140日目 夏季特別講座:ルフ老 古代魔法の失われた歴史
140日目
暑い。苦しい。汗臭い。酒臭い。ヨダレ臭い。あばらが痛い。身動きが取れない。腕の感覚が無い。
信じられるか? これ、解放された後もずっと続いてるんだぜ?
胸苦しさと暑苦しさで目覚める。ある意味予想通り、ナターシャの寝相はすさまじく、俺に抱き付いたまま複雑怪奇に絡んで凄まじいことになっていた。おかげで俺の身動きは取れず、ついでに言えば寝ている間にいつもの癖で脱いだのか、あの野郎は下着姿になっていた。
さすがにこんなところをクラスメイトに見られたらヤバい。早急に脱出を試みるも、なんか記憶にある以上に拘束がガッチガチというか、体が重くて動けない。
まさかあの野郎、未だに成長を続けているのか……と戦々恐々としていたところ、なぜかリアとちゃっぴぃまでもが俺を抱き枕(?)的に抱きしめたりのしかかったりしているのを発見。いったいどういうこっちゃ?
とりあえずなんとか二人を起こしてみる。『助けて来いって言われてたんだった!』とのこと。どうもミニリカかアレットが、これを見越して二人を俺の元に派遣していたらしい。
が、二人ともついつい俺のベッドにもぐりこんでスヤスヤタイムを楽しみたくなっちゃったとかなんとか。『いや……これ普通に潜りこみたくなっちゃうし……』、『きゅ!』ってあいつらは言っていたよ。
ともあれ、二人のおかげでなんとか脱出に成功。うまい具合に絡んだナターシャを引き離してくれた。ついでにナターシャのパジャマ的なものも着せてくれたっけ。『力は強いしお酒臭いし寝ぼけて舐めてくるしでもう二度とやりたくない』ってリアは辟易としていたけれど。
朝食は普通にとろ……うとしたんだけど、俺の隣に座ったロザリィちゃんがずっとすーはーすーはーくんかくんかしてきてだいぶあせった。『お風呂に入れなかったのはわかるの。それは別にいいっていうか、むしろウェルカムなの。……でも、よその女の匂いみたいな、──くんのおうちの匂いがやたら強いのが気になってしょうがないの……!』ってなんかちょっぴり涙目。
……汗臭さはともかく、実家の匂いってどういうことだろうか? こういうの、自分じゃ全然気づかないから困る。やっぱり多少無理してでも朝風呂に入っておくべきだったか。
あえて書くまでもないけれど、ギルは普通に『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。アツアツの蒸かし芋だからか、食べ進める度に大胸筋に煌めく汗が流れていてだいぶヤバい。俺もだいぶ汗臭かっただろうけど、ギルはそれ以上に見た目が暑苦しかったと思う。
さて、今日の夏季特別講座の担当はルフ老。気になるテーマ名は【古代魔法はなぜ古代魔法になったのか】なるそのまんま過ぎるもの。副題をつけるとか、もっと興味を引きやすいキャッチーなコピーにするとか、あるいはインパクトのある短めの言葉で華麗に締めるとか、もっと名前を工夫すべきだと思った俺はおかしいのだろうか。
ルフ老はテカるヘッドと長いおひげ(あご)といういつもと同じ出で立ち。が、浮かべる笑顔は好々爺のそれで、放つオーラは噂通りの大賢者みたいなそれ。『短い時間じゃが、このおいぼれのわずかばかりの知識を授けよう。諸君らが叡智にしてくれることを望むよ』……だなんて、すごくそれっぽいことを言うものだから違和感が凄まじい。
で、まずは古代魔法について簡単におさらい。古代魔法とは言葉通り、太古の昔……現代魔法が普及していないどころか、儀式的な魔法すら存在していなかった時代よりもはるか前に存在していた魔法全般を指す。
あまりにも古すぎるから、その詳細を知っている人なんているわけがない。古い魔導書やおとぎ話にその存在を匂わせる記述があるくらいで、それでさえ眉唾ものか事実をだいぶ盛っているだけと思われていた。
というのも、それらの記述をそのまんま信じると、あまりにも規模が大きく、絶大な威力をもつ魔法ばかりになるからだ。普通の威力の魔法だったら『あ、偶然魔法を使える人がいたのね』だとか『魔法が発達してない時代でも、それっぽいこと自体はあってもおかしくないよね』って感じで納得できたのに、マジで神話なんじゃねーかってくらいに大袈裟な記述しかないものだから、誰もそれを信じなかったらしい。
ところが近年になって研究が進むにつれ、それが本当であったことが明らかになる。古代魔法のロマンに憑りつかれたある一人の若者が、世界中を旅し、あらゆる文献や古書を読み漁り……とうとう禁じられた遺跡にて、その秘術の一端に触れることで再現することに成功したのだという。
何を隠そう、その【古代魔法のロマンに憑りつかれた若者】こそがルフ老だったりする。もう何度も酒の席で聞かされた話だ。
それからルフ老は大賢者と呼ばれるようになっていったっていう話だけれど、俺がマデラさんの宿屋に来る前のことだからいくらでも事実を盛ることが出来る。確認しようがない上、普段のろくでなしのルフ老を知っている人間ならば、嘘だって思うほうが普通だろう。
『このように、神話に語られる古代魔法は実在することが明らかになった。……が、現実問題として古代魔法の本当の意味での使い手は今の世では儂しかおらぬ。これがどういう意味を持つかわかるかね?』……などなど、ルフ老は瞳に叡智の光を輝かせながら語る。
なんでも、古代魔法は現代魔法や原初の魔法と明らかにルーツが違うらしい。ルフ老曰く、現代魔法のように理論として構築されてはいるものの、現代魔法のそれと全く違うのだとか。
また、『仮にその理論を現代魔法に落とし込むことが出来たとしても、再現することは無理じゃろう。……単純にな、古代魔法は必要とする魔力が多いのじゃよ』ってルフ老は続けた。
仮に俺たちが普通に魔法を使った時の魔力を10と置くならば、古代魔法は簡単なものでさえ200ほど……それも、かなり上質で精錬された魔力でないとダメらしい。
『こんな使いづらい魔法なら、廃れて【古代】魔法となってしまったのも頷ける。あるいは資質のある一部の人間にのみ伝承されていたのやもしれぬ。いずれにせよ、なんらかの理由で継承されることが無くなった結果、今日我らの知る古代魔法というそれが出来上がったのだろう』……と、ここまで行ってルフ老はにやりと笑った。
『……これが、一般的に知られている通説じゃ。が、わざわざそんなわかりきったことを知りたいわけではあるまい?』ってルフ老は自らの左目に手をかざした。
次の瞬間、盛大などよめきが。
うん、ルフ老の左目にさ、なんかめっちゃカッコいい紋様が浮かび上がってたんだよね。
『少し話を戻す。なぜ今の時代では儂しか古代魔法の使い手がいないのか。──単純にな、体の構造が違うからよ』……ってルフ老はドヤ顔。
どうやらルフ老、例の禁じられた遺跡に赴いた際に祭壇(?)的なアレに触れてしまい、体を魔術的に改造されてしまったのだとか。ただ、改造といっても悪い意味でのそれではなくて、感覚的に古代魔法を理解・行使できるようになる夢の溢れるものだったとのこと。
『古の人間と今の人間では、魔法を使う身体的な機能構造そのものが違う。ここからは推測だが、おそらく古の魔法使いは一度何らかの理由で滅んだのだと思う。そうだとすると、古代魔法と原初魔法の時代……ミニリカの講義にあった芸術要素を持つ魔法の時代との間にある歴史の空白期間の説明がつくのじゃ。いや、むしろ、そうでないと説明がつかないとも言える』って、ルフ老はそれから魔法歴史のブランクや古代の魔法使いに関する歴史的背景に基づいた推測などを述べていく。
秘められた謎の歴史が明らかになった……って言えば聞こえはいいけれど、正直講義としてはたいそう退屈であったことをここに記しておく。ルフ老はマジで座学しかしなかったし、終始古臭くて小難しい話しかしなかった。
歴史のロマンで腹は膨れないし、俺はそれよりもロザリィちゃんとの輝く愛の未来に夢を見る。いや、夢じゃなくてほぼほぼ現実なんだけどな!
なんだかんだで特筆することも無く講義は終了。先生方や一部の生徒は非常に興味深そうに……っていうか、マジで楽しそうに話を聞いたり質問したりしていたけれど、俺を含めた大半の生徒は居眠りしたり落書きしたりしていたのを覚えている。ちゃっぴぃは俺の膝の上でスヤスヤしていたし、ポポルもギルの陰に隠れてぐっすりだったよ。
講義終了後、ルフ老にそれとなく『例の遺跡に行ったら古代魔法使えるようになるの?』って聞いてみる。『話を聞いてなかっただろ、おぬし……』って呆れられた。普段は尻の話しかしないボケ老人の話をどうして真面目に聞かなきゃいけないのか、理解に苦しむ。
で、肝心の遺跡だけれど、『儂が気づいたときには、もうその祭壇は風化して崩れ去ってしまったよ。古の魔法使いが最後に遺した魔法施設だったのじゃろうな。最後の最後で何とか一度だけ……奇跡に近いそれで起動できたのじゃろ』とのこと。もう跡形もないから、誰がどうして、何のためにそんな祭壇を作ったのかもう知ることは出来ないらしい。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、ナターシャが『昨晩はありがと』って頭を撫でてきた。『ちょっと見ない間に、ずいぶんとデカくなっちゃって……』ってハグまでしてきやがった。センチメンタルな気分だったのだろうか?
『みんなの前で子供扱いしないでくれ』って言ったら、『そーゆーとこはまだまだ子供ね』って軽くいなされた。おまけに『ヴァルみたいな浮気性にはなるんじゃないぞぉ?』って肩までぽんぽんされた。マジでいったい何だったんだあれ?
ギルは今日もぐっすりスヤスヤとイビキをかいている。なんか最近宿屋の連中のことしか書いていない気がする……って、去年も似たようなことを書いたような? どうもいつもの連中が学校にいるこの状況は落ち着かないというか、調子が出ない。普段の俺のクール&エレガントな雰囲気が霞んでいるような気がする。
まぁいい。さっさと寝よう。最後になるけど、この部屋に戻る直前、ネグリジェ姿ロザリィちゃんが情熱的なキスをしてきたことを記しておく。あまりのことに呆然としていたら、『……今は黙って、私の好きなようにさせて』ってさらに追加で攻撃されてしまったっけ。まったく、これだからロザリィちゃんは恐ろしいぜ。
ギルの鼻には……ルフ老のあごひげでも詰めておく。こんだけロングにするのにどれだけ時間かかったのだろう。ちょっと気になる。おやすみなさい。