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120日目 地獄の宣告

120日目


 ギルの寝息が狼の遠吠え。この感じは発情期ちょっと過ぎってところだな。


 ギルを起こして食堂へ。昨日ちょっと遅めだったとはいえ、俺は若くて健康的だから目覚めもばっちり。ついでとばかりに朝からがっつりとスペシャルサンドイッチを食す。しゃきしゃきのレタスと瑞々しいトマト、そしてよくわからん肉の組み合わせが最高。


 もちろん、俺のお膝の上のちゃっぴぃにも『あーん♪』してやる。あの野郎、『きゅ!』って器用にもレタスだけを除いて食べやがった。口のしまりは悪いくせに、なんでこういうところだけ妙に器用なのか。まぁ、そのあと普通にレタスも単品で食わせたけどさ。


 そうそう、ロザリィちゃんが『私にも一口ちょーだいっ!』って俺のサンドイッチに齧りついてきた。『とってもおいしーっ!』って幸せそう。ナチュラルな間接キスにドッキドキ。ロザリィちゃん、わざわざ食べかけの所から食べていくから侮れない。


 しかも、それでいて『……ん? パパってば食べないの? ……もしかして、照れてるのかぁ?』って赤くなりながらからかってくるって言うね。まったく、これだからロザリィちゃんはキュート過ぎるぜ。


 あえて書くまでも無いけれど、今日もギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。昨日のショックを引きずって未だに放心状態のミーシャちゃんにも『ジャガイモ食えば何もかも忘れてびっくりするくらいに楽しくなるぜ!』ってジャガイモを進めていた。そのジャガイモ、変なものが入ってんじゃないかと思った瞬間だ。


 さて、そんな感じでみんなで朝のひと時を過ごしていたところ、『……みんな、いる?』ってステラ先生がやってきた。ひゃっほう。


 夏休みとは言え、朝食の時間にステラ先生とご一緒出来るなんてなかなか珍しい事態。おまけにステラ先生はいつもの先生スタイル……っぽいけれど、地味に夏用私服っていうスタイル。いわゆるビジネスカジュアルだろうか、職場でも洒落たレストランでもデートでも……どんな場所にでも着ていけそうなエレガント&キューティな装いであった。


 『……ちょっと、みんなに大事な話があって』ってステラ先生は静かに語り掛ける。もしやデートのお誘いかと思ったけれど、それにしては【みんな】ってのが気にかかる。何かを察したらしきロザリィちゃんが『せんせい、私とデートするー? そろそろお買い物行きたいって思ってたの!』ってにこやかに笑いかけ、そして先生のそでをくいくいと楽しそうにひっぱった。


 ステラ先生、そんなロザリィちゃんに優しそうに笑いかけ──


 『──ごめんね。今日は、補講を通達しに来たの』ってロザリィちゃんの肩をぽんと叩いた。


 『えっ』って固まるロザリィちゃん。ざわっとどよめく食堂。ステラ先生は優しそうにも、悲しそうにも見える儚い表情で消え入りそうに笑い、唯々事実を告げた。


 『あのね……その、魔法回路実験なんだけどね、ちょっと危ない人が何人かいるの。レポートとテストだけじゃちょっぴり足りないから、せめて、実力はあるんだってことを証明しなくちゃいけないの。……だから、今日と明日で補講を開くの』とのこと。


 一応今日と明日は休日である。そうでなくとも夏休みである。そんな日に補講である。


 どうも、例の魔法回路の実験は俺たちが思っていた以上に惨憺たる結果だったらしい。レポートはみんなきちんと通ったはず……いや、最後の一回だけは再レポすら許してもらえなかったんだっけ。きっと、今までギリギリで通っていた人はそこで引っかかってしまったのだろう。


 『ご、ごめんね……! ホントは先生だって、こんなこと言いたくないよぅ……! でも、きちんとやらないと、みんなの単位が……!』って、ステラ先生は説明途中なのに目に大粒の涙を溜めて……っていうか、普通にポロポロと泣きだした。


 そしてそれ以上に、ヤバい表情をしている人たちがいっぱい。いつの間にか、ルマルマもティキータもバルトもアエルノも、みんながみんなステラ先生を囲んで絶望の表情をしている。


 一応、補講の内容そのものは難しいものじゃないらしい。今まで作ってきた魔法回路をもう一回組んで、教科書通りの現象が起きているかどうかってのをその場で先生たちに見せればおしまいだとか。測定したりレポートを書いたりってことは一切なくて、この二日間で六回分の実験の回路を組むだけ。


 が、それがいかに面倒で大変なのかは語るまでも無い。


 肝心の補講のメンツだけど、ロザリィちゃん、ミーシャちゃん、アルテアちゃん、フィルラド、ポポル、そしてギル。ルマルマは男女ともに他にも……っていうか、クラスの半数が引っかかっていた。ティキータもそんな感じで、バルトとアエルノはクラス全体の三分の一くらいだったように思える。


 ちょっと不思議なのはアルテアちゃんとギル。アルテアちゃんは真面目だし、そんな大きなミスもしてないだろ……って思ったら、『いや、私はほら……一回分、実験できていないようなものだから』って返された。


 ギルはどうなんだ……って思ったら、『……先生も悩んだんだけどね、その、いろいろ疑わしいって話があって。レポートもテストも完璧なんだし、だったらこの程度楽勝で負担にならないだろって大きな声があって』ってステラ先生が教えてくれた。たぶん、その大きな声ってのはシキラ先生だろう。


 そして、ロザリィちゃんたちは朝食後すぐに実験室に連行された。連れ去られていく瞬間の最後の表情が未だに胸に焼き付いている。『たすけて』って顔でロザリィちゃんが見ているのに、俺には何もできない。自分の無力をあれほど呪ったことは無い。


 あと、ミーシャちゃんはもっとヤバかった。目が死んでいるっていうか、全体として壊れた人形みたいな雰囲気。ここしばらく立て続けにショッキングな出来事が起きたせいで理解が追い付いていないのだろう。


 朝食後はクラスルームへ。とてもじゃないけど遊んだりする気にはなれず、俺専用ロッキングチェアでひたすらに時間を潰す。クラス内の暗い雰囲気を感じ取ったのか、ちゃっぴぃが『きゅう……』って不安そうに抱き付いてきたので、そのまま優しく背中をさすっておいた。


 ……改めて思い返せば、ちゃっぴぃはロザリィちゃんが連行されるところを目の前で見ている。不安に思わない方がおかしいだろう。


 一方で、ヒナたちやエッグ婦人はピーピー騒ぎながらすぐ外で水遊びしていた。あまりにも暑いから辛抱堪らなくなったようだ。どうやらこいつらには主人のことを慮る優しい気持ちは無いらしい。フィルラドに似たのだろうか。


 クーラスやジオルドを始めとして、実験室行きを免れた連中も表情はあまりよろしくない。『なんだかんだで今まで一回も無かったから忘れてたけど……補講ってマジであるんだな……』、『夏休みだぜ? 惨すぎるだろ』、『この補講で成果を出せなかったら……どうなんのさ?』と、暗い話題は尽きることが無い。


 お昼の時間のちょっと過ぎくらいに、アリア姐さんが「あーもう、見てらんないわ!」とでも言わんばかりに身をくねらせ、そして定位置で静かに読書するジオルドの元へ這いずっていた。足が動かないからしょうがないとはいえ、その様はアングル的に結構アレ。見慣れているはずのジオルドもぎょっとしていた。


 で、アリア姐さんはジオルドを慈愛いっぱいに抱きしめる。「暑くてうざったいんだから、せめて心は楽しい気分でいましょうよ」と言わんばかりにアリア姐さんはにっこり笑顔。なんか微妙にいつにもまして色っぽかったような?


 『……お前、最近なんかおかしくないか?』ってジオルドも何か気付いたらしい。アリア姐さん、「……なんのことかしら?」と言わんばかりに首を傾げ、そしてジオルドを抱きしめた。『……やっぱりいつもに比べて元気が無い、か?』ってジオルドは普通に抱き締め返し、そして愛用のぞうさんじょうろでアリア姐さんの頭から水をぶっかけていた。


 「あら、気持ちいい♪」と言わんばかりにアリア姐さんは水を受けて嬉しそうにしていたっけ。大変目に毒な光景だったことをここに記しておく。


 今更だけど、アリア姐さんって植物なのに汗をかくのか。最初に妙に色っぽく見えたのも、それが原因だろう。


 おやつの時間のちょっと過ぎくらいに衝撃的な出来事が。なんとも意外なことに、連行された連中が普通に帰ってきた。しかもなぜかみんな晴れやかな笑顔。


 おまけに、『さすが、信じてたよ!』、『俺お前のこと尊敬するわ!』、『俺もギルみたいに筋トレするね!』って、なぜかみんなギルのことを褒め称えている。ギルはギルで『そんなこと……あるかもな!』って笑顔でポージング。


 さすがに唖然。朝はあんなに暗かった連中がこうも元気なのもそうだし、何より座学や実験じゃまるで役に立ちそうにないギルをこうも崇め称えているだなんて。


 早速何があったか聞いてみる。ロザリィちゃん、『すっごいんだよ! ギルくんがねぇ、どんな回路も正確にぱぱーって組んでくれたの! しかも、間違っているところもすぐに見つけてくれるし!』って超笑顔。ミーシャちゃん、『うちのギルはやればできる子って信じてたの! とうとう才能が開花したの!』って涙ぐんでさえいた。


 そして当のギルは、『ふふ……俺の筋肉に二度同じ攻撃は通じないってこと……親友ともあろうものが、忘れちまったのか……?』って、不敵に笑いながらポージング。こいつの脳筋はどこまで行くんだと戦慄した瞬間だ。


 ともかく、ギルはその同じ攻撃は二度も通じない(そもそもとしてなぜ課題を攻撃として認識しているのか謎である)筋肉の特性を生かし、あっという間に自分の分の回路を組み上げ、そして現象の再現を確認して合格を貰ったらしい。その後はいつもの俺のように他の人たちのサポートに回り、ルマルマはおろか、アエルノチュッチュの連中でさえも一人残らず助けるという、文字通りシキラ先生が大いにビビるほどの大活躍をしたそうな。


 『あの時の先生たちの顔、見ものだったぜ!』、『──が二人いるみたいな感じだった! いいや、性格が爽やかなぶんもっとすごかった!』ってポポルとフィルラドが絶賛。とりあえず、フィルラドにはエグめのこむら返りの呪をかけておいた。


 夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中もやっぱりギルの武勇伝が語られまくり、そしてギルは照れながらもポージングしまくっていた。ギルのくせに。


 ただ、嬉しいことも一つ。気分が乗らないからさっさと寝ようとしたところ、『──くん!』ってロザリィちゃんに呼び止められる。振り返った瞬間にぎゅっ! って思いっきり抱きしめられた。


 『……ギルくんにお勉強を教えたのは──くんだもんね? いっつも私たちのお勉強を見てくれるのも、──くんだもんね?』……って優しく微笑みながら、ロザリィちゃんは優しくキスしてくれた。不覚にも泣きそうになったのはなぜだろう。


 『みんな照れてるだけで、わかってるんだから。ギルくんだって……ううん、ギルくんこそが、一番──くんに感謝してると思うよ? ……だから、拗ねるんじゃないのっ!』って、ロザリィちゃんは俺の頭をひっつかみ、自分の胸に押し付け、そしてぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。


 これ以上書くのはよそう。なんかすんげえ恥ずかしくなってきた。ただ一つ言えるのは、俺は一生をかけてもロザリィちゃんを幸せにし、そしてロザリィちゃんからもらったこの大きすぎる幸せを少しでも返さなきゃいけないってことだ。


 俺、ロザリィちゃんに出会えて本当によかったわ。


 ギルは今日も健やかに大きなイビキをかいてぐっすりと寝ている。ガラにもなく恥ずかしいことを書いたせいでちょっと寝付けそうにないけど、俺もさっさと寝ることにしよう。


 ギルの鼻にはメタルミストでも詰めておく。おやすみなさい。

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