116日目 畑に佇むヤバいやつ
116日目
俺に枝毛がいっぱい。どういうことなの。
ギルを起こして食堂へ。今日は贅沢にフレッシュなアルジーロオレンジのジュースをチョイス。そのまま意気揚々といつもの席に向かっていたところ、フェデルタカーネのメリィちゃんが猛烈な勢いで俺の方へと走ってきた。
すわ新手の魔法生物か、いやいやアレは誰かの使い魔だろ──なんて思っているうちには見事な頭突きを腹に貰ってしまう。息が詰まったのはもちろんのこと、せっかくのジュースがこぼれてしまった上、メリィちゃんに押し倒されてしまった。
ちゃっぴぃならまだしも、まさか犬に押し倒される日が来るとは。自分のイケメン具合が恐ろしいぜ。
で、『ご、ごめん!』ってライラちゃんがやってきた。今まで全然知らなかったけど、メリィちゃんってライラちゃんの使い魔だったらしい。ティキータの誰かのだとは思っていたけど、まさかライラちゃんのだったとは。
さて、このメリィちゃんだけれども、なんか明らかにライラちゃんを見て怯えた表情をしていた。俺のローブの影へと隠れ、尾っぽを股に挟んでぷるぷると震えている。主人であるライラちゃんにここまで怯えるとはこれ如何に。
『ごめんね、うちの子、この前拾い食いしたみたいでお腹を痛めてるの。だからドクター・チートフルから虫下しを貰ったんだけど、これが凄く苦いらしくて』とはライラちゃん。なんのことはない、苦いお薬を飲みたくなかったってだけの話だった。
で、ライラちゃんは無理矢理メリィちゃんに薬を飲ませようとするも、メリィちゃんは断固拒否の構えを崩さない。『の、ん、で、よぉ……!』ってライラちゃんが真っ赤な顔して頑張ってもダメ。
『座薬をぶち込んだほうが楽でいいよ。なんならやってあげようか?』って提案したら『え゛っ……』ってライラちゃんにも駆け付けたゼクトにもドン引きされた。
『口をこじ開けるより股を開かせる方が簡単だよ』って言っても、『うちの子、一応女の子だから……』、『お前のその発想ホント怖い』と言われる。解せぬ。
なお、座薬の話をした瞬間にメリィちゃんは絶望の表情をして俺から逃げていった。が、その行先にはギルがいる。『うめえうめえ!』とジャガイモを食べていたギルは俺の一声でさっとメリィちゃんを捕獲し、『他人の使い魔に懐かれるとはさすが親友だな!』ってメリィちゃんをこちらに引き渡してきた。
で、『座薬とギルに口をこじ開けられるの、好きな方を選べ』ってメリィちゃんに問いかける。メリィちゃん、必死になってライラちゃんに媚を売り、自分から率先して虫下しを飲み始めた。やればできるじゃないかと思った瞬間だ。
『飲んでくれたのはいいけど……なんかフクザツ』とはライラちゃん。『これが躾か……』と感心するゼクト。
この騒動を見ていたアルテアちゃんは『あの子、確実に逃げる場所を間違えたな……そりゃあ、ティキータの誰もが避ける相手ではあるが』って言ってた。それってどういう意味だったのだろうか。
朝のそんな一幕の後はクラスルームでひたすらにぼーっとする。期末テスト&飲み会明けでちょっぴり疲れていたし、それに休みはまだまだいくらでもある。正直まるでやる気が起きなかったと言えよう。
どのみち、バイトだってまだ解禁されていない。となれば、休めるときは休むべきって俺の中の天使も悪魔も言うに決まっている。
そんなわけで俺専用ロッキングチェアでのんびりしていたところ、『ヒマならちょっと頼みたいことが……』ってアルテアちゃんが声をかけてきた。なんでもアルテアスペシャル美容液の在庫がヤバいことになっているらしい。
『ここ最近のテスト勉強で無理をし過ぎた。その上で大いに飲み食いした。……みんなの肌はもう、ボロボロだ』と真剣な表情。何人かの女子は恥ずかしがって部屋から出られない状態にあるらしい。故に気高きアルテアちゃんが俺に交渉しに来たそうな。
『男子の誰も、別にそんなの気にしないと思うけど』って言ってみる。『お前らに見せるために磨いているといつ言った?』と返された。近くでだらけていたクーラスとジオルドが絶望の表情。この世に神はいない。
でも、『……聞こえるようにそう言えって言われた』ってアルテアちゃんはこっそりとつぶやく。ちょいちょいと明後日の方向を指さされた。物陰に女の子がしちゃいけない顔して笑っている女子。このクラスには碌なやつがいないと思った瞬間だ。
ともあれ、アルテアスペシャル美容液を作ることに。ナエカほかいつもの魔法草の在庫が尽きかけていたので、暑い日差しが降り注ぐ外に出て畑に調達に行く。女子は俺のお肌の心配をしてくれないから困る。
畑に行ったらエイラがいた。このクソ暑いのに畑のど真ん中で『夏休みだしずーっと一緒に居られるね……!』って俺のリンゴの木にほおずりしていやがった。俺のリンゴなのに。
しかも、『うふふ、あなたもうれしいって? ……やだもう、恥ずかしいこと言わないでよ!』、『ハズカシクナイヨ! ダッテエイラダイスキダモン!』とか一人でナエカに語り掛け、そして一人で受け答えしている。
マジもんのイカレに出会っちまったって思ったね。しかも、よりによってそんなヤバい奴が俺の畑に居座って、俺の魔法植物を友達扱いしているんだもの。暑さで頭がおかしくなったって言われた方がまだマシだった。
とりあえず、エイラを無視してナエカ、コケウス、リシオ、ついでに堕鳥草なんかを採取。『やーめーてぇー! 私のお友達を出荷しないでぇー!』って泣きつかれたけど完全に無視。『今日は最高の出荷日和だな!』って爽やかに額の汗をぬぐう。俺ってばマジイケメン。
が、ちょっとふざけすぎてしまったらしい。『エルドワーズ……アルファンチェルカ……ジョン……!』ってあいつはお友達(?)の名前を呟きながらガチ泣きしやがった。さすがの俺も、女子供の涙を見せられては敵わない。
『諦めろ。エルドワーズもアルファンチェルカも、女子たちのお肌のための犠牲になったんだ。いや、女子たちのお肌のために、奴らは新しく生まれ変わるんだ。本当に友達なら、お前は奴らを誇りに思い、そして気高く見送るべきだ』って諭しておく。
『……そうなのね? それが友達なのね! わかったわ! 私、見送る! 見送りまくってやる!』ってエイラは嘘吐き悪魔も二度見するくらいに態度を変える。『もってって! もってきなさいよ! もってけよ!』って自らの友達をブチブチ引っこ抜いて俺に押し付けてきた。あいつ怖い。
『ふう……! なんかすごく友達っぽい感じだったわぁ……!』ってエイラは満足そう。心の底から満ち足りた表情。友達の扱いがわかっていないからすぐに騙せたのだろう。それにしたっていろんな意味でヤバいと思うけど。
こんなクレイジーでも対処できる俺ってすごい……って一瞬思ったけど、すぐに割とガチな罪悪感が。何となく振り返って声をかけよう……として、出荷される友達をにこにこしながら見守るエイラにゾッとしたものを感じる。冗談抜きでいろいろヤバいんじゃあないかと思った次第。
今度遊びに行くときはあいつも誘ってやるとしよう。まずはそれなりに人に慣れさせないと。友達作り云々はその後だ。
幸いにも、ルマルマの連中は割と心が広い。アルテアちゃんは面倒見がいいし、ポポルやミーシャちゃんはおこちゃまだから普通に一緒になって遊ぶだろう。
最悪、ギルをけしかけておけば筋肉が友達になってくれる。案外それが一番良い未来なのかもしれない。
おやつの時間ごろにアルテアスペシャル美容液完成。オリジナルのそれに、なぜか相変わらず増殖しているギル・アクアを混ぜ、採取してきた材料&その日の気分の材料を適当にぶち込んで火にかけてそれっぽく抽出するだけで出来る優れものである。なんでこれに美容液としての効果があるのかは知らぬ。
それなりの量を確保できたのでアルテアちゃん……というか、クラス財産のところに突っ込んでおく。俺が補給するばかりで誰かが補給しているところをほとんど見たことが無いのが困るところ。まぁ、そのぶんたまーにレアなものが補給されていたりするんだけどさ。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。なんだかんだでほとんどの人が今日は一日中クラスルームや自室に引きこもっていたらしい。『暑くて外に出る気になれない』、『今まで頑張ったんだしちょっとくらいいいよね!』って雑談中に語っていた。
ちょっと気になることがひとつ。アリア姐さんが微妙に元気なさそげ。雑談中に水をぶっかけていたジオルドも、『……今日はいつもより抱き締める力が弱いな?』って首をかしげていた。
当のアリア姐さんは「ま、こういう日もあるわよ?」と言わんばかりに笑っていたけれど……。元は植物だし、暑さには結構弱いのかもしれない。念のため注意しておくこと。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。こいつは一日中外で筋トレフルコースを嗜んでいたらしい。『デートだと思っていた私がバカだったの』ってちょっと日焼けしたミーシャちゃんが死んだ目で語っていたから間違いない。ギルのやつ、とうとうミーシャちゃんが筋トレの錘として割と便利であることに気付いてしまったようだ。
ギルの鼻には奴が今日拾ってきたドングリでも詰めておく。『この時期にドングリとか超レアだろ! 親友へのお土産としてついつい拾っちゃったぜ!』って超笑顔でくれたんだけど、ギルは俺がこれを貰ってどうすると思ったのだろうか。こういうのはポポルにでもあげればいいものを。
まぁいい。さっさと寝よう。おやすみにりかちゃんまじかわいい。