198日目 ドレスとカネ
198日目
ギルがカボチャを抱えている。中身はスカスカ。これはダメそうだ。
ギルを起こして食堂へ。今日も今日とて休日だから人は少ないだろ……って思ったら、意外なほどに女子がいっぱい。別に休日限定デザートがあるわけでもないのに、なにやらみんなで集まってひそひそしている。
ちょいと聞き耳を立ててみれば、『……ドレス、どうしよう?』、『実家にはあるけど、今からはちょっと……』、『お金があっても時間的に厳しくない?』などなど、やはり魔法大会……ひいては、その前夜祭(?)のダンスパーティに必要となるドレス(正装)についてどうしようかって相談をしていた。
とりあえず、そんな悩める女子を眺めつつモーニングのコーヒーを楽しんでみる。なんか自分だけすんげえ優越感というか、優雅でエレガントな気分が凄まじい。やはり朝はこうでなくっちゃあならない。
ただ、俺のお膝の上のちゃっぴぃはぶんむくれていた。俺が飲んでいたのがブラックコーヒーだったからだろう。『きゅん……』ってぶっさいくなツラして、八つ当たりのように俺の腹を尾っぽで突いてくるっていうね。
そんなに飲みたきゃ自分で違うのを取ってくればいいというのに。なぜかあいつ、変なところで俺のコップに入っているものばかり飲みたがるから意味がわからん。普段は誰彼構わずコップのふちをレロレロにしまくってるよね?
一応書いておくけど、ギルは今日も『うめえうめえ!』ってちょう笑顔でジャガイモを貪っていた。その顔には一点の曇りもない。ああ、こいつ悩みの一つもない幸せな人生送ってんだなって思えてしまうほどの笑顔。さすがはギルだ。
クラスルームに戻った後も女子たちはみんなでなんかいろいろ話してた。一方で男子は割と適当。『なんかそれっぽいの見繕えばいいだろ』、『最悪みんなで適当なの着ておけばよくない?』、『むしろ正装のやつが浮くようにしようぜ!』などなど、頭の中身がすっからかんな会話ばかり。パートナーとして女子と踊るってことを、奴らはきちんと理解できているのだろうか?
そんなこんなをしていたところ、『おっはよう!』って朝からステラ先生がやってきた。ひゃっほう。
『やっぱりみんな、ドレスのことは気になるよね……』ってステラ先生は苦笑い。マジな話、正装なんて持ってない……それこそしたことない人が大半なわけで、仮にしたことがある人がいたとしても、そう都合よく学校に持ってきているわけがない。今から実家に取り寄せるってのもリスクはデカい。
ステラ先生もそれは十分に承知しているのか、『実は学生向けのドレスのレンタルサービスがあるんだよ!』ってぱぁっと明るい笑顔。『レンタルなうえに学生向けだから、十分にみんなのおこづかいで手が届く範囲だよ! ちゃんと本格的な奴なんだから!』って素敵な情報も。
さらにさらに、『実は……偉そうなこと言ったんだけど、先生もドレス無いんだよね……。だから、これからみんなで選びにいかない?』って、ステラ先生は魅力的すぎる集団デートの提案までしてくれた。
が、もちろん穴がある。
『それ、汚したらどうなるかしってます?』って俺が突っ込む。『え……そりゃあ、その分はちょっぴり弁償しなきゃだけど……』ってきょとんとするステラ先生。やっぱこの人、マジに放っておけないと悟った瞬間だ。
『この手の正装なんて相場があってないようなものです。利用する機会もかなり限られています。……どこからが【汚れた】の判定になって、それを綺麗にするのに【いくら】かかるのか。判断できるのはお店の人だけですよ?』って俺の意見に、先生の顔がさぁっと青くなった。
いや、まぁたぶん、学校側で懇意にしているお店だろうから、そんなぼったくりってことはないだろう。だけど、【汚れた】、【壊した】判定がやたらと厳しく、『貴重な糸を使っているから』とかでボタン一つ着けなおすだけでとんでもない金を要求してくる業者は腐るほどいる。学生というカモにしやすいのが相手なら、なおさら。マデラさんに言われて何回かカチコミに行った俺が言うのだから間違いない。
だいたい、魔系のパーティで無事に済む保証がどこにあるのだろうか。俺たちがどんなにまじめで、どんなに気を付けていても、ヤバいやつってのは向こうから絡んでくるというのに。
それに、それにだ。
ステラ先生にレンタルのドレスを着させるとか、俺のプライドが許さない。俺の女神が、俺のステラ先生が晴れ舞台で着る一張羅なのにレンタルだとか、マデラさんが許しても俺が俺自身を許せない。俺は全力でおめかししたドレス姿ステラ先生この目で見るまでは、何があっても死ぬわけにはいかない。
そんなわけで、『レンタルだなんて遠慮せず、ちゃんとしたのを買ってくればいいじゃないですか』って言ってみる。『でも、その、そんなお金は……先生も、さすがにみんなの分を出せるほどは持ってないよぅ……』ってオロオロするステラ先生。
普通に自分で全部払うって考えるだなんて、この人はなんて聖母な女神なのだろう? 神聖さを超えた何かすら感じちゃったよね。
ともかく、『お金ならありますよ。……ほら、クラス資金に腐るほど』って俺が秘かに隠していたクラス資金を引っ張り出す。その額、家が二つ三つ建てられるくらい。みんなのドレスを買っても余裕でおつりがくるレベル。
『え゛』って固まるステラ先生が、本当にキュートで愛おしかったです。
『おま……っ! おまえ! そんな金、どこで!?』、『いつかやるとは思っていたけど、すでにやっているとは思わなかったの!』、『脅迫か? 脅迫だよな? 誰の弱みだ?』ってクラス中から謂れなき誹謗。あいつら俺のことをマジでなんだと思っているのだろうか?
とりあえず、ステラ先生には『去年、癇癪を起したアバズレがハゲプリンの代金としていれてった奴ですよ』って優しく微笑む。忘れもしないあの日、ヒステリーナターシャが怒りに任せて叩きつけてきたやつだ。あいつの金銭感覚がアホで助かったっていう。
でも、聖母なステラ先生は『で、でも、それはナターシャさんのお金で、先生たちが使っていいとは思えないよぅ……! こ、ここ、こんな大金受け取れないよぅ……!』って目を白黒。
『何言ってるんですか。クラス資金はクラスのために使うお金でしょう? どうせ泡銭ですし、先生だっていい機会だから正装を用意しろっていったじゃないですか。たったそれだけのことですよ』ってイケメンスマイルな俺。ここまで押さないと受け取ってくれないとか、本当にステラ先生は聖人のような人だと思う。
だいたい、大金があると知られた今、下手に残しておくと確実に無駄遣いされるに決まっている。おやつにおもちゃに……ともかくくだらないものばかりにだ。それを危惧していたからこそ、帳簿をつけていた俺がこっそり隠していたのだから。
『いつの間にか無くなってたから、てっきりナターシャさんに返したものだとばかり思っていた』ってアルテアちゃんは言っていた。身近に酷すぎる例があると、必然的にお金の管理にシビアになっちゃうから困るっていう。
ともかく、これでお金の件は解決したので、その後は女子たちだけでドレスを見繕いにお出かけする運びになった。男子はクラスルームに残り、なぜか俺の懐やローブの大探索大会に。
『探せばもっと持ってるはずだぜ!』、『オラ、ジャンプしろよ!』、『お金以上にヤバいの出てきたらどうしよう』とか言われながら男に体をまさぐられるのは、思っていた以上に不快だったことを記しておく。
あと、ついでとばかりにルマルマのへそくり探しも始まったんだけど、出てきたのはポポルが隠してそのまま忘れていたセミの抜け殻や、びっくりするほどカビたパン、泣きたくなるほど呪われた謎の答案用紙とかそんな感じの物ばかり。
『もっと早くに家探ししておけば……今頃セレブだったのになァ』ってフィルラドはヒナたちが集めたと思しき小石を握りながら嘆いていた。ゴミしか出てこない現状を嘆くほうが先ではないのだろうか?
夕方ごろに先生たちが帰宅。にこにこ笑顔のロザリィちゃんがぎゅーっ! って抱き着いてきて、『すっごく可愛いのがあったの! 本当にありがとう!』って熱々のキス。『恋人にドレスを送るのは、恋人として普通のことだろう?』って頬を撫でてみれば、『その「普通」がとっても嬉しいの!』ってさらに強く抱きしめられた。わぁい。
なお、選んだドレスは来週まとめて送られてくるらしい。みんなで押し掛けたものだから、ドレスの選択とざっくりとした採寸くらいしかできなかったそうな。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。風呂場にて、ギルが脇毛を『オラァッ!!』って言いながらブチィッ!! ってしているのを発見。『こまめに処理しておかないとな。油断すると生き残りがいたりするから』とのこと。
案外、男子の中ではギルが一番身だしなみに気を使っているのかもしれない。まぁ、男の正装は筋肉だからある意味じゃ当然か。
あと、ギルの場合は「処理」よりも「始末」のほうが似合っていると思う。引き抜かれた脇毛の悲鳴を、排水溝に流されていく脇毛の哀愁を、俺は確かに感じたのだから。
脇がとぅるとぅるになったギルは今日も大きなイビキをかいてぐっすりと寝ている。俺もさっさと寝……たいけど、ちゃっぴぃ用のドレスを仕上げなくては。夜なべしてちくちくすればなんとかなるだろ。着るかどうかもわからん子供のドレスに大金を使うなんてバカらしいし。
とりあえずデザイン案をまとめたいところ。可愛さメインだけど、ちょっとオトナっぽさを意識したシンプルな感じにしてみようか。子供だし、フリフリをマシマシでつけておけば大体大丈夫だ。
ギルの鼻にはシルクの端材を詰めておく。みすやお。
※燃えるごみは会場に着けず大炎上。魔法廃棄物はダンスパーティに参加できる。