18日目 危険魔法生物学:ヴァフィールの生態について
18日目
……ギルが色っぽい? あと、この微妙に生臭い香りは何だ?
ギルを起こして食堂に行ったところ、男子の全員がぎょっとした様子でこっちを見てきた。『なんだ……これ……?』とジオルドも不思議そうにしていたし、『俺の頭おかしくなったかな?』とフィルラドも首をかしげる。クーラスも『ここまで拗らせたつもりはないんだけど』ってコメントしていた。
逆に女子はみんなさっと顔を背けていた。アルテアちゃんが『耐えがたいほど生臭い』と鼻をつまみ、パレッタちゃんが『とりあえずヴィヴィディナに捧げるべし』ってヴィヴィディナで顔を覆い、ロザリィちゃんが『うぇぇ……』って俺の胸に頭をぐしぐし押し付けてきた。最高かよ。
ミーシャちゃん? 『男相手に妙な色気出してんじゃないの!』っておかんむりだったよ。『変なにおいを出すのもやめるの!』って秘蔵の香水をこれでもかとぶっかけ、クレイジーリボンで奴の全身を磨き上げていた。
その結果、ギルの筋肉はさらなるテカりを持ちわせることに。『この光沢……やるっきゃねえ!』って奴がマッスルポーズを取った瞬間、色気と生臭さが爆発。女子全員が蒼い顔をし、男子全員が真っ赤になって顔を背けた。
……一応書いておくけど、俺はロザリィちゃんとステラ先生一筋だ。ギルの体にはなんの興味ももてなかったし、見慣れているものでもある。ちょっと顔が赤くなってしまったのは、ロザリィちゃんに抱き付かれていたからってだけだ。ホントだからね?
さて、今日の授業は兄貴グレイベル先生と天使ピアナ先生の危険魔法生物学。すでにギルと言う危険生物が近くにいる中、『…今日は少しはマシなやつだろう』ってグレイベル先生が首根っこ引っ掴んでもってきたのは、一見普通な可愛いにゃんこ。ヴァフィールって呼ばれる魔物らしい。
当然のごとく、こいつもヤバそげな特徴があるとのこと。以下にその概要を示す。
・ヴァフィールは普通の猫に紛れて暮らす魔物である。その最大の特徴として、人や動物の鳴き声を驚くべき精度で真似ることが知られている。意外と人懐こく、割とすぐにデレる。
・ヴァフィールの声真似に本人だと思って返事をすると呪われる。その時発したヴァフィールの声によって細部は異なるものの、幻覚作用および体の支配権を乗っ取られる呪であることが多い。デレた相手には好意の裏返しとしてエグい呪をかけることもある。
・呪われた本人がヴァフィールのヒゲをひっこぬくことで、ヴァフィールの呪を解除することができる。しかし、幻覚作用によりヴァフィールが見えなくなるため、この作業は困難を極めることが多い。なお、この幻覚作用は場合によってかなり幅があり、大抵は術者であるヴァフィールが見えなくなるだけのものが多いものの、中には悪夢に紛れ込んだかのような幻覚を見せられる場合もあることが報告されている。デレた相手だと殊更にからかってくることが知られている。
・ヴァフィールのあくびに触れると幻覚作用により物事に対する好感度が反転する。最愛の恋人は親の仇のように殺したくなり、親の仇は愛すべき恋人のように感じるようになる。また、声真似による幻覚作用中にヴァフィールのあくびを受けると生死観念が反転し、生きるための行動は死につながると感じるようになり、死んでしまう行動をしないと生きられないと錯覚するようになる。デレた相手にはあくびするふりをしてからかうことが知られている。
・ヴァフィールの呪は強力ではあるものの、『手袋を左右逆につける』、『靴や靴下を左右逆に履く』。『シャツを後ろ前に着る』といった【衣服や装飾品を逆に着用する】ことで声真似、あくびといった全ての作用を跳ね返すことが出来る。デレた相手が逆装備でガチガチに固めているのを見ると、拗ねてむくれて涙を流すのが確認されている。
とにもかくにも、その幻覚作用がヤバいらしい。ほぼノーモーション&攻撃的な動作でもないものだから、油断していると意外とあっさり呪われてしまうそうな。
ただし、『…それ以外は普通の猫と変わらん。なんなら抱っこしてみてもいいぞ』とはグレイベル先生の談。可愛いもの好きの女子がこぞって『私に抱かせてください!』と声を上げた。
『…言ったそばから』って声と、『んぎゃあっ!?』って女子らしからぬ声が響いたのはほぼ同時。してやったりと言わんばかりにグレイベル先生に首根っこをつかまれたヴァフィールが笑い、そして声を上げた女子がみんな四つん這いになっていた。
うん、『抱っこしてみてもいいぞ』ってところ、ヴァフィールの声真似だったらしい。あやつなかなかやりおる。
さて、呪われた女子たちは四つん這い……っていうか猫みたいな動きを強制されていたらしく、その状態でなんとかヴァフィールを探そうとがんばっていた。が、呪いによりグレイベル先生が見えなくなっていたようで、『誰でもいいから誘導して!』と必死の形相。人によってはクラスメイトも含めてみんな見えなくなっていたようで、『みんなどこいったの!? お願いだから返事してよぉ!』って涙目になっている子もいた。
で、クーラスが『しょうがないな……』なんて言いながら涙目になってた女子の手を引こうとする。次の瞬間、『がッ!?』って悲鳴を上げて腹這いに。どうやら『返事してよぉ!』もヴァフィールの声真似だったらしい。こいつぁヤバい。
ただ、クーラスはただではやられなかった。呪われた瞬間にグレイベル先生ごと重枷罠魔法陣でヴァフィールを拘束。ついでに超強力な魔法マーキングを施しヴァフィールを捕捉。『目を頼るな! 魔力を辿れ!』と、女子たちを鼓舞した。呪われるのを警戒したのか、誰も返事しなかったけど。
ともあれ、クーラスのマーキングのおかげで女子たちもヴァフィールを捕捉することに成功する。無事なクラスメイトの助けも借りつつ、ちょっとずつじりじりとその距離を詰めていた。
ここぞとばかりに男子が優しい声をかけて励ましたり誘導したりしていたけど、全部シカトされていた。ジオルドは泣いていた。
んで、俺も適当に誰かを助けようかな……って思っていたところ、『んぎぎ……ッ!』ってヤバい声が。ハッと振り向けば、クーラスの足が変な方向にねじ曲がりそうになっていた。冷や汗もすごかったし、なんかヤケドっぽい感じにもなりかけてもいる。おまけにあいつの顔真っ青。
『相当エグい幻覚かけられてるねー……ちょっとこれはマズいかも』ってピアナ先生が植物魔法で慈花の優香をクーラスに放つ。幻覚作用を緩和させる効果があるらしい。
クーラスの奴、『あんのクソ猫……! 皮剥いでヴィヴィディナに捧げてやる……!』って戦意むき出しで這いずっていた。ちょう怖い。
最終的に全員が解呪に成功する。一部の女子はたどり着けそうになかったけど、グレイベル先生が『…今すぐ丸ハゲにしてやろうか?』ってヴァフィールにゲンコツを落としたために呪の症状がだいぶ緩和されたんだよね。
ちなみに、一番の被害者であるクーラスはギルを使ってヴィフィールに呪返しをしていた。哀れなヴァフィールはギルが生臭くてたまらないのにどうしても近寄りたくなってしまい、最終的に泡吹いて白目むいて気絶していた。『この程度で気絶しやがって!』とクーラスは不満そう。
『どんだけエグい幻覚だったんだ?』って興味本位で聞いてみたところ、『……聞かないでくれ』って青い顔で言われた。ちょっと気になる。
ちなみに、ヴァフィールは討伐依頼が出されるほか、諜報員に対する拷問(!)に使われるらしい。呼気や一部の内臓器官(詳しい部位は教えてくれなかった)は強力な幻覚剤や特殊な麻酔薬、夢薬に使われるのだとか。
『ぶっちゃけほぼ禁制品。作るだけで犯罪になったり、かなり厳しい審査が必要になったりするのがほとんど。昔は合法だったけど最近アウトになったものもあるんだよね』とはピアナ先生の談。
ただし、『作るのは犯罪だけど、所持や使用が犯罪であるとは明言されていないの。あと、魔法薬に使用期限を明記することは義務付けられているけど、製造年月日を明記しなきゃいけないって法律はないんだよね』と付け加えられた。
『…たまたま偶然古い薬品が大量に見つかったり、うっかり製造年月日がわからなくなってることもあるが、違法じゃなければ問題ない』ってグレイベル先生も当たり前のように言ってた。
この業界、闇が深すぎないだろうか。ちょっぴりダークなピアナ先生もオトナの魅力があってステキだった。
なお、『…基本的に解呪にはヒゲを引っこ抜くしかないが、解呪される前に別の人間がヒゲを一本残らず引っこ抜けば解呪できなくなる』ってグレイベル先生は言っていた。使い魔としてヴァフィールをけしかけた場合、呪った後にこうすることで相手の解呪を防ぐことが出来るそうな。実に合理的な発想だと感心するばかりだ。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。ギルの生臭さは風呂に入っても落ちず。妙に魚っぽい匂いのせいで、夕餉におさかなを選んだ人は皆無だった。
みんなその生臭さに辟易としていたけれど、ミーシャちゃんだけは『……慣れたらなんかクセになりそうなの』って複雑そうな顔をしていた。
『ミーシャもこっちにおいでよ!』ってきらっきらした顔して腕を開くロザリィちゃんが最高にプリティ。直後に『友人を変な道に堕とそうとするんじゃない』ってアルテアちゃんに頭をはたかれていた。そんな姿もキュートだった。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。スヤスヤと実に心地よさそう。きっとこいつは悪夢を見ることも無いのだろう。毎日が楽しくって仕方ないに違いない。実に羨ましい限りだ。
ギルの鼻にはちょろまかしたヴァフィールのヒゲを詰めておく。みすやお……っていいたいけど、今日はちょっと変則的に、ピアナ先生から聞いたヴァフィールの感動(?)エピソードで締めくくろうと思う。
なんか昔、妻にも子にも先立たれ、陰鬱でギスギス(?)した感じになり、『死んでみんなに会いたい』が口癖になっていた爺さんがいたらしい。
ある日、そんな爺さんが自室にて、生きてた頃からは考えられないようなにこやかな笑顔で死んでいるのが発見されたんだって。
近所の人間の話によると、死ぬ数週間前からその爺さんは奇妙な行動をとっていたのだとか。死んだはずの奥さんと会話する声が聞こえたり、死んだはずの娘と一緒に咲いていないはずの庭の花を愛でる声が聞こえたとのこと。
これだけだったらただの呆けた老人の戯言だって片づけられるんだけど、恐ろしいことに近所の人間にも奥さんの声が聞こえたんだって。だからみんなが不気味に思って近づかなくなって、爺さんの遺体の発見も遅れたらしい。
で、爺さんの遺体が運び出されるとき、一匹の猫がじっとそれを見ていたのだとか。その足には古びた包帯が巻かれている。
その爺さん、妻が死ぬまでは動物好きの優しい爺さんだったんだって。きっと爺さんに助けられた猫が最後に看取りに来たんじゃないか──って近所の人間は噂したそうな。