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161日目 悪性魔法生物学:ヨダレクサの生態について

161日目


 ドアノブが樹液でぬるぬるしている。朝からブチ切れそう。


 ギルを起こして食堂へ。何とも嬉しいことに、朝からロザリィちゃんが特製カフェオレを作ってくれた。しかもちゃんと氷がお星さま形。『こいつがほしいのかぁ?』って挑発的に微笑んでくるところが本当にもう最高。俺マジでもうロザリィちゃんなしじゃ生きられない。


 が、ウキウキしながら受け取ろうとしたところ、『等価交換だっ!』と言われてしまう。俺という矮小な身でロザリィちゃんの無限の愛に応えねばならないとか、そんなの百億年あっても無理だろう。だってそれくらいロザリィちゃんへの愛が大きすぎるんだもの。


 しょうがないので、俺もカフェオレを作ってみる。中にはハート形の氷を入れてみた。『これにキスとハグもつけるから、何とか勘弁してくれないかな?』って微笑んでみれば、『……まぁ、許そう』ってロザリィちゃんはそのままキスしてきた。俺たちの愛は夏の暑ささえ吹っ飛ばしてしまうと実感した瞬間だ。


 『よくもまぁこうも飽きずにイチャつけるよな』ってアルテアちゃんがうんざりした様子でこっちを見ていたけれど……アルテアちゃんは普段フィルラドとイチャつかない分、裏では結構大胆なことをしているのではないかと俺は睨んでいる。


 酔った時とかふとした時に見せる乙女モードのアルテアちゃん、普段のおかんのオーラを纏うアルテアちゃんとは思えないくらいに乙女だからね。


 ギルは今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。そんなギルを見て、ミーシャちゃんは無言でグッドビールの頭をわしわし撫でていた。案外、一番欲求不満(?)なのはミーシャちゃんなのかもしれない。


 今日の授業は悪性魔法生物学。その名から予測できる通り、担当は今回も俺たちの兄貴グレイベル先生と俺たちの天使ピアナ先生。うっひょう。


 『みんなと授業出来てうれしいな!』ってにっこり笑うピアナ先生が最高に可愛い。『なんだかんだで、初めての子たちに授業をするのってこっちも緊張するんだよねー』とも。『…俺は毎回、初めての奴にビビられてちょっと傷つく』ってグレイベル先生は言っていた。


 グレイベル先生は黙っていたらただの強面だから、特に最初の授業で女子生徒に避けられたことが少なくないらしい。『…ホントにアレ、マジで傷つくからな。この世に生きてていいのかって思うからな』ってグレイベル先生にしてはちょっぴり饒舌。思い出したくない過去でもあるのだろうか。


 さて、場を温めた(?)あとは早速授業についての説明に。今まで魔法生物学、発展魔法生物学、危険魔法生物学……と続いて来て、今回は悪性魔法生物学。『…危険で厄介な魔法生物を扱うことには変わりないが……直接的な意味で危険な生物というよりも、小賢しい曲者って感じの生物が多くなるな』とのこと。


 『まぁ、正直な所今までとほとんど変わらないんだけどね。教科名を決めた偉い人も、レパートリーが無くなってきたからこんな名前にしたんじゃない?』ってピアナ先生は身もふたもないことを言っていた。


 確かに、発展、危険と続けたその先って言われてもだいぶ困るような気がしなくもない。だったら最初から魔法生物学Ⅰ、魔法生物学Ⅱとかにすればいいのに……いや、それじゃあロマンが無いか。


 今回は初めての授業ということで、比較的簡単な面白生物について学ぶことに。『…今までのに比べたら、なんてことないやつだな』って言いながらグレイベル先生が指さした先には、何の変哲もないタンポポの葉っぱのような見た目の草が。


 強いて特徴をあげるとするならば、なんとなく輪郭と葉脈がくっきりしていて、微妙に光を反射して輝いているように見えないことも無いような気がしなくもないってくらい。正直な所、指摘されなければ普通に道端で健気に生きている草としか思わなかっただろう。


 『…誰かアレ、持ってきてくれ』ってグレイベル先生が呟く。『きゅーっ!』ってちゃっぴぃが駆けて行った。一番乗りして褒めてもらいたいとでも思ったのだろう。ちゃっぴぃはそういうやつだ。


 が、なぜかあの野郎、件の草に近づいた瞬間に『きゅうぇ!?』って変な声を出した。口の端からヨダレがだらだら。赤ちゃんだってここまで垂らさないだろってくらいにだーって垂らしまくっていた。


 しかもあいつ、そんなのおかまいなしに、ヨダレがマッハな状態で草をぶちィッ! って引っこ抜いていた。引っこ抜いた瞬間、ヨダレスプラッシュにより綺麗な虹がかかってたことをここに記す。こんな虹みたくなかった。


 さて、こいつマジで口の締まりが悪いな……なんて思っていたところ、比較的ちゃっぴぃの近くにいた(というか例の草に一番近かった)アルテアちゃんが『ほら、拭いてやるから……』ってハンカチを装備してちゃっぴぃに近づいた。


 次の瞬間、アルテアちゃんからヨダレがだばだば。比喩表現じゃなく、慌てて押さえたアルテアちゃんの両手があっという間にヨダレ塗れになり、そして手からあふれるくらいにドバドバ。


 『み、みるにゃあっ!』ってアルテアちゃんが真っ赤になって叫んだ。叫んだ瞬間にコップ一杯くらいのヨダレが地面へ。マジかよって思った。 


 事態はそれだけにとどまらない。ちゃっぴぃが例の草を持って俺の方へと近づいてきたんだけど、その途中にいたクーラスまでもが『げおうぇ!?』って口を押さえた。指の間からヨダレがぽたぽた垂れている。ばっちぃ。


 『おうふっ!?』、『や、いやぁ……!』、『み、みにゃいでぇ……っ!』、『げっほ! げっほぉ!』って次々にクラスメイト達がヨダレドバドバフィーバーに。男も女も関係なく、どこからそんな量が出てくるのってビビるくらいにヨダレを垂らしていた。もはや口に留めたり飲み込むとかそんなレベルじゃなく、分泌した傍から垂れ流しになっている有様。


 ただ垂らしているのならまだマシな方。ポポルとジオルドはヨダレが変な所に入ったらしく、『げほ……っ……げほ……っ』、『ふひゅ……こひゅ……』ってヤバい感じにむせて掠れるような息の音が。『あうがにこるぇはよしょうぐぁい』って言いながらパレッタちゃんが背中を叩いてあげていたっけ。


 で、だ。子供故にヨダレなんて全然気にしないちゃっぴぃが、明らかにこのヨダレパニックの原因であろう草を持ちながら、にっこり笑顔でこちらに駆け寄ってきている。


 そして、俺の隣にはロザリィちゃん。もう腹をくくるしかないって思ったよね。


 『きゅ!』って目の前に来たそれ。剣の間合いに入られる前の段階で、妙に甘いというか、人間にはあまりよろしくないけれど蟲はだいぶ好む感じの匂いがふわりと鼻を突く。


 で、それを感じた時にはもう、口の中がヨダレで一杯に。舌の下からとめどなく溢れてきて、口を閉じていられない。頑張って耐えてみたけれど、顎と舌が我慢の限界。


 『ちょっとばっちぃからどいてろ』……ってちゃっぴぃに声をかけようとしたその瞬間に決壊した。ちょっとちゃっぴぃにかかっちゃったけど、あいつも俺のローブで口元を拭いていたからお互いさまだろう。


 しかも、吐きだした次の瞬間には口内にヨダレが満ちる。口の端から垂れるのを止められないし、喋るのだって絶対無理。というか、息を吸うのでさえ難しく、こう、上の方を見ながらなんとかやっと……って感じ。


 そして悲しいことに、俺の努力は無駄に終わってしまった。


 『やぁ……っ!?』ってロザリィちゃんの小さい声。慌てて振り向いてみれば、『み、みゃ、みにゃいでぇ……っ!』って口元を手で押さえ、後ろを向くロザリィちゃんが。


 口の端からつーっと、光る何かが滴っているのを見た時、なんか俺新しい世界の扉を開けそうになってしまったよ。


 最終的に、男子女子で大きく分かれたところで(女子はみんな自分がヨダレだらだらな姿を男子に見られるのを嫌がった。逆に男子は開き直ってヨダレスプラッシュコンテストを開いていた。優勝はギル)、今回のネタ晴らしに。


 ある意味当然だけれど、ちゃっぴぃが引っこ抜いた草……正式名称マギカ・ピロカルプス・ペナティフォリウス(通称ヨダレクサ)が今回のヨダレパニックの元凶。こいつ、一見無害な何の変哲もないただの草だけれど、その言葉通り、こいつに近づいた生物を際限なくヨダレだらだらにさせるという効果を持つそうな。


 直接的な危険性は無くて、マジでヨダレだらだらにさせるだけしか能がないんだけど、逆にシンプルかつ一芸に特化している故に、その強力さは半端ないものがある。『ステラ先生レベルの魔法抵抗力があっても、何の対策もしなければヨダレを止められないかな』ってピアナ先生は言っていた。


 『悪性魔法生物っていうよりかは、いたずらグッズとかにありそうな面白生物ですね?』って質問してみる。『…むせて呼吸が出来なくなる。呪文も唱えられない。儀式のキスを邪魔することもできるな』、『適当に投げ込むだけで使えるし、喋れなくさせるだけで指揮系統も混乱させらえるし……「口を封じる」っていうのはとても厄介だよ?』って先生たちはコメント。


 ほかにも隠れている敵を炙りだしたり、水中や瘴気中といった【息をしてはいけない場面】で敵に使ったり、悪魔との契約中や嫌いな奴の晴れ舞台と言った【絶対にメンツを保たなきゃいけない場面】に妨害として使ったりすることがあるそうな。


 また、このヨダレクサにより分泌されるヨダレの量は限度が無い。ほとんどあり得ない仮定ではあるけれど、ヨダレクサの匂いをずっと嗅ぎ続けていれば、ヨダレの過剰分泌によって脱水、ひいては死に至ることもあるのだとか。『短時間にあんなに一気のヨダレが出るだけでも、異常な事ではあるからね』ってピアナ先生は言っていた。


 あと、ヨダレクサによって分泌されたヨダレ自体にも、ヨダレクサと同じヨダレを誘発させる魔法的な匂い成分が含まれているとのこと。だから、ヨダレだらだらな人に迂闊に近づけばこっちまでヨダレだらだらになるし、下手をするとパンデミック的に集団感染、ひどいときには村一つがヨダレパニックになるのだとか。


 『…まぁ、なんだかんだで相手の尊厳を奪うのに使うのが面白いし平和的だけどな』ってグレイベル先生は言っていた。学生時代、ヨダレクサを使ったいたずらが流行った時期があったらしい。一番ひどい(おもしろい?)ときは学校にいた人全員がヨダレだらだらになったとのこと。


 『…授業が全部潰れ、みんな床掃除をする羽目になった。掃除した傍から汚れたけど』って先生は言ってたけど、ヨダレだらだらなグレイベル先生ってなんかちょっと想像できない。


 あと、死者の炎のときからちょくちょく思ってたけど、グレイベル先生って学生時代はわりとやんちゃだったのだろうか? 時折明かされるエピソードが兄貴にしてははっちゃけている気がする。


 ちなみに、ヨダレクサの数少ない予防法・対策法として、【事前にヨダレクサによるヨダレ症状を経験しておく】というのがあるとのこと。だいたい一時間くらいヨダレだらだらになれば、それから三、四日くらいはヨダレクサの影響を受けなくなるらしい。


 『授業準備で、恥ずかしいことじゃないってわかってるんだけどね……。グレイベル先生と同じ部屋で、ひたすらずっとその、みっともない姿をさらし続けるのは……』ってピアナ先生は悲しげに微笑んでいた。


 危険性がある&情けない姿を晒しかねないために人目のつかない室内でしかできず、さらには万が一のことを考えると一人でやるのは危険なために、どうしてもそうせざるを得なかったのだとか。


 しかも先生たちの場合、授業で毎日(二年生の四クラス分。正味一週間)扱う都合上、この【予防法】を二回に分けて行う必要があったらしい。


 『もし学生時代にアレやるところを誰かに見られていたら、ぜったい変な噂されてたって!』ってピアナ先生は言っていた。『学生時代じゃなくても、グレイベル先生となら噂されてしまうのでは?』って誰かが聞いたんだけど、ここでちょっと驚きの事実が。


 『もしグレイベル先生にそれだけの度胸があったなら、少なくとも先生の知っている限りで二人は幸せになっていただろうし、グレイベル先生もこの前のヤケ酒なんてしていなかっただろうね』との返答が。あの男子会の裏に、いったいどんなエピソードがあったというのだろうか。


 『…お前マジでそっちのプライベートを学生に言いふらすな』ってグレイベル先生はピアナ先生のおでこに容赦ないデコピンを食らわしていた。『あうあう……!』って額を押さえるピアナ先生がとっても可愛かったです。


 夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、『……正直、ヨダレを垂らす女子ってなんか良かったよな』、『恥じらっているところっていうか……うん、良かったよな』、『むしろ大いにアリじゃね?』って語る男子がいっぱいいてちょっとビビった。


 中にはだいぶマニアックでコアなフェチに目覚めてしまった悲しい奴も。『耐えて耐えて、でもだめで、押さえた両手から自らのヨダレが零れるのを見て、涙目で恥ずかしがる姿がとてもすてきだと思った』って語っているのを見て、ああ、もうこいつは元には戻れない……こっちには戻ってこれないんだなって、本能で悟っちゃったよ。


 ちなみに、あくまで大量のヨダレがだらだらこぼれて恥ずかしがるのが良いらしく、日常的にちょっとありそうなくらいの少量は“ちがう”らしい。こんなクソどうでもいいこと、知りたくなかった。


 あと、寝る間際にロザリィちゃんが俺の所に来た。『……昼間の、見た?』とのこと。なんかすんげえお顔が真っ赤でぷるぷる震えている。心臓が破裂するかと思った。


 『なんのことかはよくわからないけど、キミに見惚れていたのだけは間違いないかな』って返してみる。『……やっぱり、見たんだね!』ってロザリィちゃんはさらにかーっと真っ赤になってうずくまった。『むりぃ……! もうお嫁にいけないぃ……!』って呟いてもいた。


 『俺が貰うから問題ないし、生理現象なんだから仕方ないよ。それに、今更じゃないか』って励ましてみれば、『……証明、してよね?』って上目づかいでおめめぱちぱち。


 そりゃもう全力でスウィートに証明したとも。詳細? 書かせるな恥ずかしい。


 ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。ヨダレクサなんてなくても、寝ているギルはヨダレがだらだらだ。あそこまで酷くないとはいえ……やっぱり、もうちょっと口の締まりは欲しい。これも魔系の宿命だろうか。


 ギルの鼻には枯れたヨダレクサを詰めておく。吸収魔法で魔力と生気を根こそぎ奪って(おそらく)無害化したやつね。


 どうせ明日もいい天気だろう。みんなローブがヨダレ臭くなったし、まとめて洗濯してしまおうと思う。この授業が週末で本当に良かった。おやすみなさい。

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