183日目 女子風呂掃除
183日目
ギルの笑顔がうさんくさい。それだけ。
ギルを起こして食堂へ。今日もギルは満面の爽やか笑顔……のはずなんだけど、なんだか妙にそれが胡散臭い。いや、ぱっと見はいつも通りのはずなのに、パレッタちゃんからは『怪しいガラクタの露天商やってそう』、アルテアちゃんからは『ちょっと女として恐怖を覚える』、ミーシャちゃんからは『普段からこの笑顔だったら絶対に好きにならなかったの』ってコメントされていた。
一方でギルは『笑顔よりも筋肉を見てくれよ!』って元気にポージング。笑顔は胡散臭くても、筋肉はいつだって裏切らない。偉大な彫刻よりもさらに価値のある肉体が今日もまぶしい。あのカラダ、いったいどれだけの値段がつくのだろうか。
そんなわけで起きている男子でギルの体のオークションごっこをする。俺が『金貨一袋分だな』って言ったら、ティキータのゼクトは『銀貨五袋分で!』ってコメント。ひねくれもののラフォイドルは『銅貨百箱でいいだろ。筋トレになるんじゃね』って言っていた。
ジオルドやクーラスもおおむね金貨で競り落とそうとしていたけれども、最終的にギルが選んだのはラフォイドル。『その銅貨の箱の中にみんなの金貨を入れれば一番筋トレになる。あと、秘蔵のジャガイモ保管庫にアレンジできるし』って言っていた。もしかしなくとも、金じゃなくてジャガイモをかけたほうが競り落とせたかもしれない。
朝食は朝からがっつりおっきいピザを食す。ベーコンとかサラミとかがたっぷり乗った至高の一品ね。当然一人では食べきれないのでルマルマ男子とティキータ男子で分けることにした。
しかもしかも、寛大なる俺はオークションでの健闘を讃えてラフォイドルまで誘っちゃうって言うね。あの野郎、せっかくジオルドがポポル用に切り分けた野菜少なめ肉マシマシのをかっさらってすぐ逃げたけど。ポポルのやつ、『ぜってぇ許さねえ』って激おこだったよ。
ギルは普通にジャガイモを『うめえうめえ!』って食ってた。燃費が良いのは良いことだと思う。
残念なことに、ロザリィちゃんとは朝餉を一緒にできず。なんかロザリィちゃん……というか女子のみんなが固まって仲良くお話していたんだよね。何を話しているのか気になったんだけど、目が合った瞬間にウィンクで心臓を撃ち抜かれて撃退されたっていう。
さて、そんな感じで今日は何をしようかな……と食堂で黄昏ていたところ、掃除道具を持って歩くグレイベル先生を発見。朝から大変だなと思っていたら目が合った。
『…暇だよな?』って詰め寄られた。逃げられない。
別にグレイベル先生の頼みなら何でもいいけれど、なんか今日に限って言えば目が据わっている。『…一人でも道連れが欲しくてな』とか言われた。怖い。
で、話を聞いてみる。『…風呂の排水溝が詰まったって連絡があってな』とのこと。なんでも今日の朝早くにそんな連絡が職員室の方に入って、そのまま『じゃあ若手の力がある人で』ってことでグレイベル先生に丸投げされたらしい。『…若手の宿命だな』ってグレイベル先生はちょっとしょんぼりしていた。
ともあれ、風呂の掃除くらいならなんてことない。そんなのマデラさんの宿屋で毎日やっていた。ここは一つ、デキる宿屋のおにーさんとしてバリバリ活躍しちゃおう……って思っていたら。
『…詰まったの、女子風呂なんだよなぁ』って言われた。マジかよ。
『掃除とはいえ女の子のお風呂に男子が入るとかありえないんですけど!』ってなぜか俺に容赦ないケツビンタが。『ロザリィみたいに脱衣所ですーはーすーはくんかくんかしそう』って謂れなき誹謗も。流れ弾食らって真っ赤になるロザリィちゃんがとってもかわいかったです。
『…こうなるから、道連れが欲しかったんだ』とはグレイベル先生。『でも、任されたってことは信頼されているってことでは?』というシャンテちゃんの問いに、『…何かあったら全部俺の責任になるからな。…どうだ、面白そうだろう?』って疲れたように答える。誰がグレイベル先生に仕事を振ったか誰もが理解した瞬間であった。
ちなみに、ピアナ先生は逃げたらしい。『私、掃除道具用意する人。先輩、掃除する人。役割分担完璧ですね!』って言ってちょう笑顔でステラ先生とお出かけしに行ったそうな。
ともあれ掃除道具を片手にグレイベル先生(と監視の女子たち)と共に女子風呂へと赴く。まずは女子たちが入念に中を検め、男子が入っても大丈夫だという確認が取れてから通されることになった。
……何人かの女子が慌てて何かをローブの中に隠していたけれど、何か忘れものでもしていたのだろうか?
通されたそこは、まぁ普通に脱衣所だった。男子のそれと造り自体は変わらない。ただ、やたらと鏡台が多いってのと、アルテアスペシャル美容液を始めとした美容品や櫛といったこまごまとした備品がいっぱい。共用の備品、明らかに男子のよりも豊富だったのが未だに解せぬ。
あと、なんか微妙に女の子の匂いが充満していた気がする。これについてはまぁ、宿屋の女風呂と同じか。
で、肝心の風呂場のほうがヤバかった。
うん、監視に来ていた女子が『うっ……!』って声を漏らすレベル。排水溝が詰まっていて、なんか濁った水があたり一面に張っている。ホントなら普通に排水されているはずなのに。
『…こりゃひどいな』ってグレイベル先生も呟く。『昨日はこんなじゃなかったもん! ホントだもん!』、『今まで一回もこんなことなったことなかったし!』って女子たちは次々に弁明。ルマルマもティキータもバルトもアエルノも、自分たちの寮に罪はないと声高に叫んでいた。
とりあえずグレイベル先生と共にパンイチになって突入。ズボンを脱いだ瞬間、グレイベル先生の時は『きゃ……っ!』って黄色い声が上がったのに、俺の時は『ひっ……!』って怯える声が上がったのが納得いかない。マジで女子は俺のことを何だと思っているのだろうか。
ともあれ排水溝の金網を取り外し、棒を突っ込んでみる。ゴボゴボ音がするけど詰まりの解消はならず。手応え的に、なんかけっこうもったりとして重たいものが引っ掛かってる感じ。
『…めんどくせえパターンか?』、『この手のトラブルで面倒くさくないことがありました?』ってプロっぽく話す俺と先生。マジカッコいい。
棒じゃ埒があかないのがわかったので、腕を突っ込んでみる。手首くらいまで突っ込んだところでなんかぬめぬめもったりしたものが指に絡みつくのが分かった。
引き上げてみる。長い毛。赤いのも茶色いのも黒いのも金色のもある。ちょっと悲鳴を上げそうになったのは内緒だ。
『マジマジとみるなあ!』って脱衣所から叫ぶ女子。『じゃあ代わってくれる?』って毛の絡んだ手を掲げて近づけば、『ひぇっ』ってみんなが息をのんで逃げ出した。
元はといえば自分たちの物なのに、本当に理不尽だと思う。
いや、そりゃあ俺だって……まぁ、男子にそういうのを見られるのが恥ずかしいってことくらいは理解できる。特にこれは結構デリケートなアレだ。
だけれども、男子にやらせるのは恥ずかしいのに、かといって自分たちじゃやりたくないってのは……マデラさんの宿じゃ通じない理屈だ。まぁ、ここはマデラさんの宿じゃないからいいんだけどさ。
ともあれそんな感じで排水溝に腕を突っ込んで毛を引っ張り出していく。あの特有のぬめぬめ感ともったり感はどうも好きになれない。あと、掻きだす度に底の方(?)から妙な匂いの泡が出てくるのも頂けない。
で、そんな感じで作業を進めていたところ、肘くらいまで腕を突っ込めるようになったところで手ごたえが変わる。それまではいろんな色、いろんな毛質、いろんな長さのそれが満遍なく出てきたのに、なんか出てくるのが全く同じになり始めた。
赤くて、女の子の髪にしては短めで、そして水にぬれてぼそぼそとしている。
そんな毛が、俺の全力つかみ取りフルパワー四回分も出てきた。マジかよ。
『…なんだ、これ?』って不思議がるグレイベル先生。『あれ、どこかで見たことあるような……?』って首をひねる女子。
『みゅっ……!』って息をのむミーシャちゃん。『へっへっへっへっ!』ってアホみたいに舌を出して女子たちの足元をうろちょろしているグッドビール。そこには抜けたばかりの赤い毛が落ちていた。
『じ、実は日の出前くらいにお外にお散歩して……そのあと、朝風呂したの……』って観念したようにミーシャちゃんが語りだす。どうも、元気のあり余ったグッドビールに叩き起こされ、朝から散歩する羽目になったらしい。
で、帰宅後に朝風呂して、そこでグッドビールを洗ってあげていたところ、排水溝が詰まったっぽい。
『で、でもわざとじゃなかったの! ちゃんと自分で通報したの! そこだけはほめて!』って懇願してきた。匿名で通報したのは、グッドビールの毛じゃなく女子たちの髪の毛が原因であることに賭けたかららしい。たしかに俺が掃除係じゃなきゃワンチャンあったかもしれない。
ただまぁ、俺もグレイベル先生も見解は一致していた。『…今回のはあくまで止めを刺しただけで、元から詰まり気味だったんだろうな』、『グッドビールの毛以外もあれだけ詰まってましたしね』、『…ま、ここ数日でこいつが使うようになった分、余計に早まったのも事実だろう』って淡々と告げる。
ついでに掻き出した悍ましき髪の塊をずいっと突き付けたら、『……なんか、いろいろごめん』、『掃除してくれて、ありがとね……』って女子たちに肩ポンされた。わかってくれて何よりである。
なんだかんだでその後は女子が掃除を代わってくれた。一番ヤバいグッドビールの毛詰まりが解消されたため、あとは普通に床を綺麗にするだけだったんだよね。
惜しむらくは、そのメンツ……というか俺の監視にアルテアちゃんがいなかったことだろうか。アルテアちゃんなら、風呂掃除はかなりのスキルがあるのに。仕上がりが甘いところが多すぎてすげえ気になったっていう。
最終的に、排水溝についてはヴィヴィディナがすべてを喰らうべく飛び込んでくれたため、完全にきれいになったと思われる。さすがに奥から金の目玉がぱちぱちしている穴に腕を突っ込む勇気はない。それがヴィヴィディナだというなら、なおさら。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、湯上りほかほかロザリィちゃんに『今日はおつかれ!』ってほっぺにキスされた。ついでに、『いろいろ恥ずかしいから……全部忘れるおまじない、ね?』ってくちびるにもキスされた。うっひょう。
ちなみに今日の一件は興味津々な男子にもいろいろ聞かれたんだけど、排水溝に腕を突っ込む件をなるべく丁寧に、臨場感あふれるように説明したところで『ごめん、俺が悪かった』って謝られたため、そういうことになった。意気地なしどもめ。
パレッタちゃんにだけは、『吸収魔法を使えばそんなことしなくてもよかったんじゃないの?』って聞かれた。ので、『魔法越しに伝わるし、吸収魔法だから少なからず取り込む感覚がある』って答えたところ、『パパも大変なんだね』って背中のだいぶケツよりを優しく叩かれた。いやん。
大したことしていないのにだいぶ長くなった。今日はこの辺にしておこう。
ギルは今日もスヤスヤと胡散臭い笑みを浮かべながら大きなイビキをかいている。今日はシンプルに石鹸の欠片でも詰めておくか。おやすみなさい。