147日目 爆走
147日目
口の中がじゃりじゃりする。ちくしょう。
口の中を丹念にすすいでからギルを起こして食堂へ。昨日散々飲み食いしたからか、男子連中の大半が未だ眠りこけていたのが印象的。あの気高きアルテアちゃんも、『汗と酒と肉の匂いが混じったような……そんな飲み会後特有の男臭さがドアを開けた瞬間にむわって……』って若干涙目。とりあえず窓だけ全開にして退散したらしい。
『……別によくない?』ってロザリィちゃんは不思議そうな顔をしていた。『ごめんな、全ての人間がお前みたいな特殊な人間じゃないんだ』ってアルテアちゃんはロザリィちゃんの口にバニラアイスを『あーん♪』してあげていた。ついでとばかりにミーシャちゃんとパレッタちゃんにも『あーん♪』してあげていた。今日も平和だ。
一応書いておこう。ギルは今日もジャガイモを『うめえうめえ!』って食っていた。昨日あれだけ食べていてなおこれだけの食欲があるとか、ちょっとうらやましい。健康の秘訣、今度聞いてみようかな?
朝食後はクラスルームでゆったりする。バイトする気にもなれなかったし、かといって外に遊びに行く気にもなれない。出来ればロザリィちゃんとイチャイチャしたかったけれど、ロザリィちゃんは『ピアナ先生の所に修行に行ってくるね!』って出かけてしまったためそれも叶わず。
そんなわけでぼーっとエッグ婦人とヒナたちのケツを眺めていたところ、何やらジオルドがパレッタちゃんに『丈夫でそれなりに長い糸とかないか?』って聞いているのを発見。
パレッタちゃん、『ルンルン? ヴィヴィディナ? それとも別の蟲? 合法から非合法までヤバいもの全部取り揃えているよ?』ってちょう笑顔。こういった場面で頼りにされて嬉しかったのだろうか。
ともあれ、ジオルドは『コスパが良さそうだからヴィヴィディナで』って宣言。パレッタちゃん曰くヴィヴィディナが月光の下で紡いだというすんげえ太い糸的なもの(特有の魔力の匂いがしていた)がジオルドの手に。ジオルドは『魔力はヤバいけど糸としてはまともだ』ってコメントしていた。
さて、そんなものをいったいどうするのかな……なんて、パレッタちゃんと共にジオルドの行動を眺めてみる。ジオルドはその糸を六つに分けると、どこからか車輪のついたソリ的なものを引っ張り出してきた。大きさとしてはポポルとパレッタちゃんとミーシャちゃんが乗ったらいっぱいになるくらい。大人なら一人、子供なら三人がゆったり乗れるサイズってところだろうか。
で、ジオルドは六つに分けた糸をソリ的なものに括りつけていく。括りつけ終わったところで『こっちゃこい、こっちゃこい』ってアルテアちゃんのまねをして口笛。ハッとしたヒナたちがケツを振りながらジオルドの元へ。
『よーしよし、いい子だ』ってジオルドはヒナたちに皮で出来た鞍のようなものをセット。ついでと言わんばかりにさっきの糸を鞍に括りつけた。
『──完成だ』ってジオルドが宣言。俺たちの目の前に、それはもう立派な……犬ぞりならぬ鳥ぞりが。
『どうすんのこれ?』とはパレッタちゃん。『アリア姐さんに乗ってもらう。いい加減、俺が抱えて動くのは効率悪いからな』とはジオルド。ヒナたちの意見を無視してそんなこと進めていいのかなって思ったけれど、当のヒナたちは残像が出るレベルでケツをフリフリしていてやる気満々。ちょうどいい運動になるのだろうか。
早速試乗タイムに。外に移動し、ジオルドが抱っこしたアリア姐さんをソリ的なものにセット。そのままぴゅいって口笛を吹けば、ヒナたちは待ってましたと言わんばかりに爆走を始めた。
『……思ったより早くね?』ってジオルドは呆然。出せても並足よりちょっと遅いくらいだろうと思っていたのに、普通にそれ以上出ている。
六匹もいるとはいえ、あんなに小さい体のヒナたちがアリア姐さんが乗った大きなソリ的なものをああも簡単に曳いて走れるとか、どうなっているんだろうか。
なお、アリア姐さんは「い、意外と速くてちょっと怖いかも……」とでも言わんばかりにソリ的なものの縁をしっかり握って(ツタを絡ませて)いた。設計として普通のソリに車輪をハイブリッドさせることでヒナたちの負担を軽く、かつ機動性能をあげたらしいんだけど、その分段差や障害物、小石なんかの影響を受けやすくなってしまったらしい。
『これなら車輪をつけなくてもよかったかも』ってジオルドが言っていたから間違いない。『荷台に流用できるから別にいいじゃん。ポポルやミーシャちゃんの玩具にもなるし』って言ったら、『それもそうだな』ってあいつは言っていた。
そんなこんなでそれからしばらくずっと試運転。幸いなことに強度的な問題や取り回し上の問題は見受けられず。強いてあげるとすればヒナたちが張り切りすぎてソリ的なものとヒナたちを繋ぐロープが絡んでしまうことくらいだろうか。
ただ、これに関してはエッグ婦人が指揮を執ることで解決することが判明。エッグ婦人、ソリ的なものの縁に立ち、母親らしく凛とした態度でヒナたちに命令を与えていたっけ。
しばらくしたところでアルテアちゃんとフィルラドが『うちの子いないんだけど……』ってやってきた。アリア姐さんが乗るソリ的なものを引っ張らせられているヒナたちを見てびっくり。『強制労働……!?』ってフィルラドは呆然としていた。
一方でアルテアちゃんは『……最近ろくに運動させてあげられなかったからなぁ。やっぱり、ちょっとはこういう風に頼ってあげたほうが良いのかなぁ』ってなんか妙に感心(?)した様子。
どうも、いつまで経っても飛べないことをヒナたちがちょっぴり気にしている節があったのだとか。『自分にしかできない役割を貰えたのなら、気にすることも無くなると思う』ってアルテアちゃんは言っていた。鳥としてのアイデンティティは別にいいのだろうか?
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中は当然のごとくアリア姐さんのソリ的なものの話で盛り上がった。ポポルが『角とか付けて改造しようぜ!』って盛り上がり、クーラスが『オシャレな柄の旗をつけようぜ』って盛り上がり、ギルが『非常用の備蓄でジャガイモを搭載だ!』って盛り上がる。全部ジオルドが却下してたけどね。
あ、だけど、女子たちの『お花とか飾るといいんじゃないかしら!』、『ぬいぐるみとか乗せておくと寂しくないわよね!』って案にはトロールみたいなアホ面晒しながら頷いていた。まぁ、こっちはアリア姐さんが「私の愛車によその花なんてつけたくないわ!」……と言わんばかりにほっぺを膨らませたので却下になったけれど。
なお、最終的に件のソリ的なものは【空と大地と六羽の雛鳥は爆走する深淵の愛の花を高みへと導く ~ルマルマに轟くサバ折りの女王の愛機壱號:プロトタイプ~】と名付けられた。長いからルマルマ壱號でいいや。
ギルは今日も大きなイビキをかいてぐっすりと寝こけている。今更ながら、俺がルマルマ壱號へのカスタマイズとして提案した接着剤発射機構が男子からも女子からも受けが悪かったのがわけわかめ。最高にイカしてクールな装備だと思うのだけれど。まったく、ウチのクラスにはロマンのわからないやつばかりだから困る。
……ジオルドも今後のカスタマイズにそのものには前向きだったけれど、アリア姐さんがちょっぴり寂しそうにしていたのには気づいたのだろうか? 愛情深い種族なアビス・ハグであるアリア姐さんにとって、ジオルドに抱っこしてもらって移動するのにはそれなりに大きな意味があるんじゃなかろうか。
たぶん、一昔前のアリア姐さんだったら妙な勘違いをして、ジオルドを泣きながらサバ折りしていると思う。今はまぁ、あれが純粋にジオルドの善意だと気付いていると思うけれども。
まぁいい。いずれにせよ俺が考える問題じゃない。そして今日も妙に文章が長くなった。俺の悪い癖だ。
ギルの鼻にはアリア姐さんのツタの一部でも詰めておく。おやすみなさい。
20190824 誤字修正