149日目 ペットシッターのバイト
149日目
期待通り、オステルが異常魔法雰囲気を放っている。しかもなんか連鎖共鳴反応まで。アエルノ、ティキータ、バルトの寮に向かって全力で投げておいた。
ギルを起こして食堂へ。なぜか食堂に人気がほとんどなく、たいそうすっきりしていてなかなか愉快。暑さそのものは昨日とそんなに変わらないと思うけれど、人口密度が格段に小さいからどことなく涼しげな感じ。
せっかくなので俺とギルとちゃっぴぃで机を三つも占拠してみる。朝から中々に贅沢な気分。まるでどこぞのお貴族様になったかのよう。たまにはこういうのも悪くない。
あえて書くまでも無いけれど、ギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。なぜかルマルマ以外のメンツがいなかったから朝餉が余りまくっており、残ったそれも『みんな食わないなら俺食っちゃうよ!』って嬉しそうに『うめえうめえ!』って食っていた。
それにしてもまぁ、ルマルマ以外の連中がこうも怠惰だとは。結局誰一人として食堂にやってこないっていうね。夏休みだからって気がたるみ過ぎていると思う。まったく、まじめで健康的な俺たちを見習ってほしいものだ。
さて、そんな朝のひと時を過ごしていたところ、何やら興奮した様子でミーシャちゃんがやってきた。しかもなぜかステラ先生の腕を引っ張っている。うっひょう。
で、なぜかミーシャちゃん、俺の所にやってきて『つべこべ言わずに頷けばいいの』ってなんか紙を見せつけてきた。魔系学生向けのバイトの依頼書らしい。【ペットの面倒を見てくれる学生募集※】って書いてある。
この最後に付けられた※が曲者。詳細を見てみると、【泊まりこみのバイトです】、【概ね五日前後を見込んでいますが、詳しい期間は定まっていません】、【料理・洗濯・掃除といった家事が一通りできる人限定です】、【応募する際は二人以上でお願いします】、【報酬は未定ですが、労力に見合う分は保証します】……などなど、いかにも怪しいことが書かれている。
使い魔欲しい症候群を拗らせているミーシャちゃんは、(字面だけ見れば)ペットの面倒を見るだけという夢のようなバイトに飛びついた。運よく誰ともかち合わなかったその依頼書を確保するだけして、パートナーは後から探そうと、とりあえずステラ先生に提出しに行ったらしい。
『そしたら、ステラ先生が──と一緒なら認めるっていうの。というか、──が一緒じゃなきゃ受理しないとか言うの。だからさっさと認めるの』ってミーシャちゃん。いったいどういうこっちゃ?
ステラ先生、なぜか複雑そうな顔で『その……──くんなら実力があるし、何かあった時でも何とかしてくれるかなって』って教えてくれた。曰く、依頼主の婆さんは結構なお年寄り故にこんな依頼を出したわけで、泊まり込みの実態は婆さんのヘルパー的なものも兼ね備えているからとかなんだとか。そりゃミーシャちゃんだけじゃ心配になるわな。
ただ、ちょっと不思議なことも。『先生としては、出来ればこの依頼は受けてほしくないの。でも、ミーシャちゃんが受けたいっていうのなら、それはミーシャちゃんの選択だし、先生はその意志を尊重すべきだと思っている。……だから、──くんに一緒に受けてほしいっていうのは完全に先生のワガママ。……断わってくれても、いいんだよ?』ってステラ先生はなんか悲しそう(?)に俺に言ってきたんだよね。
ともあれ、ステラ先生のお願いとなれば断われるはずもない。ミーシャちゃんに泣き落とされたギルに脅されたこともあって(断れば哀しみのハグをするって言ってた。受ければ友情のハグをするって言ってた)、受けることを決定する。
ちなみにメンツは俺、ミーシャちゃん、ギル。ロザリィちゃんには取り急ぎ、しばらく外泊する旨を告げた。出かける間際、『寂しくならないおまじないね!』ってキスしてくれてちょうハッピー。これだからロザリィちゃんは最高だ。
肝心の依頼場所は街の外れの方の一軒家。いつものデートコースからちょっと離れたところ。これくらいなら普通に日帰りでも問題ないと思うけど、まぁ依頼人が泊まり込みを望むならそれに応えるしかない。
で、ちょっぴりワクワクしながら扉を開ける。開けた瞬間にでっかい犬が飛びかかってじゃれてきた。わーぉ。
『ご、ごめんなさい!』ってばーちゃんの声。『これくらいなんてことないっすよ!』って犬を余裕で受け止めたギル。「へっへっへっへっ!」って舌を出してギルにじゃれつく犬。『ずるいの……ッ!』って歯をギリギリするミーシャちゃん。
とりあえず中に入って説明を聞く。依頼主のばーちゃん(ルキアっていう上品そうでか弱そうなばーちゃん。白髪だけど背筋はしゃんとしている。ただし腰が弱い。なんと御年七十三歳)によると、このデカい犬──グッドビールの面倒を見てもらいたいとのこと。
こいつ、並みの大型犬よりもデカく、魔法で変身したキイラム先輩狼形態より二回りくらい小さいかなってくらいのサイズ。炎のように揺らめく赤くてふわふわな毛皮が特徴で、とにもかくにも人懐っこい。俺たちが説明を聞いている時もずっとギルにじゃれついていたしね。
なんだろうね、吠えたりとかはしないんだけど、とにかく尻尾を振って構ってくれと言わんばかりにじゃれついてきてたんだよね。「へっへっへっへっ!」って舌を出して息を荒くして……遊び盛りの子供みたいなやつってイメージが一番しっくりくると思う。
『どうしてこんなにギルにじゃれついてるんですか?』って聞いてみる。『久しぶりに全力で構ってもらえる人が来たからかしら』とはばーちゃん。たしかに、この巨体と元気じゃばーちゃんの手に負えるはずがない。
なんとも意外なことに、こんだけ元気が有り余っているのにグッドビールは人間に換算すると結構なお年寄りらしい。その元気をばーちゃんに譲ってやれよって思った。
グッドビールについての説明はこんなもん。その後はこの家で過ごすにあたってのルールを簡単に聞く。まぁ、ルールと言っても大したことは無くて、ベッドの場所や入浴についての説明を受けたくらい。
『大した手間でもないですし、よろしければ炊事も洗濯も掃除も請け負いますよ』って微笑んだら、『……助かるわ、とても』って微笑み返された。さすがに見るからにか弱いばーちゃんに家事をさせるのは俺のポリシーに反するしね。
ともかくそんなわけで、原則的にミーシャちゃんとギルがグッドビールの遊び相手に、俺が家事全般を担当することに。ばーちゃんは元気があればグッドビールの遊び相手になるってことで落ち着いた。
『せっかくだから、私もこの子の面倒を見たいの』ってばーちゃんは言っていた。ここ数年は家事をするだけで息が上がって疲れ果てるから、あまりグッドビールにかまってあげられなかったらしい。
その後は普通に家事をする。洗濯して飯作って掃除して買い物して……っていう一連のアレ。これについては書いていてもつまらないので、ここまでにしておく。
夕方よりちょっと早いくらいの時間に、グッドビールと遊んでいたミーシャちゃん、ギル、そしてばーちゃんが戻ってきた。三人とも服がだいぶボロボロ。ミーシャちゃんは髪がぼさぼさ。ギルの筋肉はテカテカ。
一方で、グッドビールは「へっへっへっへっ!」って舌を出しながら俺にもじゃれついてきた。ぶっちゃけ普通に押し倒された。ティキータの所のメリィちゃんに引き続き、犬に押し倒されるのは二度目である。
どうやら遊んでほしいらしく、グッドビールは執拗に俺のまたぐらに顔を押し付けてふんすふんすとやってきやがった。『その子ね……子供のころから、人の足の間に入ったり、スカートの中に入るのが好きで……』とはばーちゃん。よく見ればミーシャちゃんのスカートがだいぶ汚れていたし、ばーちゃんのスカートもしわしわ。『俺も頭突っ込まれちゃったぜ!』ってギルはちょう笑顔。
「くぉん! くぉん!」ってうるさかったのでちょっと遊んでやったけど、まあ元気が有り余ってるし体もデカいしで大変だった。あれだったらフィルラドと組み手をしていたほうがまだ楽なレベル。
何が凄いってコイツ、終始ミーシャちゃんを背中に乗せたうえで俺にじゃれついてきたんだよね。なんか背中に人を乗せて走り回りたい気分だったらしい。すでにミーシャちゃんは顔中を舐められてだいぶ酷いことになっていたけれど、『あたし……こういうのを求めてたの……!』ってうっとりしていたよ。
文章的には割とあっさりしているけれど、実際は俺の腰がぶっ壊れかねないくらいに大変だったことを記しておく。
いや、マジで元気がありすぎる。依頼書にあった※の意味を心で理解した。しかも、こいつが満足するまで依頼は続く。ミーシャちゃんは今の段階ではしゃぎ疲れて夕飯の時にウトウトしていたというのに。
『もう年だし、私じゃ相手が出来ない。今日だって、ほとんど見ていただけだもの。……最後に全力で遊んでるところを見たかったし、あなたたちに来てもらえてよかったわぁ』ってばーちゃんはおねむなミーシャちゃんの頭を撫でながら疲れたように笑っていた。実際疲れていたんだろうけど、縁起でもないこと言うなよって思った。
なんか内容がすごくざっくりしているというか、とびとびになってるけどこんなもんにしておこう。どうせ明日も似たような感じだろうから、今日書けなかったことは明日書けばいいや。
俺はこの日記を、ばーちゃんちの一室で書いている。何気に学校に入ってからルマルマ寮以外で夜を明かすのって初めてではなかろうか。
ミーシャちゃんは『あたしは絶対このこと一緒に寝るの!』ってグッドビールに抱き付き、そのままばーちゃんと一緒に寝室へと消えていった。『うふふ、ありがとね。……今日はベッドが寂しくなくていいわぁ』ってばーちゃんも嬉しそう。
『ウチのベッド、クイーンサイズだから』ってばーちゃんはちょっと赤くなって言ってたけど……たぶん、昔は旦那と一緒に寝てたんだろう。何年前から一人(と一匹)暮らししているかはわからないけれど、あんなばーちゃんが一人でクイーンのベッドとか、寂しさがマッハでヤバいと思う。
まあ、今宵は寂しさなんて紛らわせるだろう。むしろちょっときついくらいかもしれない。ミーシャちゃんは体こそ小さいけれど、寝相はギガントドラゴン級だしね。
ギルは普通に健やかに寝息を立てている。イビキはかいていない。授業で居眠りするときや、クラスルームでお昼寝するときみたいな感じ。なぜいつもそうしてくれないのかとブチ切れそう。
あれか? 一応隣の部屋にばーちゃんがいるから遠慮しているのか? それとも緊張して上手く寝付けないとかそういうアレか?
いずれにせよ、こいつにこんな能力があることに驚きだ。俺も今日は普通に安眠できそうな気がする。
なんだかんだで割とガチめに肉体労働(家事ではなくグッドビールの相手の方)をしたから俺もくたくただ。ステラ先生向けの報告書を仕上げてさっさと寝よう。
おやすみなさい。