17日目 魔力学:比魔、潜魔、顕魔について
17日目
ギルの肌がべたついている。なんか甘い匂いがすると思ったら体表からうっすらジャムが出ていた。しかもなぜかパッションチェリー味。おまけに微妙にジャガイモ風味。どういうことなの?
レポートの再提出があったため、ギルを起こした後はみんなで学生部へと赴く。今日はバルトラムイスとアエルノチュッチュの連中もレポートの提出に来ていたから学生部がたいそう賑やか。朝のあの時間に二年生の全員があそこに集まっているのだから、ある意味じゃ当然だろう。
『今日もクソみたいなサービス労働だ』とはキイラムの談。他の上級生もなんか目が血走っている。紛れもなく寝不足なのだろう。『こっちのお肌はもっとヤバい』、『早起きして突っ立てるだけなのだから、まだマシでしょう?』ってシャンテちゃんとロベリアちゃんは言っていた。
ともあれ、普通にレポートを提出。『今日もいっぱいあるねー……』って眠そうにあくびをしているピアナ先生がマジエンジェル。『ふわぁ……』ってなって慌てて口元を押さえるところが本当に可愛らしい。思わずぎゅってしたくなるくらい。
で、約束通りジャムクッキーを渡す。『ほ、ホントにいいの!? 昨日ももらっちゃったよっ!?』ってたいそう驚いてくれた。『先生が健やかに過ごしてくれるなら、一学生として、宿屋の息子として、これほどうれしいことはございません』って微笑んでおく。『えへへ……!』ってクッキーの包みを見てにこにこしているピアナ先生が最高すぎた。
『ずりぃぞ、俺たちにもよこせ!』ってうるさい上級生にはちゃっぴぃが黒こげにしてしまったクッキーを渡す。キイラムだけは『そういうの、マジ最高』ってだらしなく笑っていた。あいつマジヤバい。
今日の授業はアラヒム先生の魔力学。今日もやっぱり朝食を食べ損ねた上、教室が果てしなくカビ臭い。『このカビ臭いの、なんとかならないんですか?』って聞いてみたところ、『以前ここで妙な事故があったそうで、それ以来ずっとコレがこびりついているらしいです。おばちゃんがどう頑張っても落ちないと嘆いていました』ってアラヒム先生が答えてくれた。
そして、『匂いだけで実害はありません。不快感程度であるならば、今後のためにも慣れておきなさい』と事もなげに言われる。なんか魔系の先生って人間としての常識を捨ててる人多くない?
内容は比魔、顕魔、潜魔について。前回までに第ゼロ法則やそれを用いた魔度計の仕組みなんかを学んだわけだけど、そもそもの前提として、どうして魔度は変化するのっていうお話。俺たちは今まで当たり前のように魔法物体同士の接触により魔度が変わることを話していたわけだけれど、その現象にはどういう法則があるのかってのを詰めていく。
とりあえず、板書の中でも大事そうなところを書いておく。正直ここ以外のところは何を言ってるのかさっぱりわからんかった。
・比魔
魔度の異なる二つの物体を接触させると、高魔度の物体の魔度は下がり、低魔度の物体の魔度は上がって最終的に二つの物体の魔度は等しくなる。これは物体間で魔力の移動が行われると捉えることが出来る。
一般に、ある質量mの物体に魔力量αが与えられた時の魔度の変化をδとすると、魔度変化は魔力量に比例することが実験および経験上から明らかになっている。そのため、次のような魔力学の基礎法則式が成立する。
魔力[α]=比魔[c]×質量[m]×魔度変化[δ]
ここで、cはその魔法体に固有の比例定数であり、これを比魔と呼ぶ。比魔とは、単位質量当たりの魔度を一つ上げるために必要な魔力のことである。なお、比魔は特に魔力学において、同じ魔法体であっても形態や魔度、外部魔力の有無によって異なることがあるため、必ずしも一定であると断言することは出来ない。
・顕魔
物体に魔力が与えられた場合において、その魔力量に比例した魔度変化が現れるときの魔力。
・潜魔
物体に魔力を与えても魔度変化を生じない場合における魔力。
なんかごちゃごちゃ書いたけど、比魔ってのはつまり『物体によって魔度の変わりやすさが違うよ!』ってことなんだろう。こいつがデカければデカいほどたくさん魔力を与えないと魔度が上昇しなくて、小さければ小さいほどちょっとの魔力で魔度が上昇するってわけだ。
ただ、潜魔と顕魔についてはよくわからん。顕魔に至ってはそもそもの前提条件であるわけで、魔力を与えているのに全く魔度が変化しないなんてことがあり得るとは思えない。だとすると、わざわざこの二つを定義する意味がわからなくなる。
そこのところを詳しく聞いてみたところ、『いい着眼点です。基本的には我々は顕魔にのみ着目して物事を考えていきます。しかし例えば……基礎魔法材料学で習った相、正確には魔平衡状態図を覚えていますか? 魔法体の三態について、その形態変化が生じる境界魔度においては、形態変化が完了するまで魔力を与えても魔度が変化しないんですよ。潜魔の典型的な例ですね』との回答を頂いた。
やべえって思った。まさかここに来て基礎魔法材料学と繋がって来るとは。しかも一番ヤバい魔平衡状態図と来た。
この時点でもう、クラスの大半が絶望の表情。ミーシャちゃんやポポルは完全に涙目。他の連中も顔が真っ青。ギルは教科書にナイスバディのねーちゃんを落書きしていた。たぶんあいつ何もわかっていない。あと太ももはもうちょっとだけむちむちさせたほうがバランスが取れていいと思った。
『今回は紹介だけしましたが、潜魔についてはもっと発展した内容で取り扱うので、現段階では覚えておくだけでいいです』ってアラヒム先生は和やかに言っていたけど、あまり信じないことにする。先生はいつだってそうやって嘘をつくのだから。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。夕餉にて焼き魚を食した。ミーシャちゃんが一日の憂さ晴らしをするかのようにバリバリ食べていたのが印象的。
そして、『魚の目玉は食べるかどうか』で論争が勃発。『ワタも肉も食べてなぜ目玉は食べないのか。いみわかんない』ってパレッタちゃんが主張し、ポポルが『肉以外は苦くてまずいじゃん!』ってお子様主義を展開する。ジオルドは『骨以外は食べるのが礼儀ってものだろう』って持論を展開し、ギルは『骨は食べないって初めて知った!』っていつも通りであった。
結局、クラスメイトが残した目玉も頭もハラワタも、ついでに言えば残飯のそれに近い骨も一緒に、ギルがまとめて『うめえうめえ!』って食べていた。ジャガイモも『うめえうめえ!』って食べていた。ギルはとても幸せそうだった。
そんなギルは今日も大きなイビキをかいてぐっすりすやすやしている。都合のいいものが見当たらなかったので、ちゃっぴぃの喉の奥にひっかかってしまっていた魚の骨を鼻に突っ込んだ。
ぴーぴー泣くちゃっぴぃをなだめすかし、原因を突き止め、暴れるあいつを押さえつけて骨を取るのにどれだけ苦労したことか。ロザリィちゃんもすっごくオロオロして涙目になってたし。やっぱりまだまだアイツ一人でご飯をさせるのは少々心もとない。みすやお。
20180417 誤字修正