135日目 災厄襲来
135日目
スコーンがとても筋肉質。もうやだ。
ギルを起こし、寝ぼけ眼のちゃっぴぃをお姫様抱っこして食堂へ。今日も今日とて快晴で朝から結構蒸し暑い感じ。抱っこしているそばからちゃっぴぃが汗をかくものだから、なんか俺の服が絶妙に湿る。通りすがりのゼクトに『なんか濡れてるものでももった?』って聞かれたくらい。
しかしまぁ、何故子供はこうも汗をかくのだろうか。しかもあいつの場合、俺の服を態の良いタオルか何かと思っている節がある。ローブで口を拭かれた回数だってもう数えきれないくらいだ。
なんか話がずれたけど、ともあれ朝餉を頂く。暑さゆえにあまり食欲がわかなかったため、リンゴだけで済ませることに。
あいかわらずリンゴの質は素晴らしく、おばちゃんも『このリンゴだけは本気で一番だと思ってるよ』ってコメントしていた。なんか昔から学校としてつきあいのある業者から仕入れているとか何とか。
いつも通り、俺の華麗なるナイフ捌きでリンゴをグリフィンさんにしてから頂く。『きゅーっ♪』ってお膝の上のちゃっぴぃも嬉しそう&楽しそう。目の前でリンゴがたちまちのうちにグリフィンさんになるのをにこにこしながら眺め、そして出来上がったそれの翼をもいでからにこにこしながら食っている。子供って残酷だ。
『俺ドラゴンで!』ってポポルが言ってきたので頑張ってドラゴンにした。が、あいつは出来上がったそれをろくに観賞せずに食いやがった。マジ何なの。
ギルは『俺ジャガイモで!』って言ってきた。とりあえず奴の大皿からいつものジャガイモをくすねて何気なく渡したら、普通に『うめえうめえ!』って食っていた。考えるのを止めたい。
すごくどうでもいいけど、ジオルドがアルテアちゃん、ミーシャちゃん、パレッタちゃんのためにリンゴをグリフィンさんにしてあげていた。どうも、グリフィンさんにしてあげる際の注意点やコツを伝授していたらしい。
『そのうち必要になるかもしれないし、覚えておいて損はない』、『ジャガイモに応用を利かせるの』、『ヴィヴィディナだってたまにはグリフィンさんリンゴ食べたくなるもん!』とは彼女ら。なんかちょっと意外に思ったのはなぜだろう。
『……俺のためにやり方を覚えたいって女の子、いないんだよな。みんな、別の男に食わせるために覚えたがってるんだよな』ってジオルドは死んだ目をしていた。それでなおきちんとやり方を教えてあげるところに、あいつの匠としての誇りを感じた気がした。
あまりに暑くてやる気がでなかったため、午前中はクラスルームでぼんやりと過ごす。適当にちゃっぴぃのスライムボール遊びにつきあってあげたり、エッグ婦人とヒナたちのケツをおっかけまわしたり、水槽や虫篭を見たり、ちゃっぴぃに秘伝のマンドラゴラステップを伝授したり、ちゃっぴぃの髪で三つ編みの限界に挑戦したり……と、マジでそれくらいしかしていない。
あ、途中でクーラスが午前のティータイムを楽しみだしたので、暑さも吹っ飛ぶと噂のスッキリ爽快ミントハーブティーを頂いた。清涼的ですーっと鼻に抜けていくあの風味がなんとも心地いい感じ。お茶そのものは冷たくないのに、なんか涼しい感じになるのが不思議だ。
『飲み物としては冷たい方が良い。でも、この風味は基本的に熱いほど強くなる。熱すぎたら飲めたものじゃないし、飲みやすさと風味の強さのバランスが取れた温度で淹れるのが腕の見せ所だ』ってクーラスは言っていた。
もちろん、このミントハーブティーはそれなりにお高いものであるらしい。そんな良いものをもらってしまってよかったのか……と聞いてみれば、『お茶の味がわかるのは、残念ながらお前だけなんだ』って悲しそうに微笑まれた。
ポポルは『にがい』、『まずい』、『味しない』しか言わないし、フィルラドとジオルドは、変に通ぶってトンチンカンなコメントをするらしい。ギルは『うめえうめえ!』ってそのままがぶ飲みするだけなのだとか。
なぜこれを口実に女の子を誘わないのか、マジで疑問である。お茶の好きな女子なんて腐るほどいると思うんだけど。裁縫が趣味でお茶にこだわるという女受けのよさそうな嗜好をしているくせに、クーラスはこういうところで損をしていると思う。
午後も同様にぼんやり過ごそう……と思っていたところで、『──くん、いる?』ってステラ先生がやってきた。ひゃっほう。
『デートのお誘いですか?』ってちょっぴりふざけてみる。『……えっ、聞いてないの?』ってマジに驚かれた。驚いた顔のステラ先生も最高にステキだと思った。
『とりあえず、ついてきてくれる?』とのことだったので、ステラ先生の後についていく。今日のステラ先生は髪をアップにしてうなじを思いっきりさらけ出すというサマーな感じのヘアスタイル。出来れば一生後ろをついて歩きたかった。
が、夢の時間は終わりを告げる。到着したのは応接室。そして中から非常に覚えのある気配。全力で逃亡ダッシュの構えを取る俺。
『逃げんじゃないぞ、バカ弟ぉ?』って扉の向こうから魔法が。俺の体ガッチガチ。倒れる……と思ったけどステラ先生が支えてくれた。ラッキー。そのまま解呪せずに支え続けてくれたらもっとよかったんだけど。
観念して扉を開ければ、そこには衝撃の光景が。
『よーっす、おひさぁー! おねえちゃんに対する不遜な態度は、ハゲプリン十個で忘れてやろう!』って相変わらず痴女じみた格好をしたナターシャがいた。それはいい。
『ちょっと見ない間にだいぶ男前になったのう! なんじゃ、少し焼けたか?』って相変わらずちんまくて老害でかまってちゃんなミニリカがいた。それもまぁ許そう。
『んだよ、せっかく来てやったのにそのシケたツラはよぉ?』ってチンピラみたいに絡んでくるアレクシスや、なんなら『はー……! 学校ってなんか若返ったみたいでいいわねえ……!』ってうっとりしているアレット、ついでとばかりに『えへへ、来ちゃった!』ってリアが一緒にいたことも大きな問題じゃない。
問題なのは最後の一人。
『ほっほっほ。久しいな』ってルフ老がにこにこ笑いながら座っていた。
もうね、マジで目を疑ったよね。よりにもよって一番ここに近づけさせちゃいけないやつがどうしてここにいるのかって、ナターシャたちがここにいることなんて忘れるくらいに衝撃を受けたよ。
『正気か』って無意識に呟いてしまった。『お前らがついておきながら、どうしてルフ老をここまでつけさせたんだ』ってミニリカにもアレットにも詰め寄った。
生粋のロリコンが女子生徒がたくさんいる学舎にいるってだけでもヤバいのに、そのロリコンは無駄に古代魔法の権威だ。力も名声もあるロリコンとか悪夢でしかない。
ところが意外にも、これはマデラさんが認めたものであるらしい。例によって例のごとく、こいつらは夏期講習の特別講師としてやってきたわけだけれど、テッドやヴァルのおっさんだともう話すネタがないから、バリバリ魔系で能力だけを鑑みれば適任であるルフ老が選出されたのだとか。
『人をまるで犯罪者のように扱いおって……まったく、泣けてくるのう……』ってルフ老はぼやいていたけど、リアやちゃっぴぃやあまつさえミニリカをみてハァハァするやつが何を言っているのか。
ただ、ここで一つ補足が入る。『無論、マデラも随分とその点は気にしていた。最後まで悩みに悩み抜いて、結局のところ力技に頼ることにした』とはミニリカ。『証拠、みせてあげる!』ってリアがとてとてとルフ老に近づき──
そして、その膝の上にぴょこんと乗った。マジかよ。
『バカな真似はよせッ!』って思わず叫んだ。『お前ら親だろ! 止めろよ!』ってガラにもなく叫んでしまったりもした。
が、アレットもアレクシスも特に動かず。ルフ老は『幼子が元気なのはいいことじゃ』って一般的な好々爺らしい朗らかな笑みを浮かべてリアの頭を撫でていた。
ハァハァせずに普通に優しいおじーちゃんみたいだった。どういうこっちゃ?
聞けば、『マデラさんが私がドン引きするくらいエグい呪をかけた』、『いくらクソジジイとはいえ、ちょっと同情するくらいだった』、『十回くらいお膝の上に乗ったけど、一回もハァハァしなかったんだよ!』とのこと。マデラさんの呪の影響により、今のルフ老は年相応に落ち着きと貫禄と頼りがいがある好々爺になっているらしい。
『あのスケベ爺も、ロリコンじゃなかったらこんなふうになってたんだろうな』、『有り得なかった一つの可能性よね』ってアレットもアレクシスも複雑そう。ここまでの道中のルフ老がマジでそんな頼りがいのあるおじーちゃんだった故に、今ではなんか尊敬の感情すら湧いてきてしまったのだとか。
ともあれ、その後は連中を連れ立ってルマルマのクラスルームに行く。講義は明日からで、そのあいだ連中はやっぱりルマルマのクラスルームで寝泊まりするらしい。『ナターシャとミニリカとアレットはまだしも、ルフ老だけは別室に部屋を取って隔離したほうが良い』ってステラ先生に進言したんだけど、『や、さすがにお客様にそれは……』ってステラ先生は苦笑い。先生はルフ老の本性を知らないから呑気していられるのだろう。
クラスルームにて、リアを見つけたちゃっぴぃが『きゅーっ♪』って突進してきた。まさかの再会に喜びを隠しきれなかったのだろう。『久しぶりーっ!』ってリアはちゃっぴぃと抱き合い、そして己との戦力差に少しばかり歯ぎしりをしていた。
他の連中も大体そんな感じ。相変わらずナターシャもミニリカも外面だけは良く、いろんな人にちやほやされまくっていた。アレクシスも『あれが冒険者最強の弓士……!』、『噂で聞いたよりもカッコいい……!』ってなぜか女子に人気。『奥さんのアレットさんも美人だなぁ……!』、『オトナの魅力、あるよねぇ……!』ってアレットも人気。マジで謎だ。
ルフ老の本性を知らないクラスメイトのみんなは、古代魔法の権威であるという肩書に騙されてルフ老のことを尊敬する眼差しで見つめていた。『ほっほっほ。未来ある若者にこうして尊敬のまなざしを向けられるのもこそばゆいものじゃ。無駄に年をとったかいがあったのう』って好々爺スマイル。マジで普通の気の良い爺ちゃんにしか見えなかったよ。
フィルラドだけが、『……師匠、なんか雰囲気変わりました?』って不思議がっていた。前々から気になってたけど、どういう意味での師匠なのか聞くのがとても怖い。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。あいつらはクラスルームで雑魚寝させておけばいいと思ったけど、誰かの監視下に置かせておかないと危ない&ウチの宿屋の評判に関わりかねないため却下になった。
ナターシャはロザリィちゃんの所、ミニリカはアルテアちゃんの所、ルフ老がフィルラドの所、アレクシスがクーラスの所で寝るってことになった……ところまではいいけれど、なぜか俺のベッドに普通にリアがいる。
『アレットの所に行けよ』って言ったら、『ママはステラ先生の所で寝るって言ってたから、今日はお兄ちゃんのところで寝てあげる』ってあいつは宣いやがった。もちろん俺のベッドにはちゃっぴぃもいる。どうしてこのクソ暑い中ガキ二人と一緒に寝なくちゃいけないのか。
ああもう、信じられない出来事が多すぎてなんか文章がまとまらない。さっさと寝てしまおう。ギルの鼻には全力でジャガイモをぶち込んで、そして俺のベッドの周りには多重消音結界を張っておくことにする。
寝よう。寝て何もかも忘れちまおう。とりあえず、憂さ晴らしとしてちゃっぴぃもリアも一晩抱き枕の刑に処することにする。俺だって酔ったナターシャに何度もやられたんだし文句は言わせない。酒臭くないだけマシのはずだ。おやすみなさい。
※燃えるごみを捨てる。魔法廃棄物も捨てる。この現実も捨てたい。