195日目 魔導工学:魔法慣性力について
195日目
ギルの目玉が円滑にぐるぐる動く。ホラー。
ギルを起こし、ちゃっぴぃをノーマル抱っこしながら食堂へ。今日も元気にちゃっぴぃにデラックスフィッシュサンド(なにがデラックスなのかは不明)を『あーん♪』させていたところ、『お隣、失礼します♪』ってロザリィちゃんが隣に座ってくれた。うっひょう。
しかもしかも、『そろそろ恋しくなったきたんじゃないかあ?』ってロザリィちゃん特製カフェオレまであるというサービスっぷり。ちゃんと氷はお星さま型。こういうひと手間に愛されているって感じがしてとても幸せな気分。
もちろん味はデリシャス。文字通り愛魔法要素も入っていて朝からすっきりいい気分。しかもロザリィちゃん、『もーらいっ!』って俺のデラックスフィッシュサンドにもかじりついてきた。『ちゃっぴぃばかりじゃなくて、たまには……私も甘やかしてほしいな!』ってウィンクも。
その言葉を聞いた瞬間、もう我慢できなかったよね。気づけば俺はロザリィちゃんにキスしていて、そしてロザリィちゃんは俺を強く抱きしめている。あれこそが天国かと思ったよ。
俺とロザリィちゃんの間にちゃっぴぃが挟まれてなきゃ文句なしに最高だった。あいつ、ロザリィちゃんの胸に埋もれて『きゅ、きゅう……!』って羨ましい悲鳴を上げていたっけ。
一応書いておく。俺たちがイチャイチャしている間もギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。そしてフィルラドが『俺もイチャイチャしてえなあ……』ってぼやいてアルテアちゃんにケツを叩かれていた。パレッタちゃんは『ママディナは昨日ステラ先生に純然たる嫉妬をした。こうなるのはわかっていたことだ』ってヴィヴィディナに何かを捧げていた。クーラスは優雅に朝のハーブティーを楽しんでいた気がする。いつも通りだ。
今日の授業はテオキマ先生の魔導工学。なーんか微妙に先生の顔が険しいと思ったら、『卒論着手者でやらかしてくれた奴が出た』とのこと。
近々大きめの中間報告会があるらしいんだけど、その人は研究があまりに進んでいなくて何かがプッツンしたらしく、四日ほど前に杖とカードとパンツだけ持って行方不明になったらしい。
で、今朝になってようやく所在がわかったんだけど、『近くの迷宮でモグリの魔法屋を開いたらしい。その筋からショバ代を払えとウチに請求が来た』とのこと。
『集りに来たチンピラにビビってウチに請求するよう言ったらしい。腐っても魔系なら返り討ちにしてケツの毛まで毟るのが普通だ。全く情けないったらありゃしない。この学校の名前に傷がついた』とはテオキマ先生。元々迷宮内での商売だからその辺の利権関係は完全にフリーなのに、自称元締めとやらが幅を利かせているとかなんとか。
『あのアホを連れ戻す冒険者の派遣に、こっちを舐め腐ってるクズへのけじめ……そもそも発端となったアホの粛清も。やることがたくさんだ』ってテオキマ先生はこめかみをぴくぴくさせながら言っていた。
チンピラも相手を間違えたと思う。よりにもよってなんでこんなヤバいところに請求書を出して……いや、それこそが件の生徒の狙いだったのか?
どうでもいいことは置いとくとして、今日は魔法慣性力について学んだ。まず前提として、魔法の状態って言うのは往々にして安定になる方向に遷移していく(変化していく)傾向がある。代表的なところで言えば、魔力学で習った魔度は高いほうから低いほうに動いてやがて釣り合う……ってやつだろう。
この魔法慣性力って言うのも広義で見ればそれと同じことであり、『魔法的運動を行っているモデルにおいて、何かの作用を与えた時にそれに抗うように反対に働く魔力のことを指す』ってテオキマ先生は言っていた。
『より正確に言えば、状態を保とうとする魔力ともとれる。動いている状態を止めようとするならばそれに抗う魔力が生じ、止まっているものを動かそうとするならやはりそれを妨げるような魔力が働く』とのこと。
基準となる【安定】って言葉が物事をわかりにくくしているけれど、必ずしも魔法的に静的であるということを意味しているのではなく、その状態で落ち着いている……あれ、つまりは安定ってことか。
つまるところ何か変化を加えようとした際に、対象が安定であるその状態から受けた影響を嫌って反発する作用ってことなんだろう。言葉で上手く説明できないこの感じ、だいぶもどかしい。
とりあえず、板書のポイントを以下に記す……って書きたいんだけど、マジで魔法式しか書いていないからそれが叶わない。上述の魔法慣性力についての説明は、全部教科書と先生の話から俺が組み立てたものだったりする。
本当にふざけていると思う。【魔法慣性力とは】って書いているなら、きちんと文章でそれを説明するのが筋のはずだ。なのにあのクソ教科書、【以下の式で表す】って魔法式だけを延々と書き連ねているだけで、それが何なのか、どういうものなのかっていう説明が一切ない。せめてどうして式で表しているのか、どういうケースで用いるのか……実例を一つでも挙げてくれればまだわかるというのに。
これじゃあ魔法慣性力がどうしてそう定義されているのかもわからん。対象に働く魔法的な作用の一つとしか思えない。あの教科書、まともに人に物事を教えるつもりはあるのだろうか?
まぁ、それ言ったらテオキマ先生の話も全然わかんなかったんだけどさ。唯一はっきりしているのは、『魔法慣性を考慮しないで釣り合いの式を立てるやつが多すぎる。あと、せっかくそこを忘れなかったのに、符号を逆にするやつが本当に多い』って所だけだろう。
基本的にこの授業で扱うような対象なら……というか、現実的において魔法慣性は働かないなんてことはないので、絶対忘れるなとのこと。あとは【反発する魔力】なので必ず符号は逆にするのもポイント。ただし、それはこっちがどういう風に式を立てたかによって変わるので、何も考えずに負にするのはダメだって話だった。
授業内容はだいたいこんなもん。だいぶざっくりしているけれど、これは俺が理解できなかったのとテオキマ先生が『始めに話したカチコミの件の対応があるから』って早めに授業を終わらせたゆえである。
今更書くまでもないだろうけれど、クラスのみんなの顔はだいぶ死んでいた。クーラスもアルテアちゃんレベルで眉間にしわ。『……なぁ、正直理解できた?』って聞かれたので、『ピクシーのジョークを理解できる人間がいるのか?』って返しておく。『ゴブリンじゃないだけマシか』ってクーラスは頷いていた。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、おっきなソファにてパレッタちゃんがアルテアちゃんとロザリィちゃんの肩を抱いて座っているの発見。『凄まじき優越感なり』ってすごく得意げに俺とフィルラドを見てきた。
『きゃあ、抱かれちゃったー!』ってロザリィちゃんはパレッタちゃんに抱きついていた。『……きゃあ?』ってアルテアちゃんもパレッタちゃんに抱きついていた。『あとはミーシャで完成なんだけど?』ってパレッタちゃんはミーシャちゃんをその胸の中に抱こうとするも、『むしろあたしが抱いてやるの』って勇猛たるミーシャちゃんはパレッタちゃんを抱きしめていた。なんだったんだろうアレ?
『でもあの……大きなソファで両脇に女の子を侍らせるの……ちょっと憧れるよな』ってジオルド。今度アリア姐さんに言いつけてやろうと思う。さぞかしいい思いができるに違いない。反対側にはギルを座らせておけば釣り合いもとれていいかんじだろう。俺ってばナイスアイディア。
ギルは今日も健やかにクソうるさいイビキをかいている。こいつももはや魔導工学を自分でなんとかするのはすっかり諦めたようで、『俺バカだからよくわかんねえけどよ……俺は俺にしかできないことをするべきだと思う。そうすればあとは親友が何とかしてくれるって、俺は親友を信じてる』とか抜かしていた。こいつ俺抜きで生きていけんのかな?
まぁいいや。ギルの鼻にはウキウキノコを詰めておく。なんか摂取するとスキップが止まらなくなるという呪茸の一種らしい。しっかり焼いて塩コショウで食べると美味いってどこかで聞いたことがある。グッナイ。