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133日目 恐怖の家庭教師バイト

133日目


 小石から異常魔力波。慌ててアエルノチュッチュ寮に向かってぶん投げた。あぶねえ。


 ギルを起こして食堂へ。今日は無難にベーコンエッグをチョイス。カリカリに焼けたベーコンと卵の黄身が織りなすコンビネーションが最高にステキ。半熟とカリカリをああも見事に両立させるとは、おばちゃんもなかなかやりおる。


 お膝の上のちゃっぴぃにベーコンエッグを『あーん♪』させたんだけど、なぜかやつは『ふーッ!』って執拗に俺の顔をひっかいてきた。俺ってばやつの成長を願って白身を全部譲ってやったというのに。しかもカリカリベーコンの一番美味いところを『きゅーっ♪』って食っていくし。ちょう理不尽。


 理不尽と言えば、そんな様子を見ていたロザリィちゃんが『好き嫌いするんじゃないのっ!』って俺に白身を『あーん♪』してきた。『使い魔さんは言うこと聞かなきゃいけないんだぞぉ?』って自分の食べかけの白身まで『あーん♪』してくる始末。


 哀れな使い魔である俺に、どうしてそれを拒むことが出来るというのか。まぁ、『よくできましたっ!』って頭をぽんぽんしてくれたから、文句は全くない……というか、むしろもっとやってほしかったけれど。


 ギルは今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。『この暑さの中でも衰えない食欲……ちょっとうらやましいかも』って通りすがりのシャンテちゃんが呟いていた。夏バテ気味で最近食欲がないらしい。ギルじゃ考えられないことだ。


 なんとなくそんな気分だったので、朝食後はバイトを探しに学生部へ赴く。いつもはとても混んでいるけれど、なぜかアエルノの連中が一人もいなくてだいぶすっきり。聞けば、その大半が腹を下してトイレに籠っているのだとか。天罰が下ったか、あるいは拾い喰いでもしたのか。まぁどっちでもいいや。


 バイトを物色していたところ、『あ、探したよー!』ってステラ先生がやってきた。私服姿の夏らしいノースリーブ。ちょっぴり汗ばんだ珠のようなお肌と男子の夢が詰まった珠玉が今日も眩しい。


 そんなステラ先生がこっち見て笑ってるんだぜ? 最高としか言いようがない。


 『もしかして、デートのお誘いですか?』って聞いてみる。『……やっぱりロザリィちゃんと、何かあったの?』ってガチな雰囲気で心配された。どういうこっちゃ?


 『いや……その、なんかこの前一緒におやつのクッキーを食べていた時、いつもと雰囲気が違ったから……』とのこと。『いつもはもっとこう……ら、らぶらぶ過ぎてこっちが真っ赤になっちゃうくらいなのに、あの日だけは健全な恋物語の最初の方みたいな雰囲気だったから、ケンカでもしちゃったのかなって……』ってステラ先生は若干もじもじしながら語る。


 ステラ先生の中では、俺たちはケンカしたとしても【健全な恋物語の最初の方】くらいまでしか関係性は落ち込まないらしい。さすがの慧眼……って思いたくなったけど、よく考えてみれば俺たちがケンカすることなんてありえないか。


 ともあれ、『あの日はただ単に、【片思いしあっていた頃のつもりで過ごす】っていうコンセプトのデートをしていただけですよ』って返しておく。『そ、そっかぁ……そ、そーゆーのもあるのかぁ……やっぱりみんな、オトナなんだねぇ……!』ってなぜかステラ先生がまっかっか。どうやらステラ先生の中ではこれでも刺激的すぎたらしい。


 『心配してくれてありがとうございます。……それにしても、よく雰囲気が違うってわかりましたね?』って聞いてみる。『先生だからねっ!』ってステラ先生はきりっとした。すごく得意そうな笑顔。えっへんと言わんばかりに胸を張る。


 周囲にいた男子のほとんどが、ケツを引っ叩かれたとだけ書いておこう。不幸な残りの数人は、その瞬間を見逃して歯をギリギリして悔しがっていた、とだけ。


 だいぶ話し込んじゃったけど、本題に入ることに。『──くんと、ギルくんと、ポポルくんに指名依頼が来ているの!』とのこと。はて、いったいどこからか、さては害獣駆除……にしてはポポルの存在が謎だと思ったら、『家庭教師だって!』ってステラ先生が付け加えた。


 脳裏に例の姉弟の顔が浮かぶ。もうそんな時期かと懐かしくなった。


 そんなわけで、俺、ギル、ポポル、ロザリィちゃん、ちゃっぴぃ……要は、前回と同じメンツであいつらの家に赴く。どうせ今回も家庭教師という名の子守りだろうと思っていたら、『じ、実はその……久しぶりにデートへ行こうかと』って家の入口でおめかしばっちりの奴らの両親に告げられた。


 半年以上ぶりのデートと聞かされれば、こちらとしても情が湧くというものである。『ご飯までしっかり面倒を見るので、存分に楽しんできてくださいね!』ってロザリィちゃんは彼らを快く送り出していた。女の子として何か感じ入るものがあったのだろう。『お前らもしょっちゅうちゃっぴぃを預けてデートしてるじゃん』ってポポルの言葉は聞かなかったことにする。


 で、家の中に入ってみる。『いやっほぉ!』ってティルトゥがギルに飛びつき、そして頭を抱えて悶えていた。奴の腹筋があまりに硬すぎた故に想定外のダメージを負ってしまったらしい。


 一方でトゥルトゥは『ようこそいらっしゃいました……!』ってなんかしおらしい(?)。ガキの癖に割とガチで髪を盛っている。よくよく見れば、ルンルン気分でデートに行った母親と同じ髪型。結ってもらったのだろうか。


 『だいぶデカくなったな』ってセットを崩さないように頭を撫でてやったら、『子供扱いしないでよねっ!』って思いっきりケツを叩かれた。ひどい。


 とりあえず子守り開始。ティルトゥの方はギル、ポポル、ちゃっぴぃと外へ。『俺だってあれからずっと筋肉鍛えていたんだもんね!』とのこと。


 『お前の成果、見せてもらおうか!』ってギルは嬉しそう。ようやっと同好の士を見つけられたからだろうか。ティルトゥの脳みそが脳筋にならないことを心の底から祈った。


 トゥルトゥの方は『今日は一日、デートにつきあってもらうからね!』とのこと。ホントこいつませやがって。


 とはいえ、はいそうですかと頷くわけにはいかない。俺が任されたのはあくまで家での子守りであって、親の許可なく勝手に町中に連れ出すのはさすがに憚られる。


 その旨を子供にもわかりやすいように伝えたところ、『そんなあ……』ってトゥルトゥは泣き出しそうに。よっぽど楽しみにしていたのだろう。なんか罪悪感がマックス。そういうのは事前に親に相談しておいてほしかった。


 が、ここで我らがロザリィちゃんがナイスフォロー。『オトナはねぇ、おうちデートっていうのをやるもんなんだよ?』ってにっこりと笑いかける。デートと言えば外をぶらつくことしか知らなかったトゥルトゥにとって(そもそもまともにデートしたことすらないだろう)、それはあまりにも革新的に聞こえたのか『何それ詳しく!』って食いついてきた。


 そんなわけで説明。なぜかこういうときだけ、トゥルトゥはロザリィちゃんの話を素直に聞くからよくわからん。それ以外の時はあからさまに敵意バリバリなのにね。


 説明後、トゥルトゥは『……なんでそんなに詳しいの?』ってロザリィちゃんに疑問をぶつけた。ロザリィちゃん、『……ナイショだけどね? おねえさんも、ついこの前おうちデートしちゃったから』って頬を赤らめる。おまけにこっちまでちらちら見てきた。俺も照れちゃう。


 『けっ』ってトゥルトゥが女の子がしちゃいけない顔で吐き捨てた。なぜか俺の腕を取ってくる。見せつけるように胸を押し付けて来たけれど、悲しいかな、まな板みたいな固い感触しかないし、そもそもとして俺はロリコンじゃない。


 『今日一日だけは、──は私の恋人ですけど? おねえさんはなんなんですか?』ってトゥルトゥはしてやったりと言わんばかりにドヤ顔する。金で恋人を買うとかこいつの思考の爛れ具合に戦慄を隠せない。


 ロザリィちゃん、一瞬ぴしりと固まるも、『なんなんですかー?』って逆に俺に聞いてきた。俺の口からそれを言わせたいらしい。小悪魔なロザリィちゃんも最高だと思います。


 しかしながら、さすがにはっきり答えるのも酷というものだろう。だけど、ロザリィちゃんへの想いを伝えないというのも俺的にありえない。


 しょうがないので妥協点として、そのままロザリィちゃんの手をぎゅって握る。『まぁ、見ての通りの関係だ』ってトゥルトゥに告げれば、あいつは『むぅぅ!』って思いっきりふくれツラ。『私なんて一緒にお風呂入ったもん……魔法だって教えてもらったもん……』っていつぞやと同じような抵抗も。


 当然のごとく、ロザリィちゃんは余裕たっぷりに『そっかぁ、そっかぁ! おねえさんもさすがにお風呂は……』って言いかけたところでピタッと止まる。そのままかーっと真っ赤になった。


 『──は?』ってトゥルトゥの冷え切った声。ガキの物とは思えない。マジで一瞬ちびりそうになった。


 『どういうこと?』ってトゥルトゥはロザリィちゃんに詰め寄る。ロザリィちゃん、ぽっと頬を赤らめるばかり。


 それがトゥルトゥの何かに火をつけたらしい。背中からでもわかる憤怒のオーラ。ガキ一人にあれほどの恐怖を覚えたのは、文字通り生まれて初めてだ。


 『舐めやがってチクショウが……ッ!』ってヤバい声。ついでになんか悍ましい魔力のオーラも。ふざけてトゥルトゥにじゃれついていたロザリィちゃんも、さすがに何かおかしいと感付いたのか、『えっ……?』って(ほぼ無意識だろう)トゥルトゥから距離を取った。


 トゥルトゥの背後に渦巻く悍ましい魔力。その魔力の渦から、やがてそいつは出てきた。


 ヴィヴィディナのようにヤバい見た目の触手。そもそも生き物としてカテゴライズしていいのかわからない何か。見ているだけで生理的嫌悪感バリバリのなんかヤバい悪魔みたいなやつ。


 そんな地獄ですら生ぬるく思える連中がずるりとそこから這い出てくる。ヤバい。


 何よりヤバいのが──そんな連中の中に、怒り狂ったマデラさんがいたことだろう。


 もうね、ヤバいとしか言えないくらいにヤバかった。右手に包丁、左手にめん棒、そして額にはブチギレ一歩手前の青筋が。息が出来なくなるくらいに重圧感が凄まじい。体が反射で土下座の姿勢を取ろうとするレベル。


 あれほど激昂したマデラさんを見たのは……遥か昔、テッドに唆されてナターシャの下着(一回着用済み。買ったはいいけどキツくて箪笥の肥やしになってたやつ)を闇市で売り捌こうとしたとき以来だろうか。あの時はマジでぶん殴られて、お仕置きスタイル百連ケツビンタされて、飯が死なない程度の最低限な貧相なものになって……。


 思い出そうとしたら激しい頭痛が。なんか子供の俺が無意識に記憶に魔法的封印を施したっぽい。今更ながらそれっぽい痕跡があるのに気づく。俺いったいどれだけヤバいことされたんだろ?


 ともかく、そんな怒り狂ったマデラさんを見てビビらないはずがない。わけもわからないままとにかく全力で土下座をしよう──として、ぎゅって手を握られた。


 顔面真っ青なロザリィちゃん。ちょう涙目。『むり……あんなおっきぃ虫、むり……』とのこと。涙目ロザリィちゃんも最高に可愛いと思ってしまう俺は異常なのだろうか?


 ともあれ、ロザリィちゃんのあまりの可愛さ、握ってくれた手の温かさ、柔らかさ、そしてその発言から俺も幾許か冷静になることが出来た。


 そもそもマデラさんがここにいるはずなんてないし、どうもロザリィちゃんはマデラさんを認識していない様子。たかだか蟲程度で、どうしてあの怒り狂ったマデラさんを無視できるというのか。百億万匹の冥王サソリよりも、怒り狂ったマデラさんの方がはるかに怖いというのは世界の常識だというのに。


 で、気付く。もしかしなくても、これって幻覚の一種なんじゃねって。


 そんなわけで杖を引き抜き幻覚打破。意外にもあっさり悍ましい魔力は霧散し、残るは信じられないと言わんばかりの表情をしたトゥルトゥだけ。『うそ……なんで、どうして……!?』ってずっと言ってたよ。


 どうもこいつ、あれから魔法の鍛錬を毎日のように行い、恐怖魔法を身に着けることに成功したのだとか。直接の攻撃力こそないものの、大人の冒険者でさえ身動きできなくなるほどの幻覚を作れるくらいに厄介極まりない成長をしたとかなんとか。『子供だからって舐めくさったオトナを何人も風呂場送りにしてやった』って自慢げに言ってたから、まぁ間違いないだろう。


 実際、この俺やロザリィちゃんという二年次の魔系でさえ一瞬とは言え完全に幻覚の世界に引き込んだのだ。普通の魔物や冒険者なら、そのまま恐怖に縛られ動けなくなるか、最悪正気を失って気絶するかのどっちかだろう。


 いやはや、ちょっと見ない間にここまで育つとか、ガキの成長は侮れない。魔法耐性が無かったらだいぶヤバかった。まぁ、魔法耐性さえあればそんな恐ろしいものではないけれど。


 『漏らしちゃったぁ? もしかしてオトナなのに漏らしちゃったぁ? おにーさんにお風呂入れて貰ったらぁ?』ってトゥルトゥはロザリィちゃんを煽りだす。が、俺のロザリィちゃんがこの程度で粗相をするはずがない。『やったなぁ……?』ってトゥルトゥを抱きしめて、めっちゃくすぐっていたっけ。


 最終的にはロザリィちゃんの大勝利。トゥルトゥはひいひい言いながら床の上でぴくぴくしていた。『健闘を称えて、おねえさんが添い寝してやろう!』ってロザリィちゃんはトゥルトゥを抱っこしベッドに。『何してるの? 早く』って俺も連れ込まれた。


 なんだかんだでトゥルトゥに添い寝してやっただけの気がしなくもない。『今だけは譲ってあげる』って、ロザリィちゃんってば俺の方にトゥルトゥを押し付けてきたんだよね。いつもならちゃっぴぃがいる位置にトゥルトゥがいたって言えば、伝わりやすいだろうか。


 その後はなんだかんだで穏やかに過ごせた。昼時に一回帰ってきたティルトゥたちに飯を食わせて、午後は家事用の魔法を教えて……って感じで過ごす。家事の腕前についてもトゥルトゥは惨敗。そりゃまぁ、ロザリィちゃんだって伊達にピアナ先生の下で修業していない。


 『私の方が若いもん! ぴっちぴちだもん!』ってトゥルトゥは最後まで張り合っていたけれど、『そっかぁ、こればかりは敵わないなぁ!』ってロザリィちゃんは最後まで大人っぽくトゥルトゥと戯れていた。これが正妻の余裕というやつか。


 夕方ごろにティルトゥ達が帰還。『ギルにーちゃんに褒められちゃった!』、『コイツの筋肉、なかなか見所あるぞ!』とティルトゥとギルは嬉しそう。ギルの想像以上の身体的能力をティルトゥは披露して見せたのだとか。


 『俺たち、ちょっとヤバいことしちゃったかもしれない。親になんて言えばいいんだろ』ってポポルは深刻そうに俺に打ち明けてきた。思っていた以上にティルトゥがマッスルクレイジーになっていたらしい。とりあえず聞かなかったことにした。


 なんだかんだで約束の時間に両親は帰ってきた。きちんと楽しめたのだろう、二人とも表情は晴れやか。報酬もちょっぴりオマケしてくれた上、お土産でレーズンパンまでもらってしまった。


 帰り際、ロザリィちゃんと共にトゥルトゥの頭を撫でてやる。『次は目に物見せてやる。覚悟しろ』って言われた。ロザリィちゃん、『好き嫌いせずいっぱい食べて、大きくなるんだぞっ!』って返していた。さすがだ。


 夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談後、そろそろ寝ようかな……って思っていたら、部屋に戻ったはずのロザリィちゃんが『きゃああ!』って可愛い悲鳴を上げてクラスルームに戻ってきた。その直後、『……ただの小石にどうしてそんなに驚いてるの?』ってミーシャちゃんがまんまるの小石を片手にやってきた。


 『お、おっきなムカデが……!』ってロザリィちゃんは顔面蒼白。『……どうみたってそこら辺に落ちてる小石……魔力の残滓がある、の?』とはミーシャちゃん。


 どうやら、トゥルトゥのやつが帰り際にロザリィちゃんのローブのポケットに忍ばせたらしい。恐怖魔法を時限発動するように仕込んだのだろう。物そのものはどこにでもある小石であるために、俺も気づかなかったっぽい。あいつ、手癖の悪さも成長してるじゃねーかって思った瞬間だ。


 ギルは今日もぐっすりすやすやと寝こけている。こいつらは一体何をして過ごしていたのかちょっと気になる。ただ筋トレしているだけだったらちゃっぴぃが飽きそうなものだけれど……こいつこれで子供の扱いが上手いし、なかなか侮れないんだよね。


 ギルの鼻には念のため件の小石を詰めておく。もう魔法は込められていないと思うけど、万が一があったとしてもこれなら安心だ。おやすみなさい。

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