136日目 夏季特別講座:アレクシス 魔系と武系の後衛としての役割の違いについて
136日目
もらしやがった。ちくしょう。
夜明けのちょい前くらいに、なんか嫌な気配がして目覚めた。下半身が妙にすーすーしている。というか冷たい。
俺に馬乗りになって寝ているちゃっぴぃ。なぜか片手にはコップ。『きゅ、きゅー……』ってあからさまな寝たふり。羽も尾っぽもぴこぴこ動いていたから間違いない。そしてリアも『ぐ、ぐーぐー……』って寝たふりしていやがった。
まさか嘘だろと思ってみれば、俺の下半身がぐしょぐしょ。呆然としていたところでちゃっぴぃが今起きたとばかりにわざとらしく目をこすり、『きゅ! きゅ!』って執拗に俺の下半身を指さしてきやがった。
あの野郎、あんなにわかりやすいことやりやがって。俺に罪を被せるとか使い魔としての自覚はどうなっているのだろうか。
意外なことに、おねしょしたのはリアだけだった。どうもリアのおねしょに伴いちゃっぴぃも目覚め、そして二人して何とかする方法を頑張って考えていたっぽい。
その結論が俺に罪をなすりつけるというものでなければ、微笑ましくすらあったのに。クソが。
『お前まだ卒業してなかったのか』ってリアに聞いてみれば、『ち、ちがうもん! だってお化けがいて……!』とのわけわからん答えが。トイレに行こうと一度は部屋を出たものの、なんか壁(?)から恐怖の悲鳴が聞こえてきたらしい。そんなアホな話があるかっていう。
とりあえず、ギルを起こして朝風呂……へ行こうとしたら、『言わないでっ!』ってリアにケツを引っ叩かれた。解せぬ。
誰もいないクラスルームにて、念のため『ガキがおねしょして困っちゃうなー! 勘弁してほしいなー!』って叫ぼうとしたら、『ふーッ!』ってちゃっぴぃにケツを引っ叩かれた。解せぬ。
朝風呂は特に問題なく終了。『ここのお風呂もそこそこ大きいね!』ってリアはご満悦。早起きさせられておねしょ処理までさせられた俺のことなんてこれっぽっちも慮ってくれない。ちゃっぴぃと一緒に全力で泳いでいやがった。ちくしょう。
風呂上がり後、ついでなのでナターシャのヨダレ枕カバーを回収に……行こうとしたところで、『なんで学校なのに宿屋の仕事するの?』ってリアに言われた。『俺がやらなきゃ誰があの危険物を処理するんだ?』って言い返したら、無言で背中のだいぶケツ寄りをポンポンと叩かれた。
いろいろ諸々あったものの、なんだかんだで普通に朝食。あ、リアやナターシャたちは先生用の食堂でご相伴にあずかるらしい。リアが風呂上がりであることに気付いたのか(まあ普通は気づくと思うけど)、引き渡す際にアレットが『……ありがとね?』って肩をポンポンしてくれたのを覚えている。人妻でなければ最高だったのに。
朝食はジャガイモをチョイス。なんとなくやけ食いしたくなったゆえである。もちろんギルは満面の笑みで『うめえうめえ!』って貪っていた。悩み一つないギルのことがちょっぴりうらやましくなった。
朝食後はさっそく夏季特別講座。今日の担当はアレクシス。外での講演だったから日差しがキツい。俺のお肌あれちゃう。
二年生のメンツや先生たちが一通りそろっているのは良いとして、なぜかアレットとリアまで講師役(?)としてアレクシスの隣に立っていた。『妻で補助員のアレットでーす♪』、『娘でサポートのリアです!』ってぶりっこ決めてやがる。
アレットは声がいつもよりワンオクターブ高い。年相応のふるまいをしろよって思った。
思った瞬間に俺の頬に一筋の血が。アレットの蛇鞭でやられたらしい。『次は本気であてるぞ』って低めの声で脅された。これだからヒステリーは困る。
さて、肝心のアレクシスの授業内容だけれども、【魔法の遠距離攻撃としての有用性および弓矢を始めとした物理的遠距離攻撃との違いについて】なるテーマの講義だった。
『みんなも知っての通り、弓士と魔法使いは遠距離攻撃手段を持つ後衛として、戦いにおいて担う役割は非常によく似ている。しかし、似ているだけで同一ではなく、各々には各々のメリット・デメリットがある。今回は弓士としての俺の講義を元に、より有効な魔法の運用方法や、武系と魔系の違いを鑑みたうえで、自分が求められる役割というものをしっかりと認識してほしい』……などなど、アレクシスにしては割と真面目でしっかりとした滑り出し。あいつは変なところできっちりしていると思う。
『とはいっても、遠距離攻撃って面で見れば魔法の方が規模の面でも多様性の面でも上なのでは?』ってバルトの誰かが手を上げて発言。実際、弓は一射で一人しか攻撃できないけれど、魔法なら複数を巻きこめるし、風、水、火、雷……やれることだって幅広い。
アレクシス、『じゃあやってみろ』って何とも武系らしい返答。これ幸いとばかりに、バルトのそいつが杖を構えようとして──
びん! って杖が弾け飛んで行った。アレクシスが矢(安全仕様)で撃ち抜いたらしい。当然のごとく、魔法は不発……っていうか、矢が頬をかすめたのかそいつはガクガクプルプルしていた。
『魔法の弱点その一。発動までにどうしてもラグが生じること。弓矢もラグ自体は生じるが魔法ほどではなく、あらかじめ矢をつがえておけばその問題もほぼ解消される。魔法も同じように【溜める】ことは出来るらしいが……まぁ、そう簡単にできるってわけじゃないだろ?』ってアレクシスはドヤ顔。
次の瞬間、アレクシスのドヤ顔に魔法をぶち込もうとしていた俺の杖が弾かれた。ちくしょう。
『魔法の弱点その二。攻撃に至るまでに魔力の気配が高まってしまうこと。今から攻撃しますよって教えてるようなもんだ。武系でもそれなりに実力があれば感知できるし、なにより魔法感知能力が高い敵性生物の近くでそれをやれば、例えば物陰からの奇襲なんか全部おしゃかになっちまう』ってアレクシスは更なるドヤ顔。
『惚れ直しちゃうわ!』、『パパ、意外とすごいんだね!』って外野がうるさい。補助員を名乗ったくせに全然補助していない。もしかしてアレクシスの奴、娘と妻に良いところを見せたかっただけなのだろうか。
ともかく、同じ遠距離攻撃手段として、弓矢は魔法に比べて即応性、隠密性という二つの観点で優れているらしい。特にこれは冒険者の狩猟的なアレやゲリラ戦といった【純粋な力比べではない戦闘】において重要で、逆に言うと戦場で戦略的などでかい一発をぶち込む場合では魔法の方がはるかに優れているとのこと。
また、魔法使いも弓士も攻撃にあたってそれぞれ魔力と矢という有限のリソースを使う必要があるわけだけれども、魔力は回復性があるが即効性は薄く、弓は回復性は無いが即効性が高いという特徴があるとのこと。『魔力の回復薬はバカ高いし、自然回復にもそれなりに時間がかかる。でも、矢ならその辺は問題ない。時間あたりのコストって意味でははるかに上だな』とのこと。
冒険者的な観点で見てみると、同じ遠距離攻撃なら弓士の方がコスパが良く、魔法使いを下手に組み込むと儲けがほとんどでなくなることもあるのだとか。
いろいろごちゃごちゃ言ってたけど、要は【現場的な対応では弓、そうでない場合は魔法が望ましいけれど、結局のところケースバイケースで考えろ】ってことなんだろう。アレクシスは弓士だから弓をリスペクトしまくる発言をしていたけれど、弓の弱点なんていくらでもあるわけだしね。
講義の後は実際に弓を使ったり弓で射られたりするといった実践に。中でも魔法と弓の早撃ち対決はなかなかエンターテイメント性があって面白かった。
『俺もやるっす!』ってギルも意気揚々と参加していたけれど、あいつは当然のように杖ではなく拳を構えてアレクシスに挑んでいた。魔系である自覚はあるのだろうか?
ちなみに、ギルの拳はアレクシスの矢を粉々に……したけど、アレクシスの神速の早撃ち(五連射)がギルの大胸筋に決まったため、勝負としては引き分けということになった。『こいつじゃなきゃ俺の勝ちだった』ってアレクシスは言っていた。
実践終了後、『とりあえず、魔系と武系の違いをよく考えて役割を意識しろ。それができりゃ十分だ』ってアレクシスは締めくくる。なんか思ったよりまともで意外とびっくり。
『最後に、私から魔法と弓の最大の違いを教えるね! 魔法は当たっても外れても魔力というリソースを使うけど、矢は外れても回収すれば再利用できるから! 当たっても撃ち所が良ければそのまま使えたり、ちょっとの工夫で再利用できるから! お財布を預かる身としてはとっても大事だから、特に女の子はよく覚えておくことっ!』ってアレットがちょう笑顔で一番最後を持っていっていた。
アレクシスの奴、娯楽としての狩りでは矢の本数を制限されているらしい。『なんか親近感湧くなぁ……』ってシューン先生がしみじみとつぶやいていたのが妙に印象に残っている。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。授業の時に姿が見えないと思ったら、ルフ老とミニリカは図書館で本を読んでいたらしい。『これだけの資料を読める機会なんてそうそうないからの。主らは恵まれた環境にいるということを自覚したほうがよかろう』ってルフ老は大変含蓄のある言葉を言っていた。好感が持てるはずなのに違和感しかないのはなぜだろう。
今日はちゃっぴぃもリアもステラ先生のところで寝るらしい。ガキが二人いるとはいえ、あの部屋で四人も寝ることなんてできるのだろうか。一人くらい……できれば、ステラ先生をこっちの部屋に譲ってほしいのだけれど。
ギルは今日もぐっすりと眠っている。朝の変な時間に起こされたからか、俺も妙に眠い。日記の内容がなんか面白みがないけれど、今日はこの辺にしておこう。
ギルの鼻には……矢じりの欠片でも詰めておく。あいつの大胸筋に弾かれて砕けたやつね。おやすみ。