112日目 魔法回路実験:前期期末テスト
112日目
ギルの目から氷の涙。ひんやりしていていい感じ。
ギルを起こして食堂へ。ギルの目元で煌めくそれを見つけたからか、『どうしたの!?』ってミーシャちゃんが真っ先に駆け寄ってきた。『また──になんかされたの!? 言って! あたしがなんとかしてあげるから!』とすっかり母親(?)モードに。どうも、使い魔を飼いたいあまりに拗らせてる感があるんだけれど、いい加減なんとかならないだろうか。
もちろん、誤解はあっという間に解ける。『ひんやりしていて気持ちいいの!』ってミーシャちゃんはギルによじ登ってご満悦。ポポルもギルによじ登り、『ずりーぞ、独り占めすんなよな!』って競うようにギルの目の下に手を当てて涼をとっていた。
当然のごとく、ウチのワガママお姫様もこのムーブメントに乗らないはずがない。『きゅーっ!』ってパタパタ飛んで、正面からギルのほっぺをぺちぺち叩いて遊んでいた。
『おいおい、モテるってのも大変だな!』ってギルはちょう笑顔。あいつ、頭が脳筋で子供のそれと大差ないからか、子供の扱いが意外と上手いんだよね。
『平和でいいな』、『全くだ』ってアルテアちゃんとジオルドがコメントしていた。互いに母性と父性が刺激されたのだろうか。アリア姐さんが「ずるいわ、そのポジション……!」とでも言わんばかりに身をよじらせていたっけ。
あえて書いておこう。ギルはやっぱり『うめえうめえ!』とジャガイモを美味そうに食っていた。奴がジャガイモを食べる度に冷気(?)が吹いてきたのがちょっと気になる。あいつの体、マジでどうなってんだろ?
さて、今日の授業……というか試験は魔法回路実験。ティキータの連中と共に例の講義用の教室へと赴く。アエルノとバルトは実験室でテストを受けるらしい。『このクソ忙しい時期なのに、部屋を整えるのに俺たちが駆り出された』ってキイラム先輩が愚痴っていたから間違いない。
『試験なんてものはね、ホントならやらなくたっていいんですよ。毎回の授業をきちんと聞いていれば、内容なんて嫌でも頭に入ってくるんですから。私たちだって試験の準備に採点しなくっちゃあいけない。面倒くさいったらありゃしない。キミたちは一回試験受けるだけでいいだろうけどね、私たちはキミたち全員分のをしっかりチェックしなくっちゃいけないんです。……賢明なキミたちなら、それが解っていると思います。どうか先生たちに無駄な苦労と失望をさせないでください。赤点か満点か、採点のしやすい点を取ってくれることを強く願います……って毎回言ってるのに、だいたい毎年ギリギリの点数ばかり取るから面白いですよホント』……なんていつもの長くてわかりづらいポシム先生のお話の後に試験が始まる。そしてステラ先生はバルトとアエルノの方の試験監督。この世に神はいない。
そして、やっぱり試験問題はクソ難しかった。
初手一問目が【三回目の実験で作成した魔法回路の回路図を描きなさい】。一応注釈として【※交流魔力制御回路(マジックヒステリシス防止回路付き)です】って書かれていたけれど、使う部品とかは一切書かれていない。マジックトライアックやマジックトリガーダイオードはもちろん、魔法抵抗をどこにいくつ使うのか……どれくらいの大きさの魔法抵抗を使うのかすら書いていない。
文字通り、自らの記憶だけが頼り。こんなのってあるか。
そして、回路図を描いただけでは終わらない。なんとも腹立たしいことに、【マジックヒステリシスとは何か。描いた回路図を元に説明せよ】、【マジックコンデンサの原理を用いて、マジックヒステリシス防止回路(マジックヒステリシスが防止できる理由)を説明せよ】といった鬼畜問題が続く。泣きそう。
あんだけ時間をかけて書いたレポートでさえ、この問題を解決するのにかなりの時間がかかったのだ。それを試験中に書かせるなんていったい何を考えているのか。
そんな感じで理論も実験も何もかもを網羅(?)した問題が続く。原理の説明、計算問題、はたまたトラブル原因の推定考察(実験でXXが上手くいかない時、何が理由だと考えられるか)……などなど、見ているだけで眩暈がしてくるレベル。
もう、マジで教室の空気が凍っていたよ。ポポルの貧乏ゆすりはもはやケルベロスに睨まれてブルってるんじゃねーかってくらいにひどかったし、いつもならそんなポポルの椅子を蹴とばすパレッタちゃんは、力尽きたように腕をだらんとたらしている。文字通り、ポポルなんかに構っていられないほどショックを受けていたのだろう。
ふんふんと小気味よく小さな鼻歌を歌い、ポシム先生は教室を練り歩く。『ちょっと簡単すぎましたかねえ? もうペンを置いてる人がこんなにいるとは……』って上機嫌。どうやら先生は俺たちとは別の世界を見ているらしかった。
なんとかかんとか問題を進め、裏面に。
【最後の実験の回路図を描きなさい】ってあった。もうやだ。
誰かがぺらっと紙をめくった直後、『ひゅっ』って音が静かな教室に響く。最初はなんだかわからなかったけれど、それが何度も続くにつれ、問題内容がヤバすぎて息をのむ音だと気付いた。
どれくらい時間が経っただろうか。書いても書いても終わらない……そもそもとして合っているかどうかもわからない解答を続けるうち、ティキータの方でへらへら笑いだすやつが。くすくす笑う女子も。頭のねじがいかれてしまったのだろう。気持ちはよくわかる。
こいつらはまだマシ(?)なほう。試験終了時刻が迫ったころ、唐突にそれは聞こえてきた。
『えぐっ……! ひっく……っ!』って。マジかよって思ったね。
女子の誰かが泣いていた。文字通り、嗚咽を漏らしていた。しゃくりあげる音が大きく響いて、ぽたぽたと涙が机を打つ音が。
誰か一人が限界を迎えたことで、決定的な何かが切れてしまったのだろう。『ひん……っ! ふぇ……っ!』、『うっ……! うっ……!』ってもらい泣きする女子がいっぱい。『うぁぁ……っ!』って割とガチで泣く娘も。なんかもう聞いていて居た堪れなかったよ。
もちろん、女子がガチ泣きしてもポシム先生は何の反応もせず。こんな光景なんて何度も見てきたのだろう。『ああ、またか』みたいな感じで微笑ましい目つきをしていたのを覚えている。
一方で、アシスタントの上級生はまだしも人間らしい反応があった。泣いている娘の肩をぽんぽんと叩き、『ここまで来たんだ、最後まで頑張れ』、『泣いても笑っても、あとちょっとだから』って耳元で優しく励ましていた。
そんな感じで試験は終了。みんなお通夜状態。顔面蒼白。男子も割と目が真っ赤。さすがに泣声こそあげなかったものの、涙はポロポロ流していたことが伺えた。お互い、指摘はしなかったけどさ。
『今日で試験全部終わりだろ? ……これから夏休みなんだから、シケたツラしてんなよ!』ってキイラム先輩が泣いている女子の背中を叩いて慰めていた。『……うん、今くらいは好きなだけ泣いていいから』ってノエルノ先輩が泣いている女子をぎゅっと抱きしめていた。
随分手慣れているなと思ったら、『毎年こうだし、俺たちの時もそうだったから』ってキイラム先輩から情報が。『特にノエルノはマジでガチ泣きしてたからな。おかげで俺のローブも解答用紙もぐしゃぐしゃになった』との追加情報も。
ちなみに、それでなおノエルノ先輩はキイラム先輩よりも点を取っていたらしい。普通に上位の成績だったそうな。
『うっさい! 余計なこと話すな!』ってノエルノ先輩はキイラム先輩をパンパン叩きながら真っ赤になって抗議していたけれど、なんかちょっと意外である。デキるオトナのおねーさんちっくな先輩だと思っていたのに。ノエルノ先輩にもそういう時代があったということか。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。風呂も雑談中もみんな暗い面持ちで、とても試験期間が終わったとは思えない雰囲気。風呂場で会ったラフォイドルからも、『試験中に女子が泣き出した。ステラ先生までつられて泣いた。あと男子が錯乱して脱いだ』って話が聞けた。やっぱりみんな、かなり精神的に参ってしまったようだ。
とりあえず、雑談中には『楽しいことを考えよう。終わったことはもうどうしようもない。それに、毎年のことだって言ってただろう? 大丈夫、なんとかなるさ!』って殊更に明るく振る舞っておく。
『ギル、夏休みに何かやりたいことはあるか?』って話題を振ってみれば、『魚釣りだろ、筋トレだろ、虫取りにバーベキューもしたい! それに筋トレは忘れちゃいけないし、またみんなで湖に泳ぎにいかなきゃな! あと、みんなでどこかに出かけたり、他クラスの連中とも遊んだり、筋トレして、バイトして、腹いっぱいジャガイモ食って筋トレしなきゃな!』って明るく答えてくれた。
『おいおい、まずは打ち上げだろ?』ってやつの肩を軽く小突く。『いっけね、忘れてた!』ってギルは爽やかに笑いながら俺の肩を小突き返してきた。肩が外れるかと思った。
ふう。ちょっとグダグダしているがここまでにしておこう。とりあえず、明日はみんなで打ち上げの準備をするってことで落ち着いた。無理矢理にでも楽しいことをすれば、すぐに心も向上すると考えた次第。それに、なんだかんだで夏休みの魅力は抗えない。今年はどんな夏休みになるか、今からワクワクが隠せない。
ロザリィちゃんとイチャつけなかったのだけが心残り。せいぜい、寝る間際に『……ぎゅーって、して』って無言で抱き締められたくらいか。『……大丈夫?』って問いかけたんだけど、情熱的なキスで黙らせられちゃったからそれ以上どうしようもなかったんだよね。
ギルは爽やかにクソうるさいイビキをかいている。寝苦しいのでアルジーロオレンジのピールの欠片でも詰めておこう。アロマキャンドルでも作れるかなって思って取っといてそのまんまにしてたやつね。おやすみなさい。