137日目 夏季特別講座:ミニリカ 魔法と芸術~情緒とその具現化~
137日目
天井に矢撃の痕。とりあえずみなかったことにした。
ギルを起こして食堂へ……行く前に、女子部屋の方へ。アルテアちゃんが早起きしてやってくれたのか、ヨダレ臭さ漂うバケツがあったのでさっと回収。相も変わらず、どうしてナターシャの枕カバーはこうもヨダレ臭いのだろう。
朝餉の前にささっと洗濯。ちょうどヴィヴィディナ(ナメクジ形態)が朝の空気を吸って心地よさそうにしていたので、洗剤代わりに一緒にぶち込んでみた。『ギャアアアア!』って悍ましい悲鳴が匂いをどんどん落としていっている……ような気がしなくもない。
朝食のデザートにスペシャルチョコパフェなる逸品をチョイス。いつもの通りちゃっぴぃを膝の上に乗せてやろうとしたんだけど、なぜかあいつが『きゅ!』ってリアを俺の膝に乗せようとしてきたため、そういうことになった。『ちゃっぴぃちゃんの頼みだから仕方なく乗ってあげる!』とのこと。マセガキがデカい口叩きやがって。
『俺はロザリィちゃんとイチャイチャしながら食べたいんだが?』って言ったら、『そーゆーのは夜にして』って言われた。『パパとママも、本気でいちゃつくときはいっつも夜だよ?』とも。
それを聞いた瞬間、ルマルマ一同が大変ぎこちない空気になったのは書くまでも無い。『……ど、どっちのイチャイチャだろう?』、『えっ……でも……なぁ?』、『いや、子供って意外と見てるし……』といったひそひそ声があちこちから。
今度マデラさんに手紙を認めようと思う。いつものことながら、あの宿屋は子供の教育に悪すぎる環境だから困る。ピュアに育った俺ってマジすごい。
一応書いておく。リアにはチョコパフェを盛大に『あーん♪』してやった。あいつはあいつで一口がデカいし遠慮が無いからなかなかの食べっぷりであった。まぁ、この手の甘味は久しぶりらしいし、たまには大目に見ないことも無い。
『今度は私が!』ってあいつは俺のチョコパフェを手に取ったのはいいんだけど、俺じゃあなくてクーラスに『あーん♪』していた。しかもガキのくせに赤くなって照れてやがる。とりあえずクーラスにはこむら返りの呪をかけておいた。
ギル? 普通にジャガイモを『うめえうめえ!』って食ってたよ。その隣ではちゃっぴぃがロザリィちゃんのお膝の上でチョコパフェを『きゅーっ♪』って食いまくっていた。ちゃっぴぃのくせにずるい。
今日の夏季特別講座の担当はミニリカ。『一年ぶりでちょいと緊張するのう!』って言ってたけど、肩もお腹も腰も肌が晒されているガチな舞踊衣装を着こんでいて満更でも無さそげ。日々の涙ぐましいアンチエイジングのおかげか、ババアロリのくせにお肌だけはきれい。
『年よりはぽんぽん冷やしやすいんだから、無理するな』ってそっとローブをかけてやったら、『年より扱いするでないっ!』って真っ赤になってぶん殴られた。あいつ好みの恋愛小説らしい行動をしてやったのに、これだから老害は困る。
肝心の内容は【魔法と芸術~情緒とその具現化~】なるもの。なんでも昔から……というか、昔の魔法であればあるこそ芸術的要素が強いらしく、魔法と芸術の因果関係を紐解くことでその有用性を理解し、自分たちの能力として応用を利かせられるようにするのが目標だとかなんだとか。
『ごくわずかな人間が呪いや祈祷という形で魔法を扱っていた時代において、魔法的効果をもたらす方法として有用だったのが芸術なのじゃ。わかりやすいところで言えば、呪いや儀式における踊りや音楽等が挙げられるのう』ってミニリカは語りだす。
実際、ミニリカの魔法である魔法舞踊はまんま踊りという芸術そのものだし、呪歌だって歌唱という要素を鑑みれば芸術だ。『古の魔道具には呪の仮面なんかもあるが、アレは立派な彫刻だしの』ともミニリカは続ける。
さて、そんなわけで踊り、音楽、彫刻、絵画(魔法陣は元々呪術的な絵画を現代魔法として理論立てたものであるらしい)といった芸術要素が魔法に強い影響を与えているのが経験則的にわかっているわけだけれども、じゃあ具体的にどういうことなのって疑問が出てくる。
『そもそもとして、魔法とは心の昂ぶりを糧にして発動するものじゃ。例えば幼子が初めて魔法に目覚めるのも、癇癪起こしたりとても嬉しいことがあった時など、強い感情の昂ぶりが引き金となることが多い』……と、ミニリカはなぜかとても微笑ましいものを見るような目でこちらを見つめて語ってくる。
『そんな強き感情を、豊かな情緒を……あやふやなそれを、芸術という枠に落とし込むことで原初の魔法は生まれたとされている。……否、高まる感情を芸術という形に具現化することで、それが魔法として昇華したと言った方が正しいやも知れぬ』などなど、ミニリカは小難しいことを続けていく。簡単に言えば猛る気持ちのまま八つ当たりしたら魔法になったってことだろうか。
ともかく、【情熱をぶつけて生み出す】という芸術の特性と、【精神の昂ぶりが魔法的効果に直結する】という魔法の特性の相性が良かったってことだろう。結果として、まだ魔法が未発達な時代においては、優れた芸術と魔法がほぼ同一視されるようになったってわけだ。
『現代においては、先人たちのおかげでそんな力技に頼らざるとも、効率的に魔法を発動させることが出来る。正直な所、古代の芸術要素を持つ魔法は暴発寸前のそれをギリギリ制御している……現代から見れば非常に不安定なものであると言わざるを得ないのう。だからこそ、選ばれたごく少数の人間しか使うことが出来なかった』と、ミニリカはなぜか芸術魔法をディスリスペクト……すると見せかけ、『じゃが、その圧倒的な気持ちの昂ぶりは現代魔法に致命的に欠けているものでもある』と続ける。
仕上げとして、『燃え滾る気持ちを芸術として表現する技法を現代魔法に組み込み、より強力な魔法を使えるようにしようぞ!』って締めくくった。
ここで、アエルノの方から質問が。『強い感情や情緒が魔法の威力に直結するというのであれば、わざわざ芸術にする必要はないのでは?』とのこと。言われてみれば、いちいち芸術を媒介にする必要はないと思えなくもない。
が、ミニリカは『感情の対極は理性じゃ。感情が強くなれば理性が弱くなり、悪魔や魔の深淵にコロっとひきずりこまれ帰ってこれなくなる。魔系としてそれは致命的すぎるのじゃ』と鉄壁のデモンズウォールをえへんと張る。『芸術という媒介を通すことで外部からの干渉を受けづらくなる。豊かな感情を芸術だけに向けることで、無防備な精神を護るのじゃ』って自慢げ。
直接的に相手に感情を向けるのは危険(そもそもとして理性が無いから無防備)だけど、芸術が間に挟まることで安全になるらしい。精神世界というあやふやな領域をルーティンワーク的に現実世界として表現することもその一助になっているとかいないとか。
とりあえず、純粋な出力という意味では
感情による魔法(ほぼ暴発みたいなもん)>芸術要素をもつ魔法>現代魔法
……であり、制御のし易さや精神・魔法的世界における防衛的な意味では
現代魔法>芸術要素をもつ魔法>感情による魔法
であるとのこと。いろいろ長く語っていたけれど、今回は出力と防衛のバランスが良い芸術魔法の技能を学びましょうってだけ。最初から結論だけ言ってくれればいいのに、ババアロリは話が長いから困る。
講義の後は実践。手軽に気分を高揚させるものとして歌を歌ったりしてノリノリで魔法を発動するやつらがいたけど、実際マジに威力が上がっているっていうからすごい。『俺の魔法は最強だ~♪』って歌詞のセンスは最悪だったけれど。
『ちょっと恥ずかしいかも……!』って言いつつ、しっかり歌うロザリィちゃんがマジプリティ。要所要所でこっちを見てきて、売れっ子な踊り子のようにポーズを決めてくるところとか本当に可愛い。心臓を鷲掴みされたんじゃねーかってくらいに胸がヤバい。肝心の魔法の方も、『この昂ぶり……! まさかこれほどとは……!』ってミニリカがほめるくらいの出来栄え。
問題があるとすれば、それが芸術という情熱によるものなのか、俺とロザリィちゃんの燃え上がる愛情によるものなのかわからないところだろうか。まぁ、恋人のために歌を歌うのも芸術としては大いにアリだろうし、さしたる問題でもないか。
ちょいとディープな所では、ステップ(ダンス)をしながら魔法を使っているところも。初心者向けのリズミカルなステップでテンションアゲアゲになったところで魔法を発動。本家の魔法舞踊ほどじゃないけれど、いつもの三割り増しくらいの威力になっていた気がする。
『これ……本気出せば魔法舞踊も行けるんじゃない……!?』、『うへへ……なんかちょっと、憧れていた魔法使いのおねーさんな気分……!』と、こちらはなかなかに女子の人気が高かった。魔法なんて忘れてガチで踊りだす人も。ふとももマニアのジオルドがにっこりしていたのは書くまでも無い。
あと、パレッタちゃんが無表情でブレイクダンスをキメていたのを覚えている。『去年ルマルマキャンディを食べてから、なんかふとした拍子にできるようになった』って言っていた。たまに夜遅くに目覚めて一人で外で踊ったりもしているらしい。
見たら呪われそうな光景だと思ってしまった俺をどうか許してほしい。案外、原初の呪はこういう風に生まれたのかもしれない。
一方で、テンションをあげきれない人たちもちらほら。『テンションをあげるとか情熱とか、よくわかんない……』、『そんなことよりサクッと魔法をぶちあてたほうが効率的じゃね?』という割と真っ当なことを言ってたりも。『それはそれで重要な事なのじゃ。精神的な魔法防御能力が高いのは悪いことではないからの』ってミニリカも普通にそれを認めている。なんだかんだでクレバーな魔系らしい魔系も役割としては重要なんだとか。
最終的に、『心は太陽を溶かすほどに熱く! 頭は氷龍がぽんぽんを痛めるほどに冷たく! 歌でも、絵でも、踊りでも何でもいいのじゃ! どうせなら強さもカッコ良さも両立した、情熱的でクールな一流の魔法使いを目指してみい!』ってミニリカは叫ぶ。
そして最後の締めとばかりに情熱的な魔法舞踊(見ているこっちの心が揺り動かされる? 上手い表現が思い浮かばない)を踊り、雷と炎と水と光の大柱的なものを空に炸裂させた。拍手すら忘れるほどの感動。見入るってのはああいうことを言うのだろう。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、男子が【どれたけカッコいいセリフで魔法を使えるか大会】を開催していたので俺も華麗に参加しておいた。残念ながら優勝はクーラスの【狂え、世界に】という短くシンプルでありながらも全てを内包したセリフに負けてしまったけれど、各々が信じるカッコいいセリフを聞けたことは非常に有用であったと言えよう。
実際、セリフだって詩という芸術要素を含むからか、カッコいいセリフであればあるほど魔法の威力はあがっていた。ジオルドの【闇の帳で 震えて眠れ 夢すら見ずに 怯えてろ】や俺の【フィナーレのベルが聞こえたか?】なんかは使いやすさのといった観点で見てもなかなかだった。ギルの【筋肉ゥゥゥ──ッ!!】は全然効果なかったけれど。
……女子たちが冷め切った目でこちらを見てきたのがマジで意味が解らない。彼女らはなぜあの台詞のカッコ良さがわからないのだろうか。『これだから男子ってやつは……』ってみんながため息をついていたよ。
ギルは今日もぐっすりと寝こけている。昨日に引き続き、割と普通に講義が終わったのが逆に不安だ。明日は講義はないらしいけれど、まだナターシャにルフ老が残っている。気を抜かずに警戒を怠らないようにしたい。
ギルの鼻には……汗と努力の結晶を詰めてみる。みすやお。