一応今日は休日……なんだけど、昨日の興奮が冷めやらぬのか、食堂には普通に人がいっぱい。もちろん、ティアトの連中も(一部を除いて)基本的には揃っている感じ。
今日もまた、コーキトンが『ジャガイモそのものに秘密があるのか……?』っていぶかしみながらジャガイモを食いまくっていた。大半のティアトは俺たちをヤバい化け物を見るかのようにして避けていたのに、あいつだけはいたって普通。なんかナチュラルにルマルマに混じってジャガイモを食っているって言うね。
『お前自分たちんとこの奴と仲悪いの?』っておこちゃまポポルがストレートに聞いていた。『いつもと違う状況なのに、いつでも一緒に過ごせる奴らと一緒に過ごす道理があるか?』ってコーキトンは不思議そう。良くも悪くも、そういう人間なのだろう。
一応書いておくけど、今日もやっぱりギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモ食ってた。『お互い色々あったけど、一緒にジャガイモ食えばもう友達だよな!』ってティアトの連中にもジャガイモを布教しまくっていた。あいつのああいうところだけは見習いたいと思う。
なお、ミルシェラちゃんなんかは苦笑いしながらも『ありがとね!』ってジャガイモを食べてくれたのに対し、シエルゼルと腕ブラクソ野郎は舌打ちしてガン無視決め込んでいた。『ジャガイモはどんな傷にも万病にも効くんだぞ?』ってギルが自身の肉体という最高の証明(ポージング)をしても完全スルー。
せっかくのギルの好意を無駄にしやがって。マジなんなのあいつら。
朝食のデザートのスペシャルプリン(何がスペシャルなのかは知らぬ)を食していたところ、グレイベル先生が食堂にやってきた。『…昼から表彰式を兼ねた最後の食事会をここでするから、各々クラスルームで待機するように』とのこと。午前中の間にティアトの連中は帰り支度を整え、そして先生方は表彰式の準備をするらしい。
『朝飯の支度をしたと思ったら、すぐにまた本気のバイキングの準備だよ……まぁ、これが仕事だからいいんだけどさ』っておばちゃんは言っていた。ティアトの連中はお客様だし、何よりこの後は馬車での移動になる……要は、まともな飯を食えなくなるから、ランチとはいえちゃんとした豪勢なバイキングの仕込みをするらしい。
『最後の飯だし……あの子たちも、育ち盛りだからね!』っておばちゃんはやる気満々。あんな連中にも慈悲をかけるとか、もしかしたらおばちゃんは聖人なのかもしれない。
そんなわけで午前中はぼーっと過ご……そうと思ったんだけど、『きゅ! きゅ!』ってちゃっぴぃがなんかうるさかったので、一緒にそこらをお散歩することに。もちろん、ロザリィちゃんも一緒ね。
で、ちゃっぴぃの手を引きつつ(ホントはロザリィちゃんと手をつなぎたかったんだけど、あの野郎が俺たちの間に入ってきやがった)そこらをブラブラしていたところ、『あ……っ』、『ぴ……!?』って声がうしろから。
なんだと思って振り返ってみれば、そこには第二試合でちゃっぴぃと壮絶なる戦いを繰り広げた天使(とその主人である男子生徒)がいた。
『ど、どうも……』ってロイツ(男子生徒)は穏やかに笑って頭を下げる。とりあえずこっちも『その節はどうも……』って当たり障りのない感じに。天使の子の方はそいつの肩車に乗っていて、なんか気まずい(?)のか恥ずかしそうにぎゅってそいつの頭に抱き着いていた。
意外なことに、なんかちゃっぴぃもささっと俺の後ろに隠れた。で、なんか足にしがみついで前に出てこようとしない。こいつこんないじらしいところあったっけ?
『そっちもお散歩ですかー?』ってロザリィちゃんが天使の子に笑いかけて手を振る。天使の子、なんか恥ずかしそうにこくりと頷いた。『実は、僕の方は大して支度することとかなくて。せっかくだし、お散歩でもしてみようかと』……ってことで肩車お散歩としゃれこむことになったらしい。
ティアトにしては珍しく社交的……高飛車な感じがしないと思ったら、『ああ……ティアトのほとんどは良いところの家の人たちですけど、僕自身は一般市民だからかも』ってロイツは言っていた。魔法学校を選ぶにあたり、校風とか就職先、その他諸々を考えるとティアトの一択しかなかったそうな。
『下世話な話、入学するのに相当苦労したし……今でも、上流階級特有のあの空気はちょっと苦手で』とのこと。ティアトの連中にもいろいろあるんだなって思った。
そんな感じで一緒に散歩しつつ雑談していたわけだけれども、子供同士だというのにちゃっぴぃとクゥリュ(天使の子)がなんかぎこちない。互いに俺たちの足や背中に引っ付いたりしてすごくもじもじ。ろくにこちらに関わろうともせず、さっと顔を背けるばかり。
『普段はもっと、やんちゃで人見知りとかはしないタイプなんですけどね』ってロイツは苦笑い。『うちもそんな感じですよ。普段からこれだけ大人しければどれだけありがたいことか』って俺も苦笑い。なんかすごくロイツにシンパシーを感じる。
ともあれ、このままってのはあまりよろしくない。ロザリィちゃんが俺の脚に引っ付くちゃっぴぃを抱っこして引き離し、ロイツもクゥリュの天輪をちょちょんと突いて『ほら、ちゃんとして』ってクゥリュを抱き上げた。
『ちゃんと仲直りしてくれると……ママは、うれしいな?』ってロザリィちゃんはちゃっぴぃの頭を撫で、『……お姉さんも、クゥリュちゃんと仲良くしたいな?』ってクゥリュにもにっこりと微笑んだ。
いや、マジに天使が顕現したかと思ったよね。なんかクゥリュの方もぽって赤くなってたし。
そんなロザリィちゃんの働き掛けもあって、ちゃっぴぃとクゥリュは互いに『きゅ……』、『ぴ……』って握手。なんかちょっと照れくさそうにしていたけれども、その後は普通に二人で手をつないで歩いていた。言葉は少なかったけれども、双方ともに嬉しそう。
『……やっぱり、同年代の友達は欲しいよなあ』ってロイツはしみじみと呟く。やはりというか、ティアトではクゥリュのちょうどいい遊び相手はいないらしい。うちなんかはギルにポポルにミーシャちゃんにヒナたちにグッドビールに……と、対おこちゃま用の遊び相手に困ることはないんだけどね。
その後は普通にぶらぶら歩いて終わり。最終的にちゃっぴぃとクゥリュは『きゅーっ!』、『ぴーっ!』って二人してはしゃぎあい、互いに「ちょっといいもの貸してやるよ」、「あら、いいわね」……とでも言わんばかりに、クゥリュの方が俺の肩車に、ちゃっぴぃの方がロイツの肩車に乗ったりしていた。
あんまり甘えられる相手がいなかったのか、クゥリュはロザリィちゃんにもぎゅっと抱き着いていた。『おっ、可愛いことしてきたなぁ?』ってロザリィちゃんもクゥリュのことをちゃっぴぃもろとも抱きしめていたっけ。まったく、実に羨ましいっていう。
『じゃ、また後程……』ってロイツ&クゥリュとはここで別れたんだけど、マジで幾許もしない間に食堂へ集合する時間に。今回は正装とかは特に必要が無く、みんなほとんど私服……せいぜいがいつものローブを纏うくらいのラフな格好で集合と相成った。
すでに先生たちは来ていて、そしてティアトも大半が揃っている。遅れてきたのはシエルゼルや腕ブラクソ野郎と言った重傷のやつらのみ。包帯を変えるのに手間取っていたのか、あるいは律儀にもあいつらは正装できていたからか……まぁ、時間を守らない奴のことなんてわかるわけがない。
大体全員が揃ったところで最後の締めの閉会式。リバルトのクソとウチの校長がなんかいろいろ言っていたけど、開会式と同じくやっぱり誰もろくに聞いちゃいない。まだまだお疲れなのかゼクトは普通に居眠りしていたし(もたれかかられていたライラちゃんが真っ赤になっていた)、ラフォイドルも大きなあくびを隠そうともしない。
『結果的に勝利数はウィルアロンティカの方が上だったが、互いに自分たちの長所短所が浮き彫りになり、自分たちにはない相手の技術を参考にするいい機会になったと思う』……的なことを言っていたのだけはぼんやり覚えている。『個人の技術はどれもレベルが高い』だとか、『校風による魔法の使い方の違いが特徴的だった』だとか……まぁ、当たり障りのない言葉ばかりだ。
そんな感じで聞き流していたのがいけなかったのだろうか。そろそろ終わらないとさすがに俺でも眠っちゃうぞ……と思っていたところで、『では、最後に生徒代表同士で挨拶をしてもらいましょうか』って特大のドラゴンのクソが投下された。
ウィルアロンティカの生徒代表。必然的に、そんな面倒くさい役割は組長に投げられる。が、バルトの組長のシャンテちゃんはボロボロでそんなことできる状態じゃないし、ティキータのゼクトは『いやマジ俺無理そういうの無理だって』って全力で責任回避。
頼みの綱のアエルノのラフォイドルは、『俺たち、仲間だろ?』ってすごい笑顔で首を掻き切るハンドサイン。ひどい。
最終的に、ステラ先生の必死のウィンクと、『こういうの得意だろ、親友!』ってギルに(ひどく物理的に)背中を押されたことで俺が壇上に上がることに。いったいどうして、こんなことを……それも、アドリブでする羽目になったのかと頭を巡らせている間にも、『……僕の方は開会式であいさつしたので、ここは一つウィルアロンティカ……いいえ、ルマルマの組長さんに時間を譲りたく思います』ってシエルゼルがさらなる追撃をかけてきやがった。
でもまぁ、さすがは俺と言うべきか、こんな無茶ぶりでも焦った様子を見せることなく、エレガントに対応。宿屋モードに切り替えて、爽やかスマイルを浮かべれば……まるであらかじめ原稿を用意してあったかのようにすらすら言葉が。この程度、マデラさんのオーダーに比べればなんでことない。
『この大会で得られた知識を、熱情を、感動を……言葉などという矮小なもので表現できるとはとても思えません。あの気持ちの昂りは、確かにあの瞬間の僕たちだけの物であり、そしてこれからの永遠の思い出として僕たちを助けてくれることになるでしょう。今までの僕たちでは気づけなかったかけがえのない大切なものに気づかせてくれたティアトロリーチェのみなさんには、同じく礼節をもって──僕の尊敬する人たちから送られた言葉を、僕らが抱く魔系の神髄を、こうでありたい理想そのものを、送らせていただきます』
『──魔系は死んでも、杖を放すな』
『──恐怖に慣れろ。痛みに慣れろ。絶望に慣れろ。それを恐れろ──しかし臆するな』
『──魔法が使えるから魔法使いと呼ぶんじゃない。魔法も使えるから魔法使いと呼ばれるのだ。それを努々忘れるな』
ちょうカッコいい決めセリフのはずなのに、だんだんとティアトの連中の目がマジもんのイカレを見るかのようになってきているのがめっちゃ不思議。こんなの一番最初に習う、基礎の基礎のはずなのに。
もちろん、俺にはユーモアのセンスがある。
『──クモはお玉ですり潰すに限る』
『──ジャガイモは万病に効く』
『──女子のローブがはためく姿は最高である』
……と、コメディチックに会場の笑いを誘ったうえで、
『──昨日の敵は今日の友。最高の親友に出会えたことに、心から感謝を』
……って、シエルゼルにほほ笑み、握手のために手を差し出した。
我ながら振り返ってみて思ったけど、アドリブとは思えない完璧なるセリフ回し。格言を送る件でシリアスに決めつつ、コメディチックに笑いを誘い、それすら布石として最後の最高に盛り上げる……という、売れっ子の劇作家も真っ青な完璧な演出。これはもうロザリィちゃんもステラ先生も惚れなおしてくれるに違いない。
と思ったのに、なぜか会場がすんげえ静まり返る。この俺なのにいわゆる【すべった】空気がひしひし。実際、ロンティカもティアトも……生徒も先生も信じられないって顔してこっちを見ていたし、当のシエルゼルはすんげえ嫌そうな顔してこっちの手を三か月くらい洗っていないゴブリンの右手を見るかのように睨みつけている。
(お前空気読めよ)って笑顔を崩さず小声で告げる。(まずは手の中の魔法を消せ。話はそれからだ)って凄まれ、そして手の甲でパシッと弾かれた。マジかよって思ったよね。
さすがに外聞が悪いと思ったのか、『我々には、これくらいの関係の方が似合っているよ。──次は、絶対に倒す』ってシエルゼルが締めくくり、そして閉会式は本当に終了。
そんなわけでお疲れパーティ開始。(名目上は)ロンティカもティアトも関係なく入り混じって飯を共にし、親交を深めましょうっていうアレ。前回と違って今回はあくまでランチだからか、メニューもそれ相応にアレンジされていてあんまり肉や酒ががっつりって感じではない。サンドイッチとかの比較的軽めなものがメイン。
とはいえ、さすがはおばちゃんと言うべきか、前回の夕飯に見劣りするようなものでは決してない。この俺をもってして『ほぉ、その手で来るか……』と感心するレベル。やはりこと短時間で大量に準備をする……という領域においては、おばちゃんの方に一日の長があるのかもしれない。
ともあれ、おばちゃんには悪いけど飯をゆっくり楽しむ暇はない。
『つれないな、最後くらい一緒に飯を食おうぜ?』って執拗にシエルゼルをストーキング。俺ってばかなり友好的に話しかけたのに、連中が一斉に警戒態勢になり、あまつさえ杖に指をかけるところまで行くから困る。
『今度は何を企んでる?』ってシエルゼルはこちらからを目を離さない。『よくもまぁいけしゃあしゃあと……!』ってティルリリィちゃんも激おこ。腕ブラクソ野郎も『タチの悪い当たり屋が……ッ!』って悪魔みたいな形相。怖い。
当然、そんな状態になったらリバルトがやってくる。『な、なにやってるの……?』って、怖いだろうにステラ先生もやってきた。付き添い(?)としてロザリィちゃんとちゃっぴぃもいるし、なぜかわからんけどロイツ&クゥリュも近くに。
たぶんだけど、気づいていなかっただけであの時いた人のほとんどがこちらに注目していたのだろう。注目していなかったのなんて、プチ・シュークリームにがっつくミーシャちゃんとポポルくらいだったっと思う。
『今度は何です? 腕の次は足ですか?』ってリバルトは嫌味たっぷり。『やだなあ、今度こそ本当に……あの夜の決着をつけようかなって思っただけですよ』って俺は笑顔でにっこり。『やっぱ足じゃねえか!』って腕ブラクソ野郎が三歩引いた。
が、リバルトの方はいろいろ察したらしい。『なるほど……悪くはない。どうせこれで最後だ、潰してしまっても禍根は残らないでしょう』って意外にも乗り気。近くからグラスを二つほど取り、俺と自身の目の前に置いた。
『一教師として、最初で最後の忠告です。ちょっと酒に強いだけで粋がる学生に負けるほど……僕は酒に弱くない。わけあって、僕は尋常じゃないくらいに酒が強い。……降参するなら今のうち。勝負が始まったら……全力で潰します』……って、あいつはマジな顔して言ってきやがった。
『おや、それでは胸を借りるつもりで』って俺もにっこり。あのクソ野郎、『これだからクソガキは……ッ!』って小声でつぶやきやがった。
そんなわけで俺とリバルトで飲み比べ対決。本当はシエルゼルと腕ブラも巻き込みたかったんだけど、リバルトが参加を知った瞬間にあの二人は降りた。酒が強いとは何だったのか。
しかもしかも、そのうえで『よう、最後の余興だ……友好の証らしく、ここはいっちょ賭けでもやらねえか?』って腕ブラの方から持ち掛けてきた。
そしてあろうことか、ティアトの連中は何のためらいもなく全員がリバルトに結構な額をべットした。シエルゼルや腕ブラももちろん、ミルシェラちゃんもコーキトンも……ロイツでさえも『は、はは……悪いけど、実利を取らせてもらうよ』って金貨を賭けていたし、クゥリュでさえも『ぴーっ!』って秘蔵(?)のおやつらしきキャンディのポッドをかけていた。天使の子供が賭け事ってイメージ的に大丈夫なのだろうか?
『なんだよ、仕掛けてきた割にはビビってるやつらが多いな?』って腕ブラはこちらを煽る。『舐めんじゃねーよ!』って挑発に乗ったポポルが秘蔵のクッキーセットを賭けてきた。メンツ的にもうちょっとカッコイイものを賭けてほしかったものだ。
ともあれ、それを皮切りにロンティカの連中も次々に金を賭けていく。『見くびられるのはシャクね……』ってあのロベリアちゃんが銀貨を賭けていたし、『ウチのクラスは金ならあるぞ』ってバルトの連中もティアトに負けじと金貨を。
『あのヤバい宿屋の倅が酒で坊ちゃん教師に負けるわけないだろ!』ってゼクトはお小遣い全部(ライラちゃんに管理されていたらしい)を賭けるという男を見せる。『その程度の認識だったら、楽勝だね』ってミルシェラちゃんは不敵な笑い。
ルマルマ? 『全額』、『確実に儲けられるって賭けって言わなくね?』、『最近ちょっと金欠気味だったからちょうどいい』ってみんなが……あのアルテアちゃんでさえ、おこづかいの全てを俺に賭けてきた。ステラ先生も『先生だけど今だけはいいよね!』ってにっこり笑って金貨を。うっひょう。
一応書いておく。なぜかラフォイドルが『こいつに賭けるための金を貸せ。万が一があったら倍にして返してやるから』ってティアトの連中から金を借りていた。あいつがこうも俺を信用しているとかちょう怖い……いや、ただ利用しようとしているだけか。
最終的に全員が金を賭け終え……イベントの空気を感じたシューン先生がノリノリになり、そしてギルが『これが俺の全力だッ!』って秘密のへそくりジャガイモを賭けたところで勝負開始。
まずはいきなり【ドワーフ殺し】。馬車に乗る前のランチになぜこんなものがあるのかと問い詰めたくなるものの、『食前酒にはちょうどいいですね』ってリバルトは一息で飲む。『化け物かよ……!?』、『あいつ人間か……!?』ってバルトの方でざわつきが。
もちろん俺もささっと煽る。『美味しさを理解できるほど、僕は大人じゃないみたいですね』って余裕の笑み。『……ま、言うだけはあるということですか』ってリバルトはたいして面白くもなさそうに吐き捨てる。
次に出てきたのは【龍神:焼け涎】。自称酒に強い腕ブラが『おいおい……!? いくらなんでも飛ばしすぎだろ……!? 先生、マジか……!?』って恐れ慄いた。リバルトが個人的に愛飲している酒らしく、『友好の印に、特別におすそわけしましょう』って自前のボトルからトクトク注いでくれたんだよね。
なんかこいつ、見た目は透明で水にしか見えない奴ね。意外なことに、アルコールの匂いもマジで全然しない。光の反射によって微妙にラメっぽく見えることもある……かも? ってくらいで、言われなきゃ酒には思えないと思う。
が、グラスに注いだ時がヤバかった。普通にガラスのグラスなのに、『ジュァァァァ……!』ってヤバいスライムが人の肉を溶かしている時みたいな音がするの。白い煙も立ち込めて、近くにいた人たちの顔が思わず青くなるほど強い酒気ももわもわと。
そんな【龍神:焼け涎】を、リバルトは氷をいくつか入れ……くるくると回してからコクリと飲み干す。『本当は果実酒と合わせるか、水割りにするのが普通ですが……ツウはロックで楽しむんですよ』って挑発的ににっこり。笑っている間にも、口の端や鼻から龍の如く白い煙がゆっくりと漏れ出ている。
もちろん、俺はロックじゃなくてストレート。『氷がいっぱいだと、ぽんぽん壊しちゃうので』って笑いながら見せつけるように一気飲み。『はァ!?』ってリバルトの顔から白い煙が一気に噴き出た。
ティアトから盛大なざわめきが。『ウソだろ……!?』、『やせ我慢……できるレベルじゃないぞ……!?』、『そもそもアレ、元々はロックでさえ禁止されているはず……』、『イキってちょろまかして飲んだ奴が倒れて発見されたって……』……なーんて話がぼちぼちと。
『まさか、イカサマか?』ってリバルトのクソは真っ先にこっちを疑ってきやがった。『あなたが飲めて、僕に飲めない道理はないでしょう?』って微笑む俺。俺だからまだよかったけど、仮にも教育者が生徒のことを欠片でも疑うとか、世の中本当に終わっていると思う。
しかもあろうことか、あいつら俺がイカサマしてないか魔法で調べてきたからね。『偽物でもない……すり替えたりもしていない……ホントに飲んでるだと……!?』って間抜け面していたっけ。中には『鬼とドワーフの血でも混じってるんじゃ……?』って疑ってくる奴も。
ともあれそんな感じで勝負は進む。なんか意外なほどにランチの割にウチが用意していたお酒が豊富&ヤバい奴が多く、見ている観客の方の顔が赤を通り越してどんどん蒼くなっていった。ひっきりなしに換気をしても、空間そのものに酒気がこびり付いたりして(【悪魔の忘れ香】っていう魔法醸造酒が特にひどかった)、一滴も飲んでいないのに吐きそうなやつも。
一方でリバルトはリバルトで言うだけあり、思ったより俺についてきていた。奴自身も酒豪なのだろう、『古の秘酒ですよ……!』、『これを飲める学生がいるわけが……!』、『こ、これなら……!』ってどんどんレアものの見たことのないお酒を提供してくれた。
そのあまりのバリエーションは、ティアトの学生自身も『先生……こんなに持ち込んできてたの……?』、『酒で交流するのはよくあるけど……そんなレベル超えてるでしょ……何しに来たのこの人……』ってドン引きするレベル。実際、贈り物には明らかにふさわしくない、悪戯のネタみたいなヤバい酒(【ピクシー・ワークス】とか【マンゴラドララゴンリカー】とか)もあったからね。
そしてとうとうコーキトンがダウン。奴の最後の意地なのか、『……制約、魔法ッ!』ってやつはこの部屋にいる人間全員に【嘔吐すること】を禁じた。『よくやったコーキトンッ!』、『お前今から名誉ルマルマな!』って歓声が響く……も。
奴が制約したのはあくまで【嘔吐すること】だけである。そして、口から吐き出さなければ嘔吐とは言わない。
精神衛生的に悪いので、ここから先は書かないことにする。とりあえず、生理現象は止めることができず、吐けた方がまだマシであった、とだけ。喋れなくなって倒れるやつがいっぱいでて……ギルが慌てて部屋から連れ出していたよ。
そんなあちこちでもらいゲロ(未遂)が起きるという阿鼻叫喚の地獄であっても、リバルトはなお勝負をあきらめない。『この私が……学生なんかに負けるわけが……ッ!』ってすんげえ形相。『私より強い奴なんて……! この世に一人しかいないはず……!』って【グッバイテキーラ】を飲み干した。
さすがに可愛そうになってきたんだけど、偉大なる先生に情けを賭けるのは逆に失礼に当たると考えた俺は勝負を続行。『実はこれだけは結構好きなんですよね』って平然としたまま【魅惑の夢魔の口噛み酒】をチョイス。『悪魔か貴様……ッ!』ってリバルトの顔が大変酷いことになっていた。
でもまぁ、それでもリバルトは気合で飲み切った。『ぴーっ! ぴーっ!』って慌てたようにクゥリュが持ってきた水を飲み、『次は、これです……!』って懐から【エルダの祝杯】を取り出した。『学生が見ることなんて絶対にありえないくらい、珍しい……僕が所有する、本当のとっておきです。ここで飲むつもりはありませんでしたが……』ってそいつを俺のグラスにトクトク注ぐ。
『久しぶりに飲みますが、結構刺激的ですよね』ってストレートのまま一気飲みしたら、『もうホントおまえなんなんだよぉ……ッ!』ってリバルトはしくしく泣きだした。
そんなリバルトが心配になったのか、あるいは単純にクゥリュの真似をしたくなったのか、ウチのちゃっぴぃが『きゅーっ! きゅーっ!』って俺とリバルトの前に新しいグラスを。中には普通にお水。
『ちくしょう、ちくしょう……!』って半泣きになりながら、震える手でリバルトはそれを飲み……『これも酒じゃねえか! 学生みたいなことしやがって!』って逆ギレ。水だと思ってたそれ、【龍神:焼け涎】だった。
どうやらちゃっぴぃ、間違えたっぽい。あるいは単純に勝負の続きとして適当にそこらにあった酒を注いだのか。まさか俺を心配したり加勢をしたってわけじゃないだろう。ちゃっぴぃはそういうやつだ。
ここでリバルトがはっと何かに気づく。『まさか……まさかまさかまさか! おまえぇ……!』ってすんげえ形相。『謀ったな……! 謀ったな……! やっぱり最初から、嵌めやがったな……ッ!』って虚空を見つめてブツブツと呟いた。
そして。
『なぁぁにいってんだよぉ? 俺は最初っから──一番ヤバい奴の情報を教えてやるって言ったぜぇ? それを突っぱねたのはてめえだろ?』ってすごくすごくうれしそうな声が。
『他人のフリしてくれって言ったのもお前で、「お前と関わるとろくなことが無い、だから一切喋りかけてくるな」……って言ったのもお前だぜ? せーっかく俺が……同期のよしみでいろいろ便宜を図ろうと思ったのによぉ?』ってすごくすごく楽しそうな声が。
もう振り向かなくてもわかる。
心底楽しそうに腹を抱えてゲラゲラゲラゲラ笑ったシキラ先生が、おちょくるようにリバルトの肩をポンポン叩いていた。
なんとも驚くべきことに、この二人は同じ魔法学校の出身……というか、同期だったらしい。『仲良いんですか?』って聞いてみれば、『そらもうお前、マブダチだよ! ともに熱い青春を過ごした仲さ!』ってシキラ先生はちょう笑顔でリバルトの肩をパンパン叩く。リバルト、『うぇっぷ……!』って明らかに酒以外の要因で顔を青くしていたけれども。
考えてみれば、こんなに楽しそうなイベントなのに……割と最初から、シキラ先生が控えめだった。最初の宴の時でさえ、あまり姿を見かけなかった気がする。飲み比べなんて楽しそうなことがあれば、立場を考えずに割り込んでくるような人なのに。
『いやな? そもそもウィルアロンティカとティアトロリーチェでカチコミしようってなったのは、俺とこいつとで個人的に繋がりがあったからだぜ? そりゃお前、交流するのは生徒だけじゃないんだ。交渉の窓口が無ければこんなすんなり話が進むはずないだろ』ってシキラ先生はご満悦。『俺個人としては久しぶりに旧友に会いたかったってのもあるんだけどなあ?』ってなんかすんげえにっこり。
一方でリバルトの方はずっとさめざめと泣いていた。
『僕はこんなイカレ野郎を増やしたくないから……こんな奴を魔系のスタンダートと思われたくないから教師になったんだ! 僕こそが正しい魔系だと証明したくて教師になったんだ! なのに、なのに……!』
『いつも! いつもいつもいつもこいつは僕の平穏を脅かす! 学生時代の時も、教師になった後も、今回だって! いったいどこまでこいつは好き勝手すれば気が済むんだ!? いつだって後始末や尻拭いは僕だったんだぞ!』
『アレより酒が強い奴がいるなんて思うわけないだろ! エルダの祝杯は、学生時代のあいつが唯一飲めなかった酒なのに……! 絶対に負けたくない、返り討ちにしてやるって酒にだって強くなったのに……! とことんバカにしやがって……!』
……なんて、ずっと泣きながら周りに絡んでいた。どうやらあいつ、酒に強いのは間違いないけど限界を超えたら泣き上戸になるらしい。『お前は相変わらず照れ隠しが激しいよな!』ってシキラ先生は笑顔で酒をちびちび飲んで肩をポンポン叩いていたっけ。
なんとなく、学生時代の二人の関係が分かったような気がする。そしてシキラ先生はどこまでこの状況を読んでいたのだろう。少なくとも、俺たちとティアトの連中のソリが合わないことくらいは絶対にわかっていたはずだから……いや、もう考えるのは止めよう。
とりあえず、このカチコミの発端はシキラ先生とリバルトにあった。教育方針や信念の違い、そして学生時代から続く因縁もあってリバルトがシキラ先生に対抗心(?)を燃やし、そしてシキラ先生はそれを幸いにしてただひたすら混沌を楽しもうとした。最近ヒマでマンネリだって愚痴ってたし、まず間違いなくそれがすべてだろう。
最終的に、リバルトは酔いつぶれて寝こけてしまった。『昔はいっつも吐いてたんだけどなァ……』ってシキラ先生は感慨深そう。『おい、こいつ起きたらこれ飲ませておいてくれ。こいつ、チェイサーこれが大好きだったんだ』って何食わぬ顔で懐から【魔神:枯れ涙】をシエルゼルに渡す。あえて書くまでもないけど、【龍神:焼け涎】と並ぶレベルのキツいお酒ね。
『この学校は教師共もイカれなのか』ってシエルゼルが戦慄。残念ながらそういうのはシキラ先生だけだ。
最終的に、リバルトはミルシェラちゃんが人形魔法で操ることで回収されていった。一番偉い先生がこの体たらくなものだから、残った先生方がたいそう気まずそう……というか戦々恐々。『なぁに、俺とあいつの……ひいてはウチとティアトの仲じゃあないですか! もう身内みたいなものでしょ!』ってシキラ先生がなぜか普通にやり取り。なまじ本当に偉くて権威があるだけに扱いに困るっていうアレ。
そんな感じで、酒気に塗れて慌ただしくティアトの連中は帰っていくことになった。別れ際、ロイツとクゥリュには『道中のおやつにでもしてくれ』ってクッキーセットとハゲプリンのセットを渡しておく。
『残念ながら、あの先生みたいにウチにはヤバい奴が多いけど……それでも、俺みたいにまともなやつもほんのちょっぴりはいるから。土産話にはそっちをメインにしてほしいな』 ……ってコメントを添えたら、『あ、あはは……感じたことをそのまま伝えることにするよ』って引きつった笑みで答えられた。さすがに俺の善性をもってしてもリカバリーしきれなかったかもしれない。
一応書いておく。『ほら、お礼は?』ってロイツに促されたクゥリュが、何を思ったか『ぴーっ!』ってちゃっぴぃとロザリィちゃんのほっぺにキスしてた。ああ、こりゃまた微笑ましいお礼だな……と思っていたら、去っていく際に不意打ちで立ち止まり、駆け戻ってきて『……ぴっ!』って俺のほっぺにもキス。とりあえず頭を撫でておいた。
……ちゃっぴぃが信じられないとばかりに大きな口を開けて唖然としていたけど、どうしたのだろうか。ガキどもの考えることはやっぱりよくわかんねえや。
ともかく、そんな感じでティアトの連中は帰っていった。思えばいろいろあったけれど、終わってみれば案外あっけないというか、あっという間だった気がする。
馬車を牽く天人馬の、「酒臭くてやべェ」っていうあのシブすぎる表情を、俺は生涯忘れることはないだろう。
軽く夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。さすがにちょっと疲れた。日記も長くなりすぎたし……読み返すと、なんか全然まとまっていない気がする。ここ数日目まぐるしかったくせに日記で夜更かし気味だったから、疲れがたまっているのだろう。
もっとすっきりわかりやすくまとめられたらいいんだけど……変に考えて書くよりかは、とにかくあったことをきっちり全部書いてあった方が後で思い出しやすいだろう。どうせ読むのは俺とマデラさんがメインだし、俺が思い出せれば読みやすさなんて二の次だ。
ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。こいつもなんかコーキトンに別れ際になんかもらっていたっけ。今度見せてもらおうっと。
ギルの鼻には、こっそりちょろまかしておいたシエルゼルとリバルトと腕ブラクソ野郎の髪を詰め込んでおく。俺は寛大だから、これを以て奴らへの復讐を今回に限り暫定的に一時的なとりあえずの終了と言うことにしてやらないこともないこともない。みすやお。