106日目 とりになりたい
106日目
賢者の枝が腐ってた。とりあえずトイレに流しておいた。
ギルを起こして食堂へ。休日だからいつも通り人は少ないだろ……なんて思っていたのに、休日限定デザートの列が凄まじいことになっていた。一目見た瞬間に並ぶ気が失せるレベル。どういうことなの。
『今日はねぇ、テスト前だからっておばちゃんがすっごく奮発してくれたの!』って休日限定デラックスパフェを頬張るロザリィちゃんが教えてくれた。二年次前期といういろんな意味で辛い時期のテストを少しでも頑張ってもらいたいがために、おばちゃんが材料の選定の所から力を入れて作ったまさに究極の逸品らしい。
『やだ、思った以上においしい……!』、『早起きした甲斐があったぁ……!』、『今までで一番好きかも!』と、女子はみんな嬉しそうな顔。ルマルマもティキータもバルトもアエルノも関係なく、みんながみんな仲良くきゃあきゃあ騒いでその究極のパフェを楽しんでいた。
なぜ男子にその情報が伝えられていなかったのかが未だに謎。ジオルドのやつは『こんちくしょうが……ッ!』って歯をギリギリしながら列を眺めていたっけ。
ともあれ、俺も(ちゃっかりちゃっぴぃが確保していた)パフェを食べてみることに。なるほど、言うだけあっていつも以上にクオリティが凄まじい。イチゴひとつ、クリームひとつとってもはっきりわかるくらいに質が違う。マジで金かけてるなって思った。
ちゃっぴぃとはんぶんこだったのがちょっぴり惜しい。いや、正確には俺が三割、ちゃっぴぃが七割ってところだろうか。あいつ一人じゃあの大きさのパフェは食べきれないんだよね。
口に入れてやる手間賃としてもっと食ってやればよかったと今になって思う。まぁ、優しい俺はお口を拭いてやるサービスまでつけてやったんだけどさ。
ギルは今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。その笑顔は、休日限定パフェを楽しむ女子よりも輝いていた。
朝食の後はクラスルームに戻り、テスト勉強を行うことに。さすがに遊ぶ余裕はないとわかっているのか、ミーシャちゃんやパレッタちゃんも真面目にノートを広げてお勉強の姿勢に入っていた。ヒモクズとおこちゃまは自室でぐうすか寝こけていたけどな!
とりあえず俺も適当にノートを広げて勉強する。今回は筆記が三つに実技が一つ……まぁ、いつもとさして変わらない。魔法生物学の実技は対策なんてしようがないところがあるし、キート先生の触媒反応学やアラヒム先生の魔力学は問題の傾向はある程度把握できている。
ネックなのはポシム先生の魔法制御回路。問題傾向のクセもわからなければ、そもそもとして授業内容そのものがクソ難しい。これが完全に話を聞くだけの講義ならまだやりようがあるけれど、実際にやっていたのは実験だ。いったいどんな筆記試験になるのかまるで見当がつかない。
勉強中、誰からも構ってもらえず暇を持て余したのであろうヒナたちがぴーぴー騒ぎながら俺たちの周りを爆走するという奇行を見せ出した。いつもならポポルの腹巻につっこんでおけば大人しくなるけれど、ポポルは未だにおねむでクラスルームにいない。
『こら、ワガママするな』ってアルテアちゃんがめっ! ってしてもヒナたちは言うことを聞かず。『ギルに食わせるぞ』って俺が脅しつけてもしらんぷり。みんなの前でケツフリフリを行い、勉強している俺たちを煽ってきた。
『今日に限ってどうしたんだ?』ってクーラスがアルテアちゃんに尋ねる。『最近エッグ婦人の方にかかりきりだったから、拗ねているのかもしれない』とはアルテアちゃん。
すっかり忘れていたけれど、ヒナたちはまだまだ(計算上は)雛鳥なのだ。そりゃあ、構ってもらえなくて拗ねることだってあるだろう。
ちなみにエッグ婦人だけど、『昨晩フィルがベッドに連れ込んでいた。たぶんまだフィルが抱いてる』ってアルテアちゃんが言っていた。母親を取られて(?)しまったことも、ヒナたちが癇癪を起した要因の一つではあるのだろう。
さて、走り回ったり執拗にケツフリフリをして俺たちを煽ってくるヒナたちだけれども、いつぞやのちゃっぴぃに比べれば実害なんて無いに等しい。『勉強が終わったら遊んであげるから、な?』ってアルテアちゃんがヒナたちににこりと笑いかけ、そして事態は収束……するかと思われた。
うん、もともとテスト勉強でイライラしていたミーシャちゃんとパレッタちゃんがさ、ちょっとキレたんだよね。
『囀るな、雛鳥ども』ってパレッタちゃんが近くにいたローストをむんずと掴む。早い。
『うるさいの!』ってミーシャちゃんが走り回っていたソテーとポワレをリボンで捕獲。見事なワザマエ。
そしてなぜかパレッタちゃんがアリア姐さんをちょいちょいと手招き。アリア姐さんは「なにかしら?」……と言わんばかりに四つん這いでずりずりとパレッタちゃんの近くへ。
『託すね』ってパレッタちゃんはローストをアリア姐さんにおもっくそ突っ込んだ。わーお。
「あらやだ♪」……とでも言わんばかりにアリア姐さんはにっこり。ローストはアリア姐さんのそれに埋もれて足をぱたぱたと動かしていた……けれど、やがてピタッとその動きが止まる。マジかよ。
どうやら程よいフィット感と温かさのためにおねむになっちゃったらしい。アリア姐さんは埋もれたローストを引っ張り上げ、自らのそれにセットし直し、「かわいい子……♪」と言わんばかりににっこり笑ってローストの頭を撫でていたっけ。
で、それを見ていたグリル、マルヤキがアリア姐さんのそこに頭から飛び込んでいく。アリア姐さんはもとより歩くのが得意でない……というか、普通に「いらっしゃい♪」とでも言わんばかりに腕を広げてそれを受けいれた。
すげえって思ったね。ヒナとはいえ三匹も入るんだもの。『おま……マジか……』ってジオルドが唖然としていたよ。
さて、アリア姐さんのそこで気持ちよさそうにスヤスヤしている兄弟をみて我慢ならなかったのか、未だフリーのピカタが猛抗議のケツフリフリを開始する。リボンに捉えられたソテーとポワレも同様。
男子全員、その気持ちがよくわかってしまった。『これだから男ってやつは……』って女子たちの視線がヤバかったっけ。
で、怨嗟の波動に飲まれつつあるミーシャちゃんが、『ロザリィ、やるの』ってソテーをリボンごとロザリィちゃんの懐に伸ばす。『ひゃあんっ!?』ってロザリィちゃんの可愛い悲鳴。
もちろん、俺が咄嗟にかばったためロザリィちゃんに実害無し。あまりにも哀れ過ぎる鳴き声を漏らしながら、ソテーが俺の懐に収まった。
俺の懐で満足できないとか、こいつはどれだけ贅沢を言っているのだろうか。全く、理解に苦しむ。
なお、ポワレはちゃっぴぃが受け持つことに。ポワレを挟み、『きゅう!』ってあいつは自慢げ。何が楽しいのか、挟まったそれをルマルマのみんなに見せびらかしまくっていたよ。
ちなみに、自分だけ誰の胸にも突っ込めずに鳴き叫ぶピカタを哀れに思ったのか、アルテアちゃん(!)がピカタを受け持っていた。『私の使い魔でもあるしな……』って若干赤くなりながら、こう、襟のところをくいって開けてピカタを突っ込んでいたっけ。
気高きアルテアちゃんのあんな貴重なシーンを見逃すとか、フィルラドはマジでもったいないことをしたと思う。
夕飯食って風呂入って雑談中、勉強をしていたクーラスがポツリと『鳥になりてえ……』って呟いた。しかも、直後にどこからか『……なってもいいよ?』って声が。
クーラスが慌てて顔をあげるも、女子の誰も目を合わさない。『幻聴……か』って疲れたように笑い、クーラスはノートに顔を戻した。
そんな様子を見て、女子の数人がくすくす笑いながら赤くなっていた。女子ってマジで何を考えているかよくわかんねえや。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。なんだかんだで午後にみっちり筋肉の調整が出来たから、少なくとも魔力学については問題ないだろう。最近はポポルやミーシャちゃんを相手にするよりも、ギルを相手にする方が楽だと思ってしまうようになってきたから怖い。俺も少しずつ頭がおかしくなってきているのだろうか。
もうちょっとだけ勉強してから寝ることにする。ギルの鼻には……気まぐれスピリットでも詰めておく。おやすみなさい。