11日目 危険魔法生物学:追跡草の生態について
11日目
ギルの体表に独特な魔力の香を放つ黒い粉上のものが。どうやら胡椒であるらしい。とりあえず瓶二つほど回収することが出来た。名前はギル・ペッパーでいいか。
ギルを起こして食堂へ。今日は朝からカルボナーラをチョイス。乳の甘さと胡椒のぴりりと引き締まる感じが最高。ベーコンもほうれん草もたくさん使われていてなかなかぜいたくな感じ。朝からけっこうボリュームがあったけれど、ぺろりと平らげてしまった。
俺に触発されたのか、おこちゃまポポルはナポリタンを食していた。やっぱりというか、口元も胸元も赤く汚して大変お子様な感じであった。『清めよヴィヴィディナ』ってパレッタちゃんがヴィヴィディナをけしかけ、『ふぎゃああああ!?』って悲鳴が響き渡る。
なかなか落ちにくいシミを早々に処理できたのは僥倖。ポポルと同じく口元を汚していたミーシャちゃんは、慌てたようにギルのローブで口を拭っていた。『言われる前に出来て偉いぞ』ってミーシャちゃんを褒めるアルテアちゃんの母ちゃんオーラが凄まじい。思った瞬間におもっくそ睨みつけられたのが未だに解せぬけど。
もちろん、ギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。『ジャガイモのパスタって食ってみたいなあ……!』ってチラチラとこちらを見てくる。何を言っているのかわからないけど、『いい子にしてたらたらふくジャガイモを食わせてやるぞ』って言ったら、『うっひょおおおおお!』って狂喜乱舞して残りのジャガイモを平らげていた。たぶん、明日になったら忘れてるだろう。ギルはそういうやつだ。
今日の授業は頼れる兄貴グレイベル先生と我らが天使ピアナ先生による危険魔法生物学。前回が前回なだけにクラスメイトの大半が青い顔をしていたけれど、『…今日は植物だ』ってグレイベル先生が告げた瞬間に空気が緩む。『安心して! 命の危険もあんまりないやつだからね!』って告げるピアナ先生のエンジェルスマイルに全俺が癒されまくった。
内容は追跡草について。なんとも面白いことに、お手本として持ち出されたそれは空中にふわふわと浮いていた。パッと見る限り、ポポルやミーシャちゃんよりちょっと小さいくらいの大きさのタンポポの綿毛に、大ぶりの葉っぱがコートのように何枚も重なったって感じの見た目。
ただし、全体的に茶色っぽくてまるで枯れているかのような印象を受ける。遠目から見たら、綿毛の部分だけウサギの丸い尾っぽのように思えるかもしれない。
『…植物としてはアグレッシブなやつでな』と、グレイベル先生が葉っぱをかき分け綿毛の根元(?)を思い切りつねる。枯れた蔓みたいのがしゅるっと伸びてきて、先生の腕に絡まった。何人かの女子が悲鳴を上げかけるも、『…べつだん、どうということも無い』とグレイベル先生は表情を崩さない。
『もちろん、危険生物だから油断しちゃダメだよっ!』とピアナ先生が説明を引き継ぐ。追跡草に絡まれたグレイベル先生をそのままに、その特徴を説明しだした。以下にその内容を示す。
・追跡草は空中に浮かぶ魔法植物である。コート状の葉っぱに風を蓄え、ふわふわの綿毛を用いることで空を漂う。本来は地面に張るはずの根っこは自在に動く蔓のようになっており、風が強い日は錨のようにこれを扱い、根を樹に絡めることで吹き飛ばされないようにしている。空を飛ぶ種だが、高所恐怖症である。
・追跡草は大地の栄養ではなく、空中の魔力を糧に成長する。そのため、空を漂いながら魔力密度の高い餌場を探す。風を蓄えるための大きな葉っぱは一枚一枚が魔力を感知する器官でもあり、その表面から空気中の魔力を吸収する。高所恐怖症なのに高所の魔力を吸収しようとし、降りれなくなる個体が稀にいる。
・空中の魔力が十分に濃くない場合、追跡草は魔力を吸収することが出来ない。その場合、自在に動く根を使ってエサと成り得るものに絡みつき、根から半ば寄生する形で魔力を吸収する。最近の若い者はこの手法を取りたがるため、高所恐怖症を乗り越えた生粋の追跡草からは嘆きの声が上がっていると言う噂がある。
・追跡草は獲物から直接魔力を吸収できるというのは上述したとおりであるが、根の保持力は決して強いものではなく、多少の力があれば比較的簡単に振りほどくことが出来る。高所に行けば行くほど簡単に振りほどくことが出来ることが知られている。
・追跡草は獲物に絡みついた瞬間に獲物の皮下にごく小さな種を植えこみ、強力な魔法マーキングを施す。これを頼りに、追跡草は昼夜を問わず延々と獲物を追跡し、獲物が疲れ果てたところでその魔力を吸収する。疲れ知らずの植物であり、空も飛んでいるということから、追跡草から逃れるのはかなり難しいとされている。追跡草自身も高所に行きたくない一心で追いかけてくるため、見えなくなるくらいに距離を取られたとしても、獲物を諦めることはほとんどない。
・まごころを込めて育てる。まごころを込めないと道連れで高所に連れていかれる。
・収穫は愛情を込めて行う。
・魔物は敵。慈悲は無い。
メモを取ることがいっぱいで手が少し疲れた。そして最後の説明が物騒過ぎてビビる。【皮下に種を植え込む~】の件がピアナ先生の可愛い唇から紡がれた瞬間、みんなして一斉にグレイベル先生を見た。
『…小さい種を植えるくらいなんだ、可愛いものだろ?』ってグレイベル先生は真顔。よくよくみたら、先生の腕に絡みついた根が脈動し、先生から魔力を結構な勢いで吸収していることがわかった。こいつぁヤバい。
で、慌てて男子数人がかりで追跡草をグレイベル先生から引っぺがす。なんだかんだでただの根だからか、ピアナ先生の説明通り割とあっさり引っぺがすことが出来たんだけど、追跡草はふよふよ漂ってグレイベル先生の元へと向かう。先生がどんなに遠く離れても空を飛んで追いかけ、そして再び根を伸ばして絡みついた。
『…逃れたいなら、腕ごと焼くのが一番だな』って、グレイベル先生は簡単な火炎魔法で自らの腕を焼いた。種が植え込まれた場所だけだったとはいえ、どうしてあの人自分の腕を焼いて真顔でいられるのだろう。さすがは頼れる兄貴である。
グレイベル先生の火を嫌ったのか、追跡草は今度は俺たちをターゲットにした。一番近くにいたパレッタちゃんの腕が絡まれる。パレッタちゃん、『度し難いッ!』ってすぐさまな炎蝕の呪を放ったけど、種はしっかり植え込まれたらしい。追跡草はパレッタちゃんを追跡し始めた。
ここで初めて気づいたんだけど、どうやら種自身も魔力の吸収を行うらしい。単体に強力な魔法マーキング効果があるのはもちろん、それを長持ちさせるために対象から魔力を吸収するそうな。
『しつこぉい!』って最初は元気に逃げていたパレッタちゃんだけど、やがて魔力が尽きたのか、その場にぺたりと座り込んでしまった。
『追跡草はそこまで強くないけど、普通は群生しているからね! 大量の追跡草にずっとずっと追いかけられて、疲れ切ったところで群がられて、一体二体倒したところで数の暴力には勝てず、ものすごい勢いで魔力を吸収されて……っていうのがよく見るパターンかな!』ってピアナ先生がパレッタちゃんの傍へと寄り添う。
で、杖を振るって追跡草を撃退……しようとしたところで、パレッタちゃんがすごい勢いで飛び起き、今まさに魔の手を伸ばそうとしていた追跡草を押し倒し(?)た。手に汗握る取っ組み合いが始まり、『生ぬるいッ!』ってパレッタちゃんが追跡草の首(?)の部分をぶちぃッ! って噛み千切る。
綿毛と葉のコートが生き別れになった追跡草はそのままお陀仏。パレッタちゃんすごく満足げ。ぺッ! って茎らしきものを吐き出し、『ヴィヴィディナの慈悲すらこやつには無用だ』って勝利のポーズを取った。
俺たちみんな唖然。ピアナ先生は苦笑。『…魔系らしい、実に合理的な判断だ』ってグレイベル先生は大きく頷き、そしてポポルはがちがちと歯を震わせていた。
その後は追加の追跡草と戯れることに。みんなパレッタちゃんを見ていたからか、種を植え込まれることなく追跡草を撃退することに成功する。ギルは半裸であえて種を植え込ませていたけれど、奴の筋肉がマッスルすぎたために種は通らず。
ギルは追跡草を『高い高いしてやるぜ!』と高い高いしていた。追跡草の全身はズタズタになっていた。
ちなみにだけど、追跡草のコートの葉の下に飛行の魔力(?)を貯め込んだ実があるらしく、飛行の魔法薬に用いられるのだとか。葉っぱをうまく組み込めば、空飛ぶローブを作ることも出来るらしい。葉っぱは簡易的な魔力センサーにも使うことが出来るから、定期的に追跡草の群れの討伐依頼が出されるんだって。
授業後、ちょっと恨みがましい表情をしたピアナ先生に『じゃむくっきぃ……』とローブの裾を引っ張られた。なんでも、またしてもステラ先生がピアナ先生にジャムクッキーを食べたことを自慢したらしい。そんなおちゃめなステラ先生も最高だと思います。
で、『今度のレポートを出す時にでもプレゼントしますよ。この前も、レポートのお供のおやつとして焼いたんです』って微笑んだら、『本当!? やったぁ!』ってにこっと満開の花のような笑みを浮かべてくれた。ピアナ先生を一生追跡してしまいたくなった俺を、どうか許してほしい。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。なんだか妙に授業内容が多くてちょっとびっくり。さすがは二年次の授業といったところか。もうちょっとすっきりまとめられるといいんだけど。
そして日記を読み直して思ったんだけど、追跡草って魔法植物というより動物的な意味での魔法生物って扱いのほうがふさわしいと思う。少なくとも、ナエカや堕鳥草と同じ部類になるとは思えない。まぁ、怠惰の芝とか握手花とはけっこう近いと思うんだけどさ。
ギルは今日も腹を出して安らかに眠っている。クソうるさいイビキは相変わらず。こっそりちょろまかした追跡草の葉を鼻に詰めてみた。グッナイ。