150日目 元気いっぱいグッドビール
150日目
朝からグッドビールが騒がしい。ちくしょう。
まだ夜明け前の時間に起きる。隣の部屋がどたばたとうるさい。ギルを起こして駆けつけてみれば、グッドビールが「くぉん! くぉん!」って元気いっぱいにはしゃいでいた。
グッドビールの首元に引っ付いていたミーシャちゃん、『みぎゃーっ!?』って悲鳴を上げて目を回していた。ばーちゃんの方は『お、おねがい、止まって……!』っておろおろするばかり。
どうも状況を鑑みるに、ミーシャちゃんのギガントドラゴン級の寝相がグッドビールを刺激し、「これはもしや遊んでもらっているのでは?」とグッドビールが勘違いしたっぽい。ギルに頼んで止めてもらったあと、『ばーちゃんの言うことはよく聞け』って『めっ!』ってしたら、グッドビールはちょっとしゅんとしていた。
ともあれ、ちょっと早いけどその後は朝の支度をすることに。ミーシャちゃんは『ちょっと眠いのー……』って二度寝。ギルは『朝の筋トレしちゃうぜ!』ってグッドビールを連れて庭へ。ばーちゃんは『目が覚めちゃったし、私も朝の空気を吸おうかしら』ってギルに続く。
んで、お外で洗濯。この時期は手が凍えないから洗濯もらくちん。ミーシャちゃんとばーちゃんの下着だけ洗ってもらいつつ(そもそもばーちゃんが『それは私がやるから』って言いだした)、庭で筋トレするギルとグッドビールを眺める。
グッドビールのやつ、腕立てするギルの上をリズミカルにジャンプして遊んでた。火の輪くぐりするサーカスの猛獣ってわけじゃないけど、ノリとしては完全にアレと同じ。何が楽しいのか、「へっへっへっへっ!」ってアホみたいに舌を出して嬉しそうだったよ。
しかもしまいには、スクワットするギルの上をジャンプしだす始末。『俺のスピードについて来れるか!?』ってギルはますますスクワットを加速させる。俺の隣で見ていたばーちゃん、『あの子があんなに飛べるのも驚きだし、さっきからずっとスクワットしていてまるで平気なあの子にも驚きね……』って驚愕の表情。
洗濯を済ませ、ブツをぱんぱんしてぴんっ! ってやりつつ干していたところ、『よう、精が出るな』ってジオルドがやってきた。ぴーぴーうるさいと思ったらルマルマ壱號を引いているヒナたちと、さらにはアリア姐さんも。
『日が強くないうちに日光浴させておきたくてな。そうしたら、ステラ先生から用事を言づけられた。あと、ついでだからってアルテアにヒナの散歩も頼まれた』ってジオルド。なんかバカでかい荷物が積まれていると思ったら中身全部ジャガイモ。ステラ先生の慧眼には驚かされるばかりだ。
で、せっかくだからってことでグッドビールとヒナたちを遊ばせてみる。ヒナたちもやんちゃ盛りだからか、グッドビールと全力で追いかけっこしていてなかなか楽しそう。ばーちゃんは『あ、あんなに小さいのに……大丈夫かしら?』っておろおろしていたけれど。
『ああ見えて、たぶん本気でケンカしたらあのヒナたちの方が強いですよ』って言っておく。『あれだけの量のジャガイモとアリア姐さんを乗せたルマルマ壱號をここまで引いて疲れてないしな』ってジオルド。『ホントにヒナなの?』ってばーちゃんは純粋な疑問を口にしていた。俺もそう思う。
あと、ジオルドがグッドビールと戯れるギルに『そいつ、オス? メス?』って聞いていた。ギルの奴、ちょう笑顔でグッドビールの股を大開脚させ、『見ての通り、オスかメスかよくわかんね!』って答えていた。
なんであいつ、この手の生き物を見るとしばしば股を開かせて確認するのだろう。もしグッドビールがその燃えるように長くてふわふわな毛皮じゃなかった場合、朝から大変なものを見せつけられていたかもしれない。
ばーちゃんから提供されたオレンジジュースを飲んだ後にジオルドとヒナたちとアリア姐さんは帰っていく。帰り際に昨晩書いたステラ先生宛ての報告書を託した。たぶん、この様子を見るに明日もジオルドが連絡係として派遣されるのだろう。
その後は朝餉の支度を。メニューは無難にパンとサラダとオニオンスープにしてみた。ばーちゃんの食の好みがよくわからなかったけれど、これが嫌いな人はまずいない。実際、『……なんか、自信無くしそうなくらいにおいしい』ってばーちゃんは褒めてくれたし、ミーシャちゃんも『お代わりなの!』って朝から三杯も飲んでいたしね。
ギル? 届けられたてほやほやのジャガイモを『うめえうめえ!』って食ってたよ。グッドビールの奴も「へっへっへっへっ!」って美味そうにオニオンスープを飲み、ついでとばかりにギルの皿からジャガイモをかっさらっていた。朝から本当に元気な奴である。
朝食の後は家事に移る。他三人はグッドビールの相手をしに外へ。『今日もめいっぱい可愛がってやるの!』ってミーシャちゃんはグッドビールにほおずりし、そしてグッドビールも「くぉん!」って楽しそうにミーシャちゃんの頬を舐めていた。
とりあえず、部屋の掃除から始める。やはりというか抜け毛が激しく、赤いそれがあちこちに落ちていた。まぁ、あれだけ走り回っていて綺麗な方がおかしいだろう。
ほうき等を駆使し、俺のウルテクできれいに掃除しまくっていたところ、箪笥の裏のだいぶ埃っぽいところに灰色というか、グレーっぽい白い毛が落ちているのを発見。他の毛は全部赤いやつだったのに、なんであそこだけ違うのが落ちていたんだろう?
ともあれ、部屋の隅々まできれいにすることに成功。前述した箪笥の裏を含め、割と大掛かりなガチ掃除っぽい仕上がりになったことをここに記しておく。ばーちゃんも年なのか、上の方とか重い家具の裏とかはあんまり掃除できてなかったんだよね。
家事の後は食料の買い出しに。ばーちゃんからもらった小遣いの範囲で献立を組まなくっちゃいけないからちょっと大変。宿屋の息子的に考えてメニューはなるべく豊富かつ飽きさせないようにしなきゃだし、ばーちゃんの舌と胃袋のことを鑑みると選択肢はグッと狭まってくる。
俺の華麗なる値切りテクニックが無ければ、求めていた食材を予算内で調達することは不可能だっただろう。やっぱ『まけてくれるまで泣いて喚くぞ。この歳の男が子供のようにギャン泣きするぞ。それでいいか?』ってイケメンエレガントに微笑むのはマダムたちによく効く。まったく、自分のイケメンと女子力の高さが恐ろしいぜ。
昼頃に一度みんなが戻ってきた。ミーシャちゃんはグッドビールに乗っていて、ばーちゃんはギルにおんぶされていた。一瞬怪我でもしたのかと焦ったけれど、『「ちょっと硬いけど乗り心地は悪くないから貸してあげるの!」……って、言われちゃって』とのこと。どうやら疲れたばーちゃんを慮り、ミーシャちゃんが対応したらしい。優しい娘だと思う。
昼餉は俺特製カルボナーラ。今日は胡椒は控えめに、卵の甘みを際立たせる方向で仕上げてみた。自分で作っておいてなんだけど、なかなかうまくできたと思う。
グッドビールもめっちゃガツガツ食ってた。今更だけど、『食べさせちゃいけないモノとかって大丈夫ですか?』ってばーちゃんに聞いてみたら、『これでも魔法生物だから、よっぽどの物じゃない限りは大丈夫よ』との答えが。そういえばウチのちゃっぴぃやヒナたちも結構なものを食っても大丈夫だった気がする。
昼餉の後は皿洗い。ついでにせっかくなので針仕事なども。ミーシャちゃんとグッドビールはおねむになったらしく、寄り添うようにしてスヤスヤ。ミーシャちゃんはグッドビールの腹(ふかふかで柔らかそう。ただし今は夏である)に埋もれてだいぶ心地よさそうだった。
『私も……この歳になると、疲れやすくって』ってばーちゃん。ギルが三人まとめてベッドに運び込んでいた。やっぱり力仕事はアイツに任せるに限る。
なんだかんだでおやつの時間ごろまで二人と一匹は寝ていた。起き出して来て早々、グッドビールは「へっへっへっへっ!」って嬉しそうに俺の腹に頭突き。やるならギルにしろよって思ったけど、口に出さなかった俺ってマジ偉い。
『おやつなの?』って眠そうに目をこするミーシャちゃん。『そこまでしてくれたの!?』ってばーちゃん。『実家じゃこれくらい当たり前でしたから。それに、仕事は完璧をさらに超えろってのが教えでして』って爽やかに微笑む俺。『うめえうめえ!』ってハゲプリンを貪るギル。
ちょっと頂けなかったのは、俺がハゲプリンを食っている間ずっとグッドビールが足の間をうろちょろしていたことだろうか。ちゃっぴぃだって最近は結構アレなのに、さすがにあの巨体でまたぐらをくぐられると落ち着かない。そのまま勢いで投げ飛ばされそうになる。
その後は夕方近くまでミーシャちゃんとギルとグッドビールは外で走り回っていたと思う。家事をしつつ遠目から見てたんだけど、グッドビールの赤い毛と夕日が映えてたいそう綺麗な光景だった。
『ここから見る夕日とあの子の景色、好きだったのよ』ってばーちゃんも言っていた。……やっぱり死んだ旦那とグッドビールが遊んでいた光景のことだろうか?
ここで大いなるサプライズが発生。なんと、ロザリィちゃん(とちゃっぴぃとクーラスとパレッタちゃん)がやってきてくれた。うっひょぉぉぉぉ!
『寂しくなっちゃった!』って抱き付いてくるロザリィちゃん。『きゅーっ!』って俺にずつきしてくるちゃっぴぃ。とりあえず二人纏めて抱き締めて、ロザリィちゃんには熱々のキスを。
ちょっと赤くなったばーちゃんが、『見せつけてくれるわね』って煽ってきた。『彼女がいなければ、僕は生きていけませんから』って答えておく。『この人、マジでそうだから。冗談や比喩じゃないから』って珍しくパレッタちゃんがガチな顔で補足を入れてくれたっけ。
『えっとね、一応お着換えを持ってきたの。あと、ステラ先生からお手紙も』とはロザリィちゃん。こっちで洗濯は普通にできてたんだけど、そう言えばそのことを伝えていなかった気がしなくもない。
『こっちで洗濯は出来るから、無理はしなくても大丈夫だよ』って優しく微笑んでみる。『……一番の理由は、──くんに会いたかったから、なんだけど?』ってロザリィちゃんは背伸びしてかかとをとんとん。気付けば普通にキスしてた。何だ今の魔法。
なお、俺たちがイチャイチャしている間も、グッドビールはちゃっぴぃ&ミーシャちゃんと戯れ、クーラスの股間にもぐりこんで突き上げていたことを記しておく。人懐っこいから初めて見る人ととにかく構いたいらしい。役に立ててクーラスも満足したことだろう。
結局、ロザリィちゃんたちは割とすぐに帰ってしまった。まぁ、暗くなったら危ないからしょうがない……クーラスがいたの、そういうことか。今度クッキーでも焼いてやろうっと。
夕飯はじっくり煮込んだビーフシチュー。とろとろお肉が舌の上でほろほろほつれていってマジ最高。めっちゃ柔らか。味も深い。さすが俺。
『お店で食べるよりも、おいしいかも……!』ってばーちゃんも喜んでくれた。もっと褒めてほしいって思った。
夕餉の後は風呂。言い出したら聞かないミーシャちゃんが『一緒に入るの!』ってグッドビールを風呂に連れ込んでいた。俺は外で火加減調整をやったわけだけれど、案の定、風呂の中からは『みぎゃーっ!?』、「へっへっへっへっ!」ってたいそう騒がしい声が聞こえたっけ。
あと、ぐしょぐしょのグッドビールが居間の真ん中でぶるぶるしたせいで大変なことになった。せっかく乾いたミーシャちゃんの髪が甚大な被害を受ける。ついでに「くぉん!」ってグッドビールがじゃれつくものだから、パジャマまでぐしょぐしょ。それでなお、ミーシャちゃんは『可愛い子なの……!』って嬉しそうだったけれども。
ギルは今日も普通に健やかにイビキをかいている。せっかくなので今日はこっちがグッドビールを受け持とうかと提案したんだけれど、ミーシャちゃんが頑なに『この子は私と寝るの! これは決定事項なの!』って譲ってくれなかったんだよね。
俺が見ていないだけで、きっと相当グッドビールと絆を深めたのだろう。本来なら喜ばしいことだけれど……。
もし、これ以上ミーシャちゃんがグッドビールに入れ込むようなら、俺の方から警告しておかないとならないかもしれない。俺たちがここでバイトをするのはどんなに長引こうとあと一週間も無い。
いずれ、別れる。仲良くなったらそれだけ、別れがつらくなる。特に、ミーシャちゃんにとっては……ミーシャちゃんは、そういう娘だから。
もしかして、ステラ先生はこれを見越していたのだろうか。だからこそ、俺の同伴を求めてきたのだろうか。手紙には『この調子で注意深く観察を続けてください』……くらいしか書いていなかったけれど。
……いや、マジでそうなんじゃね? 依頼最後の日にミーシャちゃんが大泣きする姿が目に浮かぶ。ステラ先生が一昨日あんな感じだったのも、それがわかっていたからこそだろう。
まぁいい。俺がいくら嫌われ役になろうと、それでステラ先生の不安や心配が少しでも少なくなるのならそれ以上の喜びは無い。俺が適任だというのなら、きっちりやってみせなくては。どうせギルはこういうの出来ないだろうしね。
長くなったけど、こんなもんにしておこう。ギルが静かだから安眠できるのは救いだ。寮でもこうだといいのだけれど。
先生宛の報告書を書いたら寝よう。明かり代だってタダじゃない。
最後に、これだけは書いておく。
ぐしょぐしょになったパジャマの代わりに、ミーシャちゃんはギルの服を剥ぎ取って纏っていた。当然のごとくかなりぶかぶかで、ロリコンの前には到底出せないレベル……実年齢を考えると相当キケンなレベル。
本人は『涼しくていいの!』って言ってたけど、ギルのツラを見てなかったのだろうか。どうせ今日もグッドビールがじゃれつくだろうし、明日の朝が大変不安だ。