171日目 魔法流学:静止魔法流体と魔浸圧力
171日目
ギルの体から灰が出ている。……どこから出てるんだ?
ギルを起こして食堂へ。あいつが歩く度に地面にサラサラと灰が落ちてたいそう不気味。『お前ぽっけに砂でも入れてるの?』って通りすがりのゼクトが質問していたけれども、当然のようにぽっけにはジャガイモしか入っていない。
朝食はチョコレートサンドをチョイス。お菓子やデザートみたいだけどそうじゃないからいくらでも食べて良いという、子供や女の子に大人気の逸品。『メインの食事だから問題なし』って建前で幸せそうに食べている女の子がいっぱい。まぁ、もう水着になる機会はないだろうしいいのだろうか。
俺もお膝の上のちゃっぴぃに食わせた。『きゅーっ♪』ってあいつはいつになく上機嫌でバクバク食ってた。お野菜もこれくらいの勢いで食べてくれればと思わずにいられない。
そうそう、久しぶりにギルの肩車に乗ってポポルがチョコレートサンドを食ってたんだけど、『なんかお前全体的にサラサラしてね?』ってすごく不思議そうにしていた。頭も肌も、ずっと触っていると手に何か砂のようなものが着くのだとか。
『なんなの? ベビーパウダーにでも目覚めた?』ってポポルは面白がっていたけれど、あいつがベビーパウダーなんて高尚なものを知っていたことに驚きだ。『なんだそれ……!?』って、女子の中では比較的オシャレに疎いアルテアちゃんが愕然としていたっけ。よりにもよってポポルにオシャレで負けたことが悔しいらしい。
あえて書くけど、ギルは今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモ食ってた。ジャガイモを一つ貪るごとにどさって灰の塊が床に落ちるものだから、朝食の後は床が凄まじいことになっていたのをここに記しておく。おばちゃんのお掃除が大変になった瞬間だ。
今日の授業はミラジフの魔法流学。今日も今日とて機嫌が悪く、出欠を取る際も言葉が凄く刺々しいし、態度が教師とは思えないくらいに不愛想。
あまりにもあれなので、『よかったら、いかがですか?』って俺の秘蔵のミルクキャンディを勧めてみる。いくらミラジフでも、この優しい甘さとミルクのダブルコンボを喰らえば、穏やかな気持ちになれるのではと愚考した次第。
が、あの野郎、『変なものでも入ってるんじゃないかね?』って嫌味たっぷり。人のことを信じられない人ってやーね。
なお、このミルクキャンディはミラジフに渡そうとした分についてはギルが『うめえうめえ!』って食ってくれた。それ以外のはロザリィちゃんたち女子に譲渡。
変なものは入っていないとマデラさんに誓うけど、賞味期限的にちょっと心配だったんだよね。まぁ、ギルのぽんぽんは壊れなかったから、俺の杞憂だったのだろうけれども。
肝心の授業内容だけれども、今日は静止魔法流体と魔侵圧力について学んだ。以前の授業でも出て来たけれども、魔法体であるものの、流体として扱う魔力は基本的に触媒反応学で学んだ諸計算式を用いることは出来ない。細かいことは省くけれども、魔力の流体としての性質がそれに関わっているからだ。
ところがどっこい、流体であるとは言え、それが静止している(流れていない)場合、単純な魔力のつり合いだけで計算を進めることが出来るらしい。また、流れている場合であっても、相対的静止(魔力と対象が同じ速度で流れている)の場合、同様に静止しているものとして扱うことが出来る。
この流体だけど流れを考慮しない流体を、静止魔法流体と呼ぶとのこと。
『諸君らにとっては、流れという不安定で複雑な要素が無い分、とっつきやすいだろう。内容としてもほとんど一年の触媒反応学と変わらない。逆に、ここでつまずくようなら私の手には負えん。そんな奴の面倒までは見切れない』ってミラジフ。もうちょっとこう言い方ってものを考えられないのかね?
さて、流れを考慮しない、触媒反応学とほとんど変わらない対象とは言え、そこはやっぱり流体としての諸性質を考慮しなくっちゃいけない。その考慮しなくちゃいけない性質ってのが魔浸圧力ね。
言葉の定義としては、今まで俺たちが扱ってきたものと全く一緒。ただし、流体に対して適用する場合いくつかの特徴がある。以下に、その特徴を記す。
【魔浸圧力】
・魔浸圧力は魔法流体の面に対して垂直に作用する。
・魔法流体内において、一点に作用する魔浸圧力は方向に関係なく大きさは同じ。
・一般環境下において、魔浸圧力の大きさは魔深に比例する。
・同一魔法流体、同一水平面の魔浸圧力は等しい。
・静止魔法流体である場合、内部の任意の面に働く力は魔浸圧力のみである。
要点としてはこんなもん。上記特徴は、それが魔法流体であるからこそのものであり、空気中とかでは必ずしもこの性質が現れるとは限らない。場合にもよるから何とも言えないみたいだけれど。
ここでは省略するけど、その後は上記特徴についての証明・式展開を行っていく。内容は複雑だし、この日記帳に書くにはスペースも足りない上に俺の手が激しく疲れるので、詳細が気になった場合はノートを参照すること。威厳あるドラゴンの落書きのあるページだからすぐにわかるはず。今日のは翼の出来が最高だった。
『どうせ諸君は理論じゃ理解できないだろう。だから水をイメージしろ。魔法流体の基礎的な挙動は、水のそれによく似ている』ってミラジフは言っていた。
水をイメージしろってあいつが言った瞬間、何かをつかみかけていたジオルドの頭がショートしていた。変な横やりを入れなければ、今頃ジオルドは魔法流学の全てを理解していたかもしれないのに。未来の偉大な学者が消え去った瞬間だ。
授業についてはこんなもん。今更だけれど、要点を説明してその後に証明を進めるってやり方、キート先生のそれに似ているような気がする。内容としてはベースに触媒反応学があるみたいだし、やり方を盗んだのだろうか?
あと、ミラジフはなぜか授業の終わりに『教室を掃除していけ。これ以上私を苛立たせるな』って宣言してさっさと帰ってしまった。元からそのつもりだったんだけど、あいつは俺たちがてめえのケツすら拭けない悪い子だと思っていたのだろうか? 舐めすぎじゃない?
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。風呂場にて、ラフォイドルに『お前の所の担任どうなってんだ? 質問すると露骨に顔をしかめてくるんだけど』って愚痴ったら、『反応するだけまだマシだぞ。そのうち顔を見ただけで舌打ちするようになって、いずれ無いものとして扱われるから』って返答が帰ってきた。
ちなみに、ラフォイドルたちアエルノチュッチュの連中は、ミラジフのことをそういう魔道具や魔法生物だと思って接しているらしい。あいつ、あれで最低限やらなきゃいけない義務は果たしてくれるから、お互いそうしたほうが精神的に楽なのだとか。『付き合い方を覚えれば、意外と便利だぜ』とのこと。
アエルノチュッチュの連中って本当に荒みきっていると思う。俺たちの担任がステラ先生で本当に良かった。
ギルは今日もスヤスヤとクソうるさいイビキをかいている。ギルの鼻には……風呂場にて入手したラフォイドルの髪を詰めておこう。無駄にキューティクルでちょっとイラッとした。グッナイ。