118日目 サマーフィッシング
118日目
ギルの寝汗が虹色に煌めいている。果てしなく不気味。
ギルを起こして食堂へ。朝からレインボーに煌めくギルを見て、食堂内の誰もがぎょっとした表情をしていた。そのあまりのまばゆきに一瞬で目が覚めたらしく、誰もが二度見&ガン見でギルを見つめてくる。
『ちょっと照れるぜ!』ってあいつは笑顔で大胸筋を見せびらかしていた。マジレインボー。眩しい。
朝食は無難にウィンナーパンをチョイス。なんだかんだでこの定番な感じは侮れない。ウィンナーパンって外れることがまずないから大好きである。
その上、この学校のはウィンナーが太くて大きく、食べ応えもばっちり。程よく効いたバジルが堪らない。甘めのケチャップとぴりりと効いたマスタードの相性も最高。ついつい二つも食べちゃうレベル。
俺のお膝の上のちゃっぴぃも『きゅーっ♪』って真ん中の一番柔らかくて美味いところで『あーん♪』の構えを取ってきた。優しくて寛大な俺はちゃんと『あーん♪』してやったけどね。ついでに口の周りも拭いてあげちゃうサービス付き。我ながら自分の優しさが恐ろしいっていう。
ギルはもちろんジャガイモ。『うめえうめえ!』って心底美味そうに貪っていた。ちゃっぴぃが『きゅ!』ってマスタードをマシマシでかけてあげても気づかずに食っていた。
さて、今日ものんびりさせてもらおうかな……なんて思っていたところ、『釣りの支度をするの!』ってミーシャちゃんが釣竿片手にやってきた。『今は魚で我慢してやるってヴィヴィディナも囁いている』ってパレッタちゃんもなぜか乗り気。
『昨日虫取りが出来なかったパレッタの憂さ晴らしにミーシャが便乗した。わかったらさっさと支度してくれ』ってアルテアちゃんがちょっと疲れた顔して笑っていた。
なんでも、パレッタちゃんは昨日一晩中ベッドの中で呪詛の言葉を吐いていたらしい。『耳に聞こえるわけじゃないのに、凄く悍ましい雰囲気がして寝られなかった』とはアルテアちゃんの談。目の下に若干のクマがあったのを見つけてしまい、なぜかちょっぴり申し訳ない気持ちになった。
ともかく、そんなわけで俺、ギル、ミーシャちゃん、パレッタちゃん、アルテアちゃん、そして忘れちゃいけない我らがロザリィちゃん(と、ちゃっぴぃ)で湖へ。ギルがついてきたのは言わずもがな、ロザリィちゃんがついてきたのは俺と釣りデートをするためである。
ちゃっぴぃ? だいぶ不服そうにぶすっくれたツラで『きゅう……』って言ってたよ。そんなに嫌ならアリア姐さんに預けようとも思ったのに、なぜか『きゅ!』って俺&ロザリィちゃんに引っ付いてきたんだよね。あいつの考えることはよくわかんねえや。
俺にとっては久しぶりの湖……そもそもとして最近は忙しかったからこうして外に遊びに出掛けること自体が久しぶりなわけだけれども、ともかく湖もいかにもサマーシーズン到来って感じでなかなかに良かった。俺たちみたいに釣りに来ている連中がチラホラいたり、対岸の方では水着を装備して泳いでいる奴らも。はしゃぐ彼らとキラキラと光を反射する水面がいかにも青春って感じだったと言えよう。
ただ、一番輝いていたのはギルだった。文字通りの虹のきらめきを『俺の方が仕上がってるし!』って遊びに来ていた連中全員に見せつけていた。視線を独り占め出来てギルは嬉しそう。何人かの女子は顔色を青くして口元を押さえていたけどね。
早速釣り糸を垂らす。『釣りまくってやるの!』ってミーシャちゃんはマイ釣竿二本を捌きまくる。アルテアちゃんは『くぁ……』って欠伸をしながら、借り物の釣竿で。その釣り糸の先にはヴィヴィディナ。パレッタちゃんが(アルテアちゃんの釣竿の餌付係である)フィルラドの代わりに着けてあげていたんだよね。
今更だけど、ポポルとフィルラドは一緒に来ていない。昨日早起きしたのに成果が挙げられなかったからって不貞寝しているらしい。『寝かせてやるのも優しさなり』ってパレッタちゃんが言ってた。
俺とロザリィちゃんも二人で一本の釣竿を使いゆったりと釣りを楽しむ。『こうしてゆっくりできるのも久しぶりだねー……』ってロザリィちゃんがこてんって体を預けてきた。ぬくくてやわこくてふっかふか。おまけにびっくりするほどいい匂い。
『ドキドキしすぎて、釣りに集中できそうにないや』って言ってみる。『……もうすでに、かなりの大物釣りあげてるんだからよくない?』ってにこーって微笑まれた。
釣り上げたんじゃあなくて、釣り上げられた方なのだけれど。まぁ、どっちも大して変わらないか?
そのままイチャイチャしていたところ、竿にアタリが。ぴくっ、ぴくっと震えるのを数回ほど様子見して、大きく引いたところで一気にくいっと引き上げる。割と大きい手応え。結構な大物。
『ちゃっぴぃ、お前の力を見せてみろ!』って声をかける。『きゅーっ!』ってちゃっぴぃは俺のまたぐらにイン。釣竿を持つちゃっぴぃを後ろから抱き締めるようにして俺も釣竿を支え、獲物との勝負に入る。
暴れる釣竿。震える両手。『ママも手伝っちゃうんだから!』ってロザリィちゃんが俺を押さえてくれなければ、きっと俺たちは湖に引き込まれていたことだろう。
『……この感じ、大物なの!』ってミーシャちゃんが大きな網をもってやってきた。『手伝うぜ、親友!』ってギルも汗と湖の水を煌めかせてやってきた。なんであいつ釣りだって言ってるのに潜ってたんだろう?
ミーシャちゃん、『とりあえずギルは引っ込んでるの!』ってギルのケツを叩く。あいつが絡んだらろくなことが起きないとわかっていたのだろう。実際、ギルの腕力で無理に引き上げたら竿が折れるのは確定的に明らか。
ギルのやつ、一瞬しょんぼりしたけど『それなら全力で応援しちゃうぜ!』って俺&ちゃっぴぃが気張るのに合わせてポージングしまくってた。片手が空いてたら魔法をぶっ放しているところである。
どうしてなかなか、相手もしぶといようでなかなか釣り上げることが出来ない。いい加減くじけそうになっていたところ、『諦めちゃだめなの! 焦らずに、じわじわと時間をかけて体力を奪うの!』って興奮した様子でミーシャちゃんがアドヴァイスをくれた。
これは良いことを聞いた──ってことで、釣り糸を伝って相手に吸収魔法を叩きこむ。相手の活力吸い取りまくりんぐ。ちょっぴりちゃっぴぃの魔力も吸収しちゃったけど気にしない。
さて、相手の体力が無くなったとなればもう怖いものは無い。そのまま『オラァ!』って釣り上げる。
釣り上げたのはだいぶ立派なシルバーリーフ。意外にも大きさはミーシャちゃんの背に届くかどうかって感じくらいだったけれど、俺の吸収魔法を喰らってなおぴちぴちと力強く跳ねるほどに活きが良い。その銀のきらめきは今日のギルの筋肉のきらめきに勝るとも劣らない。
魔法的特性がかなり優れているからこそ、手応えもあれだけ大きかったのだろう。(想像していたよりかは)小さいそいつを見てちゃっぴぃは『きゅ……』ってちょっと不満げだったけど、『大物ってレベルじゃないくらいにすごいやつだぞ……よくやった』って頭を撫でてあげたら、『きゅーっ♪』って飛びついてきた。ガキは単純だから助かるっていう。
ただ、『邪道すぎるの……ッ!』ってミーシャちゃんは女の子がしちゃいけない顔をして歯をギリギリさせていた。ついでに結構な勢いで背中のだいぶケツ寄りをパンパン叩かれた。どうやら釣り師としてのミーシャちゃんの逆鱗に触れることをしてしまったらしい。
釣れれば何でもいいと思う……のは、俺があくまで釣り師ではなく、魚を仕入れて調理する側の人間だからだろうか。
このシルバーリーフほどの大物こそ釣れなかったものの、その後も全体として結構な釣果を得ることが出来た。俺とロザリィちゃんとちゃっぴぃはコメットテールが二匹にエンゼルフィンが一匹、それに小魚(魔魚じゃない普通のやつ)が十匹ほど。ミーシャちゃんは小魚がいっぱい(三十匹はいたと思う)にムーンフィッシュやプリズムフィッシュ、小さめのシルバーリーフ。たくさん釣っていたから詳しい数はわからない。
ギル? あいつは『こんな大物取れちゃったぜ!』ってデカいティラニア・コーダを担いで湖から上がってきたよ。その頭部には当たり前のように打撃痕が。間違いなく釣竿でしたたかに打ち付けたのだろう。あいつマジで釣りって何なのかわかっているのだろうか? 魚を獲れれば何でもいいわけじゃねーぞっていう。
ちなみに、アルテアちゃんとパレッタちゃんは意外にもボウズ。いや、正確には俺たちと同じくらいには釣り上げていたんだけど、エサにしていたヴィヴィディナが水中で魚の腹を食い破って、中身を全部食べちゃってたんだよね。だから、魚の皮しか釣り上げられなかったんだよ。
だけど、『極上の悲哀と絶望を糧として得ることが出来て、ヴィヴィディナは大変満足している。喰った側だと思っていた奴が喰われる側になったときのあの感情を、言葉などという矮小なる存在でどうして表すことが出来ようか』ってパレッタちゃんは満足そう。
一方でアルテアちゃんも、『……よく寝た』ってすっきりした顔をしていた。アルテアちゃん、途中で寝落ちしてパレッタちゃんが膝枕していたんだよね。というか、割と最初から寝ていたような気がする。
『……不覚にもちょっとときめいたなり。クセになりそう』ってパレッタちゃんが言っていたのだけがちょっと心配。同室なんだしアルテアちゃんの寝顔くらいいくらでも見ていそうなものだけれど……膝枕での視点はやっぱり特別な何かがあるのだろうか?
夕方ごろにはルマルマ寮に帰還。そしておばちゃんに頼んでおさかな料理を作ってもらう。夕餉はみんなでおさかなパーティー。フィッシュ&チップスやムニエルなんかの定番はもちろん、ティラニア・コーダの丸焼きやシルバーリーフの香味蒸し焼きも。
『きゅーっ♪』ってちゃっぴぃは自らが釣り上げたシルバーリーフを上機嫌で食っていた。なんとも珍しいことに、俺に『あーん♪』までしてくれた。
さっぱりしているのにとんでもなく旨味が詰まったシルバーリーフが本当に美味しい。ふわっと香る香草の風味がこれまたいい感じのアクセントになっている。身がほろほろと崩れていくから骨もちっとも気にならない。強いて言うなら、もっとレアで上物の香草を使えればもっとよかった。
ロザリィちゃんも『おいしーっ!』ってふうふうしながらシルバーリーフを食っていた。釣りに行けなかったポポルやフィルラドも『うめえうめえ!』っていろんな魚を食っていた。ジオルドやクーラスも『青春って感じがするな……!』、『最高に夏休みしているわ俺』ってティラニア・コーダの丸焼きを女子に切り分けてデレデレしていた。
なんにせよ、なんだかんだでみんなが楽しいひと時を送れたことだけが伝わればいい。なんかやたらとちゃっぴぃが俺に食わせようとしてきたせいで、あんまり周りを見ることが出来なかったんだよね。
夕飯……じゃなかった、風呂入って雑談して今に至る。雑談中に改めて思ったけど、一回くらいはクラスのみんなで外でバーベキュー的な何かをやりたいところ。今回も結構それっぽい感じだったとはいえ、あくまで食堂内での話である。俺的にはもっとこう、黄昏時に燃えるような夕焼けをバッグに火を囲み、みんなで肉を焼いて喰らって、そしてロザリィちゃんとイチャイチャしたい。
どうせ休みはまだまだある。機会なんていくらでもあるだろう。密かに準備してサプライズするのも悪くないかもしれない。
ギルは今日も健康的にクソうるさいイビキをかいている。地味に汗の虹のきらめきが収まっていない。自然発光(?)しているから部屋がだいぶ明るい。星の光だと思えば寝られるだろうか。
まぁいい。とりあえず、シルバーリーフの鱗……それも、一番銀色で一番葉っぱの形が綺麗な奴を鼻に詰めておくことにする。あまりにも見事だからおばちゃんに頼んで取っておいてもらったんだけど、あまりにも生臭くていらなくなっちゃったやつね。みすやお。