表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
190/367

189日目 悪性魔法生物学:魔女の生態について

189日目


 何かがのたうち回る音で目が覚める。ギルの枕元で筋肉質なリボンがぴちぴち跳ねていた。とりあえずトイレに流しておいた。


 ギルを起こして食堂へ。なんか知らないけど昨日に比べてかなり涼しく、ともすればだいぶ肌寒いとも言える気候。『秋物を出すか迷うレベルだな』ってフィルラドはエッグ婦人を抱きかかえながら言っていた。何気に婦人は抱くとあったかくて心地よいらしい。羽毛だからある意味当然……なのか?


 ちなみにポポルは普通に腹巻。いつものやつ。マルヤキとソテーとピカタがその中に入ってスヤスヤと可愛らしく寝ていた。『こいつらが入るとあったかいのは間違いないんだけど、油断すると漏らすから困る』とはポポルの談。昔に比べればやらかす機会なんてめっきり減ったけど、それでも完全じゃないから毎回びくびくしているらしい。


 ともあれそんなわけで、俺もゆたんぽ代わりにちゃっぴぃを抱っこしておく。ついでに朝飯のウィンナーを『あーん♪』してやった。子供の体温は温くてなかなかに心地よい……と思ったけれど、これっていつも通りのような気がする。


 ギルは普通に『うめえうめえ!』ってジャガイモ食ってた。今日も半裸でその見事な筋肉を周りに見せつけていたことをここに記しておく。『見てると暑苦しくなってくるな……』って通りすがりのゼクトが呟いていたので、『胸がドキドキして顔が熱くなるの間違いでは?』って言ったら、無言で割とガチめのケツビンタをされた。解せぬ。


 さて、今日の授業は俺たちの兄貴グレイベル先生と俺たちの天使ピアナ先生による悪性魔法生物学。ここ最近の傾向的に、到着した段階でヤバい魔法生物が潜んでいるか、あるいは初見殺しの何かがあるのは疑いようがない。先生に出会えることを嬉しく思いつつも、まぁそれなりに気合を入れていつもの場所へと向かう。


 『…よう、おはよう』、『なんか今日ちょっと寒いねー』っていつも通りの二人。ある意味予想通り、魔法生物学の授業なのにその対象である魔法生物がいない。ルマルマ全員、杖を出して周囲の警戒に入る。


 が、『…今日はそんなにヤバいやつじゃないぞ?』ってグレイベル先生が宣う。『…すでに目の前にいるだろ?』とも続く。ああ、これはいつぞやみたいに巧妙に隠れているパターンか、この場にいるのに見えないパターンか、あるいは見えているのに認識できないパターンか……なんて思っていたら。


 『…今日のは、こいつだ』ってグレイベル先生がピアナ先生の頭をぽんぽんした。マジかよ。


 『子供扱いするなぁーっ!』ってピアナ先生はぷんぷん。『…ちょうどいい位置にある頭が悪い』ってしれって述べるグレイベル先生。たまに思うんだけど、この二人ってマジでどんな関係なんだろうね?


 で、『もしかして鏡魔の類か何かですか?』って恐る恐る質問するアルテアちゃん。『んーん。今日は正真正銘、先生が授業対象だよ?』ってエンジェルスマイルピアナ先生。マジかよって思ったよね。


 『授業対象がピアナ先生ということは、我々は学生の本分を実行するために、色々諸々、この学術的好奇心に基づいて調査を行っていいということですよね?』って一応聞いてみる。『ロザリィちゃんが泣くから止めなよ? あと、そうでなくともえっちなのはダメですっ!』ってぺしって頭を叩かれた。もっと叩いてほしかった。


 さて、そんな冗談はともかくとして、男子一同心底残念に思いながらもどういうことかと話を聞いてみる。『んーっとねぇ……そうだね、ポポルくんでいっか』ってピアナ先生はポポルをちょいちょいと招く。


 『なんですか?』って素直に先生の前に行くポポル。『ちょっとお耳を貸して……』ってこそこそ内緒話モードのピアナ先生。いかにもそれっぽく片手を口に添え、ポポルの耳元に。


 ああ、こいつが選ばれたのは単純に身長的にそれがやりやすかったからか……って思っていたら。


 『……ふうっ!』って耳に吐息を吹き付けていた。マジかよって思った。


 『わっひゃあ!?』って真っ赤になるポポル。腰が抜けたのか、ぺたりとへたりこんだ。『な、ななな、ななな……!?』って耳を押さえ、目を白黒させてピアナ先生を見上げている。


 『ちくしょうずるいぞ!』、『てめえ、抜け駆けしやがって!』って男子の雄たけび。『えっ……先生、そっちの趣味が……!?』、『だめ、だめだよ……! それはアブナイ茨の道だよ……!』ってどこか楽しそうな女子の声。


 とりあえず俺も、ポポルにこむら返りの呪いをかけようと杖に魔力を込める。が、ここでグレイベル先生が『…ちょっと待て』ってルマルマ全員を止める。さすがに兄貴の頼みとあれば、下手をこくわけにもいかない。


 グレイベル先生、ポポルに『…立ってみろ』って告げる。が、ポポルは立てない。『え? え、あれ?』って何度も立とうと試みるも、足腰に力が入らないのか、芋虫みたいにじたばたするのみ。


 『…なんとなく、わかったか?』ってグレイベル先生はポポルの脇腹に両手を入れて抱っこ。そのままブラブラゆすってみれば、そりゃもう面白いようにポポルの下半身がブラブラ。


 『いや、ちょっとマジに力が入んねえ』とはポポル。いくら天使の不意打ちでも、さすがにこれはおかしい。最初こそ驚いて腰を抜かすかもしれないけれど、普通だったらすぐに立てるようになるはず。ましてや、喰らったのはおこちゃまポポルだというのに。


 『…今度は、よく観察してみろ』ってグレイベル先生がピアナ先生に合図を送る。『先生的には誰でもいいけど、ちゃんとかがんでくれる紳士的な人でよろしく!』とのことだったので、ルマルマの紳士代表の俺が躍り出る。


 『いつでもどうぞ』、『その意気や良し!』ってことで再度ピアナ先生がお耳ふうふうの構えに。腰をかがめつつ横目で見ていたところ、なんか喉からくちびる(?)にかけて魔力が高周波で発振というか共鳴しているっぽいのが発覚。振動が速すぎて、普通に見るだけだと振動していないように見えるレベル。


 で、ピアナ先生の匂いが近づいてくる。その綺麗なお肌がまぶしくて、麗しのお顔にくらくらして……


 『……ふうっ!』って甘い匂い。一瞬、目の前がくらりとした。


 そこからはヤバかったね。頭の先から爪先まで変な魔力がビリって走り、背中というかわき腹というか、とにかくその辺がすんげえぞくぞくしてマジで立っていられない。尻をついてなるものかと気合を入れたけど、結局ポポルみたいに無様にケツから落ちる。


 その後も立とうと試みるも、足腰に力が入らない。文字通り、全く動く気配がない。腰が砕けたって比喩表現があるけれど、マジにそんな感じ。


 『…さすがのお前も、これはやっぱりダメだったか』って俺を片手で引っ張り上げるグレイベル先生。ポポルは小脇に抱えている。思わずもたれかかっちゃったけど、やっぱあの人の体は分厚い。胸板がすごいし抱かれているときの安心感が半端ない。俺が女だったらだいぶヤバかったと思う。


 『…冗談でも何でもないことがわかったところで、今日のテーマが何かわかったか?』ってグレイベル先生はみんなに問いかける。もちろん、誰も答えなんて言えるはずがない。ややあってから、グレイベル先生は沈黙を打ち破るように言った。


 『…今日は、魔法を使う人間の雌……すなわち、魔女がテーマだ』とのこと。一瞬自分の頭がおかしくなったかと思ったよね。


 『まぁ、正確にいえば魔女じゃなくて、魔女だけが持つ能力……魔女の吐息なんだけどね』とはピアナ先生。かなり特殊な手法とは言え、魔女なら誰でも男に対してほぼ一方的な無力化手段を持つために、この授業で扱うことが決まっているのだとか。


 以下に、概要を示す。


・魔法を扱うことのできる女性を魔女と総称する。より正確にいえば、人間である以上誰でも魔法の素養は持っているが、ここでは一般的な意味での女魔法使いを魔女とし、魔法を扱わない者は除く。なお、年の若い魔女は魔女っ娘、魔法少女、魔系女子などと呼ばれることがあるが、これもまた広義での魔女であり、意味に大きな違いはない。しかし、学会では長年の間【魔法少女、あるいは魔系女子を名乗れるのは何歳までであるか】という問題が議論されており、【女はいつだって魔系女子派】と【学校を卒業、あるいは成人した段階で一律に魔女派】の二大勢力が数百年前から対立している。この問題は魔法学会における永遠に解決されない問題としてしばしば例に挙げられるほど有名であり、問題を解決した暁にはその功労者に莫大な褒賞金が与えられることが約束されている。


・魔女と魔法使いにはごく一部の例外を除き、性差以上の魔法的な違いは無い。この例外が魔女の吐息である。


・魔女の吐息とは、文字通り魔女の口から吹き付けられる吐息である。年齢に限らず、男性がこの魔女の吐息を耳元に吹き付けられると、足腰の力がまるで入らなくなる。これは魔法抵抗力に関係なく起こる事象であり、現在までにおいて、魔女の吐息を耳元に受けた男性の腰が砕けなかったケースは一件も報告されていない。


・魔女の吐息は魔女であるなら誰でも扱うことのできる技術である。やり方としては、喉からくちびるにかけて薄く魔力を纏い、(しばしば女性特有、あるいはワイングラスを割るようなと例えられる)高音の裏声を出す際に喉を震わすイメージで魔力を震わせ、その状態のまま息を耳元に吹き付けるだけである。


・魔女の吐息に抵抗する手段が無いことは前述した通りだが、耳元にさえ当たらなければ効果は表れないため、耳を手で塞ぐだけで簡単に防ぐことができる。ただし、相手によってはむしろ食らったほうがいろいろオイシイ思いができるかもしれないほか、やはり相手次第では、男はあえて魔女の吐息を喰らう気概を見せなくてはならないため、耳を塞ぐことが正解(●●)であるとは一概には言い切れないのが現状である。


・魔物は敵。慈悲は無い。


・でも女の子が勇気を出したのなら、それに応えてあげるのが男の子だって先生は思うの。


・あと、女の子にそんなことさせた時点で男の子としてはアレだから、素直に食らっておきなよ?


・女は怖い。下手しなくても魔物より怖い。お前たちは上手くやれよ。



 ノートを取っている最中にも、なんか先生たちからいろんな思いが伝わってきてなんともコメントに困る感じ。ピアナ先生はピアナ先生で女子たちに何やら熱心に教えていたし、俺たちの兄貴グレイベル先生は『…いや……マジで怖いから、本当に気をつけろ。上手くやれ、絶対に油断するな』って言うばかり。先生たちの過去にいったい何があったのだろうか?


 メモを取り終えた後は実践タイム。先生たちが言っていた通り、女子たちは簡単に魔女の吐息を扱うことができていた。『んー……裏声を出すようなイメージかな?』とはロザリィちゃん。技術的に難しいことはなくて、慣れれば簡単に使うことができるらしい。


 『ホントにこんなのでいけるのか……?』ってアルテアちゃんがフィルラドの耳元に『ふうっ!』ってやった。『おっひょぉ!?』ってフィルラドの足腰がガクガク。『ええ……』ってアルテアちゃんがドン引きするレベルでしりもちをついて、『あっ……これやっべ……マジやっべ……』ってじたばたしていた。


 ミーシャちゃんもギルによじ登り、その耳元に『ふうっ!』ってやってた。『うおぁっ!?』ってあのギルの巨体が地面に。『……こいつは本物なの!』ってミーシャちゃんはご満悦。もしかしたら、一番教えちゃいけない娘に危険なおもちゃを教えてしまったかもしれない。


 ジオルドやクーラスも女子の実験体にされまくっていた。『あひんっ!』、『ひゃんっ!』って悲鳴が響くたびに、『あっは……! クセになりそう……!』、『なんだろこれ……ゾクゾクする……!』、『こんなので、なぁんにもできなくなっちゃうんだ……!』ってヤバい顔して女子が笑う。開けちゃいけない扉を開いているのだろう。彼女らの顔、明らかに授業中にクラスメイトに向けるそれではなかった。


 地を這う芋虫が増えてきたところで俺が復活。魔女の吐息の効果はそこまで長続きするものじゃないらしい。『…とはいえ食らったら無防備だし、十分に致命的となり得るくらいには長いだろ?』ってグレイベル先生がどこか遠くを見ながらつぶやく。


 たしかに、日常ならすぐと言える時間でも、戦闘中に食らったら確実に死ぬ。それに、日常の中であっても何かされるには十分すぎるくらいの時間ではある。俺だったら新しいクッキーのレシピをノートに丸々写すのもわけないレベル。それに、魔女の吐息が切れる前にロープでぐるぐるにしたり、魔法的にガチガチに拘束してしまえば良いわけだし。


 そうそう、『復活したなら、相手よろしくね?』ってロザリィちゃんがやってきた。耳元に顔を寄せてきた段階で、もうなんか良い匂いがするし髪がくすぐったいしでクラクラ。しかも、『……してほしいんだぁ?』って囁いてくるし、『……どうしてほしいのか、言ってごらん?』ってちろりと耳を舐めてくるし……。


 ヤバい、今思い出しただけでも心臓破裂しそう。生きてる俺すごい。


 もちろん、『ふうっ!』ってやられた瞬間に俺の腰はぶっ壊れた。でも正直、それが魔女の吐息によるものなのか、ロザリィちゃんの妖しい魅力によるものなのかはわからない。


 『……こんな無防備な姿を晒すってことは、何されちゃっても文句言えないってことだよねえ?』ってマウントポジションを取るロザリィちゃん。足腰は動かないし、マウントされているから上半身も使えないし、マジに魔女の吐息の恐ろしさってのがわかった気がしたよ。


 ああ、哀れな俺はこれからどんな酷いことをロザリィちゃんにされてしまうんだ……と思っていたら、ロザリィちゃんってば俺の胸に顔をうずめて無言ですーはーすーはーくんかくんかしまくってきた。くすぐったい。いやん。


 『盛るなら他所でやれ』ってアルテアちゃんに引き離されたのが本当に残念でならない。


 ともあれこんな感じで授業は終了。最後に参考として、『魔女の吐息みたいに、男から女に対するアプローチは無いんですか?』と聞いてみたところ、『…公式にはないことになってるな』って意味深な答えが。前なんかの授業でもあったけど、魔系の業界って闇が深すぎやしないだろうか。


 ただ、意外なことに、『…これから先は、俺の独り言だ』ってグレイベル先生が明後日の方向を見ながら告げる。『…それ(●●)が使える状況なら、もうそれ(●●)を使う必要は無くなってるな』とのこと。


 ロザリィちゃん、アルテアちゃん、あとピアナ先生と一部の女子の顔がすっごく赤くなっていたけれど……アレか? 例の【純潔のアルケニー】シリーズってやつの話か?


 『…下手に色々試されても困るし、大人になれば自ずとわかるから』ってグレイベル先生は言っていたけれども。機会があったらロザリィちゃん……は無理そうだから、ミニリカにでも聞いてみよう。年寄りの知恵袋なら問題ないだろう。


 夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、『授業の復習だから!』って湯上り女子がジオルドとクーラスに魔女の吐息を使っていたんだけど(二人とも大変幸せそうだったことを記しておく)、それを見たちゃっぴぃが『きゅーっ♪』っていろんな奴に魔女の吐息をやりだして大変なことになった。


 よく考えてみればちゃっぴぃも広義での魔女だろう。しかも夢魔だ。元々難しい技術じゃないって話だし、この手のことに強くないわけがない。そしてお子様故に一切の遠慮が無い。ヤバい。


 最終的に、面白がったちゃっぴぃによりルマルマ男子の大半が腰砕けにされた。自分たちは平気でやったくせに、『子供相手にそんな醜態晒すとか……』って冷たい目で見てくる女子が本当によくわからん。あ、ちゃっぴぃはロザリィちゃんが『めっ!』ってしてたよ。


 ギルは今日もスヤスヤと大きなイビキをかいている。ちゃっぴぃの被害を免れた数少ない人間として、ギルが腰砕け男子を運んでくれて助かった。こいつがいなければルマルマ男子のほとんどがクラスルームで雑魚寝する羽目になっていただろう。肌寒い今日にそれをやったらぽんぽん冷やしかねなかったっていう。


 ギルの鼻には……悪魔の慈悲でも詰めておこう。おやすみ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 一瞬グレイベル先生がとち狂ったかと思った僕は悪くない というか過去あの2人に何されたんですか? 本命:ギルが何か怖い 対抗:朝方に悪魔の叫び声 大穴:異常魔力物質
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ