211日目 来訪
211日目
ギルの筋肉がパッチワーク。継ぎ接ぎみたいで歴戦の兵感が……いや、無いか。
ギルを起こして食堂へ。今日は例のカチコミ相手が来る日だからか、なんかいつにもましてみんなソワソワ。聞いた話じゃ今日の午後遅くってことだったのに、『髪とか変になってない?』、『もうちょっとオシャレなの用意しておけばよかった……』って身だしなみをチェックする女子が多数。
『取り繕ったところでどうにもならねえだろ』ってラフォイドルがぼそっと呟き、そして女子たち(アエルノ以外も含む)に盛大に呪われていた。『男子は良いわね、適当にバカやってるだけで済むんだから』ってロベリアちゃんが冷え切った瞳でラフォイドルを見下していたことをここに記しておく。
朝食はお楽しみ焼きなる一品をチョイス。なんだかわくわくする名前だけど、要はオムレツの中に夕飯の残り物を適当に入れて焼いただけの物。運が良ければ肉がいっぱい入ってるけど、運が悪いと野菜ばかりで非常にヘルシー。到底オムレツには合わないんじゃねってものまで入っていることもあるのだとか。
俺のお楽しみ焼きには肉団子の欠片とキャベツの芯に近いところ、あとジャガイモが入っていた。この学校においてジャガイモが翌日まで生き残っているとか、まさに奇跡的なお楽しみ焼きだったと言えよう。
一方でポポルのは野菜マシマシだったらしい。あの野郎、隙を見てフィルラドの皿とすり替えていたっけ。フィルラドはアルテアちゃんの尻を見てて気づいていなかったけどな!
ちなみに、すり替えた後のお楽しみ焼きもあまりお気に召さなかったらしい。『たまには俺が食わせてやるよ!』ってポポルはちゃっぴぃに『あーん♪』していた。ちゃっぴぃのやつ、一口食ってから『ふーッ!』ってやつの顔面をひっかいていたけど。
ギルはやっぱり『うめえうめえ!』ってジャガイモ食ってた。お楽しみ焼きにするよりも、直接ギルのジャガイモに混入したほうがあまりものの処理になる気がしなくもない。
午前中はなんだかんだでぼーっとする。さすがに午後のいつ連中がくるのかわかんないなかで外に遊びに行くって言うのも気が引けるし、かといって何かやることでもあるのか……と言われるとそういうわけでもない。
どうやらそれはみんなも同じようで、クラスルームでダラダラしているやつが多数。真面目なジオルドやクーラスなんかは『杖の手入れでもしておくか……』、『一応触媒の準備を……』って来るべき時に備えていたっけ。
俺も暇なのでちゃっぴぃのほっぺをたぷたぷして遊んでおいた。『きゅううう……っ!』ってあいつがぶんむくれる様が見ていて面白い。何気にあいつ、構ってもらえてうれしいのか俺がどれだけほっぺをたぷたぷむにむにしても(基本的には)逃げたりしないしね。
ミーシャちゃんもグッドビールの顎の下とかおなかとかをわしわしやっていた。『ここなの? ここがいいの?』って笑顔で何度も何度も。使い魔に構えて嬉しくてたまらないのだろう。それにグッドビールの毛は長くてふわふわだから、触り心地だけは良いんだよね。抜け毛の掃除は大変だけど。
フィルラドのほうも、アルテアちゃんに『たまにはちゃんと面倒見ろ』ってヒナたちとエッグ婦人を押し付けられていた。『フィル、エッグ婦人の排卵促進剤の周期も全然わかってないだろ』ってアルテアちゃんがため息。『いや、それはアティが管理しているから……!』ってフィルラドは反論するも、『普通は自分から気にするべき事柄だろうに。今まで一度たりとも気にしたことないじゃないか』ってアルテアちゃんは眉間にしわ。御尤もだと思う。
そんな感じで午前を過ごし、午後もグダグダ……していたところ、唐突にそれはやってきた。
『……!?』、『なん……ッ!?』ってみんなが何かに気づき、杖を構える。今まで感じたことのない、どうにも異質な魔力の気配。それも、尋常じゃなくデカくて範囲が広い。
そんなヤバい魔力が、ちょうどこのウィルアロンティカの敷地のすぐ近く……いや、敷地内に出現している。
こりゃ一大事、さっそくカチコミにいかなければ……と準備していたところ、『お客さんがやってきたから、みんなお出迎えするよーっ!』ってグランウィザードのローブを纏ったステラ先生が。うっひょう。
で、言われるがままに先生について校舎の前の……あの、広いあそこへ行く。同じように呼ばれてきたのか、ティキータもバルトもアエルノもいたし、学校の先生方も大体勢ぞろい。少なくとも、二年生の関係者は全員いたと思う。
しかし、肝心のお客様とやらの姿が見えない。なんかよくわからん魔力の気配があるだけ。ははぁ、さてはこれは普通に陸路できたんじゃないな……って思っていたら。
馬……馬でいいんだろうか? ペガサスとケンタウロスと天使を足して三で割ったような生き物が空の彼方に。しかもそいつ、普通の家よりも大きいんじゃないかってくらいにデカい豪華な馬車を牽いている。
呆然としている間にも、そいつは空を駆けてやってきた。飛んでいるっていうよりかは、空中にある見えない道を堂々と降りて渡ってきているっていう感じ。衝撃なんかは全然なくて、終始エレガントだったのを覚えている。
そしてその謎生物、すごくデカくて神々しい。なんか神話に出てきそうだし、そういう施設の壁画とかに描かれていそう……というか、よくよく見れば頭の上に天使の光輪が。
そしてそれ以上に、そいつが牽いていた馬車がすごい。なんかエレガントとか通り越して装飾過多でゴテゴテしている。たぶんめっきだろうけど全体が金のフレームを基調としていて、メインの白と相まってロイヤルな感じに思えなくもない。雨とか降った後のお手入れが大変そう。
ここでようやく気付いたんだけど、俺たちの足元にけっこうデカめの光の魔法陣が。この謎生物が飛んできたのか転移してきたのかはよくわからんけど、この光の魔法陣──まぁ、魔法マーキングを目印にやってきたらしい。
『お出迎え、わざわざありがとうございます』ってキザったらしい声。気づけば謎生物と魔法陣が消えていて、馬車から一人のキザっぽい優男が。
とりあえずメンチ切っておこうとしたところ、『こちらこそ、遠路はるばるようこそいらっしゃいました』ってあんま見たことのない校長の声が。それとほぼ同時に、ステラ先生含む先生方が略式とはいえ杖を掲げる正式の挨拶を。
とりあえず生徒みんな、それに倣って挨拶をしておいた。ステラ先生の顔を立てないわけにはいかないからね。
校長と優男がなんか話している間にも、馬車から俺たちと同い年くらいのやつがぞろぞろと降りてきた。みんな、魔系にしては華やかな白と金を基調としたローブを纏っている。大半の人のワンポイントの色が赤だったのに対し、ほんの数人ほど緑と青の人がいたから……たぶん、あれで学年か寮を見分けられるようにしているのだろう。
ざっくりだけど、俺たちとタメと思われる学生が二十数人、それ以外の学生が十人いるかいないか、あとは大人(先生と思われる)……で、全部で五十人くらい。
こいつらが、このウィルアロンティカにカチコミにきたThyeatLoliecheっていう魔法学園らしい。ウチとは違って格式高い魔法学園で、伝統と風格を重んじ、校風や寮生活もその色が濃く出ているとのこと。
校長と話していた優男は今回の代表者のリバルトって先生らしい。まだ三十代くらいだと思うけど、すでにグランウィザードなのだとか。
ステラ先生は二十そこそこでグランウィザードだから俺たちの勝ち。最強。さすがステラ先生。
一応、連中は基本的にこのバカでかい馬車で寝泊まりするらしい。ただ、風呂や食事はウチでするとのこと。『そういうところで仲良くなってくれると、先生は嬉しいな!』ってステラ先生は言っていた。
その他、ウィルアロンティカもティアトロリーチェも含めた全体アナウンスもいくつかあったけど、あんまり内容を覚えていない。
なんだかんだで、簡単な面通しをしただけでその場は解散。他校交流降神魔法大会の詳細は明日の開会式にて説明するらしい。あと、生徒代表とやらのシエルゼルってやつがなんか最後にグチャグチャ代表挨拶をしていたけど、みんな聞いていなかった。
ティアトの連中はそのまま馬車に戻り、先生たちだけこっちの校舎へ。たぶん打ち合わせとかするんだろう。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。夕飯中、先生や関係者がいないのを確認してからティキータ組長ゼクト、バルト組長シャンテちゃん、そしてアエルノ組長ラフォイドルと臨時組長会議。互いに現状をすり合わせ、そしてみんながいる前で堂々宣言。
『あのシエルゼルとかいうクソ、完膚なきまでに潰すぞ』って高らかに叫んでやった。
『やってやるぞオラぁぁぁぁぁ!』、『生きてここから出られると思うんじゃねぞコラァァァ!』、『ふざけやがってよぉぉぉぉ!』ってみんな全員マジ狩る殺る気モード。
いいか、俺の気のせいじゃなかった。俺の見間違いでもなかった。
あのクソ野郎、ステラ先生が『そういうところで仲良くなってくれると、先生は嬉しいな!』……って言った瞬間……ステラ先生のことを、小ばかにしたように鼻で笑いやがった。絶対許さねえぞクソが。
だいたい初めて見た時から気に食わなかったんだ。連中は全員偉そうでお高く止まっていて、明らかにこっちを見下している。俺たちの校舎を見て露骨に失笑したり、態度がすでにこちらを見下している。舐めやがって。
『ステラ先生の敵は俺たちの敵だ』、『野郎、目にもの見せてくれる』って、クラスルームに戻った後もみんなの士気は高いまま。『ふーッ! ふーッ!』、『ギャアアアアア!』ってちゃっぴぃやヴィヴィディナも猛っている。良い傾向だ。
いいか、もうすでに事態は対抗試合とかそういう段階にはない。いかに奴らを打ち砕き、屈服させ、自らの行いを懺悔させるかというところまで来ている。
天が許そうとも、俺が、俺たちが、ルマルマが……ウィルアロンティカが許さない。奴らは俺たちの触れてはいけないところに触れてしまったのだ。
ギルはファイティングポーズを取りながらすやすやとイビキをかいている。今日は景気づけに、鉄の闘志でも詰めておこう。
安眠できるのは今日が最後だ。覚悟しろ。