217日目 他校交流降神魔法大会:組長決戦
217日目
すんげえ勢いで芋玉が増殖している。半分は鍋で煮て、半分はトイレに流し、一かけらだけティアトに向かって投げておいた。
ギルを起こして食堂へ。食堂にはなぜかすでに厳戒態勢のティアトが。半数が挙動不審になりながら食事をするさなか、もう半数が杖を構えてそれを守っている……というまるでここが戦場であるかというくらいの警戒っぷり。さっと飯を食ってさっと交代するという、食事の尊さをガン無視してるムーヴメント。
『食事くらいゆっくり楽しみたいよな?』って俺のお膝の上のちゃっぴぃにハニークロワッサンを『あーん♪』しておく。『きゅーっ♪』ってあいつはバカでかい一口をかっさらっていきやがった。もっとよこせと尾っぽで俺の背中を叩いてくる始末。
『あなたのそういうところ、一周回って尊敬するわ』って通りすがりのロベリアちゃんが言っていた。どういう意味だろう?
なお、あえて書くまでもなく今日もギルは『うめえうめえ!』ってじゃがいもを食っていた……んだけど、その傍らにはなぜかコーキトンが。『ジャガイモが秘訣だと聞いたから』ってやつも『うめえうめえ』って言いながらジャガイモを食っていた。
『やっぱお前見どころあるな!』ってギルは嬉しそう。一方でコーキトンは『……普通のジャガイモだよな? いや、しかし……』ってブツブツ。理論的にも実際の体感としてもジャガイモを食すことがギルの強さの秘訣とはとても思えないのに、実際問題としてギルは類稀なる強靭な肉体と、制約魔法を打ち破る(というか最初から効いていない)耐魔法性を備えている。
故に、一度常識を捨てて実践してみることにした……はいいけど、やっぱりどうにも腑に落ちない(?)のだとか。
エッグ婦人、ポワレ、ピカタ、グリル、ソテー、ロースト、マルヤキ、グッドビール、ヴィヴィディナ、ギルに交じって黙々とジャガイモを食べるコーキトンがちょっと怖かった。あまりにも真剣な表情をしているものだから、食事をしているというよりかはイカれた学者が使い魔の飯を食っているようにしか見えない。
『不思議に思うのが普通なんだよな』、『なんだかんだであいつが一番友好的で、交流を実践してね?』ってアルテアちゃんとフィルラドがしみじみと呟いていたっけ。言われてみればそうかもしれない。
一応書いておこう。今日も俺はロザリィちゃんとイチャイチャ。大一番の勝負なので、『頑張れるおまじないが欲しいな?』っておねだりしてみれば、ロザリィちゃんってば『しょうがないなあ♪』ってぎゅーって抱きしめてくれた。しかもしかも、『これだけじゃ足りないんだろぉ?』ってにこーって笑ってキスまでしてくれた。朝から最高に幸せな気分。
『どこまでコケにすれば気が済むの……ッ!?』ってティルリリィちゃんがすんげえ形相でこちらを見ていたのを覚えている。普通にいつも通りイチャイチャしているだけであんな親の仇のようなまなざしで見られるとは。ティアトロリーチェの連中に必要なのは、知識や友好なんかではなく、真実の愛かもしれない。
さて、なんだかんだで今日がカチコミ最終日。いつもの時間に決闘場に行ってみれば、それはもう全体として大きな盛り上がりが。始まる前なのに興奮した人が余興(?)として空に魔法をぶっぱなしていたり、シキラ先生が賭けを全力で仕切っていたり。屋台的なもの等の軽食販売も盛んで、たぶん小遣い稼ぎしているやつがいっぱい。ついでに言えば朝から酒まで出回っている。ただの飲み会みたいな雰囲気と言ってもいいくらい。
そんな大盛り上がりの中、相対する俺たちウィルアロンティカの二年生とティアトロリーチェの連中。本日の対戦のテーマは、やはりというか『最後は組長同士でケリをつけようか』とのこと。
そんなわけでこっちからは俺、ゼクト、ラフォイドルが出場。今回は参加は三人までとのこと。シャンテちゃんは最後まで『ここまで来たら徹底的に潰したい。最悪勝敗とかどうでもいいから』って参加したがってたんだけど、まだ万全の状態にはなってなかったんだよね。
向こうからはシエルゼル、ミルシェラちゃん(人形の娘)、それと腕ブラクソ野郎。腕ブラクソ野郎はなぜか覆面。全身も包帯でぐるぐる。察するに、昨日のギルのダメージが抜けきっていないのだろう。あれだけ派手に額をカチ割られてなお復帰するところだけは、認めなくもない。
さて、最後の大勝負の組長バトルだけれども、特別ルールが一つだけ。『最終決戦と言うことで、こちらの試合は外部からの支援を何でも可とする』とのこと。これを聞いた瞬間に二年生全員(と、なぜか関係ないはずの上級生まで)が盛り上がったのは書くまでもない。
が、当然の如く制限はあり、『人数差とアウェー、ホームであることを鑑みて……ウィルアロンティカが一回支援するごとに、ティアトロリーチェは五回支援可能とする。逆を言えば、この比率を超えての支援はできないので注意するように』とのお触れが。ブーイングの嵐が半端なかったっていう。
ともあれ、互いにメンチを斬った後に試合開始。
『──最初から、全力で行こうか』ってシエルゼルが魔法を発動。神聖なる風と聖気に満ちた光が奴を包む……というか、奴自身からそんな光が放たれている。
紛れもなく、昨日腕ブラクソ野郎が使っていた光魔法。それも、練度が段違い。一切の比喩表現ではなく、腕ブラクソ野郎の倍以上の力がある。
そして腕ブラクソ野郎は無言。こいつも光魔法を使うのかと思いきや、意外に意外、なんか大きな剣を構えた。光でできていたところを見ると、アレも光魔法の一種なのだろう。チーム戦ということで、前衛ポジションのつもりだったのかもしれない。
で、最後の一人のミルシェラちゃんは『ま、私のは見ればわかるっしょ?』って抱えていた大きな人形を下ろす。人形のはずのそれがまるで生きているかのように動き出した。よくよくみれば、腕とか関節とか要所要所に細い魔力の糸が。
『見ての通り、私の得意魔法は──人形魔法』……の、にんぎょ、くらいまでミルシェラちゃんが話した瞬間。
爆音。目の前が真っ白に。なんか滅茶クソ肌がビリビリ。
で、その時になってようやっと──耳もあんまり聞こえていなかったことに気づく。
いやはや、さすがの俺も驚いたよ。
あのシエルゼルとかいうクソ野郎──味方が名乗りを上げている最中にこっちに全力の魔法をぶっ放してきやがった。
俺たちを襲ったのは奴の光魔法。ただの浄化の光じゃなくて、アンデッドとかじゃなくてもダメージを負うようないわゆる滅光の類。魔法抵抗力のない生物がまともに食らったら一瞬でチリになっちゃうようなレベルのやつ。
そんなの普通親善試合で使う? あいつマジ頭おかしいんじゃないの?
運が良かったのは、それにいち早く気づいたラフォイドルが俺たちのことも含めて暗黒魔法で守ってくれたことだろう。ただ、それでなお奴の光魔法は暗黒の繭(よく考えたら俺たちの方は割とスカスカだった)を貫通してこっちにダメージを与えてきたってわけだ。
ちなみに、煙が晴れた後の会場はヤバいことに。なんか観客席の障壁にヒビが。シエルゼルの魔力に当てられたのか、一年生の中には顔が青かったり、気分が悪そうなやつも。上級生も一部は吐いてた。たぶん酒をしこたま飲んでたんだろう。
『再起不能にするつもりでやったんだけど』ってシエルゼルは涼し気な顔。『気に食わねえんだよなァ……! 光魔法ってだけでよぉ……!』ってラフォイドルはガチギレ。
『ピカピカピカピカ目が痛くなるんだよ! 何様だコラァ!』って、お返しとばかりに闇の大奔流をぶっ放す。いつものあいつの暗黒にしては妙に色が黒すぎると思ったら、奴が使ったのはまさかの崩闇。素手で触っちゃ絶対ヤバいタイプのアレ。
さすがの連中も、まさかいきなりそんなヤバい攻撃が来るとは思わなかったんだろう。『な、ん──!?』ってシエルゼルの表情がぴしりと固まり、そして闇に飲まれていく。
直後に大きな衝撃。でも音は一切なし。匂いも、気配も、何もかも──ただただ強い衝撃だけが体に響いて、それ以外は不自然なほどに何も感じない。
歓声を送っていたティアトの連中が真っ青。今度は連中側の障壁にけっこうなヒビが。なんかちょろちょろ崩闇が漏れていて、スタッフの上級生が面倒くさそうに処理していたっけ。
『──驚いた。正直見くびっていた。ホントにヤバいのはそっちだけかと思ったけど……キミも十分、イカれてる』って静かな声。闇が晴れたと思ったら、その真ん中に光の蛹が。中からは当然のように無傷のシエルゼルが。
『チビらせるくらいのつもりでやったんだが、ズボンは無事か?』ってラフォイドルが忌々し気に吐き捨てる。『奇遇だね……! 僕も、暗黒魔法ってだけでいら立ちが止まらないんだ……!』ってシエルゼルも瞳に炎をともした。
なんかよくわからんけど盛り上がる会場。シエルゼルとラフォイドルが開幕直後に見せた、ド派手な魔法の応酬。舞台はすでに半壊していると言っていい状態であり、それでなお、お互いにまだまだ実力は出し切っていない。
『盛り上がってきたぁぁぁぁ! ここで、選手の紹介タイムだぁああ!』ってアナウンスが会場に響く……けれども、シエルゼルの光魔法の爆発音によりそれもかき消される。すぐさまラフォイドルが暗黒魔法で迎え撃った。なんか妙にライバル心があるのか、こっちのことを完全に気にせず二人でバチバチ。
一方、腕ブラクソ野郎は光の大剣を構えてこっちに突っ込んできた。ミルシェラちゃんの方も、『脇役は脇役同士、こそこそやりますか!』って人形をけしかけてくる。人形魔法で強化されたものだから、見た目は普通でもそこらの武系よりもはるかに強い人形らしい。クマさん人形のパンチで地面が割れた。
『この手のタイプ、実は結構得意なんだよね』ってゼクトは自慢げ。なぜかあの野郎、相手の人形に向かって付与魔法。俺にもラフォイドルにも支援はしなかったくせに、よもや敵の女の色香に負けたのか……と思ったら。
『あり?』ってミルシェラちゃんの間抜けな声。さっきまで完璧に繰れていた人形の動きがいきなり無茶苦茶に。どうも過剰付与の影響により繊細なコントロールができなくなったらしい。
『今のうちにどっちかボコろうぜ!』ってゼクトはちょう笑顔。『俺、女の子とは戦いたくない主義なんだけど』とのことだったので、ゼクトには腕ブラクソ野郎を担当してもらい、俺はラフォイドルの加勢をすることに。『ふざけんなよお前マジで』ってゼクトには文句を言われたけれども、いったいどういうことだろうね?
ともあれ、光と闇が合わさって大変ヤバいことになっているそこへ俺が華麗に乱入。ラフォイドルの暗黒の大渦にかぶせるようにして吸収魔法をぶっ放す。光と闇の硬直が揺らぎ、いかにも性格が悪そうでねちっこくなった闇が光をどんどん飲み込んでいった。
あまり認めたくはないけれど、俺とラフォイドルの魔法の相性は最高だ。何もかもを吸い尽くし奪いつくす吸収魔法と、何もかもを引きずり込み飲み込んでいく暗黒魔法。両者ともに実体は持たず、触れたらヤバいタイプの筆頭。
光と闇だけだったら拮抗し、相殺していたそれ。でも、そこに吸収が混じれば……まぁ、結果なんて書くまでもない。
『僕の……光が……!?』ってシエルゼルは慌てていた。『俺の暗黒が……』ってラフォイドルもなんかがっかりしていた。あいつホント失礼だと思う。
『最高に楽しい状況じゃないか。なぁ、親友?』って俺ってばラフォイドルにウィンク。
次の瞬間、俺の面前に光の大剣が飛んできた。『ごめん! マジごめん!』ってゼクトが平謝り。どうやら腕ブラクソ野郎とは純粋に近距離戦で負けているらしい。『だって俺支援タイプだもん!』とのこと。
しょうがないのでゼクトに加勢。腕ブラクソ野郎はいつの間にか新たな光の大剣を持ち出していて、ゼクトの体を八つ裂きにしようと暴れている。ゼクトはゼクトで自身に付与魔法をかけて対抗するも、まぁその場しのぎで本職ではない。
で、二人でフクロにすれば楽勝だろう──と思っていたところ、『やっちゃえゼルッ!』ってミルシェラちゃんが叫んだ。まさかそんなはずはないだろうという俺たちの期待とは裏腹に、シエルゼルのクソは俺たちと相対している腕ブラクソ野郎もろとも光魔法をぶっ放す。『一対二の交換なら悪くない!』とのこと。あいつら人の感情欠落してない?
もちろん、俺は慌てない。『なぁに、ラフォイドルが守ってくれるさ』って余裕の表情。実際、後方でラフォイドルがでっかい魔力を練っている気配がしたし。
が、そこは卑劣なるアエルノチュッチュだった。
『──向こうの前衛と気に食わない二人を叩きのめせるなら、悪くないな?』って、なんとあの野郎光魔法にかぶせるように俺たちに暗黒魔法をぶっ放してきやがった。
『全然話が違うじゃねぇかッ!?』って俺を揺さぶるゼクト。『キミら、ホントに仲悪かったんだね……?』って敵なのになんか憐憫の表情を浮かべるミルシェラちゃん。捨て駒にされる覚悟を決めたのか、俺たちの脚にがっつり組み付いてきた腕ブラクソ野郎。
面前の光魔法。後方の暗黒魔法。腕ブラクソ野郎により逃げる選択肢は潰され、もはや絶体絶命。
もちろん、ただでやられるわけにもいかない。とりあえず腕ブラクソ野郎をしこたま蹴り飛ばし、『全力付与だ!』ってゼクトに指示。俺自身はそれを受け、ラフォイドルの暗黒魔法に向かって全力の吸収魔法。
元々、俺とラフォイドルの実力はほぼ拮抗している。そして、暗黒魔法と吸収魔法は相性がいい。そのうえで、ゼクトの全力支援を受けて──ちょっぴりの流魔法と、いつぞやラギが見せた体術の動きを加えてやれば。
華麗なる俺の超絶秘技。魔法同士の共鳴、互いに吸着するという魔法の性質を活かした触媒的な加速度的威力増幅、それをそっくりそのまま威力を殺さず相手に受け流す──自分で書いていて改めてヤバいと思うけど、そんなスペシャルなカウンター攻撃が炸裂。
本日何度目かわからない、けど間違いなく本日一番の闇の大奔流が極大光魔法を飲み込んでシエルゼルに炸裂。さすが俺。
『信じてたぜ。お前なら──親友ならなんとかしてくれるって思っていた』とかラフォイドルはへらへら。『もし俺じゃなかったらどうなってたかわかってんのか?』って凄んでみれば、『そうだとしても、残るのはろくに戦えなくなった女が一人と、王子様気取りの坊ちゃんが一人だ。何の問題がある?』って返された。むかつく。
ともあれ、これで残るはミルシェラちゃんただ一人。闇の大奔流に飲まれてシエルゼルが無事だとは思えないし、腕ブラクソ野郎は俺とゼクトに執拗に蹴られてピクリとも動かない。こっちが三人いれば、女の子一人倒すのにおつりがくる。
それがわかっていたからだろう。なんとミルシェラちゃん、『ねえ、そこの闇のおにーさん。今からでもウチにつかない?』などと囁いてきた。
『別に勝ちは譲ってもいいんだ、この際。でも、全くボロ負けって言うのはさすがに組長として態が悪いからね……。私の人形魔法で操られたってことにすれば、合法的にそっちのお二人をボコボコにできるよ?』ってにっこり。
ラフォイドルのやつ、すんげえ笑顔。『それ……魅力的だな?』って杖の先に暗黒を宿した。こいつの性格的に、まず間違いなくこっちを攻撃してくるだろうとゼクトと共にラフォイドルをぶん殴る体勢に入る。
が、意外にも。
『舐めんじゃねえぞクソが』ってラフォイドルはミルシェラちゃんの頬を掠めるように暗黒の鋭棘をぶっ放した。
『確かに俺はこいつらが嫌いだ……食事のマナーはなってないし、風呂場でもぎゃあぎゃあうるさいし……人目を憚らず盛りだしたかと思えば、何の躊躇いもなく逆恨みでこっちを呪ってくる……そもそもとして常識や真っ当な人間としての心がない完全なイカレ野郎どもだ。好きになれるはずがない』とはラフォイドル。あいつは同期のことを何だと思っているのだろうか。
『正直こいつらが何でこの学校にいるのか意味がわからねえ。何しに来てるんだって常々思っている。だから、さっきの通り隙あれば俺はこいつらを叩きのめそうと考えている──ああ、お前の言う通り、俺はこいつらのことなんて知っちゃこっちゃないし、どうなろうとも一切の痛痒を覚えない。はっきり言って、憎いとさえ思う』……とはラフォイドル。さすがにちょっとキレそう。
が、ここで卑劣なるアエルノチュッチュとは思えない言葉が飛び出てきた。
『だが──お前らはもっと憎い。お前らは俺たちの触れちゃいけないところに触れた。お前らがウィルアロンティカの敵として立ち塞がっているなら──お前たちにカチコミをしている今だけは、俺たちは仲間だ』とのこと。
『だいたいイチイチイラつくんだよぉッ! 喋るならてめえの言葉でしゃべりやがれッ!』ってラフォイドルはさらにキレる。なんかおかしいと思ったらミルシェラちゃんの背中から小さなウサギの人形が。
『あはは……やっぱ無理だってば、先生』ってミルシェラちゃんが苦笑。『連中に対話を求めた私が愚かでしたね』って人形から声が。どうやら、人形を通してリバルトのクソと会話をしていたらしい。ふと先生たちの席にいるリバルトを見れば、ミルシェラちゃんの背中から出てきたのと同じ人形を奴は持っていた。
『でも、時間は稼げましたね』ってリバルトと、人形の声がユニゾン。
ゼクトが吹っ飛んだ。
一瞬何が起こったのかわからなかった。わかったのは、ライラちゃんの悲鳴が聞こえたことくらい。
倒れていたはずの腕ブラクソ野郎が、魔法的に自爆したらしい。たまたま一番近くにいたゼクトが直撃を喰らった。当然腕ブラクソ野郎もボロボロ状態であっちの方に吹っ飛んでいった。
『あなたもそろそろ起きなさい──使用を、許可します』ってさらにリバルトが続ける。『え……人に対しては絶対使っちゃいけないって言ってましたよね……?』ってミルシェラちゃんが困惑。『じゃあ、何ら問題ありませんね』ってリバルトはすまし顔。
事態の把握に努めようとしているうちには、異変に気付く。
俺&ラフォイドルの必殺カウンターが決まったそこに、何かを守る様に大きな翼が。それがゆっくり開いて、だいぶボロボロな感じとはいえ普通に戦闘可能なシエルゼルが出てきた。『──ホントに、僕がバカだった。躊躇う必要なんて、本当の本当にこれっぽっちもなかったね』ってぺって口から血を地面に吐く。ばっちぃ。
『てめえこの野郎! 先公が手ェだしやがったな!?』ってラフォイドルがブチギレ。言われてみれば、いくらなんでもあの一撃をあの時のシエルゼルが防げるはずがない。それはティアトの連中であろうと同様。
出来るのだとしたら──それこそ、先生クラスの人間だけだろう。
『ルールに違反してませんよ?』ってリバルトはにっこり。『先生だってティアトロリーチェの一員だぞ!』ってアナウンスからも嬉しそうな声が。マジでどうなってやがる。
それはそれとして、なんかシエルゼルも覚悟を決めた(?)らしい。目をつむって瞑想して、なんかヤバそげな感じに魔力を高めている。例えるならヤバいカルト教団のヤバい教主がヤバい魔法を使うような雰囲気。
さすがにこれは拙いと思ったのだろう。会場の外から強力な射撃魔法による狙撃が。狙われたのはシエルゼルの杖……だけど、被弾直前に神聖なる翼の守護がそれを防ぐ。ほかにも紅蓮魔法だの呪だのの援護があったけど、全部翼に防がれた。
『おや、これだけ支援が来るということは……こちらも攻撃していいってことですよね?』ってリバルトがティアトの連中に合図。途端、連中の総力を挙げた魔法の雨あられが。こりゃいくらなんでも俺たちもヤバい。
と思っていたけど、それに負けじとウィルアロンティカ二年生も遠慮なく魔法をぶっ放す。『ルール通り、私たちが攻撃した分いくらでも攻撃の権利はあげるの。でも、それを活かしきれないのはそっちの責任なの』、『そもそも支援にはルールが決まってるけど、部外者同士の乱闘ならルールなんて決まってないじゃん』と完全に開き直っている。
まぁ、誘惑魔法でポポルが操られていたから、回数なんてもはや意味なかったんだけどね。ティアト側にもロンティカ側にもすごい数がカウントされていて、もはや唯一と言っていい境界線が【先生がそれに参加しているか否か】くらいだったよ。
で、だ。
魔法の激しい応酬が行われるさなか、いっそのこと不自然に何もないステージ上で、とうとうシエルゼルが瞑想から目覚めた。
その右の瞳には──ティアトロリーチェの馬車にもあった、紋章が浮かび上がっている。
『まさか、あれは──!?』ってステラ先生の驚いたような声が聞こえて。
『──魔神ErugaRu:ラディクスルクス』の囁きと共に、神聖なる光の魔神がシエルゼルの背後に顕現した。
認めよう。あの時俺は、確かにアレには敵わないと思ってしまった。
奴が召喚(?)したのは、紛れもなく魔神だった。光の魔力がそのまま意志と形を持ったかのような、強力って言葉ではとても表現しきれないくらいにヤバいやつ。濃密すぎる魔力の匂いで鼻がマヒするし、神聖すぎる魔法の気配に背中の鳥肌が止まらない。
天使のような、神のような。美しくて整った顔立ちの魔神。体つきは人間のそれをはるかに超えて美しく、生命力に満ちている。全身に光の紋様が浮き出ていて、なんかその場で普通に立っているだけで美術品として金がもらえるレベル。信心深い人なら涙を流していたかもしれない。
なんげえ睫毛と閉じたままの瞳。目を開けて微笑んでくれたら、いったいどれだけ幸せな気分になれるのだろう……と、そう思わずにいられない。
……って思うんだけど、なーんかやっぱりヤバそげな雰囲気が気にかかる。綺麗で美しいんだけど触れちゃいけないタイプのヤバさって言うの? 行き過ぎた正義とか禁断のナントカとかそういう感じのヤバいアレ。とにもかくにもやばやばだったことが伝わってくれればいいや。
で、唖然としている間にシエルゼルが『──消えろ』って杖を一振り。
魔神が右手を前に出し、なんか力を溜めた。あ、ヤバいなって思ったときはもう遅い。
シエルゼルの光魔法とは比較にならない光の「なにか」がぶっ放された。今度は間違いなく、観客保護のための結界もブチ破った。破ったって言うか、それが当たったところだけ文字通り消失していた。砕くとか裂くとかそんなレベルじゃない。お空の雲まできれいに抉られていたっていう。
俺とラフォイドルがそれを避けられたのは、ステラ先生の支援(転移魔法)があったから。『今のその子に……なんてものを……! あなた、それでも教育者なんですか……!?』ってステラ先生が珍しくキレてる。怒った顔も本当にステキだった。
一方で、リバルトのクソは『彼なら問題ないと確信しているからこそ、開放したのです。事実、問題なく扱えているでしょう? ……尤も、そちらの言い分もまた事実。普段はかなりの制限をつけさせてもらっています』って澄まし顔。いったいなんのこっちゃ?
『狂戦士さえ正気に思えるような人間を作るそちらの教育よりかは、人道的で真っ当だと思いますけどね』ってリバルトは吐き捨てる。『それでも私は、この子たちを……教え子を信じていますっ!』ってステラ先生。
『教え子と思っている相手にあれだけのことをできるのか……やはり、ウィルアロンティカは理解ができない。しようとも思えんね』とはリバルト。何のことかはよくわからないけど、ステラ先生が煽られたってのはよくわかった。もうリバルトを生かしておく理由はない。
ともかく、まだまだ試合は終わっちゃいない。『許可できるのはあと一発です。それで決めなさい』ってリバルトはシエルゼルに指示。さすがにあの規模の魔法を連発はできないのか、魔神は瞑想(?)状態に入り魔力を高めだした。
『……悔しいけど、先生が手伝えるのはここまでだよ』ってステラ先生は泣きそう。規約的にだいぶグレーなのと、ついでにリバルトが変な横やりを入れないか見張ってなきゃいけないっぽい。
『でも……──くんとラフォイドルくんが力を合わせれば、二人ならなんとかできるって……先生は信じてるからっ!』って。
俺とラフォイドルに頭を同時にぽんぽんして、そして二人まとめてぎゅってしてくれた。
もうね、ヤバかったね。ほっぺのすぐ横にステラ先生のほっぺがあって、ステラ先生の金髪がくすぐったくって、そして先生の良い匂いがする。俺たちはボロボロの恰好をしているのに、そんなの関係ないとばかりに強く抱きしめてくれて、なんかもうこっちが泣きそうな気分。
ここまでされたら、俺だって腹をくくるしかない。
『アレやろうぜ、親友』ってラフォイドルに声をかける。『アレってなんだよ?』ってラフォイドルは野暮なことを聞いてきた。
『アレって言ったら──男の友情の合体必殺魔法に決まっているだろ?』って杖を構える俺。
お誂え向きに、向こうも次の一手に時間がかかっている。なら、やるのは今しかない。
六属性魔法要素を構築。術式展開、呪文詠唱を並列同時行使。肉体の全てに魔素を纏わせ、自身を魔法刃と化しながら地面に魔法陣、空中に全属性高次元高要素立体結合魔法体を構築。当然の如く呪歌歌唱も行って全体のまとめも忘れない。
時間、空間、魔法的に構築されたそれ。魔法陣、魔法体、呪文、術式、呪歌それぞれがぞれぞれの要素として核を成し、それぞれが独自に存在しながらもまとまって存在しているあれ。共鳴も反発も何もかも利用した文字通り俺の究極の秘技。
要は【浮気デストロイ】。ただし、いつもの【浮気デストロイ:レプリカ】とか【浮気デストロイ:ピュアハート】とかじゃなくて、ナターシャが使うオリジナルの【浮気デストロイ】。ステラ先生の励ましの言葉があったからこそ可能になった究極の一撃。
この全力構築した浮気デストロイを、あえてお膳立てとして使ってやる。『俺が合わせる。ヘマするなよ』って言ってみれば、あいつは『……今だけは信用してやるよ』って杖を構えてくれた。
ちょうど、向こうの準備も終わったのだろう。『今度こそ、本当に終わりだ』ってシエルゼルが杖を振るう。光の魔神が両手をそろえて、そのヤバすぎる光の「なにか」をぶっ放してきた。
『合わせろ、──ッ!』ってやつが俺の名前を叫び、純粋な崩闇の一撃をぶっ放す。俺はそこに浮気デストロイをかぶせ、奴の暗黒をさらに反発浸食共鳴強化。多色の浮気デストロイの結界が、一瞬でこの世をすべて飲み込むかのような暗黒に染まり、扱っているこっちが深淵に引きずり込まれそうな闇の力があふれ出す。
さしずめ、【浮気デストロイ:エタニティダーク】って所だろうか。正直びっくりすくらいヤバい一撃だったんだけど、魔力も音も匂いも何もかもを喰らいつくして進むうえに、デカくて黒いものだから、威力に反して迫力が全然ない──面前が真っ暗なだけでそれ以外よくわかんなかったんだよね。
そんな至高の暗黒と究極の光がぶつかり合う。白と黒が入り混じって当たりの様子がわからない。ただし、互いに打ち破られていない──魔法的に拮抗していて、踏ん張らなきゃいけないのはたしか。
俺もラフォイドルも、全力で魔力を振り絞っていた。体の魔力を一滴たりとも遺さないとばかりに魔力を注ぎまくっていた。力をかき集めに集めて、外部からも魔力を吸収して……気合を入れ過ぎたからか、ラフォイドルは鼻血が出ていたし、俺からは血の涙が流れていたと思う。
そして、それでなお少しずつ俺たちの方が押されていた。察するに、浮気デストロイは反属性による反発作用や魔法共鳴による(本来なら避けるべき)暴走現象を利用してあの威力を出しているわけだけれども、ラフォイドルの闇の力が強すぎたのか、あるいは俺にそこまでの魔力が残っていなかったのか……ともかく、バランスが崩れて【浮気デストロイ:エタニティダーク】としての本来の威力を出し切れていなかったっぽい。
『ヘバったか親友!? 辛いなら休んでていいぞ!』って声をかける。『うるせえ! てめえの方こそ手ぇ抜いてんじゃねえだろうな!?』って返ってきた。もちろんお互い全力を尽くしているけれども、それでもやっぱり踵がじりじりと後ろの地面を削っていく。
『これで……本当に終わりだッ!』ってシエルゼルが吠えた。勝利を確信した、最後の一押しってやつだったのだろう。もうこっちが受け止められないくらい、魔法の圧力が高まり、俺たちの闇が光にどんどん飲み込まれていく。
もはや、ここまで。俺だけでも離脱して不意打ちを喰らわすべきか……と、そんな思考が一瞬巡ったまさにその瞬間。
『忘れんなよ……これ、チームプレイだぜ?』って微かなる声が。
消えかけていた暗黒の闇が膨れ上がる。『は……?』ってシエルゼルの呆然とした声がなぜか聞こえた。結界内の全てに闇が満ちて、光の魔神が放ったそれもろうそくの火のように消されて……いや、闇が食らいつくしていく。
見なくてもわかる。これはゼクトの付与魔法。倒れていたはずのゼクトが、最後の力を振り絞って俺たちに付与魔法をかけていた。
『くっそぉぉぉ!』ってシエルゼルがさらに気合を込める。ほんの少しだけ光が闇を押し返した。『こんなところでッ! こんなやつらにッ! 負けてたまるかぁぁぁぁ!』って光がどんどん膨れ上がり、闇を切り裂いていく。
が、しかし。
『合わせろお前らぁぁぁぁッ!』ってラフォイドルがさらに叫ぶ。奴の魔力がさらに高まった。もちろん、俺もゼクトも全力で魔力を放出して──そして、三人の魔力が共鳴。【浮気デストロイ:エタニ……いや、違うな。
【浮気デストロイ:カオスモスダーク】が今度こそ本当に光の魔神に直撃。魔神はその静かな表情を崩すことなく、全身にヒビが入って消えていった。当然、魔神に攻撃させていたシエルゼルも無事で済むはずがない。
全てが終わり、煙が晴れて。
ようやく視界が効くようになり、辺りを見渡してみれば。
ラフォイドルが倒れている。おそらく、最後の最後で全力の魔力を振り絞ったのだろう。白目な上に鼻血という絵面的に大変アレな状態だったので、スッと瞼を閉じさせてついでに俺のハンカチで鼻血を拭いてやった。
ゼクトもやっぱり倒れている。ただ、こいつは元々倒れていたし、そのうえで最後の支援までやったのだ。逆にぴんぴんしているほうがおかしい。心の中でありがとうのエールを送る。
そして、敵陣。
シエルゼルが倒れている。思っていたよりかはボロボロじゃないけど、たぶん最後にスタッフの先生が緊急回避策を実施したか、安全装置的な何かが働いたのだろう。少なくとも気絶して戦闘不能状態であるのは確実で、それを表すかのように特徴的な魔法陣に囲われていた。
意識があるのは、ミルシェラちゃん。いつのまにか運ばせていたのだろうか、その足元には俺たちにしこたま蹴られたままの腕ブラクソ野郎。ミルシェラちゃんの人形は攻撃の余波を喰らって半壊しており、『う、わー……どうしよぉ、これもう直んないかも……』ってミルシェラちゃんは涙目。
そして──ミルシェラちゃんの下半身に、シエルゼルに施されているのとまったく同じ魔法陣が。どうやら、下半身のみ戦闘不能状態という扱いらしい。(後から知っただけど)この魔法陣が施された部分は試合中に動かすことも攻撃することもできなくなり、全身に回ることで完全な戦闘不能として扱われるのだとか。
『やる?』って一応聞いてみる。『いや……さすがにちょっと、いろんな意味で怖いかな……』ってミルシェラちゃん。すでに彼女もほとんど魔力が無いし、肝心の人形はボロボロだ。俺もボロボロで万全とは言い難いけれども、魔力も無い、武器もない、そして上半身しか使えない女の子を倒すくらいなら楽勝である。
まぁ、つまり。
『──俺たちの、勝ちだぁぁぁぁぁ!』って観客が騒ぐ。祝砲のつもりか、空に魔法がぶっ放されて、単純に興奮したのかステージにいろんなものが投げ込まれた。まぁぶっちゃけそのほとんどが酒瓶で、たまーにマンドラゴラの干物とかが混じってたっけ。
『やったじゃん! すげえじゃん!』、『ルマルマとアエルノの共闘とか、もう一生見られないぞ!』、『それより早くゼクトを! ドクターの元へ連れてかないと!』って二年生がステージに駆けあがろうとする。上級生も、『胴上げだ胴上げ!』、『顔が良い奴がやられるのは最高だぜ!』って酔って酒瓶持ったままやってき……
……ようとしたのに、ステージに上がれない。未だに結界は維持されたまま。
『んだよ、空気読んでくれよ!』って酔ってベロベロになったキイラム先輩が実況席に向かって文句を言う。『空気を読んでほしいのはこっちのほうだぞ!』って愉快そうなアナウンス。間違いなくシューン先生だろう。
視界の端に、『おねがい、気づいて!』……とでも言わんばかりに面前で手を組むステラ先生が見えた。これまた楽しくて楽しくてたまらないとばかりに、シキラ先生がシューン先生より拡声の魔道具を受け取るのも見えた。
『お前らよぉ、ちったぁ頭を働かせろや。結界が解かれてないってのは……終わってないってことだろ?』って、そんな宣告が聞こえて、そして。
『──制約魔法』って声と共に、俺の肩が叩かれた。反射的に振り向こうとして、顔面に強烈な衝撃。吹っ飛んだ。
何が何だかわからないクラクラした頭のまま、本能的に転がって距離を取る。感覚からして、何者かに思いっきり顔面をぶん殴られたのは間違いない。すぐに追撃が無かったことと、やられたのが顎やこめかみでなかったことから、おそらく近接戦のプロではない。
揺れる視界を無理やり無視し、何とか立ち上がってみれば。
『よう、散々コケにしてくれたな?』って──無傷の腕ブラクソ野郎が立っていた。
嘘だろって思ってミルシェラちゃんの足元を見てみる。『ごめんね、こっちはお人形。普通に動かす分には見分けつかなかったでしょ?』ってミルシェラちゃんはにっこり。『あとはお若い二人でってことで……って自分の心臓に杖をむけ、そして自らリタイア。
『不思議そうな顔してるな?』って腕ブラクソ野郎はご満悦。『切り札と言うのは、最後まで取っておくものですよ』ってリバルトも得意げ。『得意そうなところ悪いですが、本人とはいえあとから割り込む形で試合に参加するのはルール違反では?』って冷静に突っ込む俺。
が、あの野郎ども。
『いや……俺は最初から、なんなら日が昇る前からずっとここにいたぜ』って腕ブラクソ野郎がゲラゲラ笑った。『宣誓時にステージ上にはいませんでしたが、結界内には居ましたからね。ルール的には何ら問題ないですよ』ってリバルトもにっこり。
なんとあの野郎、早朝からすでにこのステージ……より正確には、ステージの地下に潜んでいたらしい。俺たちが今まで腕ブラだと思っていたのはミルシェラちゃんが操る人形で、俺たちが戦っている間、ずっとこいつは息を潜めて隠れていたってわけだ。
これだけでもうヤバい。奴はぴんぴんしているのに、俺はボロボロ。
そして、わずかばかりの魔法すら使えない。ほかでもない、奴の制約魔法のせいで。
『お前、光魔法じゃなかったのか?』って一応聞いてみる。ステージの外では、『制約魔法はお前じゃなかったのかよ!?』ってギルがコーキトンに向かって叫んでいた。
決闘自体に興味が無いのか、それとももともとドライな関係なのか。コーキトンが当たり前のようにウィルアロンティカとティアトロリーチェの真ん中まで出てきて、そして解説。
『僕の魔法は制約魔法さ。そしてヴェルが使っているそれは間違いなく僕の制約魔法で、ヴェルの魔法は光魔法でもない』とのこと。実際、コーキトンが制約魔法を使おうとしても、なんか上手くいかずに発動することができない。
『ヴェルの魔法は──』ってコーキトンの言葉を、『いや、ここは俺に言わせてくれよ』って腕ブラクソが遮る。
『俺の魔法は──友情魔法さ。友達から能力を借りる魔法って言えばいいか? 尤も、借りた能力は持ち主程使いこなせるわけじゃないし、一度に借りられるのも一つだけだがな』って腕ブラクソ野郎は腰に掲げた短剣を構える。『だが、近接戦闘のセンスは自前だぜ?』って獰猛に笑った。
最初から奴らは、これを狙っていた。基本的にはシエルゼル一人でなんとかなると考えつつも、ミルシェラちゃんが人形魔法で腕ブラの人形を本人の如く操って見せることで、【実は隠れている】という疑いそのものを抱かせなくしたわけだ。
シエルゼルが一人を受け持っている間に、腕ブラ人形で残り二人の情報を抜き出す。腕ブラ人形は自爆で一人を確実に消し、ミルシェラちゃんが残りの一人を倒せればそれで問題なく、ダメでも情報と言うアドバンテージを得た本物の腕ブラが制約魔法で魔法を封じたうえで残り一人を倒せば──計算上、ティアトの勝利はほぼ揺るがない。
実際は計算外がかなりあっただろうけど……それでも現に、ボロボロで魔法の封じられた俺と、制約魔法で魔法が使えないとはいえ、魔系の試合では持ち込もうとも思わない短剣を装備してぴんぴんな腕ブラクソ野郎が対峙することになっている。
『魔力は封じた。お前はもう魔法は使えない。一方で俺は武器持ちだ。……仮にお前に剣や槍があったとしても、そのダメージじゃ俺に勝てるはずもない』って腕ブラクソ野郎はこっちに向かって走ってきた。
『ダメージが無かったとしても、魔系のお前がまともに武器を使えるとは思えないけどなぁ!』って嬉々として短剣を振るってきて。
とりあえず反射的に、落ちてた酒瓶で殴ってしまった。
いや、やっぱ人間、追い詰められた時って本性が出ちゃうもんだね。なんか自分でも気づかないうちに動いていて、実際にぶん殴っていた俺自身、殴った後に自分で自分にびっくりしていたんだもの。
それは腕ブラクソ野郎も同じだったらしい。額から血を流しながら、『え……酒瓶?』って唖然としていた。
もちろん、その隙を逃す俺じゃない。奴が動き出す前に肉薄し、奴の後頭部に酒瓶を叩きつけまくる。隙の無い流れるような連撃。慈悲も容赦も何もなく、ただただ機械的に的確に叩き込みまくる。
『あ……ば、あああ……!?』って腕ブラクソ野郎は防戦一方。パリンパリンっていい感じの音。一応あいつも何度か短剣を振り回していたけれども、そんなの俺に当たるはずがない。ギリギリで引き付けて躱し、隙だらけの腹に強力な酒瓶ストライクを叩き込む。
いやはや、やっぱり酒瓶は実によく手に馴染む。魔系として言っちゃいけないだろうけれども、ぶっちゃけ杖より手に馴染む。持ちやすさと言い程よい重さと言い最高。思わず年甲斐もなく『ひゃっはぁ! ひゃっはぁ!』って叫んじゃったくらい。
さすがにただじゃ負けられないと思ったのだろうか。腕ブラクソ野郎は一度あえて俺の酒瓶を体で受け、『ちくしょうクソがッ!』って酒瓶を短剣の背でたたき割ってしまった。
しょうがないので酒瓶キックをお見舞いする。奴がひるんだところで酒瓶フィスト。俺がもうちょっと元気だったら酒瓶フクロ(ソロ)も叩き込めたのに。
『がっ……っはァ……!?』ってやつが吹っ飛んでいったので、手元にわずかに残ったギザギザ酒瓶を投げ当てつつ、そこらに落ちていた酒瓶に拾い換える。もちろん、適度に割っておくのも忘れない。打撃も可能、斬撃も可能、そしてどこでも入手できる──とりわけクズが多い地域ほど簡単に入手できるから酒瓶は大好きだ。
『おま……さかび……なんで……!?』ってやつは息も絶え絶えにこちらをにらんできた。まさか、魔系であるはずの俺がこうも接近戦に長けている……というか、酒瓶を武器として使いこなすとは思ってもいなかったんだろう。
舐めやがって。俺は物心をつく前から酒瓶を握っていたんだ。今と同じように酒瓶しか手持ちに無い状態で、魔力も体力も何もない死ぬ一歩手前のボロボロの状態で、はるかに格上の連中とやりあっていたんだ。
あのピュアな頃の日々に比べれば、毎日飯も食えて壁のあるところで寝られている……そんな俺が、たかだか魔力無しで体がボロボロってだけで、短剣を振り回すだけのクソ野郎に負けるわけがない。
とはいえ、今の俺はピュアな頃の俺じゃない。ピュアな頃の俺だったら話も聞かずに動かなくなるまで酒瓶を叩き込み続けただろうけれど、今の俺は立派な人間なのだ。
そんなわけで、マデラさんからもらった含蓄のある言葉を披露。
『マデラさんが言っていた。【魔法も使えるから魔法使いと呼ばれるんだ。魔法しか使えないのは魔法使いではなく、ただの人間】だ──と。俺が近接戦闘できるのがそんなに不思議か?』……って聞かせてやれば、『誰だよマデラさんって!』って言われた。マデラさん知らないとかマデラさんのケツビンタ案件じゃね?
しかもしかも、腕ブラクソ野郎は『おかしいだろ……ッ! どうして俺の短剣がお前の酒瓶に負けるんだよ……ッ!』とかふざけたことを抜かしだす。『俺は杖を持つよりも前に酒瓶を握っていたんだぞ。俺が酒瓶を振るった時間とお前が短剣を振るった時間、どっちが長いかなんて考えなくてもわかるだろ?』って返してみれば、『マジもんのイカレが……ッ!』ってすんげえ顔で睨まれた。怖い。
ぶっちゃけなくとも、杖を振るった時間よりも酒瓶を振るった時間の方がはるかに長い。そりゃ、ちょっと短剣が上手い程度のクソ野郎が俺の酒瓶殺法に敵うはずがないわな。しかも状況が状況故に、俺ってばちょっとピュアな頃の俺になりかけてたし。
ともあれ、俺にいたぶる趣味も余裕も油断もない。禁断のダブル酒瓶を両手に装備。倒れてなおもがく腕ブラクソ野郎にまずは軽く一撃を入れ、そしてマウントポジション。
『──覚悟は良いか? てめぇ、俺のロザリィちゃんに触れたツケ、払ってもらうぞ』って問いに、奴は怯えた目で答えるしかなかった。
酒瓶ストライク。酒瓶スラッシャー。酒瓶演舞。酒瓶クロスにとどめの酒瓶グランドインパクト。『ひゃっはぁぁぁッ! ひゃっはぁぁぁッ!』って、無意識に叫んでしまった。
パリンパリンパリンっていい音が続き、そしてとどめの最後のフィニッシュのフィナーレで酒瓶金剛つぶしを叩き込む。『あ、が……』って変な声と共に、今度こそ本当に腕ブラクソ野郎は倒れた。
『──脳筋鍛えて、出直しな』って立ち上がり背を向ける俺。『……仇は取ったぞ、親友たち』って腕を掲げる俺。ここで盛大な拍手と歓声が……って思ったのになぜか会場は静まり返って物音ひとつしない。
あれ、おかしいぞ──って思って周りを見てみる。ミルシェラちゃんと目が合った。『ひ……っ!?』ってミルシェラちゃん、腰が抜けたまま後ずさろうとして倒れた。なんかガチで怯えてる。
よくよく見れば、ティアトの連中全員が怯え&ドン引きみたいな感じに。ロンティカも一年生の方はなんかもうガチガチ震えている。何をそんなに……と思ったところで俺の両手が真っ赤であることに気づく。もしかしなくとも、腕ブラの鼻血(と元々の俺の血)で見かけが非常にスプラッタになっていたのだろう。
『審判の人ーっ! 早く勝利宣言してよーっ!』って今日もプリティなロザリィちゃんの声が響く。ちょっと遅れて、『さ、最終試合──ウィルアロンティカの勝利!』ってアナウンスが。
やっぱりちょっと遅れて、ためらいがちな歓声が響く。とはいえ、思っていたよりかは……って感じだから、大歓声であることには間違いない。体中にびりびり響くくらいだと言えば、どれだけの物か理解してくれることだろう。
そのあとのことはよく覚えていない。ロザリィちゃんが待ちきれなかったと言わんばかりに俺の方へかけてきて、『おつかれさま! すっごくカッコよかったよ!』ってぎゅって抱きしめてくれた。すでに遅かったとはいえ、『汚れちゃうよ?』って声をかけてみれば、『こうすればだいじょーぶ!』って頭上に大きな水魔法。
次の瞬間、俺もろともロザリィちゃんはびしょぬれ。『……濡れたカッコいい──くんをみんなに見られるの、嫌なんですけど?』ってロザリィちゃんは上目遣いでおめめをぱちぱち。濡れたロザリィちゃんがかわいくて色っぽくてなんかもうマジで倒れそうになった。
で、確かアルテアちゃんに二人まとめてローブをかけられて、そのままルマルマ寮に帰還。事後処理や最終的な結果発表は翌日やるとのことで、なんかよくわからんまま試合は普通にお開きになったとのこと。
気づけば普通になんかクラスルームで飯食ってた。試合後でもう一歩も動けない俺に気を使って、みんながこっちに飯を持ってきてくれたんだよね。『最後はともかく、結構カッコよかったよ』、『まさかお前がアエルノと協力するとは……』、『なんでお前──のくせにズボン降ろさなかったの?』っていろんな人からねぎらいの言葉をもらったっけ。
『ちくしょお……俺も親友と一緒に戦いたかったぁ……!』ってギルだけは全力で悔しがっていた。一応みんなも場外乱闘で結構やりあっていたっぽいんだけど、ギル的には俺と背中合わせで力を合わせて戦いたかったらしい。
『俺と親友が力を合わせれば……【浮気デストロイ:友情のマッスル絆スペシャル】ってところか……? やべぇ、負ける気がしない……!』ってギルは一人で妄想してにやにや笑っていた。残念だけど、そんなトンチキな合体魔法を使うことは一生無いと思う。
そんなギルは今日もぐっすりすやすやと大きなイビキを書いて眠っている。……俺の日記もさすがに長くなり過ぎた。自分で書いててびっくりだけど何ページあるんだこれ? 最近はイベントがイベント故に長く成り気味だったとはいえ……一晩で書ける量じゃなくね?
もちろん、俺は試合後でかなりクタクタ……前述通りまともに食堂に行けないくらいの状態。普通だったら倒れるように眠っていてもおかしくないんだけど……。
実はね? 風呂にもいけそうになくて、でも汗だらけ泥だらけ血塗れだった(水魔法じゃ落ちきらなかった)からって、ロザリィちゃんが『しょうがないパパだなぁ♪』って俺の体を拭いてくれたんだよね。
いやもう、ロザリィちゃんの前でパンイチになるのはすごく恥ずかしかったとはいえ、『ここですかー♪』、『痒いところはありませんかー♪』って優しく俺の体を洗ってくれるロザリィちゃんが最高だったよね。『意外といいカラダしてるよねぇ……♪』ってペタペタ触ってくるところなんてもう、俺に理性が無ければだいぶヤバかったよね。
ちゃっぴぃまでもが『きゅーっ♪』って俺の体をタオルでごしごししてこなければ最高だったのに。あの野郎、何もわかってないものだから傷のところまで遠慮なくごしごししてきて大変なことになったっていう。
ともかく、そんなドキドキ体験があったゆえに寝付くことができず、こうして日記を書き上げた次第である。そろそろ落ち着いてきたし、明日は明日でやることもあるだろうから、そろそろ眠るとしよう。
ギルの鼻には腕ブラクソ野郎の髪の毛でも詰めておく。なんか俺のローブにひっついていたんだよね。たぶん最後の酒瓶インパクトを決めた時だと思うけど……まぁいいや。
とりあえず、腕ブラクソ野郎の制裁についてはこれで良しとしよう。浅ましくもロザリィちゃんの体に触れようとした罪がこの程度で許されるはずはないけれど……これ以上はきっと、ロザリィちゃんが悲しむだろう。そんなの絶対だめだ。
シエルゼルのクソも、まぁこれで許そう。あのプライドの高そうなやつが、自身の究極の一撃を見下した連中によって打ち破られたのだ。単純に結構ボコボコにした気がするし、あいつはロザリィちゃんには何もしてない気がするから。
……いや、やっぱ二人ともズボンを降ろして晒しておくべきだった。復讐の機会は逃しちゃいけないってマデラさんも言ってたし。もう今更なんだけどさ。
でも。
でも、リバルトのクソはダメだ。まだ奴自身には直接的な制裁ができていない。せいぜいが、自慢の教え子が見下していた相手に叩きのめされたってことくらいだ。
奴らが帰るのは、明日か明後日か。
それまでに……ぜったいに、なんとかしないと。