172日目 発展魔法材料学:理想強度とき裂進展
172日目
ギルの筋肉がダークネス。ちょっとカッコよかった。
ギルを起こして食堂へ。そういう気分だったのか、グッドビールがやたらとギルの足回りをうろついたりまたぐらにつっこんだりしていた。
「へっへっへっへっ!」ってあいつは舌を出して嬉しそうにしていたけれども、なぜかふわふわ赤毛とダークネスの筋肉が反応して暗黒の炎っぽくなる。ちょっとカッコいいと思ってしまったのは俺だけの秘密だ。
で、それを見て辛抱堪らなくなったらしいちゃっぴぃが、『きゅーっ!』ってグッドビールに飛び乗った。ちゃっぴぃの夢魔としての魔力がギルのダークネスな筋肉に反応し、辺りに特有の妙に甘ったるい魔力が。
構ってもらってうれしかったのか、グッドビールはちゃっぴぃを背中に乗せたまま「くぉん!」って吠えて走り出す。当然のごとく、女子のスカートや男子のローブに頭から突っ込んでいく……のはいいんだけど、暗黒で夢魔な燃え上がる魔力のおまけつき。
みんなの名誉のために、これ以上は書くのをよそう。男子も女子も真っ赤になっていて、『朝からあの夢魔の魔力はヤバい』、『スカートの中に突っ込まれるのもヤバい』、『目覚めそう』……ってごにょごにょ呟いていた、とだけ。
一応書いておくけど、ちゃっぴぃとグッドビールがそうやって学友を立てなくしている間も、ギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。こいつ、一応はミーシャちゃんと共同でグッドビールの面倒を見ているはずなのに。飼い主の自覚はあるのだろうか。
今日の授業はシキラ先生の発展魔法材料学。ふと気になったので先週のルンルンの件について聞いてみたところ、『たぶん脱皮したと思うんだけどよぉ……どうもこいつ、抜け殻を食っちまったみたいで残ってなかったんだよな』との回答を頂いた。
パレッタちゃんが静かに涙を流していたことをここに記す。いやもうマジで、真顔でつー……って涙を流すものだから本当にビビった。『ヴィヴィディナに……捧げたかったのに……』とのこと。
……そもそも、脱皮した抜け殻を自ら喰うのって普通のことなのだろうか? 卵の殻とかだったら聞いたことあるけれども。まぁ、ギル・クリーチャーに常識を求めるほうがおかしいか。
さて、肝心の授業内容だけれども、今日は理想強度と魔法材料内のき裂進展について学んだ。前回も少し触れたけれど、現実的に魔法材料は計算ではじき出された強度以下の負荷でぶっ壊れてしまうことが多い。
なんでそーなるのってのは前回の授業で示した通り、切り欠きや欠陥、介在物や転位など、材料中に弱い箇所が存在するからってのがその理由。
理論上はじき出された強度ってのを理想強度っていうんだけど、じゃあ欠陥を考慮した場合の理想強度をはじき出しましょうってのが今回の授業の流れね。
『だいたいの場合において、微小な欠陥だの切り欠きが問題になることが多いな。魔応力集中もそこで生じる。だから、こいつらを考慮して理想強度を出してやればいいって寸法よ』ってシキラ先生は言っていた。
そんなわけで、材料に最も鋭い切り欠きがあるパターン、材料中にわずかな欠陥があるパターンについてゴリゴリ計算&証明を進めていく。この日記に記載するにはマジで長すぎるから省くけれども、つまるところ触媒反応学の理論をミクロに取り入れ、無限遠方に魔力負荷などをして計算するってだけ。
……シキラ先生らしくない、まるでキート先生みたいな授業だったことを記しておく。違和感がすごいうというか、おふざけできる感じのアレがなくて、とにかくまぁひたすら計算を進めていくだけだったしね。
で、式を諸々出し終わった後はこのき裂の進展条件について考えていく。つまるところ魔法材料はき裂の存在によって強度が下がり、き裂の進展によってぶっ壊れるというならば、じゃあこのき裂について……つまりは魔法材料のぶっ壊れやすさについて評価するパラメータが必要ってことになる。
『この評価パラメータなんだけどよ、進展条件自体があくまで経験則的なものだから、絶対の正解がないんだよな。いろんな条件で実験して、「こういう材料ならこの評価方法で計算するのが一番確からしい」ってのを確かめただけなんだ』ってシキラ先生にしては珍しく(?)あやふやな説明が。未だに結構アツく議論されている分野故に、はっきりした答えってのは存在しないらしい。
ともあれ、重要なのはその評価パラメータそのもの。やっぱりいろいろもろもろゴリゴリ計算して、き裂長さと負荷魔応力によって求めることが出来る【魔応力拡大係数】を算出。これによりき裂先端近傍の魔応力場を求めることが出来るから、これの大小で魔法材料のぶっ壊れやすさを評価しましょうってこと。
『ホントは理論から全部知ってなきゃだめだが、てめえらみたいにゃアンポンタンにそこまで期待しちゃいねぇ。最悪、この魔応力拡大係数がどんなもので、何のために使われるかってところくらいまで覚えてくれりゃいい』ってシキラ先生は言っていた。その言葉自体、半数以上の人間は理解していなかったけれども。
……いつもとだいぶ雰囲気が違う授業だったとはいえ、こいつぁかなりまずいかもしれない。今まで以上に話がややこしいというか、頭の中にパッと想像することが出来ない。これはいよいよ、ポポルやミーシャちゃんが単位を落としかねないかもしれない。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、久しぶりに恋しくなったのか、ヒナたちがポポルの腹巻の中でスヤスヤしていたのを覚えている。最近ほんの少しとは言え暑さも和らいできたし、ちゃっぴぃも腹を冷やさないように注意しておかなくては。
なんか妙に疲れた。今日はロザリィちゃんともあまりイチャイチャできていないし。せいぜいがおやすみなさいのキスをしたくらいだ。
寝よう。ギルの鼻には手の中の海を入れておく。ちょっともったいないかもだけど気にしない。おやすみ。