184日目 恋のクスリ
184日目
ドアノブがぬるぬるしていて開けられない……石鹸か、これ!
ギルを起こして食堂へ。休日故にやっぱり眠りこけている奴が多い……と思ったんだけど、なんだか今日は妙に人が多かった。書くまでもなくその大半は女子。
これはまた女子だけに休日限定メニューの告知があったなって思ったものの、『今日は普通のデザートしかないよ?』っておばちゃんに言われてしまう。『僕のこの素敵な笑顔を前にしてもですか?』って微笑むも、『初めて会った頃だったら、通じていたかもしれないね』って肩ポンされた。どういう意味だろうか。
朝食にはポーチドエッグをチョイス。当然の如くマフィンもつけてエッグベネディクトにしてみた。さすがはおばちゃんというべきか、卵は半熟トロトロで形も崩れてなくて美しい。基本的に茹でるだけでしかない料理だからこそ、実力が如実に表れるのだとおもう。
個人的に、ポーチドエッグがまともに作れない奴は料理人として三流だと思う。火加減はすべての料理の神髄だしね。
俺のお膝の上のちゃっぴぃも『きゅーっ♪』って嬉しそうにエッグベネディクトを食っていた。ただ、齧りついた瞬間に半熟の黄身をちゅるちゅると吸い尽くされたのが未だに解せぬ。無駄に器用なことしやがって。おかげで酷く味気のないエッグベネディクトを食べる羽目になったっていう。
あんま関係ないけど、ミーシャちゃんがグッドビールに海藻サラダを食わせていた。『毛根を鍛えて少しでも抜け毛を減らすの』とのこと。グッドビールは『へっへっへっへ!』って美味そうに食っていた。野菜嫌いのポポルに見習わせたい……いや、あいつは海藻サラダだけはちゃんと食べてるか。フサフサの祝福があることを心から願う。
ギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。ミーシャちゃんが異物混入した海藻サラダも気づかずに食っていた。ミーシャちゃんは毛根が弱い人は好みじゃないらしい。俺も気を付けておこうっと。
さて、朝餉を終えて一息をついていたところ、妙な違和感に気づく。いつもならそれなりにさっさといなくなるはずの女子が全然食堂を後にしない。なんかティキータの方で固まって、真剣に外を見ている。
なんか面白いものでもあるのかな……と思いつつ俺も外を見てみる。しばらくしたところ、日課(?)のお散歩をするシキラ先生が通りかかった。『来たぞ、奴だッ!』、『ひっ捕らえろ!』、『多少ケガさせてもいい!』って物騒な声。女子マジ怖い。
さすがのシキラ先生も、まさか休日の散歩中に女子にいきなり背後から襲われるとは思ってもいなかったのだろう。『うおぁっ!?』って意外にも悲鳴を上げ、何重もの拘束魔法でぐるぐるに。魔法の相性的に考えて時間稼ぎにしかならないことはわかっているのか、そこにライラちゃんがさっと近づいた。
『先生、失礼しますね!』ってちょう笑顔。シキラ先生のローブをぺろりとめくり、その体をまさぐりだした。マジかよ。
『──あったっ!』ってライラちゃんが小さな小瓶を掲げる。中には黄金色の液体。『なんだよ、体目当てかとドキドキしたのに』ってシキラ先生の煽り(?)も華麗にスルー。『女子学生からのプレゼントってプライスレスらしいので、交換ということで』ってキャンディ&クッキーセットを無理やり押し付け、そして女子の中に帰還した。
どうやら女子たち……とりわけライラちゃんは、シキラ先生が持っていた黄金色の液体がどうしても欲しかったらしい。『これで材料がそろった……!』って嬉しそうな顔。女子のみんなも、なんかやたらと興奮していたのを覚えている。
そのままライラちゃんはその場で薬の調合に入る。『なーんか面白そうなことやってるなァ……』ってシキラ先生も観戦モード。俺もちゃっぴぃを肩車して観戦。
今思えば、ここでいろいろ違和感に気づいておくべきだったのかもしれない。
大した時間もかからず、ライラちゃんが『できたっ!』って声を上げる。片手に持っている本と手元のそれを何度も見返して、満足そうにうなずいていた。
察するに、ライラちゃんは何らかの薬を元々調合して持っていたらしい。ただ、完成のためにはあと一つ材料が必要で、それこそがシキラ先生の持っていた黄金色の液体だったのだろう。
ライラちゃんが持っていたのは、ピンクなのに金色に輝いているという不思議な液体。どこかで嗅いだことのあるような、なんとなく甘い匂い。キラキラ輝いているから魔法薬って思えたけれども、逆にそれが無ければ新手のジュースだと思えるくらいにはまともそうな逸品。
『じゃ、約束通り……』ってライラちゃんはその半分をロザリィちゃんへ渡す。マジかよって思ったよね。
『それ何なの?』って聞いてみる。ロザリィちゃん、にこって笑い、『あーっ! いけない、ジュースと間違って飲んじゃったぁ!』ってそれをぐいっと呷った。見ていてほれぼれとする飲みっぷり。さすがはロザリィちゃんだ。
しかも、飲んだ直後になんかやたらと目がとろんとしてきだした。ほっぺも真っ赤っか。息が荒くて、ちょっぴり汗ばんでいて……まぁ、ものすごく色っぽい感じであった。
そんなロザリィちゃんは、もう我慢できないとばかりに俺の顔をがしっと掴む。そして妖しく微笑み、『しょうがないよね……薬のせいなら、しょうがないよね……?』って……
──とんでもなく情熱的なキスをしてきた。わーぉ。
もうね、マジでね、頭の先から足の先までヤバい魔力が走ったんじゃねって思えるくらい。愛情もたっぷりだったけれど、それ以上に情熱というか、昂る何かが伝わってきて胸のドキドキが半端なかった。幸せすぎて目の前が真っ白になって、ただただ、ロザリィちゃんに抱きしめられていることが心地よくて……。
ああもう、俺の稚拙な文章じゃあの幸せを表現することができない。ともかく、めちゃくちゃすごかったってことだけ伝わってほしい。
さて、俺たちがイチャイチャしているのを見て、ライラちゃんも覚悟(?)が決まったらしい。『ゼクト、ちょっと!』ってゼクトに声をかけた。『私は……その、飲んでもらうほうが、いいかな?』ってはにかみながらゼクトにそれを見せつける。
さすがのゼクトも、ライラちゃんが作ったそれが何なのかは察していたのだろう。『……一度こういうのやると、なんかどんどん深みに入りそうでヤバい。あと、何気にライラがこういうことするってこと自体がショックで、受け入れちゃう自分にもショックだ』……なんて言いつつも、満面の笑みを浮かべるライラちゃんからそれを受け取り、ぐいっと飲み干した。
ああ、なんだかんだで俺とロザリィちゃんはゼクトとライラちゃんがイチャつくための駒でしかなかった……って、そう思っていた。なのに。
それはもう、思い出すのも無惨で悲惨な出来事が起きてしまった。
『……なんとも、ないんだけど?』ってケロっとしているゼクト。『……えっ?』って呆然とするライラちゃん。
『えっ……冗談でしょ?』って涙目ですがるライラちゃん。『いや、ちょっとマジになんともないんだ……』って困惑するゼクト。
『ロザリィのほうは効いてたし、薬自体はちゃんと作れてるはずよね……?』って訝しむオーディエンス女子。『あれってその……だいぶヤバめの惚れ薬だよね?』って確かめるオーディエンス女子。『それなのに効かないって……あっ』って何かを察してしまったオーディエンス女子。
『うそ……っ! ぜったいうそ……っ!』ってライラちゃんはポロポロと泣き出した。『待て! うそなわけあるか! 俺のお前への気持ちは本当だぞ!』、『ってことはやっぱり私なんてどうでもいいってことじゃん……!』、『ちくしょう、ややこしいなこれ!』って修羅場が発生。
これだけで終わることができれば、どれだけ幸せだっただろうか。
ゼクトのやつさ、泣きじゃくるライラちゃんと、そんなライラちゃんの傍に立ち、冷たいまなざしで串刺しにしてくる女子に耐えきれなかったんだろう。『おい! お前らなら俺がどれだけ普段ライラのことを愛しているって語っているか知ってるよな!?』って男子の方を見ちゃったんだよね。
次の瞬間、『──うっ!』ってゼクトは心臓を押さえた。なんか息が荒くなり、頬も上気して赤くなっている。目元が潤み、そして一点を見つめていた。
その視線の先には──いつも通り、ポージングを決めるギル。まぁ、男子の中じゃ物理的に一番目立つから、真っ先に目に入ったのだろう。
ゼクトのやつ、堪えきれないとばかりにギルのもとへと走り出す。もう、だれも止めることができなかった。
『好きです! あなたのその肉体美! 付き合ってください!』って食堂にゼクトの大きな声がこだました。『嫌って言っても、振り向かせて見せる!』ってゼクトはギルを情熱的に抱きしめた。ライラちゃん、完璧に打ちひしがれていた。
ギルのやつ、『もうちょっとウェイトがないと筋トレには使えないな……』ってゼクトをぶら下げたままスクワット。あいつすげえ。
『うそ……! そっちの趣味だったの……!? わ、私のこと、遊びだったの……!?』って、もはやライラちゃんは涙さえ出ていなかった。『やだ、やだよぅ……! せめて、友達ではいてよぅ……!』ってゼクトのローブを引っ張るも、ゼクトはそんなのガン無視し、『キミの肉体……本当にステキだ……!』、『ああ、俺の心は君に奪われたんだ。君のその肉体美が、俺の心を焼き尽くすんだ……!』ってギルに甘い言葉を囁きまくる。
いや、冗談っぽく書いているけれど、冗談に思えないくらいにマジだったからね、あいつ。最初はちょっと笑っていた男子も、すぐになんか恐ろしいものを見るかのようにゼクトを見ていたし、かける言葉が見つからないというか、どうしていいかわからなくて結局見ているだけしかできないって感じになってたよ。
男子も女子も、あまりの事態に何もできない。ライラちゃんは泣いているのか笑っているのかわからない状態でゼクトにすがり、ゼクトはひたすらにギルに情熱的な愛の言葉を囁きまくる。俺とロザリィちゃんはイチャイチャ。
そんな中──ただ一つの、笑い声。
『最っ高! お前ら本当に最っ高! マジで面白いもの見せてもらったぜ!』ってシキラ先生が腹を抱えてゲラゲラゲラゲラ笑っていた。そりゃもうおかしくておかしくてたまらないとばかりに、心の底から笑っていた。
その瞬間に、その場にいた全員が察した。ライラちゃんも察した。というか、察しないほうがおかしい。『先生! なにやったの!?』ってすごい剣幕でシキラ先生に詰め寄った。
が、シキラ先生はゲラゲラ笑ったまま、『人聞きが悪いこと言うなあ? 俺が一体何をやったってんだ?』ってライラちゃんを煽る。『たまたま散歩していた俺を襲ったのはお前たちだ。たまたま俺が持っていた材料を奪ったのもお前たちだ。薬の調合をしたのもお前たちで、薬を飲ませたのも、飲んだのもお前たちだ。どこに俺が介入する余地があったってんだ?』ってひぃひぃ笑いながら煽りまくっていた。
もちろん、それでライラちゃん……ひいては女子たちが納得するはずがない。『うるさい、絶対何かやったでしょ!』、『アンタには人の心がないのかッ!』ってシキラ先生に杖を突き付ける。『おお、怖い怖い……!』ってシキラ先生はそれでなおゲラゲラ笑っていたけれども。
『いや、マジに今回は俺は何もやってないぜ? そこだけは杖に誓おう』ってシキラ先生は杖を掲げる。この人に誓いとか意味あるのかって誰もが思ったけれども、まぁそこは言葉にしない。
『じゃあ、まったくもって今のこの状況に関りはないんですね?』ってクレバーな俺が聞いてみる。『薬そのものには手を出してない。これは間違いない。材料だってきちんとしたものだ。これも保証しよう。ロザリィが飲んだ薬もゼクトが飲んだ薬も全く同一のもので、そしてレシピ通り、きちんと効果が発揮されている』と、シキラ先生は真面目腐って答える。
もちろん、これで終わりじゃなかった。
『俺がやったのは、せいぜい……』って、シキラ先生はライラちゃんが持っていた本を手に取った。ここでようやく、その背表紙……その本のタイトルが目に入る。
『なぜか消されていた一文を、ついうっかりそのままにしていただけだな!』ってシキラ先生は笑いながらあるページの一文を指す。そこに書いてあったのは、【ナエカのアブナイ使用法:惚れ薬】について。
より詳しく言うならば、惚れ薬(同性限定)についての記載。なぜか、「同性限定」のところだけ掠れて(おそらく古びて?)読めなくなっている。
うん、その本のタイトル、【びっくりドッキリ調合大百科~コケウスの逆襲・発火してでも奪い取る~】ってやつね。いつぞや俺がステラ先生からもらった本と同じやつ。俺がそれに気づけたのも、以前読んだことがあったからに他ならない。
『いやぁ、先週お前がこの本を……このページを読んでいるところを見た時に心が震えた! この本を借りる瞬間を見たときは、笑いをこらえるので大変だった!』ってシキラ先生は種明かしをしていく。
『ナエカという一般的な材料をメインにして作れる特殊な作用を持つ惚れ薬……特殊な材料も少し使うが、その筆頭である夢魔の体液はここなら上物がいくらでも手に入る。学生じゃ手に入りにくい黄金鏡魔の涙も、材料学を受け持つ俺なら手に入れられる。あとは俺が持っているという噂を流し、それとなくちらつかせるだけでいい』ってシキラ先生はさらに続けていく。
『物がそろっているならば、お前たちなら間違いなく作ろうとする。どんな手段を用いても、それを手に入れようとする。……期待に応えてくれてありがとよ!』ってシキラ先生はにっこり。
ライラちゃんがあの本を読んでいるのを見た瞬間から、シキラ先生はここまでの未来が読めたのだろう。女子たちは文字通り、シキラ先生の思惑通りの行動をしてしまっていたというわけだ。
なお、以前も同様のケースがあったらしい。『そいつらの名誉のために詳細は伏せるが、今よりヤバい感じだったんだぜ?』とのこと。事が終わった後、二度と悲劇を繰り返さないでほしい、でも何かあったら道連れにしたいという怨念染みた思いにより、【掠れた文章はそのままに、本棚の奥深くに封印する】という処置がとられたそうな。
ゼクトとのマンネリの打開策を求めていたライラちゃんは、たまたまそれを見つけてしまったのだろう。本を見つけてしまったこともそうだし、よりにもよってその瞬間をシキラ先生に見られてしまっていたとか、本当に不憫だと思う。
そうそう、『同性限定の惚れ薬なら、どうしてロザリィには普通に効いているんですか?』って誰かがシキラ先生に質問してた。『あれは惚れ薬じゃなくて、素だぞ』って何事もないように告げるシキラ先生。熱に浮かれたように俺にイチャつくロザリィちゃんが、一瞬固まった。
『あらゆる意味で禁薬以上にヤバい媚薬要素で満ちている奴が、この程度の媚薬でどうにかなるわけねーだろ!』ってシキラ先生はゲラゲラ笑っていた。先生の言葉とはとても思えないっていう。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。一応書いておくけれども、女子全員に脅されたシキラ先生が破壊魔法を使ったことにより、ゼクトの中の薬効成分はすべて破壊、ゼクトは正気に戻されていた。
が、ゼクトもライラちゃんもダメージはだいぶデカめ。ロザリィちゃんも真っ赤になって固まって動かない。表情を見られたくないとばかりに俺の胸に顔をうずめ、ずっとすーはーすーはーくんかくんかしていたっけ。
ふう。なんか妙に長くなった。明日は授業だし、なんか中途半端感が強いけど今日はここまでにしておこう。
ゼクトに熱烈な愛の告白を受けたギルは今日もスヤスヤと大きなイビキをかいている。こいつは逆に、もっとミーシャちゃんにサービスしてあげたほうが良いと思わなくもない。それこそ惚れ薬でも飲んで……いや、こいつに効くはずがないか。
まぁいい。せっかくだし試してみよう。お誂え向きに、あのとき密かにちょろまかしてきた分がある。こいつを鼻に垂らせば意外といい効果が出るかもしれない。グッナイ。
※燃えるごみは愛の炎に燃え上がる。魔法廃棄物は独り身。
【参考】
魔系学生の日記 37日目 せくしー☆ギル
魔系学生の日記 64日目 まどろみのキミ
など。