216日目 他校交流降神魔法大会:通常試合
216日目
おなかいたいおなかいたいおなかいたいおなかいたい
くそがあいつらなめやがって ちくしょうくそが
いつも通り、異常魔力波を発するオステル様をティアトに向かって全力投球。今日もいい汗かいたぜ、日記にこのことを認めよう……と油断していたら、真っすぐ向こうに投げたはずのそれがそっくりそのまま返ってきた。ウソだろ。
咄嗟に杖で打ち返そうとするももう遅い。次の瞬間に訪れる猛烈な腹痛。人としての尊厳が失われそうになった。
這う這うの体でなんとかトイレに。すでに男子がみんな蒼い顔して並んでいる。女子トイレの方も大変なありさま。蒼い顔して杖を構えたアルテアちゃんが、『いいたいこと、わかるな?』って笑顔。親指をくいっと外へ。鬼だ。
こりゃヤバいってことで余裕があるやつらだけでティキータやその他のトイレを借りようと移動を試みる。が、食堂に差し掛かったところでティキータ、バルトの男子連中が。連中も一切の例外なく真っ青で脂汗がヤバい。
『じょ……女子に男子トイレを占拠された……ッ!』、『だ、男子は外でやれって……ッ!』とのこと。どのクラスもみんな考えることは同じらしい。
一刻も早く次の作戦を練らねば……と思っていたところで、『よーう、ウィルアロンティカの諸君、ずいぶんと切羽詰まってるなァ?』って腕ブラクソ野郎が。腕ブラクソ野郎の癖にアイデンティティである腕ブラブラが治っている。高い金を出して治したか、チートフルに泣きついたか。
まあそんなのどうでもいいとして、憎きティアトのクソども(もちろんシエルゼルもいた)がなんかすんげえニヤニヤしながらこっちを見ていた。
いや、この瞬間にみんな悟ったよね。この謎の腹痛はティアトロリーチェの卑劣なる罠だって。あの余りのえげつなさに怒りを隠せないし、そもそも友好のための交流試合になんでこんなことをするのか、奴らの神経が理解できない。魔系としての策略を巡らせるような行為ならともかく、こんなの人の超えちゃいけないラインを明らかに超えている。
しかもあのクソたち、『なんならトイレを貸してやろうかぁ? 今なら特別に一人金貨一枚でいいぜ?』とか煽ってきたって言うね。シエルゼルのクソも、『お金を取るのは冗談さ? 裏手に穴を掘ってあげるから、そこを使いなよ。キミたちにはそれがお似合いだろう?』とかくすくす笑ってきやがった。
人の健康がこんなにも害されて苦しい思いをしているというのにあの言い様。あきれてものも言えなかったよね。メンチ切ったら『ああ、怖い怖い……牛乳飲んで落ち着きなよ?』ってキンキンに冷えた牛乳差し出してきやがったし。
ともかくそんなわけで朝飯は食わず。トイレについては『俺ってば優しいから銅貨三枚で貸してやるぜ!』ってなぜかシキラ先生が都合よくそこら辺を歩いていたので、いつぞやと同じくエルメダノッサのを借りた。『いよいよもってカチコミらしい泥沼感が出てきたぜぇ……!』ってシキラ先生はとても嬉しそう。ホントぶれないなあの人。
なお、アエルノチュッチュの連中だけはほぼ被害なし。『おかげさまで、この手の対応に慣れてるんでね』ってラフォイドルは普通に朝飯を食っていた。『同期のよしみだ、銅貨五枚でウチのトイレ貸してやるよ。ティアトの連中より良心的だろ』とのこと。『この野郎が……ッ!』ってジオルドがすんげえ目をしながらコインを奴の手に置いていたのを覚えている。
ともあれ、そんな感じでカチコミ四日目、第三試合が始まることに。『本日は通常のチーム戦形式での戦闘を行います』とのこと。要は魔女対戦の男女関係ないヴァージョン。
が、ルマルマもティキータもバルトのも女子は一人もいない。男子もあんまり人がいなくて、何とか来れている奴も顔面蒼白で足がぷるぷる。とても戦闘をできる状態じゃない。ちょっとでも力んだが最後、人生が負ける。
『おやおや? ウィルアロンティカのみなさんは怖気づいたんですぁ?』って腕ブラクソ野郎が煽ってきた。『うるせえ! 全部てめえらの仕業だってわかってるんだぞ!』ってゼクトが怒鳴り返す。
が、なぜかここでシエルゼルが割って入ってきた。しかも、『まさかとは思っていたけど──こっちとしても、もう形振り構っていられないんだ』ってなんか明らかにブッツンしてる。
『先生は言っていた──お前らを同じ人間と思うな、凶戦士と悪魔を掛け合わせたものよりも悪辣なものだと思えって』ってシエルゼルは冷めきった瞳でこちらを見下してきた。そこには王子様っぽい感じは一切ない。とうとう本性表したなって思ったよね。
しかもあろうことか、『確かに間違いない。……いや、なかなか言い得て妙だな』ってラフォイドルが笑っていた。おまけに『今回俺らパスで。やる気ねえし、ちったぁ自分たちの行いを反省しやがれ』とも。
まさかのこの土壇場にきての裏切り。アエルノチュッチュは卑劣だ卑怯だ悪逆だとは思っていたけれども、ここにきてこんなに残酷なことをするだなんて。ちょっとでもこいつらにもいいところがあると思っていた俺がバカだった。
『裏切るのか?』って一応声をかけてみる。『勘違いするんじゃねえ。今は一勝一敗。そして明日の試合は俺が直々にそこのクソ共をまとめてぶちのめすから二勝は確定。だから、この試合は勝とうが負けようがどうでもいい……もっと言えば、試合の勝敗以上にルマルマの無様な姿を見たいって所かな?』ってすんげえ笑顔。あいつの根性のひねくれ具合には驚かされるばかりだ。
もはや絶体絶命。アエルノからは参戦せず、こちらにはぽんぽんイタイタ男子しかいない。もはや玉砕覚悟で挑むべきか──と思ったその時。
『──親友。ここは俺に任せてくれ』って静かな声。
ギルだ。俺たちのギルがそこにいた。
『お前、腹は?』って聞いてみる。『ちっちっち……親友ともあろうものが、忘れちまったのか? 俺の筋肉に、二度同じ攻撃は通用しないってことを』ってギルはファイティングポーズ。そういうやこいつはそういうやつだった。
そんなわけでウィルアロンティカからはまさかのギルのみ出場。こっちのホームなのに、『ずいぶん余裕だな?』、『その意気だけはかってやんよ!』ってティアトから凄まじいブーイング(?)が。
でもって、向こうの選手は『俺たちも随分舐められたものだな……ただでこのステージから出られると思うなよ』ってすでにブチ切れている腕ブラクソ野郎に、『なんにせよ、僕はこんなくだらない争いなんて参加したくないんですが……』ってため息ついているコーキトン(向こうの組長一人)、あとやっぱり殺意満々のおぼっちゃまって感じの二人が。
『ちょうどいい、お前は見せしめとしていたぶってやんよ!』って腕ブラクソ野郎は杖を構える。『千切ってヴィヴィディナに捧げてやるよ』ってギルは拳を構えた。『親友の嫁であり、俺のクラスメイトを侮辱した罪……ヴィヴィディナでさえ、吐き気を催すかもしれないが』って静かに闘志を燃やしている。
で、試合開始。
『──制約魔法!』ってコーキトンが叫ぶ。なんかよくわからんけど白紫の魔法陣(?)的なものが決闘場に広がった。『……これで僕の仕事は終わりだな』ってコーキトンはそのまま下がる。
警戒したのだろう。ギルが少し距離を取って様子をうかがっている間には『光魔法!』って腕ブラクソ野郎が魔法を発動。なんか光の奔流がぶわーっと出てきて、ギルを飲み込もうと襲い掛かった。
おまけとばかりに、容赦ない雷撃と刃のついた車輪てきなものまでギルにぶちこまれる。文句の言いようのない程の直撃。あのギルなのに、避けるそぶりすら見せなかった。
『魔法の研鑽という大義のために、一応解説しますが』ってコーキトンは語りだす。『私の制約魔法は、言葉通り私と対象に対して制約を課す魔法です。今回の場合は、殴る蹴るといった暴力を禁じ、頭を使った攻撃のみを許可するとしました』とのこと。『大体どんな制約もできますが、自分もその行為を禁じられるのが痛いところです』ってまるでもう勝利したかのような表情。
『見りゃわかるぜ。あいつはどうみたって身体強化系の魔法を使うタイプだ。暴力を禁じられたら何もできな──は?』って腕ブラクソ野郎が自慢げフェイスから驚愕の表情に。
もうもうと立ち込める土煙の向こうに、『……こんなんじゃ筋トレの準備運動にもならないぜ?』ってぴんぴんしているギルが。
『コーキトン、どうなってる!?』って叫ぶティアトの一人。『まさか……あの見かけできちんとした術者タイプなのか……?』って冷静にギルを見るコーキトン。『ちっ……今更制約は変えられないが、だがまだこっちの方が数で有利だ、焦ることはない』ってさらにもう一人が続ける。
次の瞬間、ティアトの二人が倒れた。
『むんッ!』ってポージングするギル。その拍子に、(一応着せておいた)シャツのボタンが弾けたらしい。下手な投石器よりも勢いよくはじけたそれが顎に当たったのだろう。実質鋭いパンチを顎に喰らったに等しい。
『……暴力行為ではないからセーフですね』ってコーキトンは冷静に下がっていく。どうやらあいつ、制約魔法に能力の大半を割いているからか、積極的な行動はできないらしい。
が、当然の如くギルのシャツは一枚だ。すでに半裸で男の正装状態。これ以上ボタン飛ばしはできない。二度同じ手を使うことは許されない。
そして『そんなのあってたまるかクソがッ!』って腕ブラクソ野郎の猛攻が始まる。光の奔流、光の大渦、光の鎖、光の翼に光の杭……と、奴の光魔法は威力も範囲も申し分ない。レパートリーも豊富で、まさしく変幻自在。
どっかで見たことがあると思ったら、あれラフォイドルの暗黒魔法の光ヴァージョンだ。
当然、ギルはそれを受け止めることしかできなかった。避けたくないと思ったのか、避けるまでもないと思ったのか。いずれにせよ、【頭を使った攻撃以外は認めない】制約により、殴る、蹴るというギルの攻撃手段は封じられている。
『やっぱりお前、身体強化魔法だな! 防ぐだけしかできてねえぞ!』って腕ブラクソ野郎はにんまり笑い、攻撃の勢いをさらに強める。『あとはもう、魔力がどれだけ持つか、ですね……魔法無しの肉弾戦じゃ、どうがんばっても魔法使いには勝てませんよ』って余裕をかますコーキトン。
そんな中、ギルはニッて笑って宣言した。
『俺はバカだからよぉ……難しいことは全然わかんねえよ。でも……』……そういって、俺の方に振り向く。
『俺は、親友を信じている。親友なら、この窮地を脱するすげえ方法を思いついてくれるって、わかってる』って俺に向かってサムズアップしてきた。
ここまで俺を信頼してくれるギルに、親友たる俺が応えないわけにはいかない。
『ギル……頭を使え。言葉通り、頭を使えばいいんだよ。──俺を、信じろ』ってアドヴァイスした。
『はァ……?』って感じのあいつらの顔を、あれほど滑稽に思ったことはない。
次の瞬間、ギルは『わかった!』ってちょう笑顔。腕ブラクソ野郎の魔法もなんのその、体にガンガン光魔法が当たっているのにもかかわらず腕ブラクソ野郎に接近。『はァ!? 嘘だろオイお前!?』って腕ブラクソ野郎がビビって魔法を連発するも、そんなので止まるギルじゃない。
とうとうギルは腕ブラクソ野郎に接近。その両肩をガシッと押さえた。
『は、はは……! お前、馬鹿じゃねえの……!? 殴るのも蹴るのも、制約されてるってわかってるよな……!?』ってビビりながらも騒ぐ腕ブラクソ野郎。『そうだな』って返すギル。
『身体強化のお前じゃ攻撃できなくて、俺は今こうしてお前に杖を突き付けてる……この意味も分かるよな!?』ってギルの首に杖を突き付ける腕ブラクソ野郎。『そうだな』ってギルは当たり前のことのように返した。
『でも──勝つのは俺だ』って静かなギルの声。『こんの──!』って腕ブラクソ野郎の杖から魔法が発射され──
──る直前に、『オラァッ!!』って盛大なギルのヘッドバッドが腕ブラクソ野郎のデコに決まった。
まさに渾身の一撃。人の体から聞こえちゃいけないゴッッ!!! って鈍くて大きい音が会場に響く。なんか軽い衝撃波てきなものまで伝わってきたくらい。
『あ……が……』って腕ブラクソ野郎は倒れた。文字通り額が割れていて血が流れている。白目をむいて手足がぴくぴく。完全に戦闘不能。
会場全体が、ぽかんとしていた。なぜかウィルアロンティカのほうまでしーんとしている。唖然としているといったほうがいいかもしれない。
『バカな……どうして……!?』ってコーキトンは明らかに動揺。ギルが一歩、また一歩と近づいてきているのにその場でなんかブツブツ言ってる。懸命に逃げるか、あるいは諦めてギブアップすればいいのに、その場から動けないでいた。
『──覚悟は良いか?』ってギルがコーキトンの肩を掴んだ。『どういうことだ? 確かに制約魔法はまだ効いている……!』ってギルに掴まれているにもかかわらず、ギルを蹴ろうとして魔法の効果を確認するコーキトン。
『頭を使った攻撃のみ認める、だろ? 違反してないじゃないか』ってギル。そんなアホなって顔で唖然とするコーキトン。『──閃け、俺の大脳筋』って静かなる処刑宣告。
ゴッ!! って鈍い音が会場に響く。思わず目をつぶるみんな。どさりと人が倒れる音。
目を開いた後、見えたのは。
『──脳筋鍛えて、出直しな』ってくるりと背を向け、高く右腕を掲げるギルの姿だった。
そんな感じで、あまりにもあっけなくギル──ウィルアロンティカの勝利。四対一という圧倒的に不利な状況ながら、終わってみればこれ以上ないくらいの快勝。奴は杖一つ使わず、それどころかまともに服すら来ていない状態で、魔法を使わずに対抗試合に選ばれる程度に実力がある四人(うち二人は組長)をぶちのめした。さすがギル。最強。
戻ってきたギルをみんなで(ケツを押さえながら)讃える。『俺、こう見えて脳筋鍛えてるから!』ってギルは爽やか笑顔。これでもかとばかりにみんなに勝利のマッスルポーズを見せつけまくっていたっけ。
夕飯の時間にはみんなのおなかも落ち着く。試合を見にこれなかった連中にはギルの勇姿をたっぷり語っておいた。『最後の決め台詞カッコ良くね!?』、『俺も脳筋鍛えなきゃ!』ってみんなはしゃいでいた。『じゃあ今度みんなで筋トレしようぜ!』ってギルも嬉しそう。みんな、『ちょっとそれはノーセンキューで』って遠慮してたけど。
あと、ティアトも普通に食堂にいた。昨日よりかは距離が近い。一切話しかけてこないうえ、なんかすんげえヤバい感じににらんだきていたっけ。『うめえうめえ!』って勝利の美芋を美味そうに貪るギルを遠巻きからヤバいものを見るかのように眺めていたよ。
どうも連中、昨日あたりから方向性を変えてきたらしい。下手に俺たちと距離を取るよりも、むしろ一緒にいたほうが色々安全だということを察したのだろう。小賢しい真似しやがって。
風呂場にて、例のコーキトンだけ俺たちと同じ時間にやってきた。なんかちょっと興奮気味(?)に、『なぁ、どうやって僕の制約魔法の支配下にありながらあんなことができたのか……少しでいいんだ、教えてくれ』ってギルに付きまとっていた。『まさか、本当にあんな言葉遊びみたいな理由で打破できたわけじゃないだろう? ……ゼルにもヴェルにも、誰にも言わないし、なんなら少しくらいこっちの情報を売ったっていいから、ヒントだけでも教えてくれよ』って洗い場でも湯船の中でもギルの隣で延々喋っていたよ。
『俺バカだから難しいことよくわかんねえよ?』から『勘弁してくれよ~助けてくれよ親友~!』になるのにそんなに時間はかからなかった。ギルを倒すのには拳も杖もいらないと悟った瞬間だ。
最終的には、『……にわかには信じがたいが、事実である以上試すしかないな』ってコーキトンはギルと一緒にファイティングポーズを取っていた。これから毎日ギルが考案したコーキトン用筋トレメニューの実践を行うらしい。長い時間をかけて検証を行うとのこと。
もしかしたらギルは、コーキトンに対して取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。
ちなみに、おこちゃまポポルは『制約魔法を打破したんじゃなくて、単純に効いてなかっただけじゃね? だってギルだし』って言っていた。俺もそう思う。
そんなギルは今日もぐっすりすやすやと眠っている。明日はカチコミ最終試合。たぶん組長バトル……つまりは俺の出番だ。明日に備えてゆっくり休もうと思う。
今日も全力でオステルしておきたいところだけど、夕飯の時に薄情者のラフォイドルが『そのやり方はもう破られたんだから、別のにしとけよ』って言ってきたので今日はシンプルにジャガイモ……じゃなくて。
……うん、これだ。【ギル・ポテトをすり潰し、ギル・アクアを馴染ませ、ベンジャミングレート二号でガチガチに固めたもの】……はベンジャミングレード二号がもうないので、代わりに俺ワンダフル三号でガチガチに固めたものをギルの鼻に突っ込んでおく。
明日で終わりだ。愚か者に正義の鉄槌を下してやる。