139日目 夏季特別講座:ナターシャ 究極魔法への標~深淵に堕ちる~
139日目
セミの大合唱。うるせえ。
ギルを起こし、ちゃっぴぃとリアを担ぎながら食堂へ。『クソうるさい!』、『いつもよりだいぶ早く起きちゃったんですけど!?』、『呪ってやる!』と、早朝に起こされてしまいご機嫌斜めの奴が多数。みんな目が血走っていたのは、寝不足からか怒りによるものか、果たしてどっちだったのだろうか。
さすがにこれにはヴィヴィディナも我慢できなかったようで、『ギャアアアア!』ってステキな金切り声を上げながら触手を伸ばしてセミを捕食しまくっていた。ヒナたちも猛烈な弾丸のような勢いで外に飛び出し、残像すら残るレベルで樹を突いてセミを追い払っていた。ウチのちゃっぴぃは『ふーッ!』って外に向かって全力で威嚇していたので、俺も一緒に『ふーッ!』って威嚇しておいた。
朝食はクラッシュゼリーをチョイス。セミのせいで声がかき消され『今なんつったァ!?』、『聞こえないよォ!』って食堂がだいぶ物騒な感じになっていたのを覚えている。おばちゃんの声すらかき消すとか、ホントマジでどうなっているのだろう。
あまりのセミの煩さに辟易していたけれども、ロザリィちゃんがクラッシュゼリーを『あーん♪』してくれた瞬間、もうロザリィちゃんのことしか考えられなくなってしまった。周りの音なんて全然聞こえなくなって、ロザリィちゃんのことしか見えなくて……。
で、気づいたら口にほんのりとハートフルピーチの香りが。俺が頼んだのはアルジーロオレンジのクラッシュゼリーなのに。不思議なこともあるものである。
そうそう、ミニリカはイチャイチャする俺たちを見て、『違うんじゃあ……! こんな風に直接的なのを目の前でやられるのは違うんじゃあ……!』ってなんかめそめそしていた。その隣で、ギルはそんなの知ったこっちゃないとばかりに『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。
さて、今日の講義の担当はナターシャ。相も変わらず痴女じみた格好をしているからか、何も知らなければ大変目に毒な光景。あいつの唯一の取り柄である胸に目を奪われる男子がいっぱい。ものぐさズボラで家事の一つも出来ない上に脱ぎ捨てたニーソックスが堪らなくクサい女として終わっている奴だけれど、外面だけは悪くないというから困る。
去年は意外とまともに講義をしていたから、案外今年もきちんとやるのかな……なんて思っていたところ、『【究極魔法への標 ~深淵に堕ちる~】って内容で講義しようと思っていたけど、やる気失せたから内容変えるわ』とか抜かしだしやがった。あのアバズレ何を考えているのか。
『ああもう、クソうるさい!』ってナターシャは苛立ちを隠そうともせずに樹に魔法をぶっ放す。大量のセミの羽音と断末魔の鳴き声。もはや金切り声に近いレベル。
あのマジックハッピー、とうとう怒りで我を忘れたか……と思いきや、『これ、あんたらもやって。今日の講義はセミの駆除。あたしのために一秒でも早く駆逐して。……早く終わらせたらごほうびをやらないこともない』なんて言い出した。
しかもあろうことか、『ははあ……けっこー厳しくて実践的な内容だねぇ……』ってステラ先生がしきりにうんうんと頷き出した。いったいどういうこっちゃ?
解説を(ステラ先生に)求めてみたところ、『ほら、よく見てっ! ナターシャさんは樹に魔法を撃ったのに、樹そのものには傷一つないでしょ? ……普通に魔法を使ったように見えて、対象をピンポイントで選択したんだよっ!』ってステラ先生がプリティ過ぎる素敵なスマイルと共に教えてくれた。
言われてみれば、あれだけ派手に魔法をぶっ放したというのに樹には傷一つない。俺がかつてナターシャの癇癪に巻き込まれたときは、樹どころか近くの物置までぶっ壊されたというのに。
『理論だけの魔系もいるだろうけど、冒険者みたいに実践よりの魔系に重要なことの一つとして、如何に味方への誤射を少なくするのかってのがあるの。殲滅対象となる敵の付近には足止めを兼ねている前衛がいる。前衛を巻き込むヘボい魔法を放つのなんて三流もいいところ。かといって、いちいち前衛が敵から離れるのを待つのもアホらしすぎる』……などなど、ナターシャはいかにもそれっぽい含蓄な在りそうなことを語る。普段はヴァルのおっさんが切り結んでいようと『避けないほうが悪い』ってかまわず魔法をぶっ放すくせに。
『だから、一流の魔系はぶっ壊したいものだけに魔法を当てる。理想を言えば、味方を巻き込んでも敵だけに効果を与える魔法が最高。でも、そんな都合のいい魔法なんてそうそうないから、死ぬ気で超精密操作を学べ』ってナターシャはにっこりと笑う。『そうすれば、実力を悟った敵の方から恐れ慄いて逃げていく』とも付け加えた。
それってただ単に、【味方がいようと構わず魔法をぶっ放すヤバいやつ】って思われているだけじゃなかろうか。魔物だってそんなクレイジーに関わりたくないに決まっている。俺だって関わり合いになりたくない。
ともあれ、魔法精密操作の実践(セミ駆除)の開始。幸いにしてセミは腐るほどいるから、的に困ることは無い。
が、これがなかなかむつかしい。とりあえずセミだから炎魔法でもぶち当てればいいだろって思ったけど、威力を加減してもどうしたって樹に焦げ跡が残ってしまう。かといって、あまりに威力が弱いとそもそもとしてセミを焼き殺すことが出来ない。
それどころか、引火して生きる炎弾と化したセミが文字通りこっちに突っ込んでくるっていうね。『熱っ!?』、『いってェ!?』、『やんっ!? 背中に入ったぁ!』って声があちこちから聞こえて来たよ。
もちろん、威力を高めればセミは駆除できるけど、そうすると今度は樹まで燃やし尽くしてしまう。辺り一帯に火の匂いがぷんぷん。またみんなでバーベキューをしたくなってしまった俺をどうか許してほしい。
『なにやってんのあんたら! そんなんじゃ前衛は安心してこっちを護れないだろぉ!?』ってナターシャが怒鳴る。『ひゃっはー!』って叫びながら広域に魔法で爆撃。大きな衝撃が辺り一帯を包み、女子のローブを盛大にはためかせる。
あの野郎、とうとう地形ごと吹っ飛ばしやがった……と思ったのは一瞬。周りに被害はほぼなくて、セミの声だけがぱたりと止んでいた。あれだけの規模の攻撃……それも、爆炎によるものだったのに、ピンポイントでセミだけを攻撃したらしい。
『こ、コツを教えてください……!』ってティキータの女子が教えを乞う。『びっ! とやってがっ! とやってぶわーっ! ってやればいいの!』ってアバズレはにっこり笑顔。クソの役にも立ちそうにないと悟った瞬間だ。
ともあれ、セミ駆除だけはしなくっちゃあならない。みんな思い思いに魔法を使ってセミをぶち殺していく。『目的さえ達成できればいい』と開き直るやつが多く、火炎魔法ではなく各々の得意魔法で仕留める人でいっぱいになっていた。
ゼクトは付与魔法でセミを過剰付与して仕留め(巻き込まれた樹がだいぶフサフサになっていた)、シャンテちゃんは精霊魔法でセミを一掃(焼け爛れた樹は樹の精霊に治してもらっていた)。フィルラドは耳長リリパットによる物量作戦を展開し(セミ以上に奴らの金切り声がうるさかった)、そしてパレッタちゃんは『ヴィヴィディナの糧になれ』って素手でセミをブチブチ潰していたっけ。
もちろん、ギルも『ちょれえちょれえ!』って神速のデコピンでセミを駆除していたよ。魔法の精密操作の練習だってのに、どうしてみんなこうも我が強いのだろうか。
なんだかんだでおやつの時間ごろにはセミ駆除完了。大量のセミを駆除した&周囲へのダメージが最も少なかった総合評価一位としてラフォイドルが選ばれた。あいつの暗黒魔法という特性もさることながら、普段から割と精密操作を迫られる故に鍛えられていたらしい。
『俺だって同じくらい駆除したし、周りの被害も押さえてるんだけど』って申し出たら、『アンタの場合、被害が解りづらいだけでしょうが』ってナターシャに言われてしまった。『暗黒魔法で駆除されたセミはぐしゃぐしゃだけど、吸収魔法で駆除されたセミは安らかな顔してるじゃないか。ちゃんとピンポイントで仕留めている証拠だろ』って文句を言ったら、『屁理屈が多い。あたしに口答えするの?』ってすごまれた。まったくもって理不尽である。
最終的に、ナターシャは『ホントは精密操作できるのが一番だけど、今のあんたらにはそこまで求めてないから。やることさえきちんとやれればそれでいいから。まぁ、そのためには練習を真面目にしなきゃいけないんだけどね』って締めくくる。
『…これ、俺が直すんだよな』、『あはは……残業確定だぁ……』って隅っこの方でグレイベル先生とピアナ先生が絶望の表情を浮かべていたのを覚えている。今日の講義のせいで外がだいぶ悲惨なことになっちゃってたんだよね。
夕飯の時間にて、ナターシャが『ごほうびとして、あたしとお酒を飲む権利をくれてやろう!』ってアエルノの方に絡みに行った。『そら飲め! 今日は特別におねーさんがお酌してやろう!』って気前よく高級なワインとかを連中にグラスに注ぎだす始末。
アエルノ男子の大歓声が凄まじかったことをここに記しておく。ナターシャは痴女じみた格好だし、見た目と胸だけは悪くないし、なかなか楽しい時間になると思ったのではなかろうか。一応、魔系としての実力も確かなわけだしね。
一方で、ルマルマの“わかって”いる奴らはそんなアエルノをマジに憐れみの目で見つめていた。『えっ……お前ら、マジでなんでそんな表情なの?』、『アエルノと生理的にソリが合わないんじゃなかったの……?』ってティキータやバルトの連中に不思議がられるレベル。
ある意味予想通り、酒が進むにつれてアエルノの方から困惑のどよめきが。『ひゃっはー! もっと持ってこーい!』、『おねえちゃんのお酒が飲めないってのかぁ?』、『肩の揉み方がなってない! 立候補しておいてそれとか舐めてんのぉ!?』って、あのアバズレは絡んだりキレたり酒臭い息を吹き付けたり……などなど、暴虐の限りを尽くしだす。
やがて、ラフォイドルが『お前の姉貴マジふざんけなよ! ちくしょう、ちょっと憧れてたのに! さっさと引き取ってくれよッ!』って泣きながらやってきた。アエルノの連中(特に男子)はみんな潰されてダウンしたらしい。ラフォイドル自身もベロベロに酔わされたようで、足元が覚束ない。
『いい気味だわ』ってロベリアちゃんがラフォイドルを見下して嘲っていたのを覚えている。なんかラフォイドルのやつ、かなり積極的にナターシャとお話しようと動いていたのだとか。たくさんお酌もしたし、お酌されたりもしたらしい。『ホントはそんなに強くないくせに、見栄を張るとか本当にバカ』ってロベリアちゃんは言っていた。
ゆうめ……じゃない、風呂も入らず雑談も出来ず今に至る。食堂のアエルノのとこで酔いつぶれたナターシャを回収したはいいけれど、あのアバズレが俺に抱き付いて離さない故である。一応体面を考えてお姫様抱っこで運んだのが仇になった。気持ちよさそうにしやがって。ちくしょう。
ああ、日記を書くのが酷くやりづらい。なんで俺、この歳になってアバズレと同じベッドで眠る羽目になっているんだろう? 暑いし酒臭いしヨダレ臭いし圧迫されて息苦しいし抱き枕にされるしでマジで良いことなんて一つもない。こんな状態でもちゃんと日記を書く俺ってマジ偉くね?
ギルはナターシャに負けないくらい気持ちよさそうにクソうるさいイビキをかいている。ふと思ったけど、こんなヤバい格好をしている(見た目だけは)綺麗なおねーさんがいるというのに、何でこいつは普通に寝ていられるのだろうか。まぁ、酒臭い息を吐き散らかして腹丸出しのズボラ極まりない女として終わっている姿を見れば、幻滅するのも当然のことか。
ふう。こんなもんにしておこう。ギルの鼻にはナターシャの髪でも詰めておく。早速今日学んだ精密操作が役に立った。この体勢で数本の髪をあの鼻に入れるのはなかなか難しい。明日が無事に来ることを願う。おやすみ。