117日目 蟲獲り
117日目
ギルの鼻の両穴にドングリが詰まっている。俺入れたの一個だけなのに。
ドングリを窓からアエルノ寮にぶん投げてから食堂へ。今日も今日とて蒸し暑く、食堂内もすごく気怠い感じ。休みの日なのに真面目に起きた人たちも、机に突っ伏すようにしてぐてっとしている。ちょこちょこ場所を変えていたところを見るに、涼を取っていたのだろう。
朝食はフレッシュにリンゴジュースをチョイス。今日はなんとなくリンゴの気分だった故である。俺のお膝の上のちゃぴぃも『きゅーっ!』ってくぴくぴ飲んでいた。夏はやっぱり水分を取らないとね。
そうそう、ちゃっぴぃにだいぶ遅れてロザリィちゃんがやってきたんだけど、この暑さだからか髪を後ろでアップにしていて、なんともステキな感じに。ちょっと後ろで髪をまとめただけなのにこうも魅力の質が変わるとか、ロザリィちゃんはいったい何者なのだろうか。
『今日もかわいいね』ってありのままの事実を告げる。『もしかして、こーゆーのが好みなのかぁ?』ってにこっと笑って脇腹をつんってされた。天使はここにいた。
『キミならどんな髪型も似合うと思うし、実際どんな髪型であっても可愛いと思う。ただ一つ確かなのは、いろんな魅力を引き出せるキミはやっぱりステキで最高だってことかな』って柄にもなく情熱的なセリフを言ってみれば、ロザリィちゃんってばかぁって真っ赤になった。
『暑いの?』っていじわるして聞いてみる。『……いじわるな口はここかな?』って夏の暑さも吹っ飛ぶほどのキスをされた。わーぉ。
なお、俺たちがそんな風にイチャイチャしている間も、ギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。今日は珍しくちゃっぴぃもギルの肩車に収まり、『きゅーっ!』ってジャガイモを食っていた。
さて、朝餉の後に何をしようかな……と思案していたところ、『虫取り行こうぜ!』ってポポルに誘われた。『昨日、激レアな色をしたマジックバタフライを見たってバルトの連中が言っていたんだ!』ってフィルラドも虫取り網を持って超ノリノリ。『ヴィヴィディナに捧げるべきってヴィヴィディナも言ってる』ってパレッタちゃんもハイテンション。
そんなわけで俺、ポポル、フィルラド、ギル、パレッタちゃんで虫取りをしに森へ。ロザリィちゃんとちゃっぴぃはお留守番。『男の子がそういうの好きなのはわかってるの。……でも、お願いだから、絶対に私の見えないところでそういうのはやってね?』って若干涙目で送り出された故である。
心配しなくとも、取った蟲はだいたいが接着剤になるから、ロザリィちゃんが悲しむことなんて万に一つもあり得ない。
久方ぶりの森だけれども、やっぱり魔力にも自然にも溢れていて虫がいっぱいいそうな感じだった。季節も季節だし、絶好の虫取りチャンスだったと言えよう。
ただ、肝心のターゲットは全然見つからず。マジックバタフライはおろか、ファットウォームの一匹すら見つからない。去年はもっとたくさんの種類の蟲が見つかったはずなのに。
『っかしーなぁ……昨日はめっちゃ獲れたって話だったんだけど……』ってフィルラドは首をかしげる。召喚魔法で耳長リリパットの群れを召喚していたけれど、奴らでも感知できないレベル。あまりにも見つからないものだから、やがて耳長リリパッドが飽きて騒ぎ出した。マジうるさい。
『きっと昨日の連中が獲り尽したんだ。ちくしょう、舐めやがって!』ってパレッタちゃんが女の子がしちゃいけない表情をして呟きを漏らす。パレッタちゃんの怨嗟に反応してヴィヴィディナも『ギャアアアアア!』って耳障りな金切り声を上げた。
虫がいないのは君たちを恐れているからじゃないのか……と言わなかった俺を誰か褒めて。
昼過ぎ頃まで粘ったもののマジで蟲は一匹も見つからず。最後の方はポポルが飽きだして、ギルの肩車に収まったまま虫取り網をぶんぶん振って遊んでいた。
おこちゃまは楽しそうでいいな……なんて思っていたら、『あっ、やっべ』ってポポルの声が。ポトリと何かが落ちてきた。見憶えのありすぎる六角形が積み重なった銀色の何か。
紛れもなくプリズム・ビーの巣。戦慄が走ったのは書くまでも無い。
逃げるべきか、戦うべきか、この人数でいけるか、巣の大きさ的にかなり面倒なことになるな……なんてことが一瞬で頭の中をよぎる。当然、スローになった世界の中でも俺たちの体は自然に動き、誰もが杖に手を伸ばしていた。
でも、ギルだけは『オラァ!』って先手必勝で巣をぶん殴っていた。あいつすげぇ。
幸いなこと(?)に巣の中は空っぽ。女王蜂も働き蜂も怠け蜂もいない。幼虫もいない。どういうこっちゃ?
『これだけデカい巣なのに空っぽなんてあるのか?』、『敵に襲われたにしては巣はきれいだし、争った形跡もないな……』……なんて、俺とフィルラドで話し合う。近くに蟲の死体があればまだ納得できたけど、文字通り巣だけがぽつんと残っていてたいそう不気味。
俺たちが検分している間、パレッタちゃんは砕けたプリズム・ビーの巣の欠片をヴィヴィディナに捧げていた。ポポルはギルの高速移動で酔ったのか目をぐるぐる回していた。そしてギルは『最高の演出だぜ!』ってキラキラと輝く巣の欠片の真ん中でポージングしていた。一人くらいはちゃんと素材を回収してほしかった。
おやつの時間頃にはルマルマ寮に戻った。クラスの連中に『成果はどうだった?』と聞かれたので、『世にも珍しい、頭が尻に、尻が頭になったファットウォームを獲ってきたぞ』と畑の隅で獲ったファットウォームを見せつける。
可哀想なものを見るかのような目で見られたのがわけわかめ。なぜあいつらにはあのレアさがわからないのだろう。芸術を理解できない人間はこれだから困る。
激レアファットウォーム(グルーと命名)を虫篭にぶち込んだ直後、ロザリィちゃんがやってきた。『……もう隠し持ってないよね?』との問いに笑顔で頷いてみれば、『ならばよし!』ってそのまま思いっきり抱き付かれた。ひゃっほう。
ただ、俺ってばこの暑い中森を歩いてきたばかり。『汗臭いと思うけど……』って体を離そうとする。が、ロザリィちゃんは『……それがイイんです』って俺の胸に顔を埋めてすーはーすーはーくんかくんかしまくっていた。
なんか、普段の匂いに森や土といった自然の匂いが加わり、いつもとまた違ったテイストになって堪らないとかなんとか。
『いつもの匂いと、お風呂上がりの匂いと、汗をかいたときの匂い。お菓子の匂いに、畑の匂いに、お薬の匂い。──くんはね、いろんな匂いが混じっていつもちょっとずつ匂いが違うの。……それが堪らなく楽しいの』ってロザリィちゃんが真っ赤になってコメントしていたから、きっとそういうことなんだろう。自分じゃよくわからないから困ったものだ。
……俺、臭くないよね? ロザリィちゃんに嫌われないように、体臭だけは気を付けておかないと。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、なんかやたらと女子が髪をアップにしてうなじをさらけ出していたのが印象に残っている。
『いや、普通に暑いからだし? 他意はないし?』って彼女らは言っていたけれど、きっとクーラスに見せつけていたのだろう。あいつめっちゃにっこりしていたし、こっちがドン引きするくらいガン見していたしね。
ギルは今日も大きなイビキをかいてぐっすりとねている。今日も今日とて半裸でお腹は丸出し。優しい俺はタオルケットをかけてやった。誰か褒めて。
ギルの鼻には今日拾ったプリズム・ビーの巣の欠片を詰めておく。キラキラ光ってちょっと綺麗。おやすみ。