109日目 危険魔法生物学:前期期末テスト
109日目
火鼠の前歯が折れてた。……なぜ?
ギルを起こして食堂へ。今日は実技のテストだからか、みんな食べる量はちょっと控えめだった。満腹でテストに挑んだらどうなるか誰もが本能的に感じ取っているのだろう。もちろん、ミルクの消費量も明らかに少ない。
『親友、これ好きだったよな?』ってキンキンに冷えたミルクをアエルノのラフォイドルに勧めてみる。無言で暗黒の刃が飛んできた。ちょう怖い。
俺は親切心で勧めただけなのに。記憶が確かなら、あいつは腹を痛めてまで飲むくらいにミルクが好きだったはずだ。なのにこの仕打ち。あいつはもっとミルクを飲んだほうが良い。
あえて書くまでも無いけれど、ギルはやっぱり『うめえうめえ!』とジャガイモを貪っていた。他に残っていたものも『食べないなら俺が全部食っちゃうよ!』ってすんげえ笑顔でそれはもう美味そうに『うめえうめえ!』って食っていた。奴のミスリルの胃袋が本当に羨ましい。
さて、今日の授業(テスト)は頼れる兄貴グレイベル先生と麗しの天使ピアナ先生による危険魔法生物学。『…覚悟はいいか?』、『死ぬ前に助けてあげるから、リラックスして挑んでね!』とは先生たち。
『リラックスするためにも、ぎゅってしてもらえませんか?』って聞いてみる。パレッタちゃんとミーシャちゃんから割とガチ目のケツビンタ。ひどい。
『──くん、本当に余裕あるよね。ちょっと尊敬するよ』って言いながらピアナ先生は腕を広げる。これはまさかガチでハグしてくれるのかと俺も腕を広げた……のはいいけれど。
『きゅーっ♪』ってちゃっぴぃがピアナ先生に飛びついた。『ロザリィちゃんを悲しませたくないから、代わりに使い魔にやっておくね?』ってピアナ先生はウィンク。腕を広げたまま呆然とした俺。ロザリィちゃんが飛びついてきた。結果オーライ。
そんな一幕で緊張をほぐした(?)後は早速試験。さすがにもう慣れたもので、みんなが先生の不意打ちを警戒して杖を抜く。
が、『…ジャングルの王者ベル・グレイはちょっと持病のシャクがあって今回はお休みだ』ってグレイベル先生が呟き、大地のスコップを振るう。『今回は普通にこの場でやりあってもらうよー』ってピアナ先生が杖を振るった。
ずごごご、と地面から大きな闘技場が出現。土と岩で構築され、草とお花でデコられた実に自然味あふれる逸品。俺たち全員を収容してなお十分にスペースがある……っていうか、いつもの運動スペース以上の広さがあったことを鑑みるに、多少魔法で空間をゆがめていたのかもしれない。
ともあれ、そんないかにもサバイバルしますよ的なコロシアムに俺たちは囚われた。
そして、地面から黒い何かが這い出てきた。マジ怖い。
しかも這い出てきたそれ……俺だった。
『うっわ……』、『なにあれ……』……なーんて言っている間にも、新しいのがわらわらと這い出てくる。真っ黒なポポルに真っ黒なアルテアちゃん。真っ黒なジオルドに真っ黒なロザリィちゃん。
そう、地面から這い出てきたそいつらは、俺たちを模倣したシャドーゴーレムだった。
シャドーゴーレムたちはざわつく俺たちの前に対峙する。各々がそれぞれ模倣元となったオリジナルと向き合う形。俺の前には俺の姿をしたシャドーゴーレムがいるし、ギルの前にはギルギルしい体をしたシャドーゴーレムがいる。
そして、連中は先生の杖の一振りを合図に一斉に杖を抜いた。まぁ、つまりはそういうことなんだろう。一匹だけ拳を構えていたけれど気にしない。
『…ぶっ壊せ。生き残れ。勝ったやつが合格だ』ってグレイベル先生が猛々しく笑い、俺たちを鼓舞するかのように拳を握る。『自分に打ち勝って! 偽物なんかよりずっとすごいんだってことを、先生たちに見せて!』ってピアナ先生の麗しのヴォイス。
『応ッ!』って俺たちが答えるのと、グレイベル先生が杖を振るったのはほぼ同時。
ギャアって奇妙な悲鳴が響き、そしてギルのシャドーゴーレムが自壊した。
いや、自分で書いててわけがわからんと思うけど、マジでその通りだから困る。ただ、ギル以外のシャドーゴーレムはみんな本性を現して襲ってきたのに対し、ギルのそれだけはそらもう見事に木っ端みじんになったってことだけが伝わればいい。
アクシデント(?)こそあったものの、とりあえず目の前のそいつを何とかしなきゃいけないことは変わらない。さすがに自分の影だけあって、動き方がマジで俺そっくり。華麗なるマンドラゴラステップは魔法の照準を合わさせないし、ミニリカの魔法舞踊の脚運び、テッドの緩急をつけた独特の体の動かし方が動きの予測を酷く困難にさせる。
その上で、シャドーゴーレム特有のあの凶暴性。ちょっとでも油断したら、あっという間にやられたのであろうことは想像に難くない。
ただ、そんなシャドーゴーレム俺ヴァージョンも、『ちょれえちょれえ!』ってギルの顔面パンチであっけなくぶっ壊れた。実力が拮抗している中でギルが乱入して来たのだから、ある意味当然の結果である。
さて、こうなったらもう後は速い。俺とギルの手が空いたってことは、つまり他のクラスメイトの助太刀にいけるってことでもある。
自らの影とタイマンを張る……という、ある意味燃える王道のような戦いを繰り広げている奴らに割って入り、正々堂々不意打ちのワンパン。一撃決まった後は協力して袋叩き。友情の勝利である。
で、動けるやつがまた増えたところで別の人を助けに行く。もとより、一対一でぎりぎり勝てる程度の相手なのだ。多対一なら楽勝である。
アルテアちゃんはフィルラドのシャドーゴーレムの顔面に射撃魔法をぶち込んでいたし、パレッタちゃんはポポルのシャドーゴーレムをこれでもかってくらいに呪っていた。ミーシャちゃんのシャドーゴーレムは俺が丁寧にスクラップに……しようとしたところでなんかギルがしょんぼりしたので、奴自身に止めはゆずっておいた。
そんな感じで、あまりにもあっけなくテストは終了。終わってみれば誰も怪我していないし、最後はルマルマの全員でシャドーゴーレムをいたぶっただけだから、流れ作業感が否めない。
『実はまだこの後も何かあるんですよね?』ってクーラスがびくびくしながら聞いていたけれど、『…いや、本当にこれで終わりだ』、『あ、あはは……もっと苦戦すると思ったんだけどねえ』って先生たちは苦笑い。マジかよ。
たぶん、先生たちは如何に自分たちが自身の影を攻略するのかをみたかったのだろう。シャドーゴーレムという魔法生物学的観点から攻略してもいいし、オリジナルとの戦い……という空気をぶち壊し、相性のいいシャドーゴーレムをターゲットにしてもよかった。いずれにせよ、味方と敵の数は同じなのだから、どんな手段を取ろうともそれなりの難易度は保証されていたはずだ。
ギルのシャドーゴーレムがギル自身の肉体強度を模倣しきれなかったのだけが、先生の誤算だろう。たぶんアレ、ギルと同じように肉体を使おうとして、体が耐え切れずに壊れたってやつだと思う。
たかだかゴーレムの分際でギルの筋肉を模倣しようとするとか、烏滸がましいとは思わなかったのだろうか?
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。風呂の時、ポポルが靴下を左右逆に履いていたのを発見。『いっけね、うっかりしていた』とはポポルの談。ワンポイントが内側に来ているのもそうだけど、履いていて違和感を覚えなかったのだろうか。いや、あるいはおこちゃまのあんよは左右で大して違いが無い……わけないよな?
『これから毎日くちゅしたも履かせてあげなきゃいけまちぇんね?』って煽ったら、『そういうこと言ってると、マジでそうさせてくるやつがいるから気を付けたほうが良いぞ』ってガチな顔で忠告された。頭のおかしいやつしかいないからこの学校は困る。
テストの割りにはあっさりしているけど、こんなもんにしておこう……あ、ポポルで思い出したけど、雑談中に珍しくパレッタちゃんがすっごく拗ねて不機嫌そうにしていた。どうやらポポルがパレッタちゃんのシャドーゴーレムの顔面に躊躇いなく連射魔法をぶち込んだのが気にくわなかったらしい。
『俺なんも悪いことしてなくない!?』ってポポルは弁明していたけれど、女子の大半はパレッタちゃんの味方。『女の子の顔にあれはないわぁ……』、『普通さ、ちょっと嫌がるそぶりを見せたり、眉を顰めたりとか……そういうの、ない?』って割と辛辣。自分たちは平気で男子の顔面に魔法をぶち込んでいたのにね。
ちなみに当のパレッタちゃんは『いいもん……ロザリィの膝枕もらうからいいもん……』ってぶんむくれてロザリィちゃんの膝枕を一人で占領していた。やわらかくてふかふかで気持ちいいのだろうか、ちょっとずつ眉間の皺が無くなっていたのが印象的。
『いいこいいこー♪』って頭を撫でてあげるロザリィちゃんが本当にプリティ。俺、生まれて初めて心の底からパレッタちゃんになりたいってあの時思ったよ。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。明日はテスト無し。完全自習。どうせ時間はあることだし、夜更かしせずにさっさと寝ることにする。
ギルの鼻にはちゃっぴぃにひっついていたなんかの毛を詰めておく。最初はピアナ先生の髪の毛かと思ってドキドキしたんだけど、それにしては色も違うしごわごわしているし何より獣臭いしでがっかりしたやつね。
ちゃっぴぃのやつ、いったいどこを潜ってきたのか。子供はすぐに変な所に行くから困る。みすやお。