168日目 悪性魔法生物学:耳蟲の生態について
168日目
ギルがずっと太陽の方向を向いている。なんでそうなるの?
ギルを起こして食堂へ。ギルがずっと一定方向だけを見ているものだから、ミーシャちゃんが『寝違えたの?』って心配そうにギルを見つめていた。ギルに限ってそんなことはないだろうけど、素直に心配出来る当り、優しい娘なのだと思う。
ある意味当然だけど、ポポルとかフィルラドとかはギルの現状を見てゲラゲラ笑っていた。『洞窟の中でも方角がわかるじゃん!』、『夜になったらどうなんの?』って実に楽しそう。ギルのやつ、『筋肉が輝きを求めてるからな。もはやしょうがない』ってトンチンカンなことを言っていたけれども。
朝食はなんとなく野菜サラダをチョイス。俺のお膝の上のちゃっぴぃは露骨に顔をしかめたけれど、華麗に無視して『あーん♪』してやった。子供の内に好き嫌いを無くしておかないと碌な大人にならないし、発育に悪いしね。
……アリア姐さんの前で思いっきり野菜を食べてしまったけれど、今回については特に問題なかったっぽい。アリア姐さん、太陽を見続けるギルを見て、「気持ちはわかるわ……」とでも言わんばかりにしていたんだよね。
日傘で強い日差しをガードしてはいるものの、植物の本能的についつい光を求めてしまうらしい。『意外と治りが悪いんだよなァ……』ってぼやきながら、ジオルドがアリア姐さんの体を弄って例の薬を塗っていたのを覚えている。もはやグラマラスボディを弄りまわすことにさえ慣れてしまったらしい。一部の女子がたいへん焦った表情をしていたことをここに記しておく。
一応書いておく。ギルは太陽を見ながら『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。皿の方なんて全く見ていないのに、どうして正確にジャガイモを掴めたのか未だに不思議である。
あいつの筋肉、もしかしたら知覚すら有しているのかもしれない。そのうち意志が芽生えてギルから独立する可能性も無いことも無いのではなかろうか。ちょっと楽しみだ。
さて、今日の授業は我らがワイルドの兄貴グレイベル先生と、クッキー大好きプリティピアナ先生による悪性魔法生物学……なのはいいんだけれど、いつもの場所に意気揚々といってみれば、なぜかそこにはドクター・チートフルの姿が。
『気分転換ですか?』って聞いてみる。『もしそうだったら、どれだけよかったか』って割とガチな顔で返された。『授業要領に則っているとはいえ、いい気分じゃないな』ってため息も。
この段階でクラスのみんなが戦慄したのは書くまでも無い。今まで一度たりとも……アンブレスワームの時も、バンバレイルの時も、トカレ・チフ=チルチカの時だってドクター・チートフルが同席したことなんてなかったのに。
『ヤバいやつなんですか?』ってクーラスがびくびくしながらグレイベル先生に尋ねる。『…実はもう、近くにいるな』ってグレイベル先生の言葉を聞いた瞬間、クラスのみんなが杖を引き抜いて(一人だけ拳)警戒態勢を取った。
しかし、近くにそれらしいものは見当たらない。不思議に思っていると、『あそこの結界の中に閉じ込めてるんだけど……先生たちのこと、嫌いにならないでね?』ってピアナ先生がちょっと涙目になりながらある方向を指さした。
そこには、普通の半透明の結界によって覆われたエリアが。大きさとしては、冒険者がパーティ全体を護るときに使う範囲結界よりちょっと大きいかなってくらい。めっちゃ広いってわけじゃないけど、狭いってほどでもない……自室としてもらえたら結構ハッピーになる感じのくらいの広さね。
何の変哲もないただの結界。結界の空撃ちしたんじゃねってくらいに特徴のないそれだったけど、なんか意味ありげに中に箱が一つ置いてある。大きさとしてはスイカを入れられるくらい。びっくり箱にしたらなかなかナイスなものが出来る予感がひしひし。
今までのノリ的に、あの箱の中に今日のヤバい生物が封印されているんだろう……と思ったんだけど、ヤバい生物を封印している割には箱が小さい気がするし、物音ひとつ聞こえない。生物を入れていたなら、大なり小なりガタゴト動きそうなものだけれど。
魔力の気配を探ってみる。『……全然感じなくね?』、『生き物の気配もしないけど……』ってみんなの意見が一致。クラスの総力を挙げても、箱の中からは魔力も生物の気配も認めることは出来なかった。
『…じゃあ、一人ずつ行ってみようか』ってグレイベル先生。公正なる審議の結果、ポポルからチャレンジすることに。やること自体は結界の中に入り、箱の中身を確認して、今日の授業内容の正体を確かめるってだけ。
絶対ヤバいことが起きるという確信と、それにしてはあまりにも何も無さすぎるというこの奇妙な現実。ポポルはびくびくしながら結界に入り、そして例の箱をパカッと開け……ようとして、蓋的なものも開けられる場所も無いことに気付く。
『先生、開けられないんだけど!』ってポポル。『それ、そのまま持ち上げるだけでいいやつ!』ってピアナ先生。覚悟を決めたらしきポポルは、ぎゅっと目を瞑り、一気にその箱を持ち上げた。
中は──空だった。正真正銘、何にも入っていない。
『なんもなくね?』って首をかしげるポポル。箱の裏側をひっくり返してみてみても、何にもない。『なんかわかる?』ってあいつがそれをこっちに見せてきたから、それについては俺たちも確認が取れた。
ヤバかったのはそのあと。
結局何でもないのだから、こんなところさっさと出よう……としたポポルが、『ぐぎゃァッ!?』って悲鳴。『アアアアアアアッ!?』って頭を押さえて絶叫。『うぎィィィッ!?』って、なんか発狂したみたいにもんどりうって倒れた。
ほとんど白目をむいたまま、ポポルは絶叫。あまりの事態に呆然とする俺たち。『…ここまで、だな』ってグレイベル先生が大地のスコップを振るい、大地を隆起させることでポポルを結界内から引きずり出した。
出てきたポポル、気絶していた。幸いと言うべきか、目立った外傷はなく、結界から出た後は苦しんだ様子も見せなかったけれど……。
チートフルが『手当はした。でも、しばらくはトラウマになるかもしれん』って重々しくコメント。実際、しばらくして目が覚めたポポルはいつもとは明らかにベクトルが違う感じでガタガタぶるぶる震えていて、ドクターにしがみついて離れようとしなかったっけ。
一応、事情聴取を試みる。『音が……ヤバい音が聞こえて、それで……!』ってポポルは真っ青。俺たちには一切聞こえなかったけど、なんかいきなり変な音が聞こえたかと思ったら、頭の中をかきむしられたかのような激痛に襲われたらしい。
で、次の挑戦者ってことでジオルドとクーラスが臨むことに。『…すでに奴は結界内にいる。いつ襲ってくるかわからないから、覚悟を決めろ』ってグレイベル先生の言葉に、クーラスは全身を罠魔法で固め、ジオルドも具現魔法で巌窟王の岩鎧を具現化してガチガチに守りを固めた。
二人は意を決したように結界に入る。『……やっぱり、見えない』、『気配も感じないぞ』ってこっちに声をかけてきた。どうやら襲われるまでにいくらかのタイムラグ(?)があるらしい。
警戒態勢のまま、どれだけ経ったことだろう。たぶん数十秒のことだと思うけど、とにかく、それは唐突にやってきた。
『おい! 今の……がァァァァッ!?』、『変な音がきこ……ぐぎッ!?』って二人して悲鳴。先程のポポル同様、発狂したんじゃねーかってくらいに大きな声をあげ、頭を押さえて暴れ出した。
もはや正気を保てないのだろう、二人は見えない敵に向かってバカスカ魔法をぶっぱなす。が、放った魔法は全部結界に当たって霧散。肝心の敵には届いていないようで、ジオルドは泡とか涙とか、顔の穴という穴からいろんな液体を出していたし、クーラスは目玉が飛び出るんじゃないかってくらいに目をかっぴらいて、その激痛と戦っていた。
やがて二人は気絶。またしてもグレイベル先生が救助にあたる。引っ張り出すのをちょっと手伝ったけど、クーラスの口からなんかの欠片がぽろっと落ちるのを発見。
クーラスのやつ、歯を食いしばりすぎて奥歯が欠けていた。それを見て、何人かの女子がへたりとひざをついていた。
『二年生でここまで耐えるのは少し珍しいな。上級生なら普通だが……』ってチートフルは二人を治療。気絶してなおヤバい顔をしていた二人が安らかな表情となり、そしてしばらくした後にゆっくりと目覚めた。
『悪い、ちょっと、頼む……』ってジオルドは手近にいた女子に抱き付いていた。『ごめん、今だけ……』ってマジで泣きそうな顔。それだけ想像を絶する苦痛だったのだろう。女子の方も最初はちょっと照れたようにはにかんでいたけれど、ジオルドの凄絶な顔を見て、なんか真剣に、慈愛を込めて抱きしめてあげていたよ。
クーラス? 『ちくしょう、舐めやがって……ッ!!』って憤怒の形相を隠そうともしていなかった。なんかあいつ、本当に逞しくなってきている気がする。キャラがちょっと違う……というか、立派な魔系として成長しているということだろうか。
その後も何人かの男子が同じように結界に入り、そして発狂。情報を総合してみたけれど、【最初はなんともない】、【変な音が聞こえた】、【音の直後に頭にものすごい激痛】っていう共通証言のほかに、得られるものは無し。敵の姿も正体も、捉えた人はいなかった。
男子が無理なら女子でどうだってことで、お次は女子の番に。女子の中でどんな話し合いがあったかわからないけれど、アルテアちゃんとミーシャちゃんが挑むことになった。
アルテアちゃんとミーシャちゃん、結界内に入るなり射撃魔法をぶっぱなし、そしてクレイジーリボンの乱打をぶちかます。『逃げ場はないはずだが……』、『手応え、無かったの……』って二人は背中合わせになり、休むことなく何もない空間に攻撃しまくっていた。
『…選択としては悪くない』ってグレイベル先生はコメント。『そうだよね、どこかにいるはずだって思っちゃうよね』ってピアナ先生もコメント。もう嫌な予感しかしない。
次の瞬間、『いやあああああああッ!?』ってアルテアちゃんが大絶叫。『ぎィィィィ!?』ってミーシャちゃんが跳ね上がった。
アルテアちゃんは地面に頭をガンガン叩きつけてたし、ミーシャちゃんは地面をバタバタ転がって凄まじいことになっていた。今にも死ぬんじゃないかってくらいの形相で、もう周りの目とか気にしていられるレベルじゃないらしい。
さすがに女子が苦しむ様子は見ていられないってんで、俺、ギル、フィルラドが救助に入る。結界内に入るのはヤバそうだから、腕だけ結界に突っ込んでアルテアちゃんを引っ張り出そうと試みる。
『いっ、てェ……!?』ってフィルラドが悲鳴を上げた。発狂寸前でいろいろリミッターが外れているのか、アルテアちゃんが万力のような力でフィルラドの腕を握ったらしい。
『例え女の子でも、本気で命の危機を感じている時はとてつもない力になるぞ』ってドクター・チートフルは二人を治療しながらコメントしていた。『……女子の力とは思えなかった。ジオルドに本気で握られたって言われても信じるくらいだ』っとフィルラドは痣のついた腕をさすっていたっけ。
ちなみに、やっぱりアルテアちゃんもミーシャちゃんもすぐに目覚めた。目覚めた瞬間にぽろぽろ泣き出して、『う、ああ……!』、『うわああああん!』ってドクタ・チートフルに抱き付いていたのを覚えている。『ごめんね、ごめんね……!』ってピアナ先生が二人の背中をさらに抱き締めていたよ。
さて、ドクター・チートフルはアルテアちゃんとミーシャちゃんの背中とか肩とかをぽんぽん叩いて安心させた後、『これ以上は医者としてあまり認めたくないな。授業なのはわかるが、そろそろ種明かししてもいいんじゃないかね?』ってグレイベル先生に声をかける。グレイベル先生、『…では、次で最後にしましょう。……パレッタ、──、お前ら二人でやってみろ』って俺たちに声をかけてきた。
『二人なら、たぶんできるって先生も信じてる』ってピアナ先生までもが声援を送ってきたとあっては、頑張らないわけにはいかない。
『魔法生物なんかに負けないもん!』って張り切るパレッタちゃん。ロザリィちゃんの“がんばって”のキスで盛り上がっている俺。せーので結界に入ってみた。
やっぱり、結界内に特に変わった様子はない。異常魔力雰囲気も無ければ、変な匂いがするとかってのもない。足元の地面はみんながぶっぱなした魔法でぼこぼこだったけど、まぁ普通の土でしかない。
結界の外、心配そうに俺たちを見るクラスメイト。なんかポーズを決めているパレッタちゃん。ここは俺も秘伝のマンドラゴラステップを披露すべきではないか──と思った瞬間。
ガサガサって音がした。金物をこすり合わせるような……しいて言うなら、薄い金属を高速で擦り合わせるような音がした。特有の、空気が唸るような音がした。
来たぞ、とパレッタちゃんに声をかける前に、頭にすごい激痛が。めちゃくそ痛い。頭の中をかきむしられているような、脳ミソを小さな虫に食い破られているような、あるいは小人が鼻からスプーンを突っ込んで脳ミソを抉りだそうとしているような、ともかくそんな感じの痛み。
いやもう、温厚な俺でもマジでブチキレそうになるくらいに痛かったよね。眉間に皺がよりまくりんぐだったし、俺のイケメンフェイスがしかめっ面でぶっさいくなことになったし……あの時の気持ちをどう表せばいいか。
ともあれ、みんなが襲われた激痛については理解できた。ちょっと正気を保てないんじゃないかってくらいにヤバい痛み。ついでに例の音が頭にガンガンと響くのもたいそう不快。俺じゃなきゃブチキレていたと思う。
ただ、わかったこともいくつか。痛いのは物理的なそれのみで、魔法的に何かされているわけじゃない。いや、されているのかもしれないけれど、呪の類じゃない。外部に魔力の気配は一切しなかったから、実は結界外から攻撃されている……なんてこともない。
隣のパレッタちゃんを見てみる。『ぐ、ぬゥ……ッ!』ってパレッタちゃんもしかめっ面。くちびるから盛大に出血……ついでに、左手の親指の付け根を全力で噛んでいた。手の痛みで正気を保とうとしているらしい。さすがはパレッタちゃんだ。
で、俺よりも先にパレッタちゃんの方をどうにかする……ひいては、パレッタちゃんに何かしている「なにか」を対処したほうが良いのかなと思い、苦しむパレッタちゃんを包み込むようにして吸収魔法を展開。
が、パレッタちゃんの魔力を吸収するばかりで肝心のそいつへの攻撃にはならなかったし、攻撃の遮断も出来なかった。
ただ、これでパレッタちゃんは敵の見当がついたらしい。こっちに片手を上げて「大丈夫」のハンドサインを示し、ついでとばかりに血塗れな方の手で地面に何かを描いた。
『這い寄れヴィヴィディナぁッ!』って叫ぶパレッタちゃん。魔法陣から召喚されたヴィヴィディナ(形容しがたき姿)。ヴィヴィディナは不定形のそれのまま、パレッタちゃんに近づき──
──パレッタちゃんの耳の中に入った。どういうことなの。
呆然としている間に、パレッタちゃんがえずきだす。『うぇっ』って言葉と共に、ヴィヴィディナが口から出てきた。なんかちょっと満足そうなヴィヴィディナ。
『ちょうすっきり!』ってパレッタちゃんはちょう笑顔。なんかよくわからんけれども、パレッタちゃんはこの試練を乗り越えられたらしい。鼻から鼻血が盛大に出ていたけれど、それはもうすっきりした表情であった。
『外から攻撃を喰らってるんじゃない。敵は己の中にあり』ってパレッタちゃんが俺にアドヴァイス。そろそろこのクッソ痛いのも嫌になってきたので、それならばと結界の外にいるギルに声をかける。
『俺ごとやれ。全力でだ』って言葉だけで、『──任せろ、親友』って寄生魔法を放ってくれたギルがマジ親友。普通の奴ならいくらか躊躇うのにね。
さて、ギルの寄生魔法を吸収魔法でうまくいなしつつ、耳の中にぶち込んでみる。俺の吸収魔法要素&ギルの寄生魔法要素が俺のお耳の中をきれいにしまくりんぐ。
で、キレイキレイしていたところ、なんか変なの(?)をぶっ殺した感覚が。二回、三回とそれが続き、お耳の中が完全にすっきりしたころには、頭の痛みも耳障りな音もすっかりなくなっていた。
『…よくやった』、『顔色一つ変えていない……嘘だろ……?』ってグレイベル先生とチートフルの言葉を聞いて、ようやく俺もクリアできたことを悟る。あと、『は、はなぢっ! 汚れちゃうよっ!』ってピアナ先生がお顔を拭いてくれてとっても幸せでした。
みんなが落ち着いたところで(大半の人はドクターとか先生とか近くにいたクラスメイトに抱いてもらっていた。俺もなんとなくロザリィちゃんに抱きしめてもらった。最高に柔らかくてあったかくて幸せだった)、今日のネタ晴らし。
『…今日のは、こいつだ』ってグレイベル先生が掌を見せてきた。何も乗ってない……と思ってよくよく見てみれば、目を凝らして凝らしてようやっと見える……かも? ってくらいの小さな蟲が。ミニリカなら絶対見えないレベルっていうか、クラスの半数以上が『……えっ、見えなくね?』って言うくらいに小さい蟲。
こいつ、名前を耳蟲というらしい。あまりにも小さすぎる故に、普通は見つけること自体不可能だとのこと。実際、グレイベル先生の手の上で仮死状態だったそいつも、顔を近づけたミーシャちゃんの吐息でどっかにすっ飛んでいっちゃったしね。
『みんなが体験したあの痛みは、このちっちゃいちっちゃい蟲が原因だったんだよ!』とはピアナ先生。『痛みが消えたのは、私が魔法で特殊な殺虫剤を使って殺したからだ』とはドクター・チートフル。病理的なものや魔法的なものじゃないだけに、気づかなければ治療の術がまるでないのだとか。
以下に、耳蟲について記載する。なお、姿かたちについてはマジでよくわかんなかったのでここでは割愛する。
・耳蟲はとても小さな蟲である。目の良い人間が目を凝らしてようやく見えるかどうかというくらいの大きさであり、一般的な条件下においてはほぼ見えないと言っていい。シャイな性格をしているため、耳蟲にとっては願ったり叶ったりであるらしい。
・耳蟲は暗いところを好む蟲である。暗ければ暗いほど良いらしく、より暗いところを求めて移動する性質がある。暗いところを好むのは根がシャイだからという噂がある。
・耳蟲は暗いところに好んで移動する性質があるのは上に述べたとおりである。この性質により、人間と相対した耳蟲は、暗いところを求めて人間の耳の中に入りこもうとする。シャイだから隠れられるところに移動しているだけという説もある。
・耳蟲は暗いところを求めて動くため、人間の耳の中に耳蟲が入ると、例外なく想像を絶する痛みに襲われる。その痛みは脳ミソを食い破られる、頭の中をかきむしられるほどとしばしば形容され、だいたいの人間はその苦痛に耐えられずに気絶し、再び痛みによって目が覚めるという最悪の体験をすることになる。
・耳蟲には鋭い切れ味を持つ翅がある。また、垂直であったり濡れたりしている壁でも登れる、鋭く金属質でトゲトゲな脚がある。そのため、耳蟲が耳に近づく、あるいは耳の中に入ってくると、特有の金属質な羽音が聞こえる。この音は頭の中に否応なく響く。
・耳蟲は暗いところでリラックスすると、体から刺激性の液体を分泌する。また、興奮状態においても刺激性の液体を分泌する。これらの液体は食獣植物の溶解液と非常によく似ており、リラックス状態の分泌液と興奮状態の分泌液とで効能が異なることが知られている。
・耳蟲には攻撃能力はほとんど存在しないが、上記の脚、翅、分泌液により人体の中そのものを傷つけるため、体感上のダメージはかなり大きくなる。なお、サイズがサイズ故にこれらの攻撃により肉体としてのダメージを受けることは無いが、逆に言えばいつまでも傷つけられるということでもあり、苦痛を取り除くには耳蟲を除去するしか手立てはない。
・耳蟲の攻撃そのものでの死亡例は確認されていないが、耳蟲による苦痛のあまり自殺した例、あるいは耳蟲の苦痛が原因で生じた事故例は多く存在している。
・耳蟲の駆除方法として最も手っ取り早いのは、口の中から強力な魔法の明かりで照らすことである。相対的に外よりも耳の奥の方が明るくなるため、暗いところを求めて耳蟲は外へと逃げ出す。耳の方から照らした場合、下手をすると耳の奥を食い破って体内に入ることがあるため、注意が必要である。
・魔物は敵。慈悲は無い。
つまるところ耳から入って中を傷つけるだけって魔物なんだけど、サイズがサイズだけにわかりづらいし、有効な対処方法も少なく、なによりやってることに対して実際のダメージがとんでもなくデカいからかなり厄介っていうアレ。
二年次の魔系でさえ気絶するレベルの苦痛とか、一年だったら泣いて漏らしてトラウマになって、たぶん授業に出なくなる。一般人も、最悪廃人になってもおかしくない。
『…厄介なのは、意外と魔法耐性があるところでな。攻撃を当てづらいこともそうだが、魔法の炎くらいじゃそうそう死なない』、『靴で踏みつぶそうとしても、小さすぎて意味ないんだよね……そもそも、どこにいるかわかんないし』って先生たちは言っていた。
ちなみに、あまりにも小さすぎて正体がつかめなかった故に、昔は【洞窟病】なる病気だと思われていたのだとか。耳蟲が住む洞窟に入った人が、より暗いところ(洞窟の中にいる人の体の中)を求めた耳蟲により発狂寸前になる事件が頻発し、【洞窟に入ると発症する病】として認識されていたっぽい。
とりあえず、なんかいきなりヤバい頭痛で発狂した人は耳蟲による被害を疑えってのと、もし自分がそうなったとしても焦らずに口の中に明かりを突っ込んで対処しろってのが大事とのこと。体感した通り、耳蟲がもたらすのはあくまで激痛だけだから、体から追い出すことさえできれば特に問題ないらしい。
『……体感すれば二度目のショックは和らぐという、その事実そのものはわかるんだがね。医者としても、一応は教師の端くれとしても、この業界のこういうやり方は未だに好きになれない』ってドクタ・チートフルはため息をついていた。
『何より不愉快なのは、それは絶対に必要なことだと理性で理解している自分自身だ』とも続けていたけれど……ちゃんとそういうことを考えてくれている辺り、ドクター・チートフルはまともで常識があると思う。これがシキラ先生だったら、おなかを抱えて笑いながら、文字通り笑い話にしているだろうしね。
夕飯食って風呂入って雑談して間に至る。男子の大半は耳蟲を経験して疲れ切ったのか、雑談もそこそこに自室に戻っていた。『……ちょっとくらい、甘えさせてもいい気分だったのになぁ』、『あいつら、ホントにタイミングが致命的に悪いわよね。……そういうところも、好きなんだけど』って陰でデレている女子がチラホラ。
どうして本人たちの前でその言葉を言ってあげないのかが謎だけれど……まぁ、これがうちのクラスらしさと言われてしまえばそれまでだ。卒業までにこれがどう変わるのか、微妙に楽しみな気がしなくもない。
ギルは今日も大きなイビキをかいてぐっすりと寝ている。なんか妙に日記が長くなったせいで俺もかなり眠い。さっさと寝よう。
ギルの鼻には……耳蟲がいたと思われる場所の土を詰めておく。みすやお。