178日目 魔法流学:マギメータとその測定原理
178日目
俺が汗疹。クソが。
ギルを起こし、ちゃっぴぃを肩車して食堂へ。今日もエレガントにハニートーストを食そうとするも、膝裏の汗疹がかゆくてかゆくてとてもそれどころじゃない。幸いにして見た目はそんな酷くないんだけど、逆にかゆみはマジヤバい。
あまりにもかゆいので、ちゃっぴぃの口にハニートーストをぶちこみつつ掻こ……うとしたのに、ちゃっぴぃのやつ、ここぞとばかりににたーって笑って『きゅ♪』って俺の手を押さえつけてきやがった。マジなんなのあいつ。
『ちゃんと両手を使って食え』って言っても、ちゃっぴぃは器用にトーストをくわえ、そして俺の手を離さない。『きゅん♪ きゅん♪』って実に嬉しそう。耐え切れずに振りほどこうとしたら、『きゅーっ!』って腕に抱き着いてきやがった。ブチ切れそう。
『日ごろの行いのせいだろ』、『親子仲が良くて羨ましいですなあ』ってクーラスとジオルドに煽られたのを覚えている。『掻くなっつってんのに掻こうとするとか子供じゃん!』、『人にはさんざんやるなって言っておいて自分はだなんて……なあ?』ってポポルとフィルラドにも煽られた。
とりあえず、四人ともにちょっとガチめの汗疹の呪いをかけておいた。人の不幸をあざ笑う人って本当にやーね。
さて、そんなこんなで悶絶していたところ、『だいじょーぶ……?』って心配そうな顔したロザリィちゃんが。しかも、『掻いちゃダメだから、これで我慢して……ね?』ってさすってくれまでした。ロザリィちゃんの柔らかくてあったかい手の感触が本当に愛おしいし、なんか慈愛に満ち満ちているのに背筋がゾクゾク。あの感覚、ちょっとクセになりそう。
『汗疹にかこつけていちゃついてるだけじゃん』、『ホントに汗疹なら摩るのもダメなの』、『色欲のママは今日も色欲でヴィヴィディナも喜んでいる』ってロザリィちゃんは煽られていた。『ちゃんと愛魔法も使ってますぅーっ! れっきとした治療ですぅーっ!』って真っ赤になるロザリィちゃんが本当に可愛かったです。
ギルは今日も普通に『うめえうめえ!』ってジャガイモ食っていた。思えば、あいつも結構汗をかくのに汗疹になっているところを見たことが無い。ニキビの一つも見たことないし、いつ見ても誰もがうらやむ健康お肌だ。やっぱ肌も筋トレしているんだろうか?
今日の授業はミラジフの魔法流学。あの野郎、俺がせめて痒みを紛らわそうとソワソワしてたら、『落ち着いて机に着くこともできないのかね?』とか嫌味を言ってきやがった。『尊敬する先生の前なので緊張してしまいまして』って言ったら、『嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ』と言い返される。
心からの言葉なのに酷い。尊敬する先生からの心ない言葉に俺ってばちょう傷心。どうしてあいつは生徒からの言葉にああもひねくれた言葉しか吐けないのだろう。あんな大人にはなりたくないものだ。
さて、そんな茶番はどうでもいいとして、今日の授業ではマギメータについて学んだ。前回までに魔法流学の概要として、流体的に扱う際の魔力について学んだわけだけれども、そこに関わるパラメータとして魔侵圧力(魔圧)が割と頻繁に出てくる。
当然、実践において理論を適用するためには、構築式において測定したパラメータをぶち込まないと話にならないわけで、この流体的魔力における魔侵圧力を測定する器具がマギメータと呼ばれるそれとなる。
『測定器としてマギメータは最も有名だが、今日の実際の現場でこれを使われることはほぼ無い。使うとしたらせいぜいが実験室レベルや、学生たちの学習の場だけだ』ってミラジフは言っていた。
じゃあ何のためにそんなの授業で学ぶんだ……って質問しようとしたところで、『だがしかし、シンプルで簡便な構造をしており、その測定原理は魔法流学の基礎法則を押さえるのに大変都合がよい。……本来なら、授業で扱わずとも予習で覚えておかなくてはならないことだがね』ってミラジフは続ける。
話の構成が不親切だし、そもそもなんでいちいち嫌味を言うのか。嫌味を言わなきゃいけない呪いにでもかかっているのだろうか。案外マジで結構呪われてそうだから笑えない。俺じゃなきゃブチギレていたっていう。
ともあれ、マギメータの測定原理……ひいてはマギメータの構造そのもの、および魔法流学の基礎式について下記にまとめることにする。もうマジでノートをそのまま写したほうが精神衛生上良いんじゃないかって思うけど気にしない。
・マギメータについて
マギメータとは主に対象となる系における魔侵圧力を測定する器具全般を指す。形状や構造は様々であるが、全体としてある程度の高さを持った管に魔法流体を封じ込めた構造となっている。魔圧に変化が起こると封入された魔法流体の見かけ上の高さが変化するので、これを以て魔圧の測定を行う。一般的な魔法環境下において、魔侵圧力は以下の関係式であらわされる。
魔侵圧力=自然魔法圧+魔法流体密度×魔力浸食度×液面高さ
管の種類としては大まかに単柱、三日月、逆三日月の三種類がある。三日月、逆三日月型のマギメータの場合、封入する魔法流体が二種であることもある。単柱の場合、封入流体がどれだけ測定対象によって押されたか(魔法的圧力をかけられたか)による液面高さの変化から魔圧を測定するのに対し、三日月型で魔法流体が二種ある場合、密度の違う二種の魔法流体の押される量の違い(受けた魔圧差)による液面高さの違いから魔圧を求めることができる。
マギメータに封入する魔法流体としては魔水、フェアリードロップ、ラミアオイルなどが一般的である。ユニコーンの生血など、あまり生々しいものは適さないほか、簡易的で構わなければ魔法醸造酒、お値段を気にしないのであれば水銀も利用することができる。
難しく色々書いたけれど、要は魔圧によってマギメータ内の流体が押されて上下するから、その時の目盛を読み取るってだけ。強い力で押されたらより動くっていうある意味当たり前すぎることをそのまま書いているだけだったりする。測定原理がシンプルって言うか、むしろガバガバすぎて心配になるレベル。
ちなみに、単柱型と三日月型の使い分けについては、より細かい分解能(精度良)での測定や、あるいは測定環境がヤバい(異界の魔力とか)ときに考慮する必要があるらしい。特定の封入魔法流体でないと測定できない特殊対象だとか、環境が劣悪すぎる故に高性能だけど繊細な測定器具が使えず、シンプルゆえに壊れにくいこいつを使わざるを得ないときがあるのだとか。
『説明はしたが、そこまで深くかかわる人間はいないと確信している。もしそんな人間がいるなら、これくらい常識として知っているはずだ』ってミラジフは最後まで嫌味たっぷり。あいつの言葉のせいで未来の魔法流学の権威が消えた可能性があるかもしれない。特に俺とか。
ちなみにだけど、マギメータ使用時の注意点として自然魔法圧の存在があげられる。広義で言えばこの空気でさえ魔法流体になるわけだから、マギメータの測定値にも常にその分が反映されているわけで、純粋な意味で対象魔法流体が持つ魔圧(絶対圧)なのか、一般的な環境下においての測定器具が示す値、すなわち自然魔法圧も込みこみの魔圧(ゲージ圧)なのかをきちんと区別する必要があるらしい。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。憩いの時間もずっと汗疹がかゆくて本当に辛かった。みんな面白がって俺の動きを監視してくるし。ちょっとでも掻こうものならエッグ婦人&ヒナたちがケツを突いてくるし、グッドビールが頭突きしてくるし、ヴィヴィディナも這い寄ってくる。アリア姐さんだけは、「その気持ち、よくわかるわあ……」と言わんばかりに憐憫の表情を浮かべていたっけ。
ギルは今日もスヤスヤとクソうるさいいびきをかいている。そしてちゃっぴぃは俺のベッドに。腕に抱き着くこいつから抜け出すのにどれだけ苦労したことか。甘えているなら可愛げがあるのに、痒がる俺の腕を止めるためだけに抱き着いてくるというから怖い。
まあいい。どうせこれも明日には治っているだろう。ギルの鼻には……俺のささくれでも入れておくか。おやすみなさい。