表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
215/367

214日目 他校交流降神魔法大会:魔女大戦

214日目


 全力オステル。全力でぶん投げた。やっぱオステルだけは俺を裏切らない。


 ギルを起こして食堂へ。食堂にてゼクトから昨日の首尾の報告をもらう。『あいつらのクラスルーム的なところにパンツを投げ込んできたらしい。今頃クラス会議してるんじゃね?』とのこと。


 そのパンツが男物なのか女物なのか、どうやって用意したのか……など、聞きたいことは山ほどあったけれども、とりあえず効果自体は覿面だろう。正体不明のパンツが突然現れて、騒ぎにならないはずがない。いろんな意味で。


 その証拠に、今日もティアトの男連中は朝飯の会場に来なかった。パンツの件で説教を喰らっていたのだと思う。とりあえずゼクトたちと全力でハイタッチをしておいた。


 あ、ティアトの女子は普通に来ていた。なぜか割とぴんぴんしていて、こっちのことを疑いの眼差しで見つつティアトだけで固まって飯を食っていたっけ。


 ……可哀想に、あのブラウンの娘もそっちでもそもそ飯を食っていた。別に飯を食うだけならいつも通りルマルマのところで……というかわざわざティアトのところに行く必要はないため、優しい俺は『こっちで食べなよ……君に振り向いてあげることはできないけど、ご飯くらいは一緒でもいいじゃないか』って声をかける。


 が、あの娘は新しいママを見て『あれと一緒のところで食べたくない……! それよりも、本当に私のことは好きじゃないの!?』って必死の形相。『おねがい……! 効いてよぉ……!』ってまたしても半泣きになりながら杖を振るう。もちろん、真実の愛に目覚めている俺に効果なし。


 ……ちょっとデリカシーがなかったかもしれない。そりゃあ、叶わないとわかっていて恋敵と一緒に飯なんて食べたくないか。


 しかもこの状況だと、俺の立場が立場なだけに、俺自身が直接何かをするのはほぼ悪手でしかない。


 まったく、女の子一人綺麗に振ってあげられないなんて、俺もまだまだ未熟だ。これはもう、自分への戒めとしてマデラさんのケツビンタさえ受け入れる所存。


 幸いなのは、ちゃっぴぃが新しいママを受け入れてくれたことだろうか。あいつ、新しいママのお膝の上でふんぞり返って、ハートフルピーチのジャムパンを『あーん♪』してもらっていたよ。まったく、ちゃっぴぃのくせに本当にずるい。


 ギルは今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。ティアトの男子分の朝食もわざわざティアトの女子、そしてティアトの馬車の前まで行き、『食べないなら俺全部食っちゃうよ!』って宣言してから『うめえうめえ!』って心底美味そうに食っていた。ちゃんと確認を取ってから行動する当たり、ギルママの育て方は良かったんだなって思った。


 さてさて、本日はカチコミ二回戦。たぶんグレイベル先生あたりと学生スタッフが直したのだろうか、決闘場はきれいに修復されていた。もちろん、昨日の熱気はそのままで朝からみんな盛り上がり十分。


 本日の対戦内容は『戦場に咲き誇る美しい華! 魔系女子による魔女大戦をやっちゃうぞ!』とのこと。なんかよくわからんけど、諸事情によりティアトの男子は一歩たりとも馬車から出られない状況にあるのだとか。


 『やべェな……! トイレ貸しってこんなに金になるんだな……! 俺もう教師止めて明日からトイレ貸し屋さんで食っていこうかな……!』ってシキラ先生がすんげえ笑顔だった。一周回って尊敬しちゃう。


 なお、魔女大戦のルールは普通の集団決闘とほぼ同じ。参加者が女子に限定されるってだけ。昨日と同じく選手を四人選出し、先に全員が戦闘不能になったところで負けね。


 とりあえず、『私は確定でしょ』ってバルトのシャンテちゃんが一人目に。『うーん……バランス的に考えると、ウチではライラかなぁ……』ってゼクトの考えにより、ティキータからはライラちゃんが。『俺はあいつ以上に気の強くて血の気の多い女は知らねえ』ってラフォイドルの推薦によりアエルノからはロベリアちゃん。ロベリアちゃん、こっちに来るときにラフォイドルのケツを蹴っ飛ばしていた。


 で、ウチからは誰を出そうかな……って思っていたところで、『……私、出て良い?』って……。


 ──まさかの新ママ。マジかよ。


 『その気持ちは嬉しいけど、大丈夫なの?』って聞いてみる。『勝ちとか負けとか、関係ないって話でしょう? それに……向こうも、やる気みたいだし』って新ママ。


 なぜかティアトの方にあのブラウンの娘が。アリかよそんなの。


 一応、ステラ先生にルール的に新ママとブラウンの娘が戦っていいのか聞いてみる。『……ルールに規定されているのは、ウィルアロンティカとティアトロリーチェで競い合うってだけだから、立場としては問題はないよ』とのこと。ステラ先生が良いって言うならそれでいいや。


 あ、ちゃんとクラスメイトにも聞いたよ? 『今のそれを止められるのはどこにもいないの』、『勝てばなんでもいいんじゃね?』ってみんな好意的に受け入れてくれた。やっぱルマルマは最高だ。


 そんなわけで、ウチからは新ママ、ライラちゃん、シャンテちゃん、ロベリアちゃんが参加。


 ティアトからはブラウンの娘(元ママ)、あと女子生徒が三人。あの人形を持っていた組長のミルシェラって娘は不参加。


 さっそく試合開始。『頑張ってくれたら、おやつを弾むからね!』っていきなりシャンテちゃんが精霊魔法を発動。まさかの炎精霊、嵐精霊という上位精霊二体の同時召喚。そのうえ自分は光精霊の精霊憑依。ありゃヤバい。


 『守りは固めてあげるわよ』って続くようにロベリアちゃんが薔薇魔法を行使。『うぉぉぉ!?』って会場が盛大にどよめく。なんかフィールド上に薔薇がめっちゃ咲き乱れた……っていうか、薔薇の花びらの海が広がってすんげえもこもこ。その余波で会場にも真っ赤な薔薇が咲き乱れていた。


 ロベリアちゃんとシャンテちゃんは茨と薔薇の花びらでできた監獄(?)の中。見た目は囚われのお嬢さんって感じだけど、すさまじいまでに堅牢な魔法結界であるのは確定的に明らか。


 『やられた……ッ!』ってティアトの女子の一人が魔法を行使。聖なる風が薔薇を散らすべく吹き荒れる。なんて魔法かよくわかんないけど、さしずめ聖風魔法を言ったところか。


 実際、その聖風によってフィールド中に散った薔薇が吹き飛ばされようとしていた。もうなんか面前が薔薇の花びらで埋まってちょっぴり幻想的な光景。なんかメルヘンの世界に迷い込んじゃった気分。


 ロベリアちゃんがどんな目的で薔薇を撒き散らしたのかはわからないけれど、せっかくやったものを吹き飛ばされたらたまらない。まさかあの量を吹き散らすなんて思いもよらなかったし、相手方もロベリアちゃんの目論見を潰せて『よし……っ!』って声を上げていた。


 が、しかし。


 『……それ、悪手よ』ってロベリアちゃんの声。『──え?』って向こうが気づいた時にはもう遅い。


 『も、え、ろぉぉぉ──っ!』ってライラちゃんが全身全霊の紅蓮魔法をぶっ放した。『ウォォォォォ!』、『グルァァァァァ!』って炎精霊と嵐精霊のおまけつき。


 しかも、フィールドにはたいそう燃えやすい薔薇が舞っている。


 大きな爆発音。いや、マジで目の前が別の意味で真っ赤になったよね。


 炎と嵐というただでさえ大炎上待ったなしの精霊コンボだって言うのに、会場にはそうなるよう調整された大量の薔薇の花びら。そんなところにライラちゃんの紅蓮の炎がぶち込まれたものだから……。


 紅蓮の炎と薔薇で真っ赤に染まる視界。観客席からは赤しか見えなくて、結界でも抑えきれなかった熱波がお肌を焼いちゃう感じ。


 ややあって、炎が落ち着いてみれば。


 『……ふう』って息をつくロベリアちゃん(薔薇の守りの中)。『ちょっと、髪の毛の先燃えちゃった……』ってしょんぼりするライラちゃん(微妙に薔薇の守りの中に逃げ遅れていた)。『光になっててよかったわ』ってシャンテちゃん(光だったから熱波も炎も何もかもスルーしてた)がいた。


 で、敵の方はと言えば。


 『こ、殺す気……!? それに、下手すれば自分たちまで焼け死ぬとこだったでしょ……!?』って結界を張ってしのいだ女子が一人。ただの結界であの紅蓮の炎を防げるとはどういうことだ……ってよくみたら、その結界、神秘的に煌めく氷でできていた。さしずめ、聖氷魔法といったところだろうか。相性に救われたなって感じ。


 そしてここからが……ああもう、日記に書きづらいけど頑張って書くか。


 まず、お返しだとばかりに風と氷の攻撃が。ウチの女子たちは大技を打った後だからちょっと息が上がっていて、何とか守って凌ぐしかできない。一方で相手方もそれは同じらしく、双方ともにどうにも攻めあぐねている……けど、向こうの方が割と攻撃しているっていう感じになっていた。


 薔薇が舞って炎が舞って風が吹き荒び凍てつく氷が飛び交って……まぁ、見た目的には結構派手だった。


 そんな中、フィールドの端で動きが。


 うん、互いにこっそり敵の背後を取ろうと移動していた新ママと元ママがばったりあっちゃったのね。


 そこで始まる局所的な魔法戦。互いの得意魔法はそれぞれ愛魔法と誘惑魔法……と、この場で役立つ攻撃的な魔法じゃないからか、それぞれが火魔法や水魔法、風魔法といったオーソドックスな魔系らしい魔法を使って攻め立てる。


 使う魔法の系統が似ているからか、そもそものスペックや魔法技術そのものの熟練度も同じくらいであるらしい。新ママも元ママもどれもバランスよく高水準に魔法を使えるけど、イマイチ決め手に欠けていて、勝負所で武器となるようなそれがない。


 結果として、それがもたらすのは泥沼の長期戦。真剣勝負って言えば聞こえはいいけれど、互いに魔法を処理しては自分の一撃をぶつける……といった気合と根性の世界に入りかけていた。


 で、だ。


 シャンテちゃんもロベリアちゃんも、どこかの膠着を崩すことこそが勝利につながると思ったんだろう。二人でアイコンタクトを取ったかと思えば、激しく打ち合っていた魔法を一瞬止めて、新ママへの支援として元ママの方に魔法をぶち込んだ。


 『ダメ、それは──!』ってライラちゃんの声が響く。あともう少し早く声をかけてくれればよかったと思わずにいられない。


 元々ダメージ覚悟だったのだろう。その一瞬によりシャンテちゃんが吹雪の一撃を喰らう。そこはまぁ、織り込み済みではあったらしい。


 新ママは元ママが一瞬ひるんだ隙を突き、怒涛の攻めでラッシュをかける。元より、実力は拮抗していたわけだから、それに元ママが対応できるはずもない。みるみるダメージを喰らっていき、あとはもう止めだ……ってところで。


 『動かないでっ!』って二つの声。


 新ママが元ママの首に杖を突き付けている。


 あと一つは……氷使いの後ろからだった。


 『動いたら……わかるよね?』って静かな声。『くっ……!』ってライラちゃんの悔しそうな声。『生意気な……!』ってロベリアちゃんのガチギレ一歩前の声。


 絵面の派手さにすっかり忘れていたけど、これ、四人での対戦。ティアトの選手は元ママ、氷使い、風使い……と、あと一人いる。


 その時の俺たちは、なんでライラちゃんとロベリアちゃんが動けないのかよくわかっていなかった。ティアトの連中が動けないのは仲間の首に杖を突き付けられているからだけど、こっちは別に何もないのだから。


 その理由が分かったのは、まさに【全体の動きが膠着したから】。


 『あれぇ?』ってポポルが間抜けな声。『なんで薔薇の花びら……ずっと空に舞ってるんだ? なんで、落ちてこないんだ?』って言われたとき、ようやく気付いたよ。


 うん、ロベリアちゃんが攻撃に使ったり、誰かの攻撃の余波で舞い散っていた薔薇がずっと空に漂っている。


 より正確にいえば……それは、薔薇じゃなかった。


 『これが私の……蝶魔法』ってティアトの四人目が宣言。


 よくよく見れば、薔薇だと思っていたそれ……真っ赤な蝶々だった。シャンテちゃんの首筋に、そんな蝶々が五匹ほど取り付いている。


 どうやらティアトの蝶の娘、この乱戦を利用してこっそり全体に自らの蝶を広げていたらしい。もちろん、ただ広げるだけならともかく、相手にとりつかせるのは至難の業。普通にやってたらまずバレる。


 が、ウチの女子たちは新ママを助けるために一瞬とはいえ意識を逸らしてしまった。その隙に、シャンテちゃんに蝶を取りつかせたらしい。


 いや、ビビったね。言われるまでシャンテちゃんに薔薇の花びらがついているようにしか見えなかったんだもの。


 そこから先は、なんか選手同士で交渉(?)があったっぽい。気づけば新ママが元ママの首から杖を外し、一定の距離を取った。ややあってから、ロベリアちゃんが薔薇魔法を発動して新ママと元ママを薔薇の決闘場に閉じ込める。


 おそらく、そっちはそっちでタイマンでケリをつけるってことで納得したのだろう。


 が、シャンテちゃんの首にまとわりついた蝶々は離れない。代わりと言っちゃなんだけど、ロベリアちゃんの薔薇の守護結界にまとわりついていた蝶々どもが散っていった。


 そこでようやくわかったんだけど、あの無数の蝶々、ロベリアちゃんの薔薇を浸食していたらしい。その段階ですでに花びらとかがボロボロになっていて、なんかあと一押しでぶっ壊れそうな感じ。そりゃ花なら虫には弱いわな。


 ちなみにこの蝶々、こっちの方にも数匹飛んできたんだけど、さっとポポルが捕まえてみれば、「キィィィ!」ってなんか足をキチキチガチガチさせて耳障りな金切り声を出していた。人相もたいそう凶悪。羽そのものは綺麗だったけど、逆にそれ以外はヤバい魔蟲としか言いようのない造形。『うっひょう!』ってパレッタちゃんが歓喜の声を上げるレベル。


 タイマンの続きをする新ママと元ママ。向こうの氷使い、風使い、蝶使いは動ける状態で、こっちはロベリアちゃんが薔薇の魔法を食い荒らされ、ちょっと復帰は厳しい感じ。シャンテちゃんの首元には蝶々がまとわりついたまま……となると、ライラちゃんが一人でこの状況を何とかしなきゃいけなくなってくる。


 向こうも、三対一なら……新ママとロベリアちゃんが加勢に来ないうちにライラちゃんを潰してしまえば、勝てると思っていたのだろう。


 ライラちゃんに杖を向け、勝ち誇ったように笑うティアト。悔しそうに顔をゆがめるライラちゃん。


 次の瞬間。


 『舐めやがってよぉ……ッ!』ってこっちのほうまでびりびり響いてくる声。


 なんか知らんけど、シャンテちゃんがブチ切れていた。


 驚くべきことに、シャンテちゃんは首に蝶々をひっつけたままティアトの三人に向かって走り出す。『ちょっと、正気!?』、『ばか! ばか! 本当にやっちゃうよ!?』って向こうも焦った声。


 『それが私を、舐めてるって言ってんだよ……ッ!』ってシャンテちゃんはさらにブチギレ。どうも、あの蝶々を引っ付けられただけで無効化できたと思われたことにひどく腹を立てていたらしい。見くびられたとでも思っていたのだろう。


 『そ、そっちがいけないんだからねっ!』って蝶々の娘が魔法発動。シャンテちゃんの首にひっついていた蝶々がその長い口吻を突き刺そ……うとしたところで。


 シャンテちゃんの体が燃え上がった。蝶々ごと……シャンテちゃんもろとも燃え上がった。


 ローブまで一緒に燃えていたから、精霊憑依じゃない。というか、動けずにいた炎精霊のほうが「えっ、マジっすか?」みたいな顔でぽかーんってしてたしね。


 自らの体を燃え上がらせながらも突っ込んでくるシャンテちゃんに、ティアトの連中はビビっていた。『いや! いや! 来ないで!』、『なんで、なんで動けるのよぉ……っ!』って聖風魔法、聖氷魔法、蝶魔法がシャンテちゃんにぶち込まれる。


 蝶魔法は炎で無効化。聖氷魔法と聖風魔法はライラちゃんの紅蓮魔法である程度威力減衰。それでもなお、完全には削ぎ切れなかったそれがシャンテちゃんへ。蝶とは違い、こいつは炎じゃ無効化できない。


 が、シャンテちゃん。


 『腕の一本くらい、くれてやる』って片腕でガード。


 聖風がシャンテちゃんの腕をずたずたに引き裂いて……聖氷が、シャンテちゃんの腕をぐしゃって潰してた。


 この光景にはさすがにびっくり。上級生とかはともかくとして、一年生は全員目を背けてた。そりゃまぁ、女の子の腕が血塗れブラブラ……っていうか千切れかけて骨まで見えてたし。ウチの女子も蒼い顔してクラクラしているのがけっこういたっけ。


 何よりヤバかったのは、シャンテちゃんはそれでも一切ひるまなかったこと。それどころか、『何の策もなしに突っ込んだかと思った?』ってさらに魔力を練り上げた。


 『──精霊獣憑依ッ!』って凛とした声。『……は?』ってどよめきの広がる会場。


 精霊獣憑依ってのは、要は精霊憑依と似たようなやつだ。実質はそんなに変わらないけれど、精霊憑依に比べてどちらかというと身体的補正が強く出る傾向がある。魔法と肉体の良いところどりのどちらかと言えば肉体寄り……とでも言えばいいのだろうか。


 精霊獣憑依をした場合、肉体が半獣半霊化する(精霊憑依の時は半人半霊化)。いずれにせよ人の肉体と精霊獣のそれがまじりあった新たな肉体が再構築されることになっていて、結果として精霊獣憑依をすると精霊化した獣人みたいな見た目になることが多い。


 でも、肝心のシャンテちゃんは……今、右腕がブラブラ。再構築するべきそれがない。


 で、どうなったかと言えば。


 シャンテちゃんに、新しく炎獅子そのものの腕ができていた。獣人の腕じゃなくて、精霊獣そのものの腕。腕として役割を果たしていないそれを種に精霊獣憑依を行ったものだから、単純にそれは肉としてだけの役割を果たし、結果として精霊獣の腕そのものが再構築されるに至ったらしい。


 そこからは早かった。体が全般的に精霊獣に引っ張られているのか、めっちゃ機敏な動きでシャンテちゃんは連中に肉薄。燃え盛る炎の爪撃で、まずは蝶の娘をノックアウト。


 『ひっ……!?』ってひるみながらも杖を向けてきた風の娘には『ガァァァァ!』ってガチ威嚇&獅子睨みでビビらせる。風の娘、そのままぺたんって腰が抜けてた。


 残るは氷の娘。シャンテちゃん、有無を言わせず飛び掛かり、引き倒す。『やっ、ちょ、やめて……っ!?』、『ウウウウ……ッ!』ってなんかもつれ合ってバタバタする二人。当然、精霊獣化しているシャンテちゃんの方が強いに決まってる。


 『ふー……ッ! ふー……ッ!』って、とうとうシャンテちゃんが完全に氷の娘を押し倒した。両手をがっちり地面に押し付けて、文字通りのマウントポジションを取って、もう絶対相手を逃がさない感じ。『やだぁっ! やめて……っ!』って氷の娘完全に涙目。バタバタもがいたり足をじたばたさせても、そもそも上半身ががっちり固定されているからシャンテちゃんの拘束は解けない。


 そのままシャンテちゃん、『グルァァァ!』って氷の娘の胸元に食らいつこうとして……


 『──そこまでっ! 勝者、ティアトロリーチェ!』って声が響く。


 当然会場からはブーイング(?)。理由を説明しろとの声があちこちから。


 ややあってから、ウィルアロンティカ側とティアトロリーチェ側の人より説明が。


 どうも、シャンテちゃんに襲われて半ばパニックになった風の娘が全体のギブアップ宣言を出していたらしい。当然、ギブアップしようが勢い余って攻撃しちゃうのはしょうがないことなので、それ自体はお咎めが無い。


 が、ちょうどそのタイミングで元ママと新ママの方で決着がついていた。なんとも勇ましいことに、激しい魔法戦の末、新ママが元ママの顔面をグーパンで殴ったらしい。ふと見てみれば、信じられないといった顔で呆然と頬を押さえる元ママがいた。


 が、こいつがいけなかった。タイミングが悪く、新ママがグーパンしたのはギブアップ宣言後。ギブアップの原因とは直接関係のないところで、ギブアップを宣言した相手の顔面にモロにグーパンを入れてしまった。これはちょっとよろしくない。


 そんなわけでウチの反則負け。『普通は乱戦になっても、あくまで一つの集団戦になるからこういう事態は起きないんだが……今回は、完全に別個の戦闘となっていた故に、非常に口惜しいがそういう判定を下さざるを得ない』とのこと。


 『ざっけんじゃねェぞコラァァァ!』、『カチコミにルールもクソもあるかゴルァァァァ!』ってバルトラムイスの反発がすごかったよね。


 一応もう一つの理由として、あれ以上続けるとシャンテちゃんの体がヤバかったからってのがあったらしい。無茶な精霊獣憑依の代償でシャンテちゃんの体はガタガタ。千切れた腕は憑依解除の際におまけで回復していたけれども、それでも全身がボロボロなのは変わらない。


 『この程度で止めやがって……ッ! 動けるうちはケガじゃないでしょうが……ッ!』ってシャンテちゃんはギラついた目で文句言ってたけどね。


 なお、この時のシャンテちゃんは大変あられもない恰好であった。そりゃあ、元々燃えてたし精霊獣憑依でいくらか服が破けていたし……スタッフの生徒が代えのローブ&担架を持ってくるまで、魔力切れで送還されているはずの嵐精霊が「ぜってぇ見せねえよ?」と言わんばかりにその大きなふかふかの尾でシャンテちゃんを包んでいたっけ。


 とりあえずそんな感じで魔女対戦は終了。終わってみれば向こうの勝ちだけど、相手方は風の娘がトラウマ(中)、蝶の娘が重傷と軽傷の間くらい、元ママが顔面グーパンによるプライドの著しい損傷、そして氷の娘がトラウマ(特大)という惨憺たる状態。


 ウチの方は基本は軽傷。シャンテちゃんだけしばらく絶対安静&魔法禁止を言い渡されていた。シャンテちゃん、最後まで『ウチの学校でこの程度でヘバる組長はいない。不公平だ』って文句言ってたみたいだけど。


 夕飯にて、上記の組長同士の情報共有&作戦会議がてらライラちゃんとロベリアちゃんにシャンテちゃんがどうしてあんなにブチ切れていたのかを聞いてみる。『向こうの氷の娘が、ちょっと触れちゃいけないところに触れちゃって……』、『組長のくせに安い挑発に乗るなんてって思ったけれど、結果として悪くはなかったわね』とのこと。


 どうも、交渉の最中に【精霊に守ってもらうばかりで自分じゃなにもできない】的なことを言われたらしい。精霊魔法使いのシャンテちゃんならキレて当然だわな。


 向こうの唯一の誤算は、シャンテちゃんの覚悟……いや、俺たちウィルアロンティカの覚悟と意志を見誤っていたことだろう。


 なお、夕飯の時間にはティアトの男子も復活して食堂に来ていたんだけど、なんかみんなこっちをヤバいものを見るかのような目で見ていて、全然交流しようとしない。連中だけで固まって食べている。


 耳を澄ませば、『異形と成れ果ててまでウチのを食い殺そうとしたとか……』、『味方ごとこっちを燃やし尽くそうとしたらしいぞ』、『四肢が捥げても食らいついてきたって聞いたぜ……?』ってそんな会話が。奴らはウチの女子を化け物か何かと思っているんじゃあるまいか。


 ちなみにやっぱり、夕飯の時も元ママが俺と新ママに絡んできた。『この女……私をグーで殴ったんだよ!? 女の子の顔を、二回もグーで殴るような女なんだよ!?』、『ホントに私のこと愛してないの!?』って半分泣きながら訴えてきたっけ。


 なんかあそこまで必至だと、逆に同情したくなってくる。それくらいに、人目をはばからずこっちに絡んでもう効きもしない魔法を使っていたからね。


 とりあえず、『向けたのが杖か拳かの違いじゃないかな。それに、大事なのは何をしたかじゃなくて、そこに込められた意志だと思うよ』って華麗に返しておく。決闘中の出来事なんだから、むしろグーパン程度で済んでラッキーだと思うのだけれど。


 いくら俺のことが大好きすぎて止められないとはいえ、さすがに元ママはちょっとしつこい。今までの元ママはもっと素直で優しいと思って……


 なんか微妙に頭痛。何だ今の。


 ともあれ、『君がどんなに俺のことが好きでも……俺と君の間に今までどれだけのことがあったとしても、俺が愛しているのは俺の隣に立ってくれているこの人だけだから。その事実は絶対に変わらない。……残酷だとはわかっているけど、君と友達でいてあげることが俺にできる君への精いっぱいの手向けだ』ってブラウンの元ママの肩を叩いておく。


 ここで、アルテアちゃんより『さすがにちょっとかわいそう……というか、悪趣味じゃないか?』ってストップが。『こういう手合いははっきり断らないとお互いのためにならないから。……アルテアちゃんの友達は俺の友達でもある。そこは変わらないから安心して』って返す俺。


 『……お前の場合、本気かどうか本当にわかりづらいんだよ。だから、今こうして言ってるんだ……』ってアルテアちゃんは言っていた。なんかすごく複雑そうというか、頭にはてなマークがいっぱい浮かんでいた気がするけど何だったんだろうアレ?


 風呂入って雑談して今に至る。あえて書くけど、今日もティアトの連中とは風呂をご一緒できず。いい加減心を開いてくれないと、交流会の意味が無いというのに。協調性のない奴らってやーね。


 一方で新ママは今日もルマルマにお泊りしてくれることに、『今更だけど、この子をここで寝泊まりさせて良かった?』ってみんなに聞いてみれば、『……だってお前、引き離したら文句言うだろ?』、『試合で手を抜かないなら別にいいの。全体の勝利を考えるなら、今はあれ……ロザリィを切り捨てるのが一番合理的な考えなの』との回答が。さすがみんなわかってらっしゃる。


 ギルは今日も大きなイビキをかいている。『そろそろ俺の筋肉の疼きが止まらなくなってくるぜぇ……?』ってやつも戦いたそう。明日は休養日だけど、明後日の試合の内容次第ではとうとうギルの出番があるかもしれない。ルマルマの最終兵器の実力をいかんなく発揮してもらいたいものだ。


 ギルの鼻には今日も全力オステル。バルトの連中が『とっておきの極上のブツだ……!』、『これ以上の純度はそうそうお目にかかれないぜ……!』ってくれた極上モノの中の極上モノね。その純度まさかのシックスナイン。こいつぁ楽しみだ。


 楽しみついでに、今日はアエルノの連中が闇討ちをしてくれることになっている。卑劣で卑怯なアエルノらしいその手腕……明日の朝がどうなっているか。今からワクワクが止まらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 単純に新元ママの二人の好感度を入れ替えられたにしては、行動に対する周囲の反応が仲の良いルマルマにしては軽すぎると思ってたらそういう… 魔法学校のわりに人として対戦校の人々普通過ぎるのか、書…
[一言] あっ(自分の盛大な勘違いに気付いたと同時にとてつもない羞恥心が襲って来た為に漏れた音) 本命:これまでにない程の異常魔力波 対抗:これまでにない程の異常魔力波 大穴:これまでにない程の安…
[良い点] いつも20時を楽しみに読ませていただいております。 [気になる点] 交流会のルール説明にて >・対抗試合は明日から五日間にかけて行われる。なお、五日間のうち三日目は休養日とする。 とあ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ