215日目 目覚める真実の愛
215日目
臨界点突破寸前。全力でぶん投げる。あぶねえ。
舐めやがって。
よりにもよって俺にあんな真似をさせるなんて。
もう、絶対に許さない。
とりあえず、普通に書いていこうと思う。
ギルを起こして食堂へ。今日は珍しくティアトの連中も半分くらい食堂に来ていた。多少眠そうな感じがあったとはいえ、男子も女子も普通にぴんぴんしている。いったいどういうこっちゃ?
朝餉を取るついでにラフォイドルに首尾を聞いてみる。『……一晩中警戒していて迂闊に動けなかったって話だ。慌てて撤退するしかなかったってよ』とのこと。アエルノのくせに何もできなかったとか、ちょっとそれってどうなんだろう。
……と思っていたところで、ラフォイドルはにやっと笑って続ける。『余りにも慌てていたもんだから、家探ししてた時に見つけて放置していたリバルトのパンツにうっかり水をこぼしてしまったらしい。そのままにしておくのは申し訳ないし、証拠隠滅もかねて日の当たって風通しの良い目立つ場所に干してきたそうだ』とのこと。
自分で依頼しておいて何だけれども、アエルノチュッチュのあまりの卑劣さと残虐さに戦慄した。あいつら超えちゃいけないラインって言うのを平気で超えやがる。今までどんな人生を歩んでいれば、息をするようにこんな鬼畜外道な行いをすることができるというのか。あいつらマジ怖い。
ともあれ普通に朝飯。昨日より少しだけ近くに来てくれたとはいえ、やはりティアトとウチのメンツで距離がある。友好のためにもこっそり聞き耳を立ててみれば、『やっぱり、また例の尋常じゃない腹痛が……』、『これではっきりしただろ……』、『リバルト先生、やっぱり漏らしたんじゃ……?』って会話が。やったね。
さて、そんな感じで朝飯は終了。クラスルームに戻り、今日くらいはゆっくりしようかな……なんて思っていたらちゃっぴぃが『きゅ! きゅ!』って俺のローブの裾をひっぱってきてうるさい。どうやら暇だから遊んでくれと言いたいらしい。子供って元気があり余っているからやーね。
そんなこんなをしていたら、いつのまにやら……この表現もたいそうムカつくけど新ママが。『お天気もいいし、お散歩とか……どう?』とのこと。もちろん、全力で頷きまくった。
そんなわけでお散歩することに。俺、ちゃっぴぃ、新ママの三人で手をつないで歩く。ちゃっぴぃのやつ、俺と新ママの手にぶら下がって『きゅーっ♪』って実に楽しそう。ここ最近テスト勉強とかであまり構ってやれなかったからか、なんかすんげえにこにこ笑顔。
『よかったね、ちゃっぴぃ!』って新ママも笑顔。『本当は君と二人でお散歩したかったんだけど……これはこれでよかったかな』って返す俺。『次は、学校紹介もかねて……いいや、お日様に映える君の綺麗な金髪を讃えるためにも、今度は二人きりでお散歩したいな』って続ける俺。子供の前だと、あんまり激しい愛の言葉は囁けないしね。
が、この言葉こそが……今にしてみれば、きっかけだった。
『……もう、我慢できない』ってぼそっと声が。ぱっと横を向見てみれば、なんかほっぺがまっかっかで、瞳を潤ませた新ママが。気づけば腕を取られ、なんかすんげえぬくやわこいのがめっちゃ当たっている。
『私、私はずっと、頑張ったんだからね……? いけないのは、──くんのほうなんだからね……?』ってなんか新ママの息が荒い。えっうそちょっと、まだ昼だしここ外だし学校だし……ってアワアワしているうちには壁際に追い詰められた。ばん! って顔の横に手を突かれ、もうどう頑張っても逃げられない感じ。
すっと新ママの手が伸びてくる。ほっぺをつかまれた……けど、『……見ないで』って目を塞がれた。新ママの鼓動と甘い匂いが、直に伝わってきて、そして吐息がすぐ目の前に感じられる。
俺が最後にできたのは、ちゃっぴぃの目をふさぐことだけ。『きゅ!?』ってあいつの驚いた声が聞こえたと同時に──。
『……ん』って温かい感覚が、くちびるに。
マジで、頭の先からつま先まで、一気にヤバい魔力がつきぬけたかと思った。
もうね、マジで腰が砕けて立っていられない。壁に寄りかかっているのがやっと。それでさえ、こう、体を押し付けられていて……壁に挟まれているような形になっていたから何とかなってるって感じ。
今までにないくらいの幸福感と高揚感。もう何もかも考えられなくなって、いつまでもずっとこの心地よい感覚に身を委ねていたい。もう、夢か現実かもわからないくらいに心が蕩けて、そのまま元には戻れないんじゃないかってさえ思えた。
そんな、幸せな感覚もやがては終わりを迎え。
俺の目を覆っていた手が外されて、ゆっくりゆっくりと視界が開けていけば。
そこにいたのは……俺にキスしていたのは、いつものブラウンの髪が美しい──ロザリィちゃんだった。
『目覚めのキスの、味はどう?』ってロザリィちゃんはちろりと妖しくくちびるを舐める。頭の中に霞みがかかったかのようにぼーっとしていたら、『まだ足りないのかぁ? おはようのキスも必要かぁ?』ってさらに俺にキス。『……それともただの、ほしがりさんかぁ?』って都合三回ほどの追撃を喰らってしまった。
もちろん俺は大混乱。今はロザリィちゃんのことが愛おしくて愛おしくてたまらないのに、さっきまでの俺は確かに金髪のあの顔に愛おしさを感じてしまっていた。でも、俺が一緒に散歩したのは確かに金髪のあの顔で、そしてキスされて気づいた……本当に目が覚めた今、目の前にいたのはロザリィちゃんだ。
でもって、アレの得意魔法は──誘惑魔法だ。
マジで泣いた。俺ってば取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと、俺なんかもう生きていちゃいけないんじゃないかと思った。止めようと思っても涙が次から次へと出てきて止まらなくて、ちゃっぴぃがおよだを垂らしたかのように地面が盛大に濡れた。
『俺は……俺は、君を裏切ってしまったのか?』って泣きながら聞いた。せめて、自分で確認を取ることこそが最後の責任だと……自身に課せられた罰だと思ったから。
でも、ロザリィちゃんの答えは違った。
『何言ってるの! 最初から最後まで、──くんは私だけを見ていてくれたんだから!』とにっこり笑顔。
ただ、そのうえで、『でもお仕置きですっ! ずっと、ずっと、名前を呼んでくれなかったんだからぁ……っ!』って泣きながら笑いつつ、すごく優しくてあったかいキスをしてくれた。
そのあとどうしたかって? 書かせるな恥ずかしい。
とりあえず、再びちゃっぴぃの目を塞がせていただいた、とだけ。『きゅーっ!?』ってあいつはわたわたしていたけれども、俺とロザリィちゃんで挟み込むようにして抱いてやったんだからありがたく思ってほしいものである。
落ち着いたところでクラスルームへ。『……あっ、目にヤバい感じが戻ってる』、『普通にヤバい奴から、いつも通りにヤバい奴になったね』、『友達じゃなきゃぶん殴ってるピンクオーラが戻ったな』ってクラスメイトからコメントが。
そして、意外なことにクラスルームにはわが女神ステラ先生も。『あー……話には聞いてたけど、やっぱりやられちゃってたんだね……ロザリィちゃん、おつかれさま!』って先生がロザリィちゃんをぎゅっと抱きしめる。いったいどういうこっちゃ?
話を聞いてみる。『──くん、ティアトのあの子……ええと、ティルリリィちゃんって子に誘惑魔法をかけられちゃってたんだよ? 職員会議でもちょっと話題になってたんだから!』ってステラ先生。
が、どうにも腑に落ちない。確かに誘惑魔法にかかってしまったのだろうけれども、だとしたら俺はルマルマじゃなくてティアトにいるはずだし、俺の隣にいるのはあの女になるはずだ。
『そこがちょっと……あ、愛の奇跡! ってやつでね……!』って、ステラ先生が頬を赤らめ、若干興奮しながらも語ってくれた。
なんと俺──誘惑魔法にかかりながらも、それでもロザリィちゃんのことしか見えていなかったらしい。ずっとずっと、ロザリィちゃんのことを愛し続けていたらしい。
なんでも、あの誘惑魔法ってのは厳密には最愛の人と術者の好感度なんかをそっくりそのまま入れ替えるような魔法であるとのこと。術者(誘惑魔法)を認識していなければそのままコロッと術にはまり、最愛の人に見えている術者にメロメロとなり、逆に術者を認識していても、【誘惑魔法なんかにかからないぞ!】って意識があるため、術者(に見える最愛の人)に敵意をむき出しにして、最愛の人(に見える術者)に愛を語ってしまう……つまりは誘惑されてしまう。
俺も、ロザリィちゃんとあの女の認識をすり替えられてしまうところまではかかってしまった。で、本来ならばそのあとに、誘惑魔法を認識していたからこそ【誘惑魔法なんかに負けないもん!】ってロザリィちゃんに見えているあの女に靡くはずだったんだけど……。
なぜか、あの女に見えているロザリィちゃんにぞっこん。本来ならば敵意をむき出しにしているはずの相手に一目ぼれ。もはや誰も入る余地のない程にメロメロ。
傍から見れば、なかなかに滑稽な光景だったと思う。素振りそのものは誘惑魔法にかかっていて、しかもそれでいて初めて会ったかのようにロザリィちゃんに愛を囁いていたのだから。
『本当にかかっているのか、それとも悪趣味な意趣返しでやっているのか……お前の場合は特に、よくわからなかったんだ』ってアルテアちゃん。魔法の解けた今でこそはっきりわかるけど、違和感とかはバリバリだし、周りから見ればそう思うのも不思議はない。
もちろん、俺が魔法にかかっているって言うのはロザリィちゃんによってすぐに判明。俺の最後の本能(?)が、ロザリィちゃんが金髪のあの女に見えているのにも関わらず、絶対にあの女の名前で呼ばなかったから。『名前を呼ぼうとするのを意図的に避けてる感じだったし、なんかいちいち眉間にしわが寄ってたの』ってミーシャちゃんが言ってた。
誘惑魔法にかかっていたのに誘惑されなかった理由については不明。巷では『本当に愛している人を本能で理解していたから』、『どうすれば自分が良い思いをしつつ相手への嫌がらせになるのか本能で理解していたから』、『ロザリィにガチガチにつばをつけられて仕込まれてるから』なんて話が。
ちょっと意味がよくわからないのもあったけど、どのみち俺はロザリィちゃんとステラ先生一筋だし、それ以外が入る隙間なんてあるわけがないから、ある意味じゃ当然なのかもしれない。
ただまぁ、ロザリィちゃんの愛でいっぱいのこの体だからこそ本当の意味で誘惑はされなかったとはいえ、向こうのなかなかの手練れ。でもって、俺は吸収魔法の使い手で……身に纏っている魔素そのものの特性として、いい意味でも悪い意味でもいろんなものを取り込みやすい傾向がある。
だから、『魔法的な表面部分にだけ、誘惑魔法が作用していたんじゃないかなって言うのが先生たちの推測かな? どのみち、中の愛魔法のほうがびっくりするくらいに濃いから、そのうち解けていたと思うよ』ってステラ先生は言っていた。
『交流試合中に、こんなあからさまに敵対行為を取って向こうにお咎めはないんですか?』って聞いてみる。どう考えたって、あの女が俺に誘惑魔法をかけたのはいじらしい恋心が理由ってわけじゃない。大方、組長である俺を誑かすことで俺たちの団結を揺るがし、あわよくば俺を手駒にして内部から崩壊させるつもりだったのは確定的に明らか。
いいか? これはあくまで勝った負けたの勝負じゃなくて、互いに魔法技術を研鑽し、お互いの知識経験として培ったものをさらに昇華させてより高みを目指すための交流だぜ? それなのにこんなことするとか、あいつらマジで頭おかしいんじゃないの?
そのことをなるべく柔らかな言葉で伝えたところ、『うーん……試合そのものにルールは決まっているけど、それ以外にはルールは決まってないから……』ってステラ先生に苦笑いされてしまう。さらには、『ここが騎士さまの学校で、みんなが騎士さまを目指しているなら大きな問題だけど……ここは魔系の学校で、みんなが目指しているのは魔系の実力者。そういう盤外でのことも含めて、魔系の実力でしょう?』ってステラ先生に諭されてしまった。
騎士「さま」ってつけるステラ先生が本当に可愛い。いつか俺もステラ先生の騎士さまになりたい。
ともあれ、ティアトのあの女の行為は別に不正でも何でもないとのこと。職員会議ではそのこと自体話題にもならなかったそうな。
ただ、『朝から堂々と真正面から一人でカチコミをかけてきた活きのいいやつがいて、それを逆手にとってアドリブで完膚なきまでにプライドをバキバキにし、今尚容赦なく執拗にプライドをへし折り続けている将来有望なやつがいる』って盛り上がっていたとかいないとか。ほめられているって思うことにする。
とりあえず、事の顛末はそんな感じ。なんだかんだで俺とピュアなイチャイチャができなくなったことに耐えきれなくなったロザリィちゃんが、愛魔法で手っ取り早く魔法を解除したって言うのがオチね。
『ホントは自力で解いてほしかったんだけど……私を好きなことに変わりはないから、愛魔法そのものとしての防衛機構があまり働かなかったみたいで……』ってロザリィちゃんは言っていた。
次なんてありえるはずがないけど、もし次があったとしたら、今度は秒で解こうと思う。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。あえて書くまでもないけど、その後はずっとロザリィちゃんとイチャイチャ。あとステラ先生ともお話し。これからさらに苛烈になるであろう後半戦に向けて、意気込みを新たにする。
『今更だけど……円陣、組む?』ってステラ先生が素敵すぎる提案をしてくれたので、みんなで円陣。残念ながらステラ先生のお隣になることは敵わず。ステラ先生は女子たちの真ん中で、男子女子の繋ぎ目は俺&ロザリィちゃんのところとフィルラド&アルテアちゃん。
『後半戦もぉぉぉぉ……! 頑張っていくぞーっ!』ってステラ先生の声。『っっしゃああああああ!』って大きな声がクラスルームに響く。クラスが団結した感じですごくいい。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。奴の鼻には当たり前のようにオステル。ずっとオステル。とにかくオステル。一も二もなくオステル。問答無用でオステル。オステル・オブ・オステル。ティアトの連中には正義の鉄槌を下さねばならないのだから。
最後に、これだけは書いておこうと思う。
よりによって。
よりにもよって。
日記の中での記述とはいえ……それも、誘惑魔法にかけられていた状態だったとはいえ、この俺に……よりにもよってこの俺に、ロザリィちゃんの容姿を貶させるとは。
もう、最後に残った慈悲の心の欠片も消えた。
あいつら。
ぜったいに、ゆるさない。