154日目 備忘用簡易記録
154日目
気持ちの整理をするために、少しだけ書いておく。どのみち、報告書に書かなくちゃならないのだから。
一昨日の朝の段階で、グッドビールの体調は思わしくなかった。回復の兆しは見せず、全体的にぐったりとした感じで動きに力が無い。
ただ、この段階ではまだ普通の体調不良、あるいは疲れているだけのように見えた。食欲もそれなりにあったし、元気に走り回らないというだけで、室内をちょこちょこ歩くくらいはしていたから。
夕方くらいになって、グッドビールの体調は急変した。完全に体に力が入らないようで、もう自分から歩くこともできなかった。
明らかな異常事態だったけど、ばーちゃんは『大丈夫』としか言わなかった。医者を連れてくるべきだ、ウチの学校の先生を呼んでもいいと進言するも、聞き入れず。
その代わり、『この子はあまえんぼで寂しがりだから。最期まで、一緒にいてあげて』って言った。
ばーちゃん、泣いていた。静かに泣いていた。
そういうことだったんだって、ばーちゃんは最初からわかってたんだろう。
それからずっと、俺たちはグッドビールのそばにいた。ミーシャちゃんは目に涙をいっぱいに溜めながら、ずっとグッドビールを抱きしめていた。ばーちゃんもグッドビールの頭をずっと撫でていた。
ほんの少し前まで元気に走り回っていたグッドビールなのに、撫でられても抱きしめられても、力なく「くぉん……」って鳴くだけ。重くて大きな体でじゃれついてきていたのに、今は自分で動くこともできない。ギルにだっこされないと、大好きなばーちゃんの膝の上にも行けなかった。
それから、グッドビールはどんどん弱っていった。もう大好きなおやつすら食べることが出来ず、ほんの少しの水を口にすることしかできなかった。
そして、見る見るうちにその燃えるような赤い毛が灰色にくすみ始めた。暖炉に残った灰のような、彩のないみすぼらしい灰色だ。
『……寿命よ。この子は、そういう生き物なの』ってばーちゃんはグッドビールを撫でながら言っていた。『なんとかなんないの!?』って泣きながら縋るミーシャちゃんに、『こればかりはどうしようもないの』って悲しそうに笑って告げていた。
ミーシャちゃんとばーちゃんがケンカしていると勘違いしたのか、グッドビールは消え入りそうな声で鳴き、二人の顔を舐めていた。最初に見当違いの所を舐めたところを考えると、もうあの段階で目はほとんど見えていなかったのだろう。
やがてグッドビールは、俺たちの呼びかけにも反応しなくなった。ばーちゃんの膝の上に頭を乗せて、時折力なく尾っぽを振るうけど、腹が静かに上下するくらいで、眠っているんじゃないかと思うような状態になった。
ミーシャちゃんもばーちゃんも、泣きながらグッドビールを抱きしめていた。くすんでボロボロに……この数時間で一気に老け込んだような見た目になったグッドビールをずっと抱きしめ、撫でていた。二人ともポロポロ涙を流して、もう顔はぐしゃぐしゃだった。
そして、深夜にグッドビールは死んだ。
あの時、ばーちゃんの呼びかけにグッドビールは一瞬反応した。力なく顔を上げて、ふんす、ふんすと鼻をヒクヒクさせ、その鼻面をばーちゃんとミーシャちゃんの顔に押し付けていた。
「へっへっへっへっ」って、いつも通りに舌を出して、二人の顔を舐めた。そのままゆっくりと、ばーちゃんの膝に頭をおろした。
寝ているのかと思った。だけどもう、二度とグッドビールは目覚めなかった。
ミーシャちゃんもばーちゃんも、泣き崩れた。嗚咽を漏らして、ずっとずっと泣いていた。
結局二人は、明け方までグッドビールの亡骸を抱きしめながら泣いていた。夜が明けるころには泣きつかれて眠ってしまっていたので、俺とギルで協力してベットに寝かせた。
朝のいつもの時間、ロザリィちゃんとジオルドとアルテアちゃんがやってきた。家の様子がおかしいことに気付いたのか、心配そうな顔をしていた。
経緯を軽く話したら、『……ステラ先生が、何かあったらこっちの手紙を渡せって。そう、言われた』ってジオルドが黒い封筒をくれた。
手紙には、『依頼主の指示に従ってください。こちらが出向くまで待機し、状況に適宜対応してください。ミーシャちゃんのフォローをお願いします』とだけ書いてあった。
ばーちゃんも、ステラ先生も、最初から知っていたのか? 知っていて俺たちにこの仕事をさせたのか?
知っていたのに……どうして、俺たちに何も教えてくれなかったんだ?
ばーちゃんとミーシャちゃんが目覚めたのはお昼近く。夢であってほしいと思っていたのだろうけど、ミーシャちゃんもばーちゃんも、グッドビールの亡骸を見て再びわんわんと泣きだした。
それから、今に至る。グッドビールが死んだ旨を先生に連絡したのが昨日の朝で、昨日の夕方の定時連絡には『把握しました。先生たちが向かうまで待機してください』としかなかった。
ミーシャちゃんもばーちゃんも、今は悲しみに満ちて普通に過ごすことすらできなくなっている。二人の精神状態が心配だ。特にばーちゃんは、この家で一人で過ごさなくちゃならない。しばらくは、俺が泊まり込みで面倒を見る必要があるかもしれない。
グッドビールの埋葬はどうするのだろうか。ばーちゃんの指示は『もう少しだけ、あの子を見守ってくれる?』とだけだ。
ばーちゃんもミーシャちゃんも踏ん切りがつかないというのなら、多少強引にでも俺がやらなくちゃならない。グッドビールだって、いつまでもめそめそしている二人を見ていたくはないだろう。
俺と……ギルがいれば、グッドビールを埋葬するのに一晩あればお釣りがくる。二人が寝ているうちにやってしまえば問題ない。
……ギルは力仕事は得意だけど、心情的に自分からは絶対にできない。でも、俺が無理を言えば手伝ってくれる。俺に言われれば、それを理由に動けるはずだ。
ミーシャちゃんも、俺が唆したってすぐに気づく。
嫌われるのなんて別にいい。誰かがやらなくっちゃならないのな
ステラ先生とグレイベル先生が来た。