126日目 冥獄のサバト
126日目
ギルの鼻に消えない炭が。もっと大きかったらいろいろ使えて便利だったのに。
ギルを起こして食堂へ。昨日あれだけ騒いだからか、いつにもまして人が少ない。きっとみんなかなり遅くまで寝こけるつもりなのだろう。いくら夏休みとは言え、学生がそれでいいのかと思わず口に出したくなった。
さて、朝餉のレーズンパンを食していたところ、クーラスがパンの前でうんうん唸っているのを発見。どうしたのかと聞いてみれば、『いや、口の中をだいぶ派手に火傷しててさ……』とのこと。
どうやら、昨日のマシュマロの『あーん♪』で火傷を負ってしまったらしい。そりゃまあ、炙りたてほやほやのあつあつなマシュマロを一気にがっつけば、火傷の一つもしそうなものだけれど……。なぜ少し冷めるまで待てなかったのか、だいぶ気になる。
ギルは今日もふかしたてほやほやのあつあつなジャガイモを『うめえうめえ!』って貪り食っていた。ちょっと気になったので口の中を検めてみたけれど、火傷はおろか傷一つ見当たらず。歯並びも美しい理想的すぎる口内環境。さすがはギルだ。
そんな感じで朝のひと時を過ごしていたところ、背後からふわりといい香りが。この魔力の気配&匂いは間違いなくピアナ先生。まさか朝からピアナ先生に出会えるなんて……と、歓喜の気持ちを隠しきれず、満面の笑みで振り返ってみれば。
『昨日は、楽しかったみたいだねぇ……?』ってしょんぼりとしているピアナ先生がいた。やべぇ。
『いいの、いいの。別に拗ねているわけじゃないの。私だってもういいオトナだし、そもそもとして誘う理由が無いってのも十分に理解しているの』……なんて言いつつ、ピアナ先生は俺を上目遣いでじっと見つめてきた。心臓がバクバクして破裂しそうになったのは書くまでも無い。
『ただ、ね……?』ってピアナ先生はちらりと後ろを見る。グレイベル先生に首根っこを掴まれ、『いーやーあー!』ってぱたぱたしているステラ先生がいた。今日もホントにマジキュート。
『…朝の召集の時にな、それはもう昨日がどれだけ楽しかったのかってのを話していてな……』ってグレイベル先生がため息をつく。どうも、あまりにも楽しかった故に、ステラ先生ってばついつい職員室で他の先生にその楽しさを話してしまった……というか、自ら話しまくっていたそうな。
『…シューン先生も、聞いてもいないのに誰彼構わず話していたが……まぁ、ステラ先生の場合は特に、こいつに自慢げに話していてな』とはグレイベル先生。その様がありありとまぶたの裏に浮かんでしまうのは、果たして良いことなのか悪いことなのか。とりあえず、ついつい自慢げになっちゃうステラ先生も最高に可愛いって思った。
さて、そんなことをされてはピアナ先生だって羨ましくなっちゃうに決まっている。業務があって未だに夏休みを取得できていないこともあって、ピアナ先生はプッツンしちゃったらしい。ピアナ先生に同情的だったグレイベル先生をけしかけ、こうしてステラ先生を捕獲したってわけだ。
ちなみに、『…今は名目上は夏休みだからな。先生としての立場はステラ先生が上だが、こうして年上として接している』ってグレイベル先生は言っていた。その間もステラ先生は『はーなーしーてぇー!』ってぱたぱた暴れていたけどね。
『ところで、どうしてその話を僕に? もしかして、ステラ先生をくれるんですか?』って聞いてみる。『あげるというよりかは、人質かな? 解放してほしければ、私のお願いを聞いてもらおうか!』とはピアナ先生。『…悪いが、今回は俺もこいつの味方なんでな。首を縦に振らなければ……』って、グレイベル先生はおもむろに懐に手を入れた。
出てきたのは大きめのクモ。グレイベル先生の手よりかはちょっと小さいってくらいの大きさ。グレイベル先生は元気にかさかさ動くそいつをつまみ、ステラ先生のローブの襟元(首の後ろ)に近づけて……。
『…こいつを、ステラ先生に突っ込む』って宣った。マジかよ。
『ひゃっ……』って顔面蒼白になるステラ先生。『…この手の冗談は言わないって、もう長い付き合いだからわかるよな?』って淡々と告げるグレイベル先生。『──くんは良い子だって、信じてるよ?』って妖しく笑うピアナ先生。
助けを求めて必死に目をぱちぱちするステラ先生を見て、どうして断るなんてことが出来ようか。『僕の体ならいくらでも好きにして構いません。先生を解放してください』って一呼吸も入れないうちに宣言したっていう。
ステラ先生が解放されるのを確認してから話を聞いてみることに。どんな無理難題を言われるのだろう、俺ってばピアナ先生に好き勝手に弄ばれちゃうのかな……なんてちょっぴりドキドキしていたら、『今日、先生たちの締めの飲み会があるの。一緒に参加してね?』、『…名目上はウェイターとしてだが……普通に一緒に飲み食いするだけでいい』とのこと。どういうこっちゃ?
『あっ……!』って、ステラ先生がぴーん! って感じの表情をする。『お、美味しい食べ物もお酒も飲み放題だから! ちょっぴり他の先生にお酌したり、お料理を取り分けてくれるだけでいいからっ!』って、なぜか人質に取られていたはずのステラ先生まで執拗に俺に参加を求めてきた。ホントにマジでどういうこっちゃ?
とりあえずステラ先生たちとはその場でいったん別れ、クラスルームへと戻る。起き出してきた連中に食堂での出来事を話したところ、『ただの生贄じゃね?』、『ゲロ処理係が欲しかったんだろ』、『さすがのグレイベル先生も、二人抱えて飲み会から逃げるのはキツいって思ったんだろうなぁ』とのコメントが。
みんながみんな、先生方の飲み会を罰ゲーム……というより、拷問のそれとしか認識していないのが怖い。これだからクレイジーの巣窟はやーねぇ。
午前中及び午後はぼちぼちゆったりと過ごし、時間になったところで待ち合わせの場所(職員室前)に赴く。クラスルームを発つ前に、クラスのみんなが『生きて帰って来いよ……!』、『無事に戻ってこれたら、ハゲプリン奢れよな!』といった見送りの言葉を送ってきた。
ロザリィちゃんに至っては、『ちゃんと帰ってこなきゃイヤなんだからね……っ!』って涙目になって情熱的なキスまでしてきた。情熱的すぎて一瞬飲み会のことなんて忘れるレベル。
あ、一応書いておこう。パレッタちゃんだけは『お土産よろしく』って言ってた。とりあえずよろしくされておいた。
ステラ先生、ピアナ先生、グレイベル先生と合流後は先生たち用の食堂(来客用も兼ねた食堂。一般学生が使う機会はほとんどない)へと赴く。相変わらず、どうして学生用の食堂とこうも内装や細部のクオリティが違うのか。椅子一つとってもふかふかで座り心地抜群。俺たちの食堂のなんて素っ気ない木の椅子なのに。先生だからって金かけやがって。
会場には見知った先生方がいっぱいいた。わかる範囲ではシューン先生、キート先生、アラヒム先生、ヨキ、ミラジフ、ポシム先生……それに、シキラ先生。たぶんこの人が一番の元凶だろう。
他にも見知らぬ先生が数人ほどいたけど、ピアナ先生の話ではあくまで俺たちの学科に関わる先生だけで、この学科所属の研究室の先生しかいないのだとか。あ、一人だけ女の先生(ハスキーボイスのはきはきしたおば……さん? って感じの人)が居たっけ。アラヒム先生と同じ研究室の先生って言っていたような。
さて、忘れちゃいけないのが机の上に用意されている料理の数々。使われているのが立派な銀の皿ってだけでもすごいのに、贅沢にもクロッシュなんてものまで使われている。バイキング形式の立食会的なアレだけれど、なんかすごそうな肉、今にも動き出しそうに盛りつけられた魚、見ているだけで楽しくなってくる彩り豊かなデザート……と、あらゆるジャンルの美味そうなものがこれでもかってくらいに用意されていた。
もうね、一目見ただけで『あっ、これお城のパーティで出てくるやつだ』って思ってしまうくらいに見た目が豪華でおいしそう。もちろん、すごい宿屋の店員として知見から見れば、見た目だけでなく質も良いことも簡単にわかる。明らかに俺たちの宴の時の料理と格が違う。
唖然としつつ、机に用意されていたカトラリーを見てみる。やっぱり銀製の、しかもブランドもの。マデラさんの宿でもたまに出すやつ。新婚さんへの贈り物とかによくチョイスされるアレ。俺たちの宴会の時なんて普通にいつもの安物のスプーンとフォークとナイフだけなのに、一式で七本くらいある。
おまけにおまけに、用意されていたワイングラスもたいそう煌びやか。光をキラキラと反射していて、それだけでもう一種の芸術品みたいな感じ。ギルみたいな脳筋であったとしても、『高いやつ使ってんな!』ってコメントが出てくると思う。
当然のごとく、酒もすごい。ボトルが放っているオーラが明らかに違う。ラベルをちょっと見てみれば、一番安いやつでさえ俺たちの宴会じゃお目にかかれないやつだった。そんなのが何十本とあるし、部屋の隅には意味ありげに樽までおいてある。
いやはや、マジで金をかけすぎだろって思ったよ。一晩だけの宴にこれだけの金を使うよりも、もっと校内の備品とか実験器具だの触媒だのを充実させろって思ったよね。たぶん、この現状をありのまま同期の連中に伝えたらクーデターが起きる。
『いくらなんでも豪華すぎやしません?』ってステラ先生に聞いてみる。『先生方の飲み会はこんなもんだよー? ……まぁ、豪華だからと言って落ち着いて食べられるわけじゃないから、先生としてはみんなとの飲み会の方が楽しいけど……』とのこと。
給仕の締めとしてやってきたおばちゃんにも同様の質問をしてみたところ、『そりゃあんた、学生と先生の飲み会が同レベルってのは問題あるだろ? 威厳や品格だって時には重要さ。考えても見ろ、ウィルアロンティカの先生方は学生と同じ貧相なものしか食べられない……だなんて噂が広まったら、学校の評判はもちろん、あたしたちの沽券に関わる。ここは来客をもてなすことだってあるんだから』との回答が。
たしかに、【何があっても舐められるな】とはマデラさんもよく言っていた。最初からそう言ってくれればすんなり納得できたのに。
ともあれ、メンツが揃ったところでぼちぼち飲み会開始。最初の挨拶は知らないおじーちゃん先生(触媒反応研究室の先生)が行ったけど、『進級が危ない学生もいますが、とりあえず一通りの処理は無事終わらせることが出来ました。今宵だけは、何もかも忘れて労いあいましょう……それでは、乾杯』ってあっさり終わる。これがシューン先生やヨキだったら料理が冷め切っていたに違いない。
名目上はウェイターとして呼ばれていたので、飲み食いするのは後回しにしてひたすら先生の取り皿に料理を乗せたり、ワインのボトルを開けてお酌しまくったりした。この辺はもう宿屋的に楽勝過ぎたので、特筆することは無い。『動きがサマになってるねえ!』って何人かの先生に褒められたくらい。
なんだかんだで最初の方はみんな穏やかに歓談していたと思う。少なくとも、杖を抜いたり魔法をぶっぱなしたりってことは無かった。偉い先生同士が和やかに笑いあい、ちょっと若めの先生や賑やかな先生同士が時折大きく笑って盛り上がるってくらいだったような。
ある程度落ち着いたところで俺も軽く料理を食べてみる。いつものおばちゃんの料理だけれど、やっぱりクオリティが段違い。仕込みにかなり時間をかけているのがはっきりわかるし、使っている香辛料や調味料もかなりお高いやつだった。紅茶だって高級品。これが格差か。
先生方の様子を見つつ対応していたところ、件のおじーちゃん先生から声をかけられた。『わざわざありがとうね、夏休み中なのに面倒を押し付けちゃって』とのこと。『実家の仕事に比べればなんてことないですよ』ってエレガントに微笑み返せば、『お礼と言っちゃなんだけど、好きなだけ飲み食いして行ってよォ! ここだけの話、学生たちじゃ食べられないくらいの高級品だからね!』って俺の皿に肉をこれでもかと載せてくれた。あの人ってもしかして神か?
とはいえ、さすがに遠慮しないってわけにもいかない。『もう十分楽しい思いをさせて貰っていますよ』って返せば、『……この歳になると、あまり食べられなくなってねぇ。量より質を求めるようになるんだけど、それでも肉の脂身はきつくて……』って若干しょんぼりしながら笑みを返された。言われてみれば、載せられたそれに脂身がだいぶ多いように思えなくもない。
最終的に、『どうせいつも残るから、ホントに遠慮せずに食べちゃってよォ! 若いんだからとにかく食べなきゃ!』っておじーちゃん先生は笑って去っていく。今度からギル……じゃ、やりすぎるだろうからポポルでも連れてこようと思った瞬間だ。
その後もちょこちょこと先生のお酌をしたりお皿を取り換えたり……って感じで過ごしていく。途中、キート先生が『すいません、取ってもらったのはありがたいんですけど、ちょっと食べきれなくて……』って申し訳なさそうに皿を戻してきたので、『これくらいなら問題ないですよ』って平らげておいた。なんだかとってもギルな気分。キート先生も、『頼りになりますねぇ!』って若干赤みかかった顔で笑っていたっけ。
意外にも、その後も特に問題なく宴は続き、やがて終わりの時間へ。『それじゃあ、私はもう帰るけれど、あとは好きに楽しんで!』っておじーちゃん先生、ポシム先生、アラヒム先生……まぁ、偉い先生方が帰っていく。女の先生も研究が忙しいらしく、それに続くように部屋を出て行った。
まだまだ残っている料理。まだまだ残っているお酒。このまま穏やかに、後は流れで適当に解散するって感じかな……なんて思っていたら。
『ッしゃあ! 二次会始めんぞぉぉぉ!』、『これからは本当の無礼講だぁぁぁぁ!』って大きな声が。知ってた。
とりあえず、一縷の望みを込めて先生方が出て行った扉を開けてみようと試みる。内側からも外側からもガチな魔導封印が施されていた。『こ……今回も逃げられなかったぁ……!』って涙目のステラ先生に、『くそ……ッ! 相変わらず複雑すぎる魔導封印……簡単には解析できない……ッ!』って歯をギリギリしているキート先生が後ろに。
なんか、毎回何とかしてこの扉の封印を破ろうとしているんだけれど、一度として成功したことが無いのだとか。『内側からはシキラ先生とシューン先生が、外側からは出てった先生たちとおばちゃんが封印しているから……』ってステラ先生は言っていた。
『偉い先生たちは、「ホントに好きにしていいですよ」っていうポーズで封印しています。おばちゃんは、本来の意味で封印しています。シキラ先生は……語るまでもないでしょう』ってキート先生はげんなりした顔。
そんな話をしていたところ、『飲んでますかぁ、キート先生ぇ!』ってシキラ先生が瓶を片手にやってきた。『ちょっとちょっと、グレイベル先生も全然飲んでないじゃないですか!』ってグレイベル先生にも絡みだした。『今日はサポーターがいるから好きなだけ飲んでいいんでしょ!?』ってシューン先生もうっきうき。
あっという間にグラスがお酒でいっぱいに。『飲もうぜ! とにかく飲もうぜ!』ってシキラ先生はグレイベル先生と肩を組み、自分は瓶ごとそのままイッキ。度数めっちゃ高いお酒なのに。
『…ほどほどにしといてくださいよ』ってグレイベル先生もお酒を呷る。『そんなこと言って、毎回ちゃんと飲むじゃないですか!』ってシキラ先生がさらに追加を注いだ。飲んでも飲んでも終わることなく注がれる。無限回廊ってこういうのを言うのだろうか。
ふと、さっきまでシキラ先生たちが居たところを見てみる。蒼い顔してミラジフがダウンしていた。マジかよ。
『学生じゃなかなか手が出せない、たっかいお酒だぞぉ~?』ってすでにだいぶ赤くなったシューン先生が俺のグラスに酒を注いできた。とりあえず飲み干し、ステラ先生たちに被害が行く前に『今度は僕にお酌させてください』と申し出るも、『無礼講! 今日ばっかりは先生がお酌しちゃうからな!』ってシューン先生は譲らず。
おまけに、シキラ先生が『ほれ飲めさあ飲めもっと飲め!』ってシューン先生を煽りだす。『なんのこれしき!』ってシューン先生はお酒をがぶ飲み。こいつぁヤバいって思ったね。
『いつもこんな感じで、気づけば倒れる直前まで飲まされてるの……』、『…男の場合は、倒れるまで飲まされてるな』ってピアナ先生とグレイベル先生が呟く。解放されるには、文字通り会場にある全ての酒を飲みきるしかない……けれども、それがかなり難しいのは語るまでも無い。だから、一次会のうちにどれだけ偉い先生やシキラ先生自身にお酒を飲ませられるかが勝負のカギになるのだとか。
そんな感じでひたすら飲んでいたら、『クソ、がぁ……っ!』って誰かが魔法をぶっぱなした。樽に入っていたお酒が龍のような形を取り、シキラ先生にまっしぐら。
間違いなくミラジフの流魔法。ほぼ酔いつぶれた状態であそこまでやるとは、やっぱりなかなか侮れない。
が、シキラ先生はさらに上手だった。『最高の宴会芸っすね!』って破壊魔法で龍をぶっ壊す。会場にお酒が飛び散るか……と思った次の瞬間、『よーし、先生も本気見せちゃうぞ~!』ってシューン先生が加工魔法を発動。飛び散った酒そのものを加工し、大きな器を作成。そのままそれで酒を受け止めた。
『さぁさぁ、世にも珍しい龍の酒です! ここは一気にいきましょう!』、『三人の友情の結晶ですよ! こいつはめでたい記念の酒だ~!』ってそのままミラジフに飲ませていた。あの人たちマジで悪魔か。
『いつもこんな感じですか?』って聞いてみる。『いつもはもっと派手にドンパチしてる』、『今日はまだ大人しい方』、『潰れてるの、ミラジフ先生しかいませんし、まだ誰も吐いてませんしね』って返答が。普段の飲み会、どれだけヤバいんだろうか。
とはいえ、こんなのが続けばいずれ辺り一帯がゲロ地獄になるのは確定的に明らか。グレイベル先生はともかくとして、キート先生はだいぶヤバそうな感じだったし、他の若手の先生もダウン寸前。なにより、ステラ先生とピアナ先生の乙女の尊厳だって守らなくっちゃいけない。
そんなわけで、『シキラ先生、僕と飲み比べしませんか?』ってこっちから勝負を仕掛けてみる。これだけだと怪しまれそうだったので、『先生たち対学生のエキシビジョンマッチです。今宵だけは無礼講かつ下剋上ということで』と煽ってみる。
案の定、『おもしれぇ、いい気になった若造を叩き潰してやろうじゃねえか!』って乗ってきた。ある意味わかりやすくて安心した。
『それじゃあ、みんなで飲み比べ大会だ! そーだなァ、俺らに勝てたらお前のクラス全員を高級ディナーに招待してやるよ!』ってシキラ先生は大きく出た。学生御用達の安酒場とかそんなんじゃなくて、今回の宴くらいにガチな料理が出てくる、一食だけでも目玉が飛び出るくらいにお高いところだとのこと。
もちろん、ここはあえて首を横に振る。『こんな簡単な条件でそこまでしてもらうのは心苦しいですし、なによりつまらないですよ。……そうですね、ステラ先生とピアナ先生の分まで僕が飲む。なんなら、シキラ先生以外の方が飲めなかった分まで僕が飲む。……どうでしょう、これでちょうどいいハンデになったんじゃあないですか?』ってさらに煽ってみた。
『……おもしれえ』ってシキラ先生はヤバそげに笑う。『そこまで言うなら、勝てたら何でも言うこと一つ聞いてやる。その代わり、お前が負けたら……わかってるな?』って杖の大誓約まで持ちだされた。俺ってばちょうピンチ。逃げられない
ともあれ、早速飲み比べ開始。最初からまさかの【ドワーフ殺し】。開封した瞬間にむわっとした酒気が広がり、キート先生の顔がだいぶヤバい感じに。
味も酒気が強すぎてよくわからなかった。ひたすら喉が焼けるって感じ。香りだけは特徴的だったけれど、ほぼアルコールだから美味しいとは思えなかった。
瓶を空けるころにはキート先生が脱落。いろいろ察したグレイベル先生がキート先生の頭を窓の外へ。俺の黄金のミスリルハンドで背中をさすりまくっておいた。
『それじゃあ二本目いってみよー!』ってシキラ先生が持ち出したのは【雪霊清酒】。透き通るような冷たい煌めきと、それに反するかのように燃え上がるのど越しが特徴的な逸品。北国の飲んべえどもの御用達だとか、なんかの通過儀礼に飲まれるとか何とか。
舌が焼けるのに冷たく感じるっていうあの感じ、ちょっとクセになりそう。相変わらず味はよくわからなかったけれど。
瓶が空くころには『げ、フぅ……ッ!』ってミラジフがダウン。なんだかんだで飲み比べに付き合うあたり、先生にも明確な序列があるのかもしれない。あの人グレイベル先生の助けを断り、一人でよろよろと窓に向かっていたっけ。
『せ、先生も、そろそろ無理……!』、『さっきの二本とも、めちゃくちゃ割ってようやく飲める奴だよ……?』ってステラ先生とピアナ先生もギブアップしたので、ここからは二人の分まで俺が飲むことに。グラスを頂こうとしたところ、『三倍デカいグラスがここにあるぜ!』ってシキラ先生に特製のグラスを渡されてしまった。ちょうショック。
ともあれ、飲み比べ三回戦。今度は意外にも無難に【ドラゴンリキュール】。ただし、水割りどころか氷すらない原液そのものを楽しむという狂気の沙汰としか思えない蛮行。
『俺らの世代はみんなこいつで隠し芸できるぜ!』ってシキラ先生はドラゴンリキュールをがぶ飲みし、軽い火花を作って口から火を噴き出していた。『…まぁ、ちょっとしたアレンジで』ってグレイベル先生は鼻から火を噴き出していた。『ごめ……もう、ムリ……!』って魔法流学研究室の若手の先生は泡を噴き出して気絶した。
若手の先生を介抱しつつ次の酒を待つ。なんかシューン先生が静かだな……って思ったら、『おっふ……』って蒼い顔して口を押さえてフラフラしているのを発見。
俺が気づくのがあと五秒遅かったら、文字通りあそこは地獄になっていた。誰か褒めて。
そろそろ終盤戦に入る四本目。選ばれたのは【大吟醸 獣鳴】なる珍しいお酒。屈強なヤバい獣であっても、このお酒のあまりの強さ故に一口飲んだだけで泣叫び出す……っていうのが名前の由来なのだとか。
そんなヤバいお酒を、シキラ先生は『ようやく酒らしい酒が出て来たなァ!』ってどぽどぽと豪快に生き残ったメンツのグラスに注いでいく。酒気が顔にかかっただけで『……うげっ』ってグレイベル先生の鉄面皮が崩れた。
いやはや、文字通り強い酒だったよね。舌の上に乗った瞬間、即座にそのまま気化するんだもの。完全に胃の中に流し込んだのに、口を開けてると喉の奥から気化したそれが漂ってくるのがはっきりわかる。酒って言うよりかはただの拷問の道具って言った方が正しいかもわからん。
『…あとは、頼む』ってグレイベル先生がダウン。お酒に強いグレイベル先生まで沈めるとか、なかなか侮れない酒だなって思った。
気付けば、残っているのは俺とシキラ先生しかいない。『なんだよ、思ったよりやるじゃねえか……?』ってシキラ先生は嬉しそうにも、困惑しているようにも思える表情を見せていた。きっと、今までに自分と張り合える人間と相見えたことが無いのだろう。すごい宿屋の息子を舐めて貰っちゃ困るっていう。
最後の勝負となるであろう五本目は、【エルダの祝杯】を選択。エルダという名の巨人のために作られたという謂れのそれは、デカいうえに酒に強いという巨人を酔わせるために極限まで酒精を強めた極悪過ぎる逸品。
冒険者が解毒薬なんかを入れている薬瓶くらいの大きさの酒瓶だけれど、ラベルにはしっかりと【強いお酒なので必ず何かで割ってください。通常の人間の場合、この瓶一本で大樽三つ分のウォッカに相当します】って書いてある。
もちろん、(ホントはやっちゃダメだけど)これを原液のまま頂くことに。さすがのシキラ先生も、『えっ、マジで?』って唖然。『僕がやるんですから、先生も付き合ってくださいますよね?』って煽ってみる。
『……ポーカーフェイスか? いいぜ、やってやろうじゃねえか。こうなりゃとことんだ、とことんやってやる!』ってシキラ先生は腹をくくったらしい。氷こそグラスに入れたものの、そのままちろっと軽くそいつを口に入れた。
『ごっふゥ!?』って悲鳴。噴き出さなかったのは先生としての最後の意地だろう。それでなお、きちんと口に含んだそれを飲み干すところに、酒飲みとしての美学を感じた。
『やってやったぞオラァ……! つ、次はてめえの番だ、逃げんじゃねえぞ……!?』ってシキラ先生は若干ふらつきながら俺を煽ってくる。手を震わせながらも、俺のグラスにどぽどぽとそいつを注いできた。
俺? 普通にぐいーって一気飲みしたよ。『何ならもう一杯行きたいところですね?』って華麗にウィンクまで決めちゃったっていう。
『おま……マジか……?』ってシキラ先生はあんぐりと口を開けていた。あの人があそこまで呆然としたところを、俺は初めて見たかもしれない。
なんだかんだでだいぶ時間をかけて、シキラ先生は自分のそれを飲み干した。顔が十分に赤くなっていて、酔っぱらっている……というか、潰れる一歩手前であることは明らか。というか、あれだけ強いお酒をあれだけ飲んでいて、まだ普通に意識があること自体が驚きだ。
『そろそろやめにしておきますか? 僕も、弱い者いじめはしたくないですし』って俺ってばさらに煽ってみる。『ふざけるな……! 学生相手にイモ引けるわけねえだろうが……!』って、若干ろれつの回らない、焦点の合わない目でシキラ先生は勝負続行を告げてきた。
面倒臭くなってきたので、以降にその後の飲み比べて飲んだ酒の銘柄を書いておく。なお、どれも非常に強い酒であることを先に断わっておこう。
・【グッバイテキーラ】
・【アルテマウォッカ】
・【魔界の芋焼酎】
・【魅惑の夢魔の口噛み酒】
・【クレイジーリキュール】
・【ヘル・ヴァン】
・【死酒】
・【エレメンタルブランデー】
・【地獄の食前酒】
・【オーガスレイヤー】
・【三度目の夜明け】
どれもこれもが強いお酒で、飲み比べしている俺たちじゃあなくて、周りで見ていた先生方の方がだいぶ気持ち悪そうな顔をしていた。『ほ……ほんとに人間……? なんで顔色一つ変わってないの……?』、『あのお酒、魔法醸造で濃度が100%超えている頭おかしいやつですよ……?』などなど、もはや先生方の俺を見る目が化け物を見るそれに変わっている。ちょっとショック。
一方で、なぜかシキラ先生も普通に俺について来れていた。さっきの様子を鑑みるに、一杯だけでも絶対無理だと思っていたのに、蒼い顔をしながらも『もう一杯だコラァ! 倒れるまでやるぞオラァ!』って沈む気配が無い。
はて、意外と持つな……なんて思いつつ、次々に杯を空にしていく。あまりの酒気にキート先生がもらい(?)ゲロ。慌てて窓を開けた時のその勢いで、室内に充満していた気化した酒に火が付いた。あぶねえ。
この段階ですでにかなり遅い時間。こりゃもう徹夜で潰すしかないなって考えながら次の酒を選んでいたら、唐突にステラ先生が『あーっ!』って大きな声を出した。
なんだなんだと思ってみれば、『ずるはよくない、ですっ!』ってステラ先生が杖を振るう。『げっ……!』ってシキラ先生のマジな焦り顔。
次の瞬間、『ごっふぁァ!?』ってシキラ先生が思いっきり倒れた。若手の先生からの大歓声&大喝采。どういうこっちゃ?
『シキラ先生、ずるしてたのっ! 破壊魔法でお酒の中のアルコール、全部壊してたっ!』ってステラ先生がぷんぷん。どうもシキラ先生、酒を飲んだと見せかけて口内で破壊魔法を展開し、実際は水を飲んでいるだけに等しい状態にしていたっぽい。
『やった……ッ! とうとうシキラ先生を倒した……ッ!』、『こんな光景を見ることが出来る日がくるなんて……ッ!』って、キート先生を始めとした若手の先生は涙さえ見せて喜んでいた。『ありがとう……! 本当にありがとう……!』、『これからも……いいや、卒業してもこの飲み会に遠慮なく参加してくれ……!』とまで言われてしまう。あの人普段どんだけ飲ませていたんだろうか。
そんな感じで飲み会は終了。『ホントにだいじょうぶ……?』ってステラ先生にもピアナ先生にも心配されたけど、俺ってばマジぴんぴん。華麗なるマンドラゴラステップを披露してみれば、『それ、酔っているのかふざけているのか判別できないよ?』ってピアナ先生に言われてしまった。ちょううっかり。
なお、潰れたシキラ先生&シューン先生は会場に放置することに。明日の朝になったらおばちゃん、または所属研究室の学生が回収に来るそうな。割といつものことだけれど、『シキラ先生も潰れているのを見たらみなさんびっくりするかもしれませんね。……これで少しはあの人も飲ませられる側のことをわかるでしょう。自己防衛の魔法は動いてますし、死にはしません』ってキート先生が弱弱しい笑顔で言っていた。
なんだかんだで職員室前で先生たちとは別れる。別れ際、『酔ったステラ先生をおんぶできる役得があると思ったんですが』って冗談を言ってみれば、『……代わりにこれで我慢してっ!』って思いっきりぎゅーっ! ってハグしてくれた。
ぬくくてやわこくていい匂いがしてふっかふか。お酒が入っていたからか、なんかいつにもまして色気たっぷりでどっきどき。
そしてステラ先生ってばちょう真っ赤。『きょ、今日頑張ってくれたことへのご褒美だからねっ! 特別なんだからねっ!』とのこと。たぶん、酔ってなければここまで大胆なことは出来なかっただろう。ステラ先生はそういう人だ。
あと、グレイベル先生が隣でぼそっと『…俺だって、こいつを抱えるよりかはステラ先生の方が……なぁ?』って呟いていた。直後に激昂したピアナ先生に思いっきり蹴りあげられてうずくまっていた。
どこを蹴られたかは、グレイベル先生の名誉のために書かないでおくことにする。とりあえず、思わず自分の股間を押さえそうになった、とだけ。
クラスルームに戻ったら、確実に日を跨いでいるのにネグリジェ姿のロザリィちゃんが待っていてくれた。『おかえり……問題なかった?』ってぎゅって抱き付いてきて、そのままポンポンと背中までさすってくれた。女神はここにいた。
『見ての通り、ぴんぴんしてるよ』って微笑んでみれば、『……ステラ先生の匂いがするんだけど?』って思いっきり口を塞がれた。『……おさけくちゃい』とまで言われてしまう。『……でも、先生なら浮気はセーフだし、汗の匂いがなんかイイです』とのコメントも頂く。
とりあえず、おやすみなさいのキスをして、最後にぎゅっと抱きしめてから別れる。ロザリィちゃんの体がぬくくてやわこくて未だに心臓ドッキドキ。こんなクソ遅い時間なのにこんなにも長い日記を書いているのは、この鼓動の昂ぶりがなかなかおさまらなかったからだったりする。ドキドキしちゃうもんはしょうがないね。
ふう。そろそろ落ち着いてきたしいい加減寝るとしよう。風呂は明日の朝イチで入るとして……まぁ、このままベッドにダイブするのも悪くない。どうせ明日も明後日もずっと休みだ。夏休みマジ最高。
ギルは腹を出して大きなイビキをかいている。高級エビフライのエビの尾っぽでも詰めておこうっと。おやすみ。
20190802 誤字修正
お酒は二十歳になってから。無理に飲むのも飲ませるのもやめましょう。【日記を晒している人】とのお約束ですよ?