129日目 洗濯日和 ~二年目:夏~
129日目
普通に腐食している。異常魔力波は無し。やはり精錬しないとダメなのだろうか。とりあえずアエルノ寮に向かってぶん投げておいた。
ギルを起こして食堂へ。今日は朝からびっくりするくらいに晴天で、そして太陽の光がクソ強い。朝の早い時間だというのに食堂の中がびっくりするくらいに暑く、じっとしていても汗が噴き出してくるレベル。
そんなわけで朝から贅沢にデラックスミックスジュースなる代物を頂く。どのへんがデラックスなのかは知らないけれど、果物がいっぱい使われた実にトロピカルな逸品であるということだけは間違いない。
俺のお膝の上のちゃっぴぃも『きゅーっ♪』ってすんげえ勢いでごくごく飲んでた。おまけに飲んだ瞬間に汗をかきはじめ、うなじに髪がぺたりと張り付いていた。クーラスやロリコンに見せたらだいぶ危ない光景だったと言えよう。
俺としてはちゃっぴぃの汗を服で拭かされただけに思えなくもない。あいつなぜか執拗に自分の体を俺にこすりつけてきたんだよね。言ってくれれば普通にタオルで拭いたのに。
ギルはやっぱり『うめえうめえ!』って蒸かしたての熱いジャガイモを貪り食っていた。こんなにクソ暑いのにあんなに熱いものを食べるなんて、あいつの体どうなってるんだろ?
あまりにも天気が良すぎたので、久しぶりに寝具の洗濯を執り行うことにした。いつぞやと同じようにギルに俺たちの寝具を外に運び出してもらい、魔法で作った水球にブチ混んで汗臭さ&ヨダレ臭さ&ギル臭さを取るだけの簡単なおしごとである。
あ、洗剤は残っていたのを適当に使っておいた。ナエカと堕鳥草の香りがしたから、成分的にヤバいってことはないだろう。むしろ、花の良い匂いがして気分爽快だったと言える。洗濯物をする時特有のあのいい匂い、実は結構好きなんだよね。
大雑把に洗った後は細かい仕上げ洗い(手洗い)に移る。俺のは特に問題なかったけど、ギルのはだいぶ問題があったので少してこずった。枕カバーのヨダレ染みもそうだけれど、ここ最近暑かったからかシーツの汗のうっすらとした染みもだいぶ多い。あいつは半裸で寝ているから余計に酷い。
俺が念入りにごしごし、ギルがのびのびとスクワットをしていたところ、『よう、精が出るな』ってジオルドまでも外にやってきた。どうやらこの場で傘の製作を行うらしい。『薬剤の匂いがちょっとキツいのと、室内だと風が無くて余計に暑くなるから。あと、ここは水が近いからちょっと涼しい』とのこと。言われてみればそう思えなくもない。
が、問題だったのはやっぱりここから。ジオルドのやつ、どこで仕入れたのかジャガイモを片手に『……頼むぜ?』ってギルの肩を叩いていた。『……ちっ、お前ほどの人間が、ずいぶん俺を安く見たもんだな?』ってギルは普通に一口で平らげていた。説得力がまるでないと思った俺はおかしいのだろうか?
で、なにやらごにょごにょとジオルドとギルは話し込み、やがてギルだけが寮の中へと戻っていく。ああ、こりゃまた目をつけられたな、でも一人増えるくらいならさしたる手間でもないか……なんて思っていたら。
『俺のもよろしく!』、『期待してるぜ、宿屋のにーちゃん!』って満面の笑みのフィルラド、ポポル、クーラスまでもがギルに自らの寝具を持たせてやってきた。ちくしょう。
やっぱり連中のそれは男スメル漂う仕上がりになっており、宿屋の息子的に見逃せない状態であることは確定的に明らか。しょうがないから連中のもしっかり手仕上げでごしごしして綺麗にしておく。全部終わったあとはパンパンして皺を伸ばし、ピンと張ってからまとめて干しておいた。
クソ暑かったけれど、それなりに風も吹いていてだいぶ清々しい気分。揺らめく洗濯物を眺めることのなんとのどかなことか。ちらちら見える男物のパンツさえなければ最高の気分だったのに。
なんとなくそんな気分だったので、洗濯物が乾くのを待ちがてら、そのまま外で昨日採掘したオウル・アイを磨いてみることに。磨き方をポポルに尋ねてみれば、『ちょっぴり砂利を混ぜた水となるべくきめ細かい布でひたすら磨けば大丈夫』とのコメントが。
そんなわけで、椅子&タライ&水を用意し、足元でちゃぷちゃぷを楽しみながら磨いてみることに。足元がひんやりかつちゃぷちゃぷでなんか水遊びをしている気分。体勢が微妙につらかったけれど、なかなか楽しい作業だったと言えよう。
なぜかポポルまで一緒になって磨き始めたのがよくわからん。せっかくの俺のちゃぷちゃぷスペースが半分になってしまった。まぁ、磨き方を教えてくれたお礼と思うほかないか。
磨き、磨き、スクワットするギルに水をひっかけ、またまた磨き、傘のフレームを作るジオルドをぼんやりと眺め、再び磨き……ってやっていると、やがてオウル・アイが透き通るような輝きを見せ始めた。お日様の光に透かして見ると、文字通り透けて鈍く光を乱反射している。中で多層になっているらしく、ちょっと角度を変えるだけで色合いが結構がっつり変わって見えた。
『もっともっと磨くと、色が鮮やかになって本当の水みたいに光に奥行きが出てくる』とはポポル。奴の手の中にあるオウル・アイも俺のと同じくらいに宝石っぽい見た目になっていて、なんとも煌びやか。天然石マニアの気持ちがちょっとわかっちゃったかもしれない。
これはもうさらに本気を出して磨かねばなるまいと意気込みを新たにしていたところ、『きゅーっ!』ってちゃっぴぃがこっちに駆け寄ってきた。今までは中で遊んでいたっぽいけれど、俺が足元でちゃぷちゃぷを楽しんでいる&綺麗なものを持っているのを見つけてしまい辛抱堪らなくなったらしい。
『きゅ! きゅ!』ってあいつがうるさかったので、磨きかけのそいつを渡してやる。ついでに場所も譲ってやった。『きゅーっ♪』ってあいつは嬉しそうに足元の水をちゃぷちゃぷし、一心不乱になってオウル・アイを磨き始めた。
やることがなくなってしまったので、ジオルドの傘作りを手伝うことに。あいつはなにやら骨組みに力を入れていたので、傘の生地の方を手伝ってやることにした。
まぁ、手伝うと言っても下処理……天鳥の霞羽とクィーンアルケニーシルクをギル・アクアをはじめとした俺セレクションの液体で煮込み、魔法的特性を与えただけだけれど。煮込む時にはいつぞやの友陣片や友陣砂、ついでにジャガイモなんかを適当にぶち込んでおいたから、きっとステキな仕上がりになったに違いない。
実際、出来上がったそれは撥水性も耐魔法性も……なんならなぜか切り裂いてもあっという間に再生するステキな仕様になっていたしね。ジオルドは普通の撥水性にしか気づいていなかったけど、『助かった』って言ってたから大丈夫だろう……たぶん。
いい仕事をしたってことでちゃっぴぃ達の方に戻ってみれば、なぜかちゃっぴぃの傍らに見慣れぬにゃんこがいた。にゃんこにしてはずいぶん大人しいようで、ちゃっぴぃの手元をじっと見つめていて逃げるそぶりも見せない。
『きゅ!』って時折ちゃっぴぃがにゃんこの頭を撫でていたけれど、やっぱり気持ちよさそうに目を細めるだけで、警戒した様子はまるでない。『なんかどっかからやってきた。たぶん水浴びしたかったんじゃね?』とはポポルの談。その割には、綺麗な方の水のタライにも興味を示していなかったけれど。
俺がにゃんこを撫でようとしたら、奴は「み!」って鳴いて逃げてった。しかもあろうことか、スクワットするギルの足元へ。おまけにおまけに、ギルの脚に体をこすりつけたほか、『おまえ、錘にちょうど良さそうだな!』って笑顔で持ち上げたギルの顔をぺろぺろと舐めてさえいた。
結局、にゃんこはギルの頭にしがみつき、奴のスクワットの錘としてしばらく過ごし、そしてどこかへと去っていった。一体何だったんだアレ?
それにしても、なんか釈然としないのはなぜだろう。ちゃっぴぃもポポルもギルもあのにゃんこに触れたというのに、どうして俺だけが触れなかったのだろうか。
『あいつメスだったから、そういうことじゃね?』ってポポルに言われた。なお、ポポルの頬にはひっかき傷があった。
夕方ごろには全ての洗濯物が乾いたので、ギルに頼んで各部屋に運び込んでもらう。もちろん、最後の仕上げとしてすごい宿屋としての俺のウルテクで至高のベッドメイキングも施した。
お日様と花の香りが素晴らしいってだけでも最高なのに、ベッドのふかふか具合がマジで高級宿屋のそれ。『同じものを使っているのに、やり方ひとつでここまで変わるんだな』、『なんかマデラさんの宿屋にいるみたいな気分』などと評判も上々。俺、時々自分が凄すぎて怖くなる。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。今日はあんまりロザリィちゃんと話せなかったのが残念。午前中はちゃっぴぃと遊んでいて、午後はピアナ先生の所に行っていたらしいけれど、『洗濯した直後の──くん……惜しいことしたぁ』ってちょっぴりめそめそしていた。とりあえず思いっきり抱きしめておやすみなさいのキスをしておいた。
ギルは今日も腹をだしてぐっすりと寝こけている。そしてちゃっぴぃもふかふかでお日様の香がするステキすぎる俺のベッドでぐっすり寝ている。あの野郎、俺がベッドメイキングした瞬間に『きゅーっ♪』ってダイブして、ずっとポンポン跳ねて遊んでいたんだよね。
こっちで寝ているのも、きっとこのステキなベッドの魅力に抗えなかったからだろう。ホントは俺が一番に仕上げたてほやほやのベッドにダイブして楽しむつもりだったのに。もうすでにお日様と花の香りがちゃっぴぃの匂いに上書きされてあまり感じない……というか、これ汗の匂いじゃね?
まあいい。男くさいよりかはマシだ。それに昨日よりかはふかふかであるのも事実。今夜はぐっすり寝られるだろう。
ギルの鼻にはオウル・アイの欠片を詰めておく。今日磨いている時にうっかり削っちゃったやつね。おやすみなさい。