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163日目 ラムレーズンのクッキー

163日目


 ギルの腹筋に葉脈が走っている。それだけ。


 ギルを起こして食堂へ。今日はなんとなくハッシュドポテトをチョイス。ギルが『うめえうめえ!』って貪っている蒸かし芋はノーセンキューだけど、ハッシュドポテトは普通においしいからありがたい。


 そうそう、ちょっと珍しいことにロザリィちゃんがアルテアちゃんにハッシュドポテトを『あーん♪』してあげていた。顔を赤らめて恥ずかしながらもそれに乗ってあげるあたり、アルテアちゃんも優しい娘だと思う。


 あえて書くまでも無いけれど、アルテアちゃんの隣にちゃっかりミーシャちゃんとパレッタちゃんも並んでいて、ロザリィちゃんの『あーん♪』の待機をしていた。女の子同士ってこうしてナチュラルにイチャつけるから羨ましい。


 当然のごとく、俺も並ぼうとしたんだけど、ロザリィちゃんがその場でウィンクしてきたため幸せで動けなくなってしまった。止めとばかりに投げキッスされて完全にノックアウト。目線と仕草だけでこの俺を倒すとか、さすがはロザリィちゃんだ。


 こう……言葉は交わさなくても、アイコンタクトと軽い仕草だけで【私たちだけがお互い全部わかり合っているよ】ってなるあの何とも言えないドキドキ、どう表現すればいいのだろう? 独占欲にも似たそれが、たまらなく愛おしくてもどかしい。


 朝餉を済ませた後は久しぶりに畑の様子を見に行ってみることに。そろそろナエカやヤカツ、コケウスやその他薬草類を補充したいと思った次第。


 畑に行ったら相変わらずエイラがぼっちで佇んでいた。ただ、エイラにしては珍しく植物に語り掛けていないし、ヤバい表情もしていない。普段ヤバい奴が時折まともになると、今まで以上にヤバく見えるのはなぜだろう。


 話を聞いてみる。『あれから……誰の声も聞こえないの……。パンチョもエルザも、デスフェルディナント八世の声も……』とのこと。こいつマジで何言ってんのって思ったよね。


 どうも、ギル要素がある程度落ち着いてきたらしく、真っ当な意味での異常成長くらいしか畑に異変は無いらしい。前みたいに瘴気をまき散らす食獣植物さながらの凶悪性を備えた植物は生えてこないし、エイラに反応して悶える「お友達」もめっきりいなくなってしまったのだとか。


 加えて言えば、夏休み明けで授業が始まったことで若干ナーバスにもなっているっぽい。『なんで夏休み終わっちゃうの? 私はただ、ずっとお友達と語っていたいだけなのに』ってエイラは涙目で訴えてきた。


 とりあえず、エイラがわずかな希望を込めて育てていた普通のナエカ類(エイラ曰く「つまらない凡人」)を採集。夏の暑さがちょっぴり心配だったけれど、特に問題なく育ってくれていてちょっと嬉しい。


 あと、『適当にジャガイモを放っておけ。たぶんそのうち、いろんなヤバいのがうごめき出してくるから』ってアドヴァイスしておく。『どこかで頭打った? それとも暑さで朦朧としている? 一緒にドクターのところいこっか?』って割とガチな顔で言われた。こいつにだけは言われたくなかったんだけど。

 

 ……ふと思ったんだけど、ルンルンの餌とかになっているギル・コーンとかギル・ポテトとかってどうなっているんだろ? 見かけたり見かけなかったりすることがあるんだよね。まぁ、あんなヤバいものを普通の常識で語る方がナンセンスか。


 午前中はそんな感じ。正直かなり時間を持て余していたと思わなくもない。


 午後はなんとなくお菓子作りを行う。最近やっていなかったのでちゃっぴぃの乳搾りをついでにやろうとするも、肝心のちゃっぴぃが見当たらず。使い魔たちがみんないなかったことを鑑みるに、きっとみんなでお外に遊びに行っていたのだろう。


 ともあれクッキーを焼きまくる。ちょうど材料があったのでラムレーズンを仕込んでみた。何気にここでラムレーズンクッキーを作るのって初めてのような?


 出来栄えは悪くない感じ。ただ、どちらかというとラムっぽさは控えめで、レーズンの方が主張していたような気がする。どうせ大した手間でもないし、次は自分でラムレーズンを作る所から挑戦してみるのもいいかもしれない。


 さて、焼き上がったクッキーを持ってクラスルームに戻ったところ、ステラ先生がソファでぐてーっとしているのを発見。背中とか腕とかをゆったり伸ばしていて大変心地よさそう。ナターシャがやったらだらしない格好だけれども、ステラ先生がやるとこうも心が浄化されるからすごい。


 ステラ先生、俺が見ているのに気づいた瞬間、『……はっ!』って慌てて飛び起きていた。『ち、違うの……! だらけてたんじゃなくて、その、ちょっとソファの下に髪留めが落ちちゃって……!』ってわたわたしながら言い訳も。子供っぽいステラ先生も最高に可愛いと思います。


 どうもステラ先生、俺がクッキーを焼く匂いにつられてふらふらとクラスルームにやってきてしまったらしい。が、今日に限ってクラスルームに人がいなく、さりとてクッキーを作る俺に声をかけるのもせびっているようで気が引けたから、手持無沙汰になっちゃったのだとか。


 で、クッキーの良い匂いについついうっとりしちゃって、そして気付けばソファの上で全力でだらけちゃっていたっぽい。『うう……でも、そんないい匂いさせてるのはずるいよぉ……!』ってステラ先生は涙目で語っていた。


 さて、せっかくなのでステラ先生と二人っきりでクッキーを頂くことに。『なんか秘密の放課後デートみたいですね?』って本心からの言葉を告げてみれば、『お、オトナをからかっちゃいけませんっ!』ってステラ先生はわたわたしだした。相変わらずパニクって回答がワンパターンなステラ先生もエクセレントにプリティだと思います。


 『わ、今日のはラムレーズンだぁ……!』って目をキラキラ輝かせるステラ先生。もうこらえきれないとばかりに嬉しそうにクッキーに手を伸ばし、まさに齧りつこうとしたその瞬間。


 『おいしそうなもの、食べてるねぇ……?』って地獄の底から降臨召された天使の声が。『まぁた、一人でちゃっかりご相伴にあずかって、自慢するつもりだったの……? 次は声をかけてくれるって、そうしなきゃダメだって、約束したよね……?』ってその声は続く。


 『あ、うう……!』ってふるふると震えるステラ先生。その後ろ……というか、俺から見たらすぐ気づけたけど、ともかくステラ先生の背後ににこにこ笑顔のピアナ先生(目は笑っていない)がいた。


 おまけになぜか、グレイベル先生まで。しかも両脇にそれぞれスヤスヤと安らかに寝息を立てるポポルとミーシャちゃんを抱えている。『…さっきまでハンモックで昼寝していた。気付いたら、この二人が潜りこんでいた』とのこと。


 ポポルもミーシャちゃんも、それはもう子供らしい無邪気な寝顔を晒していたことをここに記しておこう。というか、お昼寝しているグレイベル先生のハンモックについつい潜りこんじゃうとか、それって……。


 ……いや、俺もステラ先生がハンモックでお昼寝していたら、潜りこんでしまうと思う。もはや意志とか関係ない。純然たる絶対の自然法則として、それは当然のことだ。


 ともかく、グレイベル先生は子供二人をこっちに送り届けに、ピアナ先生は乙女のカン(と、わずかに漂ってきた焼き立てクッキーのかほり)によりルマルマへとやってきたってわけだ。


 『──くん、先生もご相伴にあずかってもいいかな?』ってピアナ先生がにっこり笑いかけてきたので、全力で頷いておく。『…この前の男子会と、こいつらの運送料でチャラにしてくれ』とはグレイベル先生。


 たかがクッキー数枚と飲み会費&おこちゃま二人のスヤスヤタイム代じゃあ、全然釣り合わないのに。あの人マジで兄貴だと思ったよね。


 なんだかんだでその後は四人でラムレーズンクッキーを頂く。『おいしい……っ!』、『たまにはこういう大人っぽいのもいいね!』、『…今度高いラムでも見繕うか』などなど、全体として好評。


 ステラ先生とピアナ先生は甘めにレーズンを主張させたやつのほうがいいっぽい。でも、グレイベル先生はもっとガツンとラムを利かせたものの方が好みっぽい。


 まぁ、ステラ先生とピアナ先生が嬉しそうにクッキーを頬張る姿を見られれば、何でもいいように思えてきた。あの二人、ジャムクッキーが一番大好きであるのは間違いないんだけれども、それ以外のクッキーもこっちがほわほわしてくるくらいに嬉しそうに食べてくれるんだよね。


 夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、『なんで起こしてくれなかったんだよ!?』、『空のお皿だけ見せつけられた人の気持ちわかるの!?』っておこちゃま二人にガチギレされたのがわけわかめ。あんなに美味しそうな匂いがしているのにスヤスヤ寝こけている方が悪くない?


 『子供が食べるには早い、お酒の効いたクッキーだぞ』って宥めたんだけど、『そんなの食べてみないとわからないもん!』、『でも甘くて美味いんだろ?』って二人は聞かず。というかそもそも、ポポルに至っては酒であることそのものについては気にしていない。あいつザルだし。


 あと、微妙にアルテアちゃんとジオルドもしょんぼりしていた。ラムレーズン……お酒入りのクッキーを食べてみたかったらしい。『酒の味がわかるようになったから、新しい発見があると思った』ってジオルドは言っていた。


 一応書いておく。ロザリィちゃんもかなりしょんぼりしていたので、代わりと言ってはなんだけど、ぎゅっとハグして熱いキスをプレゼントしておいた。


 ついでにこっそり、個別にラッピングしておいたラムレーズンクッキーをポケットに忍ばせる。ロザリィちゃんが驚いた顔して見上げてきたので、『しー……!』って口に人指し指。【みんなにはナイショだよ?】のぱっちりウィンクも。


 『~~っ!』って真っ赤になりながら、ロザリィちゃんが歓喜のキスをしてくれてとっても嬉しかったです。


 ギルは今日もぐっすりスヤスヤと大きなイビキをかいて寝こけている。今更だけれど、たぶんロザリィちゃんはナイショでミーシャちゃんやアルテアちゃん、あとちゃっぴぃにクッキーをおすそ分けしているだろう。同室であるミーシャちゃんは言わずもがなだし、そもそもとして俺の惚れたロザリィちゃんはとても優しい娘なのだから。


 ギルの鼻にはラムレーズン(床に落としちゃったやつ)を詰めておく。グッナイ。



※燃えるごみは燃やし尽くす。魔法廃棄物も廃棄し尽くす。

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