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196日目 悪性魔法生物学:シマシマの生態について

196日目


 ギルの筋肉がめっちゃ弾んでいる。すげえ。


 ギルを起こして食堂へ。弾む筋肉をぶにぶにさせて遊んでいたところ(触れなくてもぶよぶよ動いていた)、辛抱堪らなくなったらしいちゃっぴぃが『きゅ……!』ってギルの筋肉にしがみついてロデオ(?)っぽいことを始め出した。


 ギルのたくましすぎる腕にひっつき、振りほどかれまいとばかりに踏ん張る姿は、子供ながらになかなかの雄姿だったと言えよう。あと、ギルの筋肉につられてちゃっぴぃの胸もぼよんぼよん動いていたことをここに記しておく。


 ちょっと意外なことに、『なかなか楽しそうだな』ってアルテアちゃんもギルの筋肉をそっと掴んでいた。『仕留める直前の獲物の最後のあがきに似ている』とのコメントも。最近趣味の狩りに行けていないみたいだし、ストレスが溜まっているのかもしれない。


 一方、ちゃっぴぃと反対の腕に引っ付いていたミーシャちゃんは『大物のおさかなを釣り上げた時と似てるの!』ってご満悦。おさかなと違い、ギルの腕なら全力で抱き着いても濡れたりべとべとになったり生臭くなったりしないから、純粋にその喜びだけを噛み締められるらしい。


 もちろん、ギルはちょうどいい錘が良い感じに腕にぶら下がっているのでかなりご機嫌。『こいつぁ良い筋トレになるぜ!』って腕を上げ下げして筋肉を鍛えていた。もちろん、『うめえうめえ!』って二人をぶら下げたままジャガイモも食っていた。


 ジャガイモを食った瞬間、筋肉の弾み方が尋常じゃなくなっていた。『みぎゃーっ!?』、『きゅーっ!?』って耐え切れなくなったミーシャちゃんとちゃっぴぃが吹っ飛ばされる。ミーシャちゃんの方はグッドビールが受け止め、ちゃっぴぃはたまたま着地点にクーラスがいたのでそういうことに。クーラスのやつ、不意を突かれて思いっきり尻もちついていたけれども。


 そんな朝の一幕の後はさっそく授業。今日は俺たちの偉大なる兄貴グレイベル先生と俺たちの崇高なる天使ピアナ先生による悪性魔法生物学。最近不意打ち気味なのが多いし今日もそれなりにヤバいだろうな……と思っていたら、意外にもすでに対象の魔法生物が集合場所にいた。


 『なんかつまんね』とはポポル。『あまり可愛くはないな』とはアルテアちゃん。


 『ちっちゃめなの』とはミーシャちゃん。『ロマンは無いな』とはジオルド。


 『売っても大した値段にならねぇな』とはフィルラド。『ヴィヴィディナでさえ興味を示さない』とはパレッタちゃん。


 『……そんな危険な奴か?』とはクーラス。『ごめ、無理ぃ……!』って涙目になって俺に抱き着いてくる超キュートロザリィちゃん。『そんなことよりこいつ食えんの!?』って目を輝かせるギル。


 みんなの反応がぱっとしないのも頷ける。俺たちの目の前……グレイベル先生が腕に乗っけていたそいつは、不細工なバッタと不器量なトカゲを足して二で割り、全身をこれでもかというくらいに白黒ストライプにした生き物だったのだから。


 そいつはグレイベル先生の腕にしがみついて(?)じっとしていた。面白がったポポルが杖でちょんちょん突いてもわずかに身じろぎするくらい。爬虫類か虫かよくわからんけど、かなり大人しい性格をしているのは間違いない。


 『素手で触っても全然大丈夫な奴だよー!』ってピアナ先生がエンジェルスマイル。『本当に大丈夫なんですか?』ってアルテアちゃんが訝しむも、『今回ばっかりはホントだよ! 正真正銘、変な攻撃性があったりだとか、妙な特殊能力があったりだとか、奇妙な生態があったりだとか……そういうの、全然ない奴だから!』ってピアナ先生はグレイベル先生の腕にいるそいつの頭をそっと撫でた。


 実際、グレイベル先生も『…魔法生物としてはあまり面白みは無いな。研究目的やコレクター目的はともかくとして、魔系に討伐依頼が来ることはないだろう。正直、そこらの子供でも簡単に殺せる』って言っていた。せいぜいがグレイベル先生のてのひらより大きいくらいの大きさだから、適当に足で踏みつぶすなり棒で叩いたりすればあっという間に殺せるらしい。


 ヤバくない奴だ……ってのはまあいいけれど、じゃあなんでこの悪性魔法生物学でこいつを学ぶんだって疑問が出てくる。そっくりそのままそれを聞いてみたところ、『…一度しか言いたくないから、聞き逃すなよ』ってグレイベル先生は宣った。




 『…こいつの名前は──マシマシシシママシシマシママシマシマシマと言ってな』って言ってた。ちょっと待てって思った。




 『……なんて言いました?』ってクーラス。『…だから、マシマシシシママシシマシママシマシマシマだ』ってグレイベル先生。


 『……もう一回お願いします』ってジオルド。『…マシマシシマシマシシマシシマシマシマシマだ』ってグレイベル先生。


 『ちょっと聞こえなかったなり』ってパレッタちゃん。『…マシマシシマシマシシマシマシシマシシシマ』ってグレイベル先生。


 『……もう一回なの!』ってミーシャちゃん。『…マシマシシシママシシマシママシマシマシマな』ってグレイベル先生。


 『三回連続早口で!』ってポポル。『…マシマシシシママシシマシママシマシマシママシマシシマシマシシマシマシシマシシシママシマシシマシマシシマシシマシマシマシマ』って無表情のまま言い切るグレイベル先生。兄貴すげえ。


 『ちょっと違くない? 正しくはマシマシシマシマシシマ……きゃんっ!?』ってピアナ先生は舌を噛んでいた。『ひーん……!』って涙目になっている姿が本当に可愛い。ちろっと見えた舌先になんか妙にドキドキした。これが天使の誘惑ってやつなのか?


 ともあれ、ここにきてようやく俺たちはこいつが……マシマシシシママシシマシママシマシマシマがどうして【悪性】魔法生物に認定されているのかを理解する。そいつ自身に悪性はなくとも、嫌がらせ以外の何物でもないこの名前。こっちの方面からのアプローチは何気に初めてじゃなかろうか。


 『…最初は、シマシマと言う見た目が縞々な生き物がいてな』ってグレイベル先生は語りだす。いつもより気だるげだったのは、たぶん顎が疲れていたからだろう。


 以下に、シマシマがマシマシシシママシシマシママシマシマシマになるまでの経緯を示す。



・シマシマはバッタとトカゲを足して二で割ったような生物である。一応は魔法生物に分類されるが、魔法的な力はほとんど持っておらず、見た目が白黒のストライプであること以外には特徴のない生物であった。


・シマシマは本来大陸の中央部にしか生息していないとされていたが、水辺及び水中での活動がある程度可能な【島育ちの】シマシマ、即ちしまシマシマが発見された。シマシマとシマシマシマは見た目こそ全く同じであったが、魔法生物学的には近縁種であるものの完全な別種であり、『見た目は同じでも魔法的に違う種は存在する』、『空想上、あるいは正体不明の魔法生物の特定に一歩近づくのでは』と、当時の魔法生物学界を大きく賑わせた。


・シマシマとシマシマシマの関係が明らかになった後、上記二種とは見た目が違う、即ち縞と縞の間が広いシマシマシマが発見された。当初は個体差の範囲だと思われていたが、まさかと思った学者が調べてみたところ、シマシマともシマシマシマとも生物学的に異なる種だということが判明した。このシマシマシマは、その見た目の特徴から縞間しままシマシマシマと名付けられた。シママシマシマシマとシマシマ、シマシマシマは見た目の違いがはっきりしているため、シマシマシマが発見された当初ほど混乱は起きなかった。


・シママシマシマシマが発見されてしばらく経ったころ、通常のシママシマシマシマに比べて明らかに縞の数が多いシママシマシマシマが発見された。シママシマシマシマは縞と縞の間が広いが、新しく発見されたそいつはそれに加えてその縞そのものの密度が濃く、ある奇特な学者が何十匹ものシママシマシマシマの縞を一つ一つ調べてみたところ、そのシママシマシマシマの縞部の単位面積当たりの縞の数は、通常のシママシマシマシマの四倍以上あることがわかった。調査の結果、やはりこれもシママシマシマシマの別種(近縁種)であることが判明し、縞の数が増えていることから増縞まししまシママシマシマシマと名付けられることとなった。マシシマシママシマシマシマもやはり見た目での判別は容易であったが、当時は『これ以上調べるな!』、『わかってはいるがわかるわけにはいかないだろ!』、『気づかなければいいことだってあるんだぞ!』という声が魔法生物学界での多数派であった。


・マシシマシママシマシマシマが発見され、人々がさらなる脅威に怯えていたころ、とうとうそれは起きてしまった。シマシマ愛好家であるその学者が、『四肢まで縞々なマシシマシママシマシマシマを見つけたぞ!』と魔法生物学会本部に満面の笑みを浮かべてやってきたのである。当時の審査官は、『何もかもなかったことにしてその分厚いレポートの束を燃やしたかったが、呪いたくなるほどに奴の論文は完璧であった』と述べている。四肢まで縞々なそのマシシマシママシマシマシマは、やけくそのように四肢縞しししまマシシマシママシマシマシマと名付けられた。シシシママシシマシママシマシマシマの名が世に公布されたとき、魔法学会の人間はある種の覚悟を決めていた。


・さらにその数か月後、『びっくりするくらいに縞が真っすぐなシシシママシシマシママシマシマシマを見つけてしまったぞ!』と魔法学会の門扉が叩かれた。シマシマ愛好家である彼の応対をしたのは、『てめえふざけんな! 次はシシマシシシママシシマシママシマシマシマって名前になるって賭けてたんだぞ!』と怒り狂うシシマシシシママシシマシママシマシマシマ派の審査官であったという。調べるまでもなくそいつも新種であり、真っすぐな縞を持つことから真縞ましまシシシママシシマシママシマシマシマと名付けられた。マシマシシシママシシマシママシマシマシマの登場により一部の者の懐が潤い、人々はもう難しいことを考えるのを止めにした。


・これで終われば、まだ良かったんだけどな。


・魔物は敵。慈悲は無い。



 全てを言い切った後、グレイベル先生は『…………ふう』って息をついた。『おつかれさまー』ってピアア先生が用意したお水をぐいっと一気に煽り、そして顎と喉のあたりを所在なさげにいじっていた。気持ちはよくわかる。


 そして俺たちも頭の中が大混乱。大半の人間が途中で理解することを諦めていた。グレイベル先生があれだけ頑張って如何にシマシマがマシマシシシママシシマシママシマシマシマになったのかを説明してくれたというのに、ちらりとノートを覗いてみれば【シマシマ】としか書かれていない。あんまりだ。


 『…続き、頼む』ってグレイベル先生からピアナ先生が説明を引き継いだんだけど、マシマシシシママシシマシママシマシマシマ……ひいてはシマシマのお話はこれだけに止まらなかった。


 『実はねえ、そのあともさらに縞の数が多い増増ましましシマシマとか、シマシマなのにその縞に魔法の力を宿した魔縞ましまシマシマが見つかったり……あとは足の数が多い四肢増ししましシマシマが見つかったりしたんだよね』とのこと。


 なお、この説明の間に三回ほどピアナ先生は舌を噛んでいたことを記しておく。


 さらに、『シマシマに比べて縞の数が多いマシシマシマシマ……その縞が真っすぐになったマシママシシマシマシマと、シマシマに比べて縞が真っすぐなマシマシマシマ……その縞がさらに増えたマシシママシマシマシマって、つまりは縞が真っすぐで、縞の数が多いシマシマってことでしょ? じゃあ、見た目は一緒になるってことで、実際見た目は一緒なんだけど……』ってピアナ先生は続ける。嫌な予感しかしない。


 『魔法生物学的には完全な別種なんだよね』ってにっこり笑顔。クラスのみんながげんなりしたのは書くまでもない。


 そんな感じで、パッと見は同じように見えるシマシマシリーズだけれども、実はかなり細かく分類分けできるらしい。もはやそのパターンは数えきれないくらいにあるらしく、『確認はされていないけど、どうせいるだろってことで図鑑に載ってるのもいるよ』とのこと。


 また、『…例のシマシマの発見者が興したシマシマ愛好会はかなりアツくてな。見ただけでそのシマシマの正式名称を答えられたり、あまり見かけないシマシマを集めるコレクターがいたり……時には幻のシマシマを求めて自ら秘境に探索に行くこともあるらしい』ってグレイベル先生が教えてくれた。


 よくわからんけど、マシマシシシママシシマシママシマシマシマは割とよく見かけるシマシマなのに、全く同じ見た目のマシシマシシシマシマシマママシマシマシマは過去に二例しか確認されていない超レアもので、マニア垂涎のシマシマ……それこそ、金貨何百枚もの値段でコレクターに売れるのだとか。


 とりあえず、シマシママニアの人間はヤバい奴だってことはわかった。どう頑張っても、俺にはシマシマの判別はできそうにない。


 ちなみに、マシマシシシママシシマシママシマシマシマなんかを嫌う人……とりわけ魔系はかなり多いらしい。『正式な文書だと、きちんと正式名称を書かないといけないからね……後になって書き損じが見つかって、何十枚もの論文がダメになったり、インクが無駄に……』ってピアナ先生は苦笑い。『…正直間違っていても気づかれないと思うが、マニアの連中は本当に目敏く見つけてくるからな』とはグレイベル先生。そういう時に限って、査読担当がガチなシマシママニアだったりするらしい。


 『…正直俺は、シマシマの何が連中をそこまで惹きつけているのかさっぱりわからん。だが、世の中には理解できない「好き」があり、倫理道徳、人道に反しない限りは何人たりともその「好き」を侵害してはならないということだけは覚えておけ』ってグレイベル先生はカッコよく授業を締める。むしろ、それくらいしか締め方を思いつかなかっただけかもしれない。


 だってマジでシマシマそのものには面白みのかけらもないんだもの。話に出てきたシマシマ学者のほうがよっぽどヤバい魔法生物だっていう。


 夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。体力的には問題ないけど、延々とシマシマシマシマシマシマシマシマと聞かされたせいでなんかみんなお疲れの様子。『しばらくシマシマは見たくない』、『適当にシマシママシシシマシマって言っとけばたぶん実在するだろ』ってなんとも投げやりな感じ。


 ロザリィちゃんも、『トカゲっぽく見えても、足がいっぱいあるのもいるってことは結局虫でしょ……?』って俺にぎゅうっ! って抱き着いてきてそのまますーはーすーはーくんかくんか。ロザリィちゃん的には虫ってだけでアウトらしい。そんなところも本当に可愛いと思います。


 ギルは今日も大きなイビキをかいている。いい加減俺もペンを握るのに疲れたので今日はこの辺にしておこう。ギルの鼻にはマシシマシシシマシマシマママシマシマシマ……いや、マシマシシマシマシシマシマシシマシシシマ? それともマシマシシシママシシマシママシマシマシマだろうか……ともかく、シマシマの縞々な脚を詰めておく。正直今日は誤字がある可能性がかなり高いけど気にしない。おやすみなさい。

真縞四肢縞増縞縞間島縞々

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― 新着の感想 ―
[一言] トゲアリトゲナシトゲトゲのもっとヤバい版か…… 本命:ギルがゲシュタルト崩壊 対抗:ギルという文字が増殖 大穴:ギルが増殖
[良い点] 迫真の『気づかなければいいことだってあるんだぞ!』 今回今までで一番笑ったかもしれない [気になる点] 漢字で書けばよいのでは?って思ったけど漢字でも分からんかった [一言] 本命対抗大…
[一言] シとマでゲシュタルト崩壊した。 この話で誤字訂正出来るのはシマシママニアぐらいですね…
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