204日目 正装到着
204日目
ギルの鼻の穴が塞がってる。そう来たか。
ギルを起こして食堂へ。昨日の夜からテスト勉強をしていたのか、眠そうなやつが結構多い。ついでに、食堂で寝こけている奴もそれなりにいっぱい。ちゃんと夜寝て昼間にしっかり勉強するほうが効率良いと思うんだけど、みんなその辺はどう思っているのだろう?
ギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモ食ってた。鼻の穴が物理的に詰まっているからすごいくぐもった感じだったけど、それでも全力で『うめえうめえ!』って笑顔だった。もしこの世にジャガイモ笑顔コンテストが存在していたら、たぶんあいつチャンピオンになれると思う。参加者はあいつ一人だけだと思うけど。
そうそう、ロザリィちゃんが『抱かせろーっ!』って朝からぎゅーっ! って抱きしめてくれた。なんかよくわかんないけどそういう気分だったらしい。しかもしかも、『……やられたら三倍にして返すのが魔系の流儀じゃないの?』って甘えるようにおめめをぱちぱち。三倍どころか十倍にして抱きしめちゃったよね。
午前中はみんなでテスト勉強を行う。さすがに休み明けからテストが始まるのに遊び惚けるクズはいない。『いきなり黎襲とか始まらないかな……』、『それだとレアイベントすぎるから、はぐれドラゴンの方に期待しようぜ』って現実逃避するやつらは結構いたけれども。
ああ、『──、ちょっとヤバめの素材を手に入れたんだけど……』って何人かに魔法材料を手渡されたのを覚えている。みんなが意味ありげにそれとギルを見てアイコンタクトを送ってきたけれども、悲しいかな、今のギルの鼻は文句が無いくらいに塞がっている。
『ギル・クリーチャーはさすがに超えちゃいけないラインだろ?』って爽やかに突き返してみれば、『お前がそれを言うのか?』ってマジ顔で驚かれた。ちょう不思議。
一応、勉強の方はそれなりに順調に進んだ。とりあえずいつもの連中に魔法流学と発展魔法材料学を教え込んだんだけど、そんなに難しくない計算問題に単純な暗記しかないから、なんだかんだでそこまで問題にはならないだろうと思っている。
むしろ、ヤバいのは明らかに魔導工学のほう。俺ですら何言っているのかよくわかってない節が無いことも無いような気がしなくもない。クーラスなんかはすでに割り切って、『魔法流学とか今更勉強しても大して変わらない』って魔導工学だけに絞って勉強してたしね。あいつ、あの後ミーシャちゃんにケツ蹴っ飛ばされてたけど。
午後もぼちぼちそんな感じ。なーんか女子がソワソワしているな……って思っていたら、『みんな、おまたせーっ!』ってプリティマイスウィートのステラ先生がやってきた。うっひょう。
『ドレス屋さんがねえ、届けてくれたの!』ってステラ先生が杖を一振り。なんかすんげえ豪華な衣装箱が現れた。『さぁ、さっそくお楽しみタイムだよーっ!』ってにっこり笑顔のステラ先生に、きゃあきゃあと歓声を上げて衣装箱に群がる女子。
あえて書くまでもないけど、例のドレスが衣装箱に入っていた。
『ひゃああ……かわいい……!』、『実物を見ると、なんか実感沸くわぁ……!』って女子はみんなはしゃいでいる。お互いのそれを見せ合ったり、なんか愛おしそうにぎゅって抱きしめたり。どうして女の子ってのはこうも新しい綺麗な服でご機嫌になるのか、俺の長年の疑問だ。
あ、でもでも、手を取り合ってぴょんぴょこ跳ねて喜びを表すロザリィちゃんとステラ先生がまぶしすぎるほどに可愛すぎた。もしあのまま直視していたら、きっと俺の目は焼け爛れてしまっていただろう。それくらい綺麗な光景だった。
こうなるともう、勉強会なんて機能するはずがない。『ちょっと試着するだけだからっ!』って女子たちはみんなドレスを持って自室に退散。ステラ先生もロザリィちゃんと一緒にお部屋へ。この世に神はいない。
男子? なんかいつの間にか用意されていた男子用衣装(レンタル。パートナーがまともな格好してないと恥をかくってことで女子が用意した)の衣装合わせしたよ。もちろんみんな、クラスルームでパンイチな。女子がいないし恥ずかしがる必要がなかったからね。
最近の流行なのかわからんけど、タキシードっぽいそれにベストとネクタイを合わせるスタイルだった。なんかちょっとガチな学校の制服に似ているって言えばいいだろうか。ルマルマのローブを合わせても全然違和感ない感じ……むしろ、豪華な制服って言ったほうがわかりやすいかもわからん。
ある意味予想通り(?)一人で着られない奴がいっぱい。なんか着方を間違えていたり、ボタンをかけ間違えている奴らがちらほら。そしてそれ以上に、ネクタイを結べない奴が多すぎた。
『こうやるんだぞ』ってお手本を見せてもダメ。『一回首に巻いて、そこからさらに手前にかけて……』って言葉で説明してもダメ。ようやくなんとか形だけ真似できたと思えば、仕上がりが全然美しくない。崩れた団子みたいな不細工。
宿屋の息子的に、これは非常に由々しき事態なのは確定的に明らか。
そんなわけで、苦戦筆頭のポポルに着く。『ほれ、んーってしろ』って言ってみれば、意外にも素直にあいつは『んーっ』ってやってくれた。そのままくるくるっとやってするするってやれば、それはもう見事な三角形が奴の首元に。大剣と小剣のバランスもばっちり。さすが俺。
『さすが俺』って言ったら、『モデルが良かったんだろ!』ってポポルはにっこり笑顔。微笑ましかったのでとりあえず頭を撫でたら、『子供扱いするんじゃねーよ!』って怒られた。そういうところが子供だと思う。
ともあれその後は、ひたすら野郎どものネクタイを結ぶという地獄を体験する羽目に。何が悲しくてごつくてむさい男のネクタイを締めてやらなきゃならんというのか。しかもあいつら、なんか妙にソワソワするしさぁ。
『いや……なんか、首元がこそばゆい』って言ってたし、実際その通りなんだろうけど、絵面がマジで酷かったよ。
とりあえず、男子全員にネクタイのレクチャーをすることに成功。まともに使い物になったのはクーラスとジオルドくらいだけど、まぁ俺が結んでやれば最低限手直しくらいはできる程度に仕込むことはできた。それで良しとしよう。
ギル? あいつも正装したし、ネクタイもつけてやったけど、すぐに『なんか窮屈で苦しい』って半裸になってたよ。男の正装だから別にいいか。
そんな感じで過ごしていたところ、なんかいつの間にか女子がクラスルームに戻ってきていた。しかも、妙に暗い顔をしている。どういうこっちゃ?
男子一同が困惑していたところ、女子代表のアルテアちゃんがドレスを片手に衝撃的なことを口走った。
『…………その、着られなかったんだ』とのこと。マジかよ。
聞けば、割とガチな本格的ドレス故に、着るのに複数人必要なタイプのアレだったらしい。当然、複数人必要な奴……ってことは、それだけ着るのも複雑なわけで、そしてルマルマ女子にそんなガチドレスの経験者はいない。
また、『…………細かい採寸、採ってなかったから』ともアルテアちゃんは真っ赤になって言っていた。そりゃまぁそうだわな。
『どどど、どうしよう……!』って半べそステラ先生。ステラ先生もやはり、せっかくのドレスを着ることができなかったらしい。まず間違いなく、採寸的な意味だろう。
『高級なドレスの場合、個人に合わせて仕立て直すのが普通ですからね。ほら、お話でよく仕立て屋とドレス選びのシーンがあるじゃないですか』って優しく教える俺。『あれってホントのことだったの……!?』ってまんまるおめめステラ先生可愛い。
ともあれ、俺にステラ先生を虐める趣味は無い。『僕なら仕立て直すのもできますよ』ってエレガントに微笑んでみる。『マデラさんの宿屋のおにいさんたるもの、この程度のこと出来なければ地獄の百連ケツビンタですから』って決めポーズも。
本当のことなのに、『面白い冗談だね!』って言われてしまった。まぁ、ステラ先生が笑ってくれたならそれでいいや。
俺が一体どれだけ、あのアバズレやババアロリの服を仕立て直したと思っているのか。一応は一流冒険者だから、あいつらもそれなりに正装の機会はあった。そしてそのたびに、俺が奴らの服を調整してやっていたというのに。
忘れもしない。あのアバズレはいつだって胸のところがぱつんぱつんで、調整しなきゃボタンが吹っ飛んだ。あのババアロリは、いつだって胸のところがすっかすかの虚無で、それなのに『もっとなんとかせい!』って無い肉を盛って見せろと無茶ぶりを言われた。なんであいつらわざわざ胸元に問題が起きるとわかっている服を選ぶのか、マジで意味がわからん。
ともかく、俺……と、裁縫が得意なクーラスが対応できるってことになったので、そういうことに。クーラスはクーラスでこの手のガチドレスに興味があったらしく、『こういうところでしか使わない裁縫技術があるから、一度参考に見てみたかったんだ』って言っていた。実家に帰ったら母親に教えてあげるらしい。親孝行は良いことだと思う。
しかしここにきて、一部の女子から反発の声が。『かっ、体のサイズばれちゃう!』、『──くんにバレるのも、クーラスくんにバレるのも、別々の意味でいやっ!』とのこと。いったいどういう意味で嫌なのか、ぜひとも問いただしたいところだ。
ロザリィちゃん? かーって真っ赤だったけど、『……遅いか早いかの違いかも? それに、もうなんとなくわかってる……よね?』って囁いてくれたんだよね。実際、毎日のように抱きしめているからロザリィちゃんのボディラインは完璧に理解している。
とりあえず、折衷案ってことでジオルドが具現魔法で魔法のトルソーを具現化。それを女子がそれぞれ細部を調整し、『この体形に合うように。あと、絶対サイズを測るな。ちょっとくらいならいいが、絶対にまじまじとボディラインを見るな』って条件の下、トルソーに合わせる形でドレスを調整することとなった。
一応、男子の義務としてこれだけは描いておく。
ロザリィちゃんとステラ先生のが一番すごかった。あと、ルマルマ女子はローブで着やせしている娘が結構多い。それと言い訳じゃないけど、俺はロザリィちゃんとステラ先生一筋だからそこのところ勘違いしないように。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。なんだかんだで午後はあれからずっとクーラスと二人でドレスの調整をしていた気がする。ロザリィちゃんとステラ先生(とミーシャちゃん)の以外、だれがどのドレスを選んだかわからないようになっていたから、男子連中は結構その辺を楽しみにしているっぽい。
あと、せっかくなのでクーラスと話して、一人でも着られるようにある程度造りを改良しておいた。構造上どうしようもないのはしょうがないけれど、これで当日の混乱はある程度抑えられるだろう。
『ふと思ったけど、俺たちって魔系じゃなくても仕立て屋で食っていけるんじゃないか?』ってクーラスは言っていた。『これに料理と洗濯と接客と掃除と普通じゃない掃除もできれば、マデラさんの宿屋でもやっていけるぞ』って答えたらなんか微妙な顔をされた。解せぬ。
ギルはぐっすりと大きなイビキをかいている。あ、ちゃっぴぃのドレスも今日で完成。なんだかんだであいつ、今回はドレスお披露目の時も去年みたいに癇癪を起さなかった。良い子になってきたと言うべきか、あるいは魔物のカンで実は俺が用意していることに気づいているのか……まぁ、どっちでもいいや。
さっさと仕上げちまおう。ギルの鼻にはボタンを入れておく。何のボタンかは知らん。おやすみなさい。