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155日目 真相 (続き)


 ふう。ちょっと落ち着いた。続きを書いていこう。


 それからしばらくして、グレイベル先生が『…では、はじめましょう』とだけ声をかけた。グレイベル先生はグッドビールの亡骸を抱き上げ、外へと出る。俺たちもそれに続いて、グッドビールとの最期の別れをしようとした。


 が、なんか様子がおかしい。


 てっきり埋葬するものだと思っていた。あるいは、火葬するものだと思っていた。


 実際、グレイベル先生は大地魔法で穴を掘り、そこにグッドビールの亡骸を横たえていた。だから俺たちも、墓標となる何かを用意しなくちゃって思ってた。


 でも、ステラ先生がそれを遮った。『長丁場になるけど、最後まで付き合って』って言って、グッドビールの亡骸を埋めた場所を中心として、魔法陣を描き出した。


 どうしてそんなことをしたのかはわからない。けれど、ステラ先生は『必要な事だから。だから、先生たちはここに来たの』って言うだけ。グレイベル先生も同様に大地魔法で魔法陣を刻み始める。


 ミーシャちゃんは、『……あたしも、やるの』って言った。俺もギルも、それを手伝った。魔法陣をどう描くかなんてわからなかったから、三人とも先生に言われるがままに魔力を込めて描いただけだけれど。


 やがて魔法陣が完成すると、ステラ先生は魔法を発動させた。炎の魔法だ。魔法陣の上に優しく暖かな……だけれど、ちょっと妖しい、寂しい雰囲気の炎が揺らめいて、ごうごうと燃え上がる。白紫の煙が螺旋階段のように暗い空に昇って行き、俺たちの影も炎につられるように揺らめいていた。


 『埋葬したのに火葬するんですか?』って聞いてみる。ステラ先生もグレイベル先生も、ばーちゃんも何も答えなかった。


 そのまま炎は消えることなく燃え続ける。やがて、東の空がぼんやりと明るくなりだした。


 埒があきそうになかったので、『もう、いいんじゃないですか』って俺の方から声をかけた。昨晩からずっと眠らずに外にいたんじゃ、ばーちゃんもミーシャちゃんも体を壊しかねなかったから。


 だけど、グレイベル先生が『…いや、これからが本番だ』って懐から何かを取り出した。小さな小さな瓶が二つ。透明な瓶だったからわかったけど、それぞれ中には透明な液体が……ほんの数滴分くらい入っている。


 『ええ、そうですね』ってステラ先生も頷く。やっぱりステラ先生も両手に瓶。片方はグレイベル先生と同じく透明な液体がちょっぴり入っていて、もう片方は緑色の魔法薬が割とがっつり入っていた。


 で、二人はほぼ同時にそれらの液体を炎にかける。妖しく、寂しく燃えていた炎が黄金に輝き出し、まるで太陽が落っこちて来たんじゃないかってくらいに激しく燃え上がった。


 俺とギルで、とっさにばーちゃんとミーシャちゃんをかばう。が、なぜか大きさの割に全然熱くない。柔らかな朝の陽ざしのような、そんな温かさしか感じない。


 『ミーシャちゃん』ってステラ先生が静かに声をかけた。『この炎の真ん中まで歩いて行って、成すべきことを成して。……だいじょぶ、熱くないし燃えないから』って告げた。


 『…ただし、こっちに戻ってくるまで……炎から出るまで絶対にしゃべるな』ってグレイベル先生が付け加える。二人とも、すごく真剣な表情だった。


 何が何だかわかっていないミーシャちゃんだったけれど、さすがに二人の真剣なまなざしを見て、行動しないという選択は出来なかったらしい。おそるおそる、その燃え盛る炎の中に入っていった。


 ミーシャちゃんが炎の中に入って、どれくらい経っただろう。実際にはほんのわずか……それこそ、コーヒーを一杯飲むよりも短い時間だったかもしれない。だけど、その時の俺にとっては、それがとんでもなく長い時間のように感じられた。


 そうして、ようやくミーシャちゃんが燃え盛る黄金の炎から出てきた。


 『せ、先生……! おばーちゃん……!』って、ミーシャちゃんは信じられないかのような声を出した。目には涙がいっぱいで、ぽろぽろと泣いている。


 だけど、その涙は悲しみの涙じゃない。


 だって、ミーシャちゃんは……その小さな体に、大きな大きな……心地よさそうに寝息を立てる、グッドビールを抱きかかえていたのだから。


 いやはや、マジで信じられなかった。死んだはずのグッドビールが、普通に生きている。ちょっと……いや、かなり見た目は若くなっていたけれど、アレは間違いなくグッドビールの顔だった。


 『よ、よかったぁ……っ!』ってステラ先生はホッとしていた。『…日頃の行い、かな』ってグレイベル先生は優しく笑ってミーシャちゃんの頭を撫でていた。


 ちょっと落ち着いてから、混乱している俺とギルに先生たちが説明をしてくれた。


 グッドビール……フレインカネムという魔法生物は、ステラ先生が言った通り、その一生で炎のように見た目を変える。


 生まれたばかりは弱弱しい炎みたいに赤みが少なく、毛皮のふかふかも控えめだけれど、若い全盛期の頃は燃え上がるように赤く、風で揺らめくくらいに毛皮もふかふかになる。老いていくにつれて色味がどんどん褪せてきて、やがては煤けた灰のようにみすぼらしい姿になり、死ぬ直前だけ消え入る炎のように一瞬燃え上がる(全盛期の姿に戻る)。


 で……命の炎と見た目が連動しているわけだけど、この【炎】という特性は何も見た目だけに影響を及ぼしているわけじゃない。


 うん、比喩的表現で命の炎だと思っていたけど、こいつはマジもんの命の炎。わかりやすく言えば、フレインカネムとは、いわゆる不死鳥とかフェニックスとかの犬バージョンみたいな魔物だったらしい。


 『…特殊な生態を有する魔物でな。純粋な繁殖方法は未だ不明で、何度も転生して次世代に移ることが知られている。しかし、不死鳥ほどの不死性は有さず、自然界においては死後に灰になり、そこからかなり長い時間をかけて若い個体として生まれることが知られている』とはグレイベル先生。その時の環境により復活までの時間は大きく変わるため、当初は転生するという事実すら判明していなかったのだとか。


 『…ただし、人間の手でこれを意図的に補助することが出来る。具体的には、特殊な炎の魔法陣と、あまり大きな声では言えない魔法薬、それに……繋がりが深い者たちが流した涙を用いた儀式だ』ってグレイベル先生は言った。


 先生が持っていた小瓶の中に入っていたの、俺たちの涙だったらしい。……まさかとは思うけど、ああやって頭をがしがししてくれたのって涙を回収するため……じゃないよな?


 だけど、この儀式は絶対成功するってわけじゃないらしい。涙に思いが込められていなかった場合や、あるいは込められていたとしても、普通に失敗することが多いそうな。その場合、フレインカネムは通常通り灰となり、しかるべき時を経てからその灰から新たな個体として生まれてくるのだという。


 『…正直、復活できるかは賭けだったからな。だから、明言は出来なかった』、『先生は信じてたけど、それでも失敗することの方が確率としては高いからね……』って先生たちは言っていた。あの口ぶりから見るに、割とマジで低い確率の賭けだったっぽい。


 ともかく、グッドビールは老衰で一度死んだ。そして、すぐにまたこうして生まれ変わった。ミーシャちゃんの喜びようが凄まじかったのは書くまでも無いことだろう。


 ふう。ちょっと書くのが疲れてきた。あともうちょっとだから頑張ろう。


 さて、喜ぶミーシャちゃんは、さっそくばーちゃんにスヤスヤ眠るグッドビールを渡そうとした。『存分に抱っこしてあげるの!』って笑顔で告げて、ばーちゃんが喜ぶ顔を見ようとしていた。


 でも、ばーちゃんは悲しそうに笑い、身を引いた。『……情が移っちゃうから。それにもう、この子は私のこと、覚えてないしね』って言った。


『依頼完了、おつかれさま。グッドビールも満足してくれたでしょう。だから、あなたたちの涙で復活できたの』


『……そんなあなたたちに、この子を任せたい。あの子と心から仲良くなってくれて、あの子の死に本気で悲しんでくれたあなたに、この新しい命を任せたい。……それが報酬じゃ、ダメ、かな?』


『それに、私じゃもう年だからこの子の相手は出来ないって……何度も言わなかったっけ?』



 ばーちゃんはそういった。あの依頼の裏には……この三日間の生活の裏には、グッドビールの面倒を見るというそれ以外に、俺たちがグッドビールの次の飼い主として相応しいかを見定めるというのもあったのだろう。


 報酬が未定だったのも……たぶん、そういうことだ。


 ばーちゃんは最後に呑気に寝息を立てるグッドビールを見つめ、『それでは、よしなに』って先生たちに挨拶をしてさっさと家に戻っていった。俺たちに対してのお別れの言葉なんて一つも無い。


 『……報酬のお金とか、その辺の手続きは事前にやってるから。……学校へ帰ろっか』って先生がミーシャちゃんの肩を叩き、そして俺たちは学校へ帰ることになった。


 いい加減マジで疲れてきたので、箇条書き気味に済ませていく。



・学校に戻ったらみんなに驚かれた。どうやらグッドビールが死んだってのはルマルマに共有されていたらしい。


・グッドビールは昼頃に目覚めた。産まれたばかりなのに普通に動ける。子犬とは言え普通の大型犬より一回り小さいくらいのサイズ故、結構手が付けられない感じ。


・「へっへっへっへっ!」ってアホみたいに舌を出していた。そして男女問わずまたぐらに頭を突っ込もうとしていた。


・グッドビールの体は揺らめく焚火のようなオレンジ色っぽい感じ。大人になるにつれて俺たちが知っているグッドビールのように赤く燃え上がるような感じになるらしい。


・俺とギルには結構な額のお金が報酬として入ってきた。予想以上の働きだったからってばーちゃんが色を付けてくれたらしい。


・グッドビールを迎え入れる準備(申請やスペースの確保、タオルの準備とかのもろもろ)を午後に行った。


・ちゃっぴぃがグッドビールに顔をベロベロされてひんひん泣いていた。


・ばーちゃんの死んだ旦那、この学校の卒業生らしい。グッドビールは元々旦那の使い魔で、ばーちゃんはフレインカネムの生態を旦那から聞いていたのだとか。今回の件も、旦那が遺言で魔系の子を試してほしいって言ってたらしい。旦那も似たような経緯でグッドビールと出会ったらしく、手続きのときに照合したら普通に記録に残っていた。



 あ、今更だけど生まれ変わったグッドビールも名前はグッドビールってことになった。『あんなこと言ってたけど、おばーちゃんはまだまだ長生きするの。だからこの子と遊んでもらうし、ついでにあたしの子供とも遊んでもらうの』ってミーシャちゃんが張り切った故である。そりゃまぁ、名前が変わってたら不便だわな。


 精神的に疲れることが多かったうえ……よく考えたら俺、三日くらい寝ていない気がする。


 えーと、間違いない。


 152日目の夜にグッドビールが危篤で、そのまま153日目の朝まで起きていた。で、日中は家事とか連絡とか買い出しとかして、153日目の夜は先生からの連絡が来るかもしれないってのと、ばーちゃんとミーシャちゃんが不安定だったからって不寝番してた気がする。で、154日目の夜にステラ先生たちが来てそこからぶっ続けて起きてたわけだから……。


 考えるのはよそう。ルマルマに新しい使い魔が来た。重要なのはそれだけだ。


 ギルは腹を出して寝ている。今日はクソうるさいイビキをかいている。自覚したら俺もマジで眠い。ヤバい。


 ギルの鼻にはグッドビールの抜け毛を詰めておく。おやすみなさい。

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[一言] 一連の(グッドビール関連の)話読みながら多分10分くらい涙止まんなかった… えがった…(T ^ T)
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