122日目 提案
122日目
枕からマスタード臭がする。それだけかよ。
ギルを起こして食堂へ。昨日の補講の疲れが残っているのか、やっぱり食堂は人が少なめ。もとより夏休みでいくらでもダラけていていいとあっては、逆に俺たちみたいな規則正しい生活をしている方が珍しいのかもしれない。
そんな中、ダラけているやつ筆頭のヒモクズフィルラドとおこちゃまポポルが朝から食堂にいた。珍しいこともあるものだな……なんて思いつつ甘めのスクランブルエッグをちゃっぴぃに『あーん♪』していたところ、ある事実に気付く。
うん、フィルラドの頬が微妙に赤く腫れている。そしてその隣でアルテアちゃんが静かに怒っていた。
『なにかやらかしたのか?』ってポポルに聞いてみる。『だいぶヤバい方とそこそこヤバい方、どっちから聞きたい?』って返された。終わってんなマジで。
なんでも例年通り、フィルラドの生活習慣があまりにもクズのそれだからって、アルテアちゃんが(たぶん昨日の夜のプライベートで二人きりのときに)フィルラドをジョギングに誘ったらしい。
だから、フィルラドは早起きして準備をしていたのだとか。ポポルはその支度の音で目が覚めたとのこと。
『朝っぱらから何してんの?』って寝ぼけ眼で聴くポポル。『弾ける太ももとまぶしいうなじを見に行く。あと、尻のラインを堪能してくる』と答えたフィルラド。
『まさにその瞬間、アルテアがこいつを起こしに部屋に入ってきた……』ってポポルは若干震えながら教えてくれた。『恐怖でばっちり目が醒めちゃった』との追加情報も。ポポルは一体何を見たのか、ちょっと気になる。
この段階でだいぶアルテアちゃんはキレてたんだけど、まぁいつも通りってことで普通に朝飯を食いに食堂に来たらしい。ただ、ここでもフィルラドはやらかした。
『実験のケガのせいでまだ手の調子悪いから、スクランブルエッグが上手く食べられないって言ったんだよね』ってポポルはしんみりと呟く。オチがだいたい読めてしまった瞬間だ。
アルテアちゃん、それならしょうがないとフィルラドに『あーん♪』を行う。恥かしがっていた&慣れない作業とあって、肘が机の上にあったプリンのカップとぶつかる。落ちていくプリン。
『あっぶね!?』って機敏な動作で……調子悪いはずの手でプリンをキャッチするフィルラド。
『人が本気で心配したのに……ッ! これだから男ってやつは……ッ! 今日こそその腐った根性、叩き直してやる……ッ!』ってアルテアちゃんはガチギレしていた。フィルラドが無事にジョギング(?)から帰ってこれるのかちょっと心配になるレベル。
当の本人は『ちょっとしたおちゃめのつもりだったんだけどなァ……』って事態の深刻さを理解していない。アルテアちゃんに構ってもらえてうれしいのか、それとも物事を考える脳ミソが足りていないのか、判断に悩むところだ。
そんな朝の一幕の後はなんとなく学生部に寄ってみる。今日は魔系学生向けのバイト解禁日だとちらっと噂を耳にしたゆえである。
実際、勤労意欲のある(あるいはただの金欠の)連中が掲示板の所に群がってバイトを物色していた。どうせヒマだし、ロザリィちゃんはピアナ先生の所に行っていていないし……ってことで俺も依頼を漁ってみることに。
が、いい感じの依頼は見つからず。つまらなさそうな雑用や報酬が割に合わないものばかり。なかなか良さげな一日家庭教師のバイトがあるかと思いきや、【※女子学生限定です】とか書かれている。舐めやがって。
そんなわけで颯爽と引き返す。で、何か面白いことないかな……なんて思いつつ適当にブラブラしていたところ、外のベンチの所でゼクトと遭遇。しかも、なにやら思い悩んでいる(?)様子。
『よう、若人よ。悩みがあるなら聞いてやらんことも無いぞ?』って隣に座ってみる。『……天の助けか悪魔のささやきか、判断に困る奴が来たな』って言われた。あいつ酷くない?
ともあれ、話を聞いてみる。『昨日補講があっただろ? なんかそれでライラとかだいぶ疲れちゃったみたいでさぁ。なんかこう、サプライズ的にパーッと騒ぎたいんだけど……』ってゼクトは語りだす。
『騒げばいいじゃん。そういうの得意だろ?』って返してみれば、『……正直、最近マンネリ気味なんだよね』って返された。
言われてみれば俺にも思い当たる節がある。テスト終わりのおつかれさま会も、最近はあまり目新しさが無いというか……『あ、いつもどおりね』って感じのことが増えてきた。楽しいことには楽しいけれど、ドキドキわくわくのサプライズ感は確かに減っている。
それどころか、こうして休日の時間を潰すのでさえ……こう、積極的に何か思い当たって行動するってことは無い。周りの流れに身を任せて、受動的に過ごしていたらいつの間にか夜になっていた……なんてことが少なくない気がする。
『俺としてはさ、せっかくだし最高に楽しめて盛り上がれる……新しい何かをしたいんだよ』ってゼクトは続けていたけれど、正直あまり耳に入ってこなかった。
いつの間にか俺、体も心もクレイジーな魔系のそれになってしまっている。授業期間中はレポートや製図に追われ、あれだけ休みが欲しい、遊びたいと思っていたのに、いざ休みになるとやりたいことが思いつかない。レポートや製図が無いと、逆に落ち着かない。
こうして当てもなくフラついていた現状こそが、それを示す最たるものとなっている。
そう、俺は……心のどこかで、あの地獄を望んでしまっている。心から望んでいたはずの平穏に、違和感を覚え……馴染めなくなってしまっている。
それに気づいてしまったとき、愕然としたよね。ピュアだったはずの俺が、こうも薄汚れてしまうだなんて。もうあのころには戻れないのかって……なんか、すごく悲しくなったよ。
さすがにこれはヤバい。なんとかしなくっちゃあならない。
そんなわけで、『ルマルマと合同で飲み会するのはどうだ? 実は前々から外でバーベキューとかホームパーティーをしたいと思ってたんだ』ってゼクトに提案してみる。『昼間から合法的に酒も飲めそう……レクレーションをしてもいい……なにより、いつもと違って自分たちが目の前で焼いたものをそのまま食う……悪くないな?』ってゼクトも乗り気。
【夏の暑さをふっとばぜ! 俺たち青春真っ盛りだろ!? 今遊ばなくていつ遊ぶ!? ルマルマ&ティキータ・ティキータ合同マジカルシャイニングサマーパーティ】が開催決定した瞬間である。
その後はそのままゼクトと一緒に企画を詰めていく。基本的にはバーベキュー形式で焼いて焼いて食いまくる、可能であれば途中で有志による一発芸を披露する、男子の闘争心を滾らせる力比べ的なイベントを盛り込む、女子受けのよさそうなイベント(要検討)を盛り込む……などなど。
結局昼を跨いで……おやつの時間ごろまで話し合いは続き、『俺はティキータに声をかけるから、そっちはよろしく!』ってゼクトは笑顔で帰っていった。さっそく今から準備に取り掛かるらしい。さすがは企画のプロである。
なお、パーティ開催予定日は二日後。準備期間がぶっちゃけ明日しかない。あいつの中の仕事のスピード感、どうなっているんだろう?
俺がクラスルームに戻ってちょっとしたくらいに、グレイベル先生が寝こけるポポルを小脇に抱えてやってきた。『…ハンモックで昼寝してた。起こすのもしのびなかったが、そろそろ夕方になるから』とのこと。
どうやらポポルのやつ、グレイベル先生のお昼寝用のハンモックにもぐりこみ、ちゃっかりお昼寝を楽しんでいたらしい。グレイベル先生に抱えられてなお『すぴー……』って気持ちよさそうに寝息を立てていたし、それはもう健やかなおこちゃまのそれであったことをここに記しておく。
……もしかしなくても、グレイベル先生は自らのお昼寝タイムをポポルに譲ったのだろう。あの人ホント強面だけど頼れる優しい兄貴だよね。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、ティキータと合同でパーティをする旨をみんなに通知した。『面白そう!』、『なんだかんだでその手のイベント、あんまりやってなかったよな!』、『夏休みっぽくていいね!』ってみんな乗り気。
『明日一日で準備して、明後日開催な。あと、男子は一発芸を用意しておくこと』って付け加えた瞬間、『お前準備する人、ギルは一発芸する人、俺たちパーティを楽しむ人……うん、役割分担完璧だな!』って言われたのがわけわかめ。準備の一環として連中をしっかりこき使ってやろうと思う。
話は全然変わるけど、フィルラドとアルテアちゃんが妙に仲良さげにボードゲームをしていたのが印象的。アルテアちゃん、あのゲームあんまり得意じゃないのににこにこしながらプレイしていたし(いつもなら眉間に薄く皺が寄っている)、妙にフィルラドとの距離も近かった気がする。いったいジョギング中に何があったのか、ちょっと気になる。
ギルは今日もぐっすりスヤスヤとイビキをかいて寝こけている。こいつは今日も筋トレしていたのだろう。こいつはそういうやつだ。明日はたっぷりこきつ……じゃない、宴会のために協力してもらおうっと。
とりあえず、鼻には毛糸のクズを詰めておく。なんか俺のローブのフードに入ってたんだよね。おやすみなさい。