205日目 脳筋トレ
205日目
俺のローブがボタンだらけ。一周回って逆にオシャレ……なわけない。舐めやがって。
ボタンを毟り、ギルを起こして食堂へ。今日もやっぱり食堂で寝落ちしているやつらがけっこういっぱい。さすがにそろそろ全裸で寝ると風邪をひく時期だけれども、優しい誰かがちゃんと毛布を掛けてあげている当たり、この学校もまだまだ捨てたものじゃないと思った。
が、『そう見せかけて、女子が起きる前に毛布を回収して不埒なことに使う輩もいるからな』ってアルテアちゃんが無慈悲なる事実を告げてしまう。たとえ毛布回収時に起こしてしまったとしても、『今からかけるところだったんだ』と言い訳が成立してしまう故に、なかなか油断がならないらしい。
『バカだバカだとは常々思っているが、本当に男はバカだ。そんなもの回収して何が楽しいんだか』って妙にアルテアちゃんは苛立っている。なんか一度、フィルラドに似たようなことをやられかけたらしい。『優しいと思った私がバカだったんだ』って眉間にだいぶエグめの皺。アルテアちゃんも苦労してるなって思った。
ともあれ朝餉をいただく。今日は何となくすっきり爽やかヨーグルトをチョイス。あの優しい甘さが朝にはたまらない。砂糖を多めに、そしてマーマレードをちょっぴりつけて食べるのが俺の秘かなこだわりだったりする。
俺のお膝の上のちゃっぴぃも『きゅーっ♪』って美味そうに食ってた。正確には『あーん♪』の構えを取り、尾っぽで俺の腹を小突いて強請りまくっていた。あとあいつ、マーマレードたっぷりのところばっかり食っていきやがった。ちくしょう。
一応書いておこう。ギルは今日も『うめえうめえ!』って元気にジャガイモ。 『……知ってるか? ジャガイモってヨーグルトにも合うんだぜ……?』ってトチ狂ったことを重大な秘密を明かすように通りすがりの人間に伝えまくっていた。『そうだね、おいしいね』ってみんな軽くあしらっていたけれども。
午前中は昨日に引き続き、テスト勉強を行う。今日は魔導工学がメイン。さすがにちょっとはガチにならないといくら俺でも九割取るのは難しい……けれども、絶望の深淵に体半分くらい飲まれかけているクラスメイトを見捨てるのもいささか寝覚めが悪い。
そんなわけでいつも通り教えまくる。担当は主にロザリィちゃん。いつもは『授業料前払いねっ!』って始まりのキスをしてくれるのに、なんか今日はどことなく落ち込んだ(?)感じ。『その……ちょっと軽い自己嫌悪が……』とのこと。
よくわかんないけど、抱きしめてキスをしておく。ロザリィちゃんのキスがなきゃ俺がやっていられない。だって俺は文字通り、ロザリィちゃん無しじゃ生きていけないからだなのだから。
ロザリィちゃん、『だめぇ……! これ以上私をダメ人間にしないでぇ……!』って言ってた。言いながらもすーはーすーはーくんかくんかしまくっていた。ちょうこそばゆくてくすぐったい。もっとやってほしかった。
で、ロザリィちゃんに手取り足取り腰取り勉強を教える。あの時間のなんて楽しいことか。まるで世界に俺とロザリィちゃんしかいないみたいで、こんな時間がずっとずっと続けばいいなって……俺ってば、マジであの時そう思ったとも。
残念ながら、そんな至福の時間は長くは続かなかった。『集中できないの。あたしが許すから好きなだけ甘えてきていいの』ってミーシャちゃんが俺にグッドビールをけしかけてきたためである。
あの野郎、ここしばらく誰にも遊んでもらえていなかったからか、「へっへっへっへっ!」ってめっちゃすごい勢いで俺の股座に突っ込んできやがった。ちくしょう。
そうそう、グッドビールが俺にじゃれついてきたのをいいことに、ギルの野郎が『しょうがねえなあ! 飼い主の責任として俺が面倒を見てやるぜ!』とか言い出しやがった。勉強から抜け出そうとしているのは確定的に明らか。
ギルの癖に無い頭を使いやがって……と思ったところで、俺に革新的なアイディアが舞い降りた。
『おう、頼むぜ親友。俺はその間……脳筋を鍛えるから』って俺の言葉に、ギルのやつははっきりわかるほどに息をのんだ。
で、さっそくペンを持ち、ノートに書き込みながらわざとらしく『かぁ~っ! こいつは脳筋に効くなぁ~!』、『あっ……! 効いてる、効いてるゥ~!』って声を出してみる。ギルのやつ、マジでそわそわしてこっちの様子をうかがっていた。
自分でやりだしておいてなんだけど、あいつマジで大丈夫かって思ったよね。
ややあって、とうとうギルが俺に頭を下げてきた。『教えてくれ親友……ッ! 脳筋の鍛え方を……ッ! 俺、何度やっても全然脳筋が鍛えられた気がしなくて……ッ!』って必死なる懇願。あいつがあれだけ必死なの、本当に久しぶりに見た気がする。
一応、今までどうやって脳筋を鍛えてきたのかを聞いてみる。『ジャガイモのズタ袋を頭にのせたり、岩に頭突きしたりだな……でも、頭の表面の筋肉は鍛えられたんだけど、イマイチ脳筋に効いてない気がするんだよな』とのこと。脳筋は脳筋なりに真実を理解しているから逆に恐ろしい。
とりあえず、『騙されたと思ってこいつでも読んどけ』ってギルに教科書を渡しておく。『はは……まさか親友ともあろうものが、そんなチャチな嘘が俺に通じるとでも?』ってギルは半信半疑。そんなわけないだろと若干小ばかにした態度を崩さず、教科書を読みだした。
その直後、『おう……っ!?』って目を見開く。『これは……ッ! この心地よい疲労感は……ッ!?』ってすごい勢いで次のページに。『間違いなく、筋トレした時のもの……めっちゃ効いてるッ!!』って大はしゃぎ。
最終的に、『すげえすげえ!』って一年の時の教科書まであいつは読み漁っていた。脳みそだって言ってみれば筋肉だし、あいつなら何とかしてくれるって俺は信じている。
『頭使うと疲れるもんね。そりゃそうだよ』ってパレッタちゃんが冷静に突っ込んでいたのが妙に記憶に残っている。『それってつまり、脳筋の筋トレだろう?』って返してみれば、『……それも真理か』って頷いていた。『私も真面目に脳筋鍛えようっと』って、なんか普通に勉強し始めてたけど……普通なのになんでこんなに普通じゃないんだ?
ちなみにだけど、脳筋を鍛えに鍛えたギルは今日だけでかなりのレベルに達することができたらしい。『9426581×48762は?』ってポポルの意地悪質問には答えられなかったけれど、『1セット9426581回の腹筋を48762セットやったら合計何回?』って俺の丁寧な質問には『459658942722回!』ってちょう笑顔で一瞬で答えてたからね。『……マジで合ってる』って演算魔法触媒で答え合わせしたフィルラドがびっくりしていたよ。
しかも計算だけじゃなくて、知識系の問題もばっちり。普通にマーセ魔硬の定義を答えろって聞かれるとダメだったけど、『筋肉的に答えてみろ』って俺が言ったら、
『マーセ筋肉硬さは、十種類の標準筋肉体を筋肉的にこすり合わせ、筋肉による序列を制定。標準筋肉体に対し、どのランクに値する筋肉なのかを示す。マーセ筋肉硬さにおいては、最軟はみみたぶの1、最硬は腹筋の10である。マーセ筋肉硬さでは感覚的におおよその筋肉硬さを求めることはできるが、厳密な値を求めることはできず、求められるのはせいぜいが「5以上6未満なので5.5程度」といったところである……だよな!』
……ってすらすらと答えてたからね、あいつ。しかも定義的にはマジで間違っていないから恐ろしい。なんなのあいつマジで。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、今日は一日大人しくしておりこうさんだったちゃっぴぃに例のドレスをプレゼントした。
『ほれ、ちょっとこっちこい』って手招きし、綺麗にラッピングしたそいつを渡してみれば、ちゃっぴぃのやつにこーって笑って『きゅん♪』って俺のほっぺにキスしてきやがった。ガキのキスなんて嬉しくもなんともないけれど、優しい俺は素直に受け入れてあげておいた。
その後はずっと、あいつはドレスをぎゅーっ! って抱きしめたり、じっと眺めてにこにこしていたり……なんかこう、思った以上に微笑ましい感じであったことをここに記す。『よかったね、ちゃっぴぃ!』っちゃっぴぃの頭を撫でて抱きしめてあげるロザリィちゃんのほうがもっと微笑ましくて素敵だったけどな!
それにしてもまあ、意外なほどあっさりと終って若干拍子抜け。あいつは前科持ちなだけに、もっと癇癪を起こしたり、ドレスをもらった後もうるさいくらいに騒いで喜ぶと思ったのに。
やっぱりなんだかんだで用意しているのがバレていたのか、それともお淑やかの極意を身に着けたのか。微妙になんか寂しいのがちょっと謎だ。
脳筋を鍛えて疲労したギルはいつも以上に大きなイビキをかいている。そしてちゃっぴぃは俺のベッド。あいつにしては珍しく、俺の枕を抱き枕にせず、毛布も俺の分の余裕をちゃんと残してくれている。こいつがここまで気配りできるとなると、明日雷かドラゴンでも降ってくるんじゃないかと逆に心配になってくるレベル。ガキはガキらしく遠慮なく振舞えばいいっていう。
まぁいい。明日はテストだ。日中出来なかった最後の仕上げをして俺も寝ることにする。ギルの鼻にはイカヅチクォーツ(の欠片)でも詰めおこう。みすやお。
※燃えるごみは捨てる。魔法廃棄物も全力で捨てる。